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子規に学ぶ「暑さ」+Rx発案「新たな秋の暑さの季語」

【はじめに】
この記事では、2021年8月12日に夏井いつき俳句チャンネルにアップされた動画『【8月の子規】8月の暑さを子規はどう表現したのか』を紹介すると共に、昨今の8月以降の暑さを踏まえた「新たな秋の暑さの季語」を模索していきたいと思います。

1.子規に学ぶ「8月の暑さ」

「◯月の正岡子規」シリーズを(ほぼ)毎月公開してますが、今回のテーマは『8月の暑さ』です。明治を生きた正岡子規が、生前どうやって「暑さ」を表現してきたのか、早速、動画の句から振り返って見ていきましょう。

(1)痰吐けば血のまじりたる暑哉

病状が日常化してしまえば、こんな気付きの作品にはならないのかなと思い調べてみると、これは明治26年(1893年)の作だそう。『肺結核』と診断された翌年の作ということで、やはりまだ病を得て日が(比較的)浅い頃の作品だと分かります。ちなみに、下五は「暑さかな」と読む作品です。
この句では、「血の赤さ」という視覚的な情報が、「暑さ」という概念的なものと呼応して、視覚+触覚を刺激する作品となっています。

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ちなみに、この句が出来た1893年は、明治時代としては記録的に暑い夏で、平年を2~3℃上回っていました。松山での最高気温の平均値は、

     7月      8月
1893年 33.9(+3.6) 33.7(+2.2)
2020年 31.2(平年値) 32.6(平年値)

と、明治時代なのに平均で「33℃台」です。これは、平成・令和の平年値をも上回るものです。何と、7月14日から8月16日までの約1か月で最高気温が34℃を下回ったのが2日しかないという地獄の様な暑さが続いていたのです。健康な方でも熱中症になりそうな暑さ。子規には堪えたことでしょう。

(2)猶熱し骨と皮とになりてさへ

これも同じく明治26年の作。結核によって、きっと一気にやせ衰えた自分を「骨と皮とになった」と形容したのでしょう。

普通「暑し」と表記するところを、「熱し」と表現したのは、上に書いた様な猛暑による皮膚的な暑さに加えて、ひょっとすると病気などによる発熱を伴っていたのかも知れません。

いずれにしても、中七『骨と皮とに』があることによって、どんな詠みをしても怖い作品になっていると思います。

(3)<病中>ぐるりからいとしがらるる熱さ哉

昨今はあまり使われなくなったかも知れない用法ですが、「ぐるり」とは『周囲』全般を指す表現。この文脈で詠めば、『病気になって周囲から愛しがられる』と前半は詠めると思います。

そして下五の「熱さ哉」については、単純には言い表しづらい感情が渦巻いているように感じました。嬉しくもあり、恥ずかしくもあり、鬱陶しくもあり、やるせなくもあり、寂しくもあり。

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ぐるりが「家族」か、「見舞客」かによっても病の重篤さは変わってきそうです。しかし、正直この句は、それは感情や病状を一切具体的に書かないことによって、病の程度に関係なく、普遍的に共感を得られる様な作品になっているのではないかと思います。

(4)生きてをらんならんといふもあつい事

これはまさに「口語」をいかした本音の作品です。愚痴をこぼすことにすら倦怠感を覚えるような内容です。この句について、夏井組長は、

『しょうがないよと。生きてる間は死ねないんだから。』ってそういう感じになってきますね。

と語っています。この句は制作年月日が不明なんだそうですが、どういった進行具合の病状でこの句を詠んだのがによって、句に込めた思いというのも変わってきそうな作品です。

(5)腹中にのこる暑さや二万巻

この句の顛末はといえば、

秋田の『俳星』という俳句誌の島田五空宅が焼けた「火事見舞い」

の句なんだそう。蔵書2万巻が焼けてしまったことに対する「火事見舞い」の一句で、本好きにとって本が焼けて灰となってしまったことのやるせなさを『腹中にのこる』でダブル・ミーニングにしているんだそうです。

だからこの句自体が子規の体感としての暑さを詠んだ句ではないのですが、間接的に「暑さ」を表現している作品です。

ここまで、正岡子規の「暑さ」の句をご紹介してきました。ここから、私の考える新たな「秋の暑さの季語」のパートに入ります。

2.まだ暑いのに、秋の暑い季語が少なすぎる!

(1)1年で一番暑いのは8月

と、ここまで1893年の猛暑について触れてきましたが、この当時から8月は年間でもトップクラスの暑さでした。これは現代に至るまで共通してます。

太陽の営みとしては、確かに8月上旬に「立秋」を迎えますし、8月も後半になると日の出/日の入りから「秋」を感じられるようになりますが、体感としてはまだまだ暑い! というのが本音です。

この記事にも載せましたが、松山で一年暑いのは8月です。梅雨も終わり、晴天の日が多いこともありますし、夜になっても気温が下がりにくいです。暦の上では秋に分類される8月ですが、まだまだ実態としては暑いのです。

(2)なのに、暑さを表す季語が少なすぎる!

それなのにです。確かに「秋」は『涼しさ』を愛でる季節なのでしょうが、そうは言っても「暑いもんは暑い」!! というのが多くの俳人の思いではないでしょうか。

秋になってから「暑い」状況を描きたいと思って市販の歳時記を開いても、よっぽど大きい季語でもなければ、ヒットするのは、

【残暑、残る暑さ、秋暑し、秋暑、餞暑

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ぐらいです。数えて5つとかです。それに対して、気温的には殆ど変わらないはずの「晩夏」には、これだけの暑さを形容する季語があります。

・【盛夏】、夏さかん、真夏、真夏日
・【暑し】、暑さ、暑、暑気、暑熱
・【暑き日】、熱き日、暑き夜
・【極暑】、酷暑、猛暑
・【溽暑】、蒸暑し
・【炎暑】、炎熱
・【炎ゆ】
・【灼く】、灼岩、日焼岩

これらの季語が8月や9月に使っても全く問題ないならまだ良いのですが、(暦の上では)「秋」なのに、夏の季語を使うのは原則、認められません。季語の数からしても、これって、あまりにもアンバランスじゃないですか?

(3)もう自然な形で秋の季語を作るしか!

でも、夏の季語を使うことは認められないし、秋の既存の季語は数えるぐらいしかないとなると出来ることは一つ。「秋の暑い季語」を作るしかない!と思い立ちました。

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しかも全くの造語というよりかは、既存のものの延長線上でないと、多分、自然に使ってもらえないと思います。だから、自然な形での「秋の季語」を考えることにしました。

(4)既存の「夏の季語」にちょい足し!

そこで思いついたのが、既存の夏の季語にちょい足しするという手法です。偶然、今回ご紹介した子規の俳句で行くと、

『猶熱し骨と皮とになりてさへ』

の句の「猶(なお)」みたいな構造です。つまり既存の季語「暑し/熱し」に何か複合させることで、意味を膨らませるという手法です。

ただこのテクニック自体は「季語」で良く使われる手法なのです。例えば、

「春」+「冬の季語」:春の雪、春炬燵

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みたいな季語は、歳時記を捲ればかなりの頻度で出くわす筈です。要するに(2)で沢山列挙した「夏の季語」に、秋っぽい要素をちょい足しすれば、秋に使えるのではないかと考えた訳です。

3.「夏の季語」に【ちょい足し】

・【盛夏】、夏さかん、真夏、真夏日
・【暑し】、暑さ、暑、暑気、暑熱
・【暑き日】、熱き日、暑き夜
・【極暑】、酷暑、猛暑
・【溽暑】、蒸暑し
・【炎暑】、炎熱
・【炎ゆ】
・【灼く】、灼岩、日焼岩

(1)「なお/なほ」「弥(いや)」「増す」

再三言っていますが、最高気温ランキングの過半を占めるのは8月以降で、一年のうち最も暑いのが「8月」な地域がかなり広い面積に分布してます。

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元凶は、『昼の長さ』と『地表現象への反映』に1~2か月のラグがあることでして、8月に立秋を迎えて日が短くなっても、気温が下がり始めるのはもう少し先だという事実です。

「7月(晩夏)」をも上回る暑さを表現したい!!

そこで考えたのが、「なお/なほ」「弥(いや)」「増す」といった副詞などです。これは日常語にも使われる馴染みのある副詞ではないでしょうか。

「夏」:【極暑】、酷暑、猛暑
    ↓
「なお」:なお極暑、なお酷暑、なお猛暑
「増す」:極暑増す、酷暑増す、猛暑増す

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「夏」:【暑し】
    ↓
「いや」:弥暑し

みたいな感じです。もしこれが歳時記に「秋の季語です」って載ってたら、疑問も持たずに使えそうなぐらいのノリじゃないでしょうか?

(2)「続く」「次ぐ」

「7月(晩夏)」と同レベルの暑さを詠むこと自体も、今の季語のボキャブラリーでは困難です。だから、秋の季語として、最もシンプルに、「続く」と付ければ、一般名詞的に使えそうです。

「夏」:【盛夏】、夏さかん、真夏、真夏日
    【暑し】、暑さ、暑、暑気、暑熱
    【極暑】、酷暑、猛暑
    ↓
「続く」:真夏続く
     暑さ続く、暑気続く、暑熱続く、次ぐ暑さ
     酷暑続く、猛暑続く、次ぐ酷暑

「◯◯」の部分が夏の季語であれば、『続く』とあれば、晩夏の後にも続いていることを読み取ってもらいたいです。

これらの造語季語は、立秋直後に使っても良いですし、例えば9月になっても猛暑日が続いている時なんかに使って貰えれば「合致」すると思います。

(3)「戻る」「名残」

最後に、秋も深まった時期に時折訪れる「暑さ」についての季語も作っておきたいと思います。冷静に振り返ってみれば、

「秋」に運動会があると、練習中に『熱中症で生徒が緊急搬送』というのがよくニュースになってしまいます。そう思うと、暦の上では仲秋でも、やっぱり暑いんです。どれだけ季節が過ぎても、時折ある真夏の様な暑さ。これを表現する季語の表し方の提案がこちら。「戻る」や「名残」です。

「夏」:【盛夏】、夏さかん、真夏、真夏日
    【暑し】、暑さ、暑、暑気、暑熱
    【極暑】、酷暑、猛暑
    ↓
「戻る」:夏戻る、真夏戻る、暑さ戻る、
     暑気戻る、極暑戻る、猛暑戻る、溽暑戻る
「名残」:真夏の名残、名残の暑さ

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【おわりに】

ここまで、正岡子規による「暑さ」の俳句を見て、暦の上では「秋」に分類される時期に「秋の暑さを表す季語」を造語しようという二本立ての記事でしたが如何だったでしょうか?

これは、あくまで私が考えた造語の季語なので、皆さんなりの造語を作っても良いですし、私の季語を使っていただいても嬉しいです。

ただ、一般的な『歳時記』や俳句の世界には、それなりの世界観があって、その世界観を壊される方々が多くいらっしゃいます。
さらに、これらの季語はまだ生まれたてで市民権を全く得ていません。縦しんば、俳句大会や句会などに提示するのはリスキーですしょうww 草の根活動を通じて、この中の一つでもいずれ季語になってくれれば嬉しいです。


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