白石晃士監督の『オカルト』を、物語の構成とアーキタイプで分析してみた
「なぜ、この映画はこんなのに、おもしろいのだろうか?」という疑問を解消すべく、2種類の作劇ツールを使って、物語の構造や、キャラクターの役割を分析してみました。
今回取り扱うのは、2009年に日本で公開された白石晃士監督の『オカルト』
一見、荒削りにみえるし、すべてアドリブなんじゃないのかと思うくらいパワフルなホラー映画ですが、白石晃士監督はしっかり作り込む監督らしいので、実はかっちりしてるんじゃないのかと思い、分析してみました。
本記事はネタバレだらけなので、まだ観てない人は注意してください
インサイティングイベント 「妙ヶ崎で通り魔事件が発生」
インサイティング・イベントの説明
・ストーリー全体の25%地点までにほしいイベント
・ストーリーの起点となる大きなできごと
・物語の過去に起きてる場合もある
3年前に起きた『妙ヶ崎通り魔事件』死者2名、重傷者1名を出した惨事が本物語の起点となり、その様子を撮影したホームビデオの映像からはじまります。
2000年代の通り魔殺人事件といえば、『秋葉原通り魔事件』が有名ですが、『オカルト』の脚本を書き終えるくらいの時期に起きた事件だそうで、『秋葉原通り魔事件』を前提として作られた作品ではないそうです。
キー・イベント 「私はこの事件の記録を残すため、取材を始めた」 2分(2%)
キー・イベントの説明
・ストーリー全体の25%地点までにほしいイベント
・物語と主人公を結びつけるノリのような役割
・インサイティング・イベントのあとに起こる
『妙ヶ崎通り魔事件』を取材していくと、そこに居合わせた人たちが偶然ではなく、予感や、お告げなどによって、導かれるように、集まったことがわかる。
本作品の監督である白石も「実は僕自体がこの事件について取材をはじめたのも、この事件を記録することが重要なことのように思えて取材をはじめた、でも何が重要なのかはわからない」と告白する。
プロットポイントⅠ 「私は江野さんへの密着取材を始めた」22分(20%)
プロットポイントⅠの説明
・ストーリー全体の25%ぐらいにおきる転機
・状況が一変して、登場人物が後戻りできなくなり、行動に駆り立てられる
・主人公をとりまく環境が大きくかわる
これまでは過去に起きた事件の取材だったのに対し、ここから、江野の周辺で起きると言われる奇跡の撮影という現在進行形の映像に変わっていく。
主人公(江野)の環境でいえば、週5回の1ヶ月の仕事がきまり、これまでホームレスだったが、事務所に泊めてもらえるようになる。
この辺から、急に日雇い労働者のドキュメント映像にかわり、物語というより、映像の主旨が大きくかわるプロットポイント。
ピンチポイントⅠ 「お前にバトンタッチするって意味やねん」 39分(36%)
ピンチポイントⅠの説明
・ストーリー全体の35%くらいにおきるイベント
・敵対者が、強大な力をみせつけてくる
・主人公は作戦変更を余儀なくされる
通り魔殺人犯である松木に刺されたときの「次は君の番ね」という言葉の意味は「次は君を刺す」という意味ではなく、「お前にバトンタッチする」という意味だった。
また通り魔殺人は、ただの事件ではなく、神が望んだ儀式だったという発言があり、被害者の取材だったはずが、加害者側への調査取材とかわっていく。
ミッドポイント 九頭呂岩に到着し、松木の痣と、刺し傷の意味を解読する。55分(50%)
ミッドポインの説明
・ストーリーの真ん中に起きるイベント
・すさまじいことが起きて、新しい方向に進む
マンガ家の自動書記により、九頭呂岩に関係があるんじゃないかと考えた白石がアシスタントと一緒に現地に直行。
山奥の霧の中で、九頭呂岩がカメラに撮影されるタイミングが、ちょうど開始から50%の位置。
ここから話が急ピッチで進み、古代文字に詳しい専門家の意見などから、松木の痣の意味が、古代文字で「神の命じた殺生」という意味であり、江野の刺し傷が「神の命じた大災害」であることがわかる。
また、一文無しだと思われた江野が多額の貯金(70万円)の貯金を隠しもっていたことがわかり、大量殺戮の準備資金なんじゃないかとスタッフに緊張が走る。
ピンチポイントⅡ 江野が交通事故や、未確認飛行物体を多数撮影する。67分(61%)
ピンチポイントⅡの説明
・ストーリー全体の60%くらいにおきるイベント
・最終決戦前に敵の存在とパワーを再び提示
江野にバイトをやめるように脅迫したバイトリーダーが車にひかれる映像が頭の中でよぎり、あとをつけてカメラを回していると、本当にバイトリーダーが車にひかれてしまう。
空には巨大なヒルのような飛行物体が登場し、虚言かと思われた発言に、現実性が帯びてくる。
プロットポイントⅡ 「こうして私は、江野くんの儀式を記録に残そうと決意した。」80分(73%)
プロットポイントⅡの説明
・ストーリー全体の75%くらいにおきる転機
・基本的にプロットポイントⅠと同じ役割
・主人公がどん底まで落ちる
白石が江野にお酒を飲ませ、騙す形で、無差別大量殺人を計画していることを聞き出す。
白石を信頼していたからこそ、計画を打ち明けた江野は、これに怒り、白石に天罰がくだると予言する。
その後、上空に巨大クラゲがあらわれ、松木の幽霊が出現、白石の刻印が再び出血。
「白石くんの使命は、これを記録し、世間に発表することやんか」と江野に誘われる。
クライマックス 自爆殺戮渋谷交差点 92分 (90%)
クライマックスの説明
・ストーリー全体の90%くらいにあるイベント
・主人公と敵対者との決着がつく
儀式(自爆テロ)を実行する。
解決 異世界からカメラと100円玉が送り返される
解決の説明
・ストーリーの最後の部分
・クライマックスでついた決着のその後
JR渋谷駅前爆破事件は、死者108名、負傷者245名の大惨事となった。
白石は共謀罪として、21年服役し、務所からでたあと、焼肉を食べていると、江野に渡したカメラと100円が虚空から落ちてくる。
構成的には「クライマックスのあとに、まさかの続き」という展開なので、2段構えのクライマックスになっている。
物語の構成まとめ
シーンの切り替わりに、テロップが入るので、すごくわかりやすく、構成が切られてます。
九頭呂岩がミッドポイントにある理由
構成として、気になったのは、ミッドポイントに出てくる九頭呂岩。
九頭呂岩のエピソードは、白石と妙ヶ崎通り魔殺人事件を結びつけるキーイベントなので、序盤のほうにあったほうがわかりやすい。
もちろん、カルト映画なので、意味がわからないシーンのひとつやふたつあったほうが、おもしろみはあるけど、ミッドポイントにわざわざ『九頭呂岩』を持ってくるのには、理由があるはず、ということで考えてみました。
未知との遭遇のオマージュ
『未知との遭遇』のオマージュを強く意識した作品なので、ミッドポイントに『和製デビルズタワー』を登場させたんじゃないのか説。
『オカルト』が『未知との遭遇』に強く影響されていることは、監督本人から語られている。
『オカルト』に登場する白石ディレクターのカメラに最後に映っていたものは何か? 白石監督いわく、大好きなスピルバーグ監督の『未知との遭遇』(77)の”その後”を白石監督流に描いたものらしい。
都市伝説”は映画と結びつく 白石晃士監督『オカルト』『テケテケ』
『未知との遭遇』は1977年に公開されたスピルバーグ監督の映画。
UFOに遭遇した人たちが、『デビルズタワー』の幻覚に悩まされ、『デビルズタワー』に集まっていくストーリーは、妙ヶ崎に集まってきた人たちの設定と似ているし、『デビルズタワー』と『九頭呂岩』の見た目も、そっくりです。
『オカルト』に登場するアーキタイプ
つづいて、クリストファー・ボグラー著『神話の法則』を参考にして、登場人物の役割(アーキタイプ)を分析していきます。
この本は、様々な作家に影響を与えたジョセフ・キャンベルの提唱する『ヒーローズ・ジャーニー理論』を元にした脚本術の中で、キャラクターのアーキタイプについては、一番読みやすい本となってます。
ヒーロー(英雄)
ヒーロー(英雄)の説明
・学び、成長するもの
・決断し、犠牲を払うもの
・死と向き合うもの
儀式を完遂させる江野祥平
客観的にみるとやってることは大量殺人ですが、本人的には、他の人を幸せにするために犠牲となり、神の手助けをする役割を担ってます。
爆弾を作る技術を学び、決断し、犠牲を払い、死へ向き合うものとして、行動し続ける江野は、ヒーローであり、本作品の主人公といえます。
メンター(賢者)
メンター(賢者)の説明
・教えを授け、贈り物を与えるもの
・勇気づけ、行動させるもの
・良心、行動原理の象徴になることもある
救いを与える神の声
妙ヶ崎にいった江野に語りかけ、何をするべきか、どうすればいいかを教え続け、精神的な支えとなっていた神の声は典型的なメンターです。
スピル×××のインディ×××
儀式当日に映画をみた江野が「もう一回みたいが、時間がない」という発言に、白石が「いいじゃん、1日伸ばしても」と提案するが、「それはできん。インディー×××がああいう内容じゃなかったら、そう思ったかもしない」「スピルバーグにも押してもらっている」というセリフがあるので、この映画に、勇気づけられたようだ。
ガーディアン(門番)
ガーディアン(門番)の説明
・最初はヒーローの敵対側にいるもの
・ヒーローをテストして、活躍させるもの
・受け入れることで逆に利用することができる
江野の動向を探る撮影スタッフ
無差別テロを考えている江野の荷物をさぐったり、尾行したりしていたけど、結果的には江野に寝床や、活動資金を与え、さらには白石を協力者にしてしまった。
プロデューサーは、江野くんの敵対関係にある感じがしますが、実際は焼肉をおごったり、タバコをあげたり、江野くんに何か与えてるだけです。
カメラに映り込む、一般市民たち
無差別自爆テロを企てる江野からみれば、自分以外の人間は全員計画を阻む存在なので、撮影スタッフ以外のカメラに映る人たちすべてが江野にとっては番人になってます。
登場人物の少ない物語ですが、第三者がたくさん登場する野外撮影が多いおかげで、奥行きと、スリルのある映像になってます
ヘラルド(使者)
ヘラルド(使者)の説明
・警告し、動機を与えるもの
・予言して、変化を促すもの
・挑戦状や、不吉なものだったりする
江野周辺で起きる奇跡
江野には、幻視、幻聴、未来予知などが毎日起きていて、それらが儀式の行動化へと直結してます。悪夢や、幽霊。
シェイプシフター(変化するもの)
シェイプシフター(変化するもの)の説明
・姿や行動が変化するもの
・敵か味方かわからないもの
・他のアーキタイプが一時的に変化することが多い
得体の知れない江野
犯罪被害者社なのか、はたまた無差別殺人の犯罪者なのか、序盤の江野は主にシェイプシフターの仮面をかぶっている。
自動書記を行う渡辺ペコ
何かが憑依したかのように、行動が変化させる典型的なシェイプシフター。
白石が今回の事件と、九頭呂岩の存在を結びつけるきっかけとなるが、予言や警告を行うメンターというほどでもない。
シャドウ(影)
シャドウ(影)の説明
・主人公を追い込む、力を発揮させるもの
・敵対者と違って死へは追い込まない
・内面や夢、自然災害としてでてくることも
バトンタッチした松木賢
主人公を刺したけど、殺しはしなかった松木賢は典型的なシャドウ。
冒頭シーンだけではなく、プロットポイントⅡで幽霊として登場し、白石を協力者にしてしまう。
トリックスター(いたづら者)
トリックスター(いたづら者)の説明
・基準をひっくり返すもの
・笑いをとり、息抜きさせるもの
・おおさわぎを作り出すもの
秘密の使命を抱え込む江野
嘘ついたり、ごまかしたり、笑いをとったりする役割は、主に江野さんが担当。
嘘をついて聞き出すが、とりこまれてしまう白石
江野を騙したり、刻印があったり、犯罪をとめようとしてたのに、共謀したりと、ころころ変わっていきます。
アーキタイプまとめ
登場人物が少ないので、主人公の江野が『ガーディアン』以外の役割を全て演じているのがわかります。
白石は第二の主人公のようにみえましたが、アーキタイプからみると、ヒーロー要素はあまり感じられず、脇役に徹してます。
『カメラ』のアーキタイプは?
フェイクドキュメントという手法だと、『カメラ』が重要アイテムとして作中に登場するのですが、このカメラの役割が、シークエンスごとに変化しています。
たとえば「映像をとるために、危険な行動をとってしまう」だと『シャドウ』に該当しますが、「映像をとるために、勇気をふりしぼる」だと『メンター』にもなります。
「白石くんみてるか?」とか「白石くん、助けて!」とか、江野がカメラにむけて語りかけるシーンでは、カメラが一時的に白石に変化しているので『シェイプシフター』ともいえます。
意図せぬものが映り込んで、コントロール不能になったりするのは、『トリックスター』や、第三者的な立場として『ガーディアン』になってたりもします。
道具なので、使う人や目的次第、なことはもちろんですが、それでも『カメラ』の役割が、撮影者や、撮影の意図が、シーン展開に合わせて次々と変わっていくのは、本作の大きな特徴だと思います。
白石作品の中でも、もっとも撮影者(カメラ)が変化する作品が『オカルト』かもしれません。
エンディグの考察
あのエンディングがなんなのか、というのは、監督のインタビューや、続編に近い作品もでているので、ある程度、答えがでてしまってます。
バッドエンディングでもあり、バッドエンディングでもない終結だったようです。
みんなこれを真似しなよ、みたいな映画にはしたくなかったんですね。
自分がシリアスに落ち込んでいて、なんかトンデモナイことをしでかしてやろうと思っている人がいたとして、そういう自分を客観的に見て笑い飛ばしちゃうぐらいのパワーが生まれたら、その人はそんなことはやらないと思うんですよ。
映画芸術 『オカルト』白石晃士監督インタビュー
江野祥平のその後
実は、オカルトが撮られたあと、白石晃士監督の他作品に、江野祥平が登場します。
超・悪人(2011年)
殺人ワークショップ(2014年)
戦慄怪奇ファイル コワすぎ!最終章(2015年)
恋のクレイジーロード(2018年)
特筆すべき映画は『戦慄怪奇ファイル コワすぎ!最終章』。
ほとんど『オカルト』の続編ともいっていい内容になっていて、重要なシーンで『オカルト』を観てないと、わからないネタがでてきます。
このことからわかることは、江野くんはめっちゃピンピンしてる、ということです。
江野くんは、狂牛病の感染を予知していた
儀式の当日に、江野くんが、狂牛病を恐れ、牛丼をやめて、焼き魚を頼むエピソードがあります。
これは数時間後に自爆テロを起こす人間が、未来の健康を心配するというギャグかと思ったんですが、最後のシークエンスで、「狂牛病で日本人が10万人死亡する」という話がでてきます。
つまり、江野くんは牛丼が毒であることを知っていた=神の声を聞いていたから、死を回避できたのであり、神の声を聞いてなかったら、普通に狂牛病で死んでいたかもしれません。
神が江野くんを捨て駒としてしかみていないならば、こんな長期的な警告はしないはずなので、『オカルト』単体でみても、このエンディングが『地獄に落ちた』というほど、ひどいエンディングにしたいわけでは、なかったことがわかります。
以上、分析でした。
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