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大東駿介が新しいメディアを始める理由

このたび、HIKARI監督による映画『37 Seconds』の公開とあわせて、同作に出演されている俳優の大東駿介さんがインタビューメディア『イエローブラックホール』をスタートさせます。まずは、本メディアを立ち上げた経緯や理由について、本人にお話いただきました。なお、聞き手は編集者の長畑宏明が務めています。

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何がリアルで、何が本物かっていうことに対して、すごく強く意識するようになった。

長畑宏明 まずは、映画『37 Seconds』公開のタイミングにあわせて、同作品に出演されている大東さんがこのインタビューメディア『イエローブラックホール』を始めようと思い立った理由から触れていきましょう。僕から前段を説明すると、大東さんはこの映画の重要なテーマである「差別」や「障害」について、映画の外側でもより深く掘り下げるべきだと思った。そこで、映画を観た人たちと自由にディスカッションしていく場を作るために、このメディアのアイデアが出てきたということで。

大東駿介 そうですね。自分にとってもこの映画持つ意味は大きかったので。

長畑 ただ、これは『37 Seconds』に限った話ではなくて、大東さんが俳優として活動していく中で「様々な場所へ足を運んで、様々な役柄を演じる、この経験は他にも役立てるのではないか」という個人的な葛藤もあった、というお話もされていました。

大東 うん。個人的なことで恐縮なんですが、数年前までは「とにかく映画をいっぱい観なければ」みたいな感じで、主に演技という観点から色んなものを吸収したいと考えていたんですよね。でもある時に、「映画は人の営みを撮っている」と気づいた瞬間があって、でも一方で自分自身は普通の人の営みからどんどん離れているような気がした。例えば、レストランに行っても個室でごはんを食べるとか、どこへ行ってもアテンドしてくれる人がいるとか、地方ロケでもホテルにこもりっぱなしで現地の人と関わらないとか、そういう……人との関わりにおける自分の薄さや偏りに危機感を覚えてきたんです。

長畑 自分がリアルな存在ではなくなってきたと。

大東 まさに。何がリアルで、何が本物かっていうことに対して、すごく強く意識するようになった。俳優っていうウツワとはまた別に、空っぽのウツワがあるような気がしていたので。それが20代後半のことですね。カメラの前でも生々しいヒトでいたいなと。でも、実際にやってみると、それはすごく恥ずかしいことだった。なぜなら自分が薄っぺらいから。

長畑 実際近くに「リアル」な俳優さんがいて、自分が影響を受けたということがあったんですか?

大東 いや、僕の場合、他の役者さんと演技論をかわすようなことはほとんどないんですよね。もっというと友達も少ないんですけど(笑)。ただ、そういう生活を送っていくと、自分が求めているものだけを選んでいくわけですよ。だけど、やっぱり好きなものだけを食べていくと不健康になるように、自分の中に入る情報がどんどん偏っていく。

長畑 だからこそ、色々な人たちに話を聞いてまわる今回のような企画を、個人的にもすごく必要としていたわけですね。

大東 選ぶんじゃなくて、拾っていくというか。俳優であるメリットの一つは、意図しないところに意図しないタイミングで行けるところ。あるいは、もし消防士の役をやるとなったら、取材をかねてその職業の方にものすごく些細なことまで聞けるし、実際に役を演じることで疑似体験ができる。最低何ヶ月っていうスパンの中で、良いことも悪いことも深く知ることができるんです。

もうちょっと「保留中」とか、黒でも白でもない言葉を掲載できるメディアを自分自身も欲していた。

長畑 そこで得た情報をきちんと外に向けて発信する必要性をどこかで感じたということですか? インプットしたらアウトプットする、そのルーティンを作るというか。

大東 えーっと、そこはインプット、アウトプットというよりも、自分が外に吐き出すことで何かを得られる「循環」のシステムを作りたくて。それが、このメディアを立ち上げた主な理由です。新しい情報を得て、その瞬間に疑問を投げ返す、円のようなものを作りたかった。そこで新しい発想の種が生まれて、また次につながっていく。『テレフォンショッキング』みたいなこと(笑)。あとは、限られた時間の中で、それをどう有意義に使っていくか。

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長畑 その循環を作る目的は何ですか? 演技のため?

大東 もちろん結果として芝居に反映される行為ではあるけれど、だからといってこれは演技のためとかではなくて……今って白か黒かのジャッジを下すメディアがあまりに多い気がしているんですよね。だからこそ、もうちょっと「保留中」とか、黒でも白でもない言葉を掲載できるメディアを自分自身も欲していた。僕は車の中でいつもラジオを聞き流しているんですけど、ふとした瞬間に面白い情報が入ってきて、「へえ、そんなこともあるんだ」みたいな感じで日常が豊かになったりするから、今回はその感覚に近いかもしれない。自分だって何のために生きているかと問われたら、シンプルに好奇心とか発見のために生きているし。仕組みを真正面から否定することよりも、「その中で自分はどうする?」という話をしたくて……それも些細なことに目を向けていきたい。

長畑 より具体的にいうと、このメディアでは『37 Seconds』という映画をモチーフとした「インタビュー集」のようなものですよね。そこで出てきた言葉のひとつひとつが日常を彩るタネやヒントになる可能性がある。

大東 それと、ワイドショーにしても、人のことを深く知らないからあれだけ悪く言えるわけですよね。例えば、今ここで誰かの悪口を言っていてその本人が突然入ってきたら、まちがいなく気まずくなるじゃないですか。人となりを正しく知っていくと、そう簡単に人のことを否定できないと思うんですよね。「知る」ことが愛情に変わっていく。映画の現場でも、照明部とか録音部の方がやっている作業の内容を知ると、「この照明があるから映像に立体感が出るんだ」とか「小さな足音が感情にこんな効果を及ぼすんだ」っていう風に、全部のことを愛おしく思えるし、どんどん楽しくなっていくわけです。誰が何をやっているかを把握せず「はいー、お疲れしたー」で終わるよりも、「お前とやれてよかったな」っていう方が楽しいし、楽しい方が良いに決まっている。

ポジティブな循環を増やしていくことが、恥ずかしいけれど面白い

長畑 今はあらゆる局面でコミュニケーション不全が巻き起こす「分断」が問題に上ることが多いし、そういうテーマを扱う音楽や映画も一気に増えましたが、このメディアには世直しの意味合いもすこしは含まれていますか?

大東 うーんと、何も「みんなコミュニケーションとった方がいいよ」とかそういうことではないんです。正直、全体のコミュニケーションを円滑にするとか、システムを作るとか、そういう難しいことはわからない。ただ、とにかく楽しい方にもっていきたい。これは関西人気質だからかもしれないんですが、僕はとにかく「損」が嫌いなんです。日々、時間を消耗していることを実感しながら生きている。だから、コミュニケーションで作品とか空気がより良いものになるんだったら2倍得やん、ってそれだけ。そういう「得」を重ねていきたい。節約というよりもマシマシな感じ。

長畑 これは勝手な推測ですが、思想が偏ることで発症してしまうメンタルヘルスの問題にもこのメディアは関わってきそうだなと。

大東 僕にだって、ぜったいに失敗できない状況が年に何回かは襲ってくる。それって要は、「これでとちったら終わりやぞ」っていう世間の重圧に飲み込まれているわけですけど、世界規模で見ればそんなものを感じる必要はないわけで。色んな知識を身につけて、自分の「ものさし」で状況を測ることで、すこし楽でいられるというか、思考の中での回避方法が生まれる。最終的な逃げ道は、「そもそも世界って不完全やん」っていうこと。こんなに優秀な研究者とか学者がいるのにも関わらず、世の中はまだ不完全なんですよ。だったら「今日おれがミスったところでいいやん」って。それと同時に、「この世界で自分がまだ新しいものを発見できる」っていうポジティブな見方も出てくる。人の話に耳をすましていく中で得られる知識は、どんなサプリメントよりも有効な精神安定剤だと思います。

長畑 オーディエンスにはこのメディアをどのように受け取ってほしいですか?

大東 ここにある情報に触れることで、街の見え方ひとつとっても変わるはずなので、それを感じてもらえたら。例えば、(『37 Seconds』で主演を務めた)佳山明さんのインタビュー(近日公開予定)を読めば、点字ブロックのことを気にかけ始めるかもしれないし、そういうわずかな変化を積み重ねていきたい。

長畑 では最後に、今後の取材はどのように行っていく予定ですか?

大東 まずは『37 Seconds』という作品を軸にして、「障害とクリエイティブ」という観点から、色んなジャンルの人たちに話を聞いていく。この映画を撮っている時に、「人間はそんなにきれいなものじゃない」っていう現実にぶち当たって、それでも生きていくところに人間の美しさがあると気付いたんです。今回は映画全体を通して、コンプレックスをクリエイティブに昇華できた気がする。だから、その方法論や目的についてはもっともっと議論していきたい。そしてこれは個人の話にとどまらず、日本という国の仕組みが持つコンプレックスの話にも通じるはずで。今はどこか鎖国状態にあって、政治や経済に対してもネガティブな見方が多い。だからといって、そのままネガティブな意識で団結してしまうんじゃなくて、もっと希望的なものを見せていきたい。ポジティブな循環を増やしていくことが、恥ずかしいけれど面白いので。この「Inspired by 37 Seconds」がシーズン1で、次はまた別のモチーフでシーズン2、3と続けていきたいなと思っています。

*次回は、『37 Seconds』の主題歌を務めたポップバンド・CHAIへのインタビュー記事を掲載する予定です。

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