CHAI インタビュー 〜『37 Seconds』とバンドの共通項〜 後編
*前編はこちらより
インタビュー・大東駿介/テキスト・長畑宏明/写真・岩渕一輝
普段から褒めあうことで、逆に「これは表に出せないな〜」っていうコンプレックスもみんなと共有できるようになった。そうすることで初めて(深刻なコンプレックスも)受け入れられる。―ユナ
大東 その“オトナ”の話は大事ですよね。僕の実家近くに障害者センターがあるんですが、ある時公園で車椅子がぶっ倒れた時に、子供は反応するんだけど、まわりの“オトナ”は何もしなかった。そこで、うわ、これは心の障害かもしれないって。その光景がいまだに僕の頭に焼きついているんです。だって、カナさんが言う通り、猿やったら「あいつ足怪我している、助けよう」って、それだけじゃないですか。ただ、自分自身も猿に戻りきれていない部分もあるから、だからこそこの作品に出ることにしたんです。環境が思考を作っていくから、言葉でいうよりも猿に戻るのって難しい。なかなか変われない人が多いし、「変わらない」という選択も間違っているわけではない。ただ、もし今苦しんでいるなら、できるだけ早くポジティブな方向に行くべきじゃないかとは思うんです。みんなはそこで良い方向に向かえる人と留まってしまう人の違いをどう考えていますか?
マナ 自分のまわりにいる人と、あとは“勘違い”だと思う。私の場合は毎朝鏡にむかって「私は可愛い、グラミー賞とれる」って言い続けたら、どうにかここまでやってこられた。メンバーが「マナは目が小さいところが可愛い」って言ってくれたからアイプチもしなくなった。もうね、自分で勘違いの魔法をかけるしかない。そうしないとドーンと落ちちゃう。今だって夜は本当に無理。でもお酒には頼りたくないし、すぐ寝ちゃう。ちゃんと食べて、ちゃんと生きる。
ユナ 私も夜にしんどい時は、自分の呼吸に集中して、それをBGMにして寝るようにしてる。
大東 コンプレックスと向き合う人とそうじゃない人の違いって、そういう恐怖と向き合えるかどうか、なんですかね。
マナ でも、私だって生理の日はぜんぜん勝ててないですよ。
ユウキ 個人が際立って強いわけじゃなくて、そういうリアルな気持ちを言い合えるメンバーと一緒にいられるのが大きいかも。
アメリカの有名批評サイトPitchfolkの年間ベストアルバムにランクインするなど、海外でも人気急上昇中〜!
今年に入ってCHAIはMac Demarcoのオーストラリアツアーに参加。
ユナ そうそう。普段から褒めあうことで、逆に「これは表に出せないな〜」っていうコンプレックスもみんなと共有できるようになった。そうすることで初めて(深刻なコンプレックスも)受け入れられる。ついつい見えない何かと比較して、「私はダメ人間だー」って自信がなくなることがある。でも、ダメな自分も自分でしかない、そんな自分でも自分しかいないわけで。
大東 そうやってコンプレックスを自覚した次の段階は何だと思いますか?
ユウキ 「忘れること」だと思う。劣っている部分を忘れることができると、行動できるし、次に踏み出せる。ユマだってきっと障害があることを忘れられたからタイまで行くことができた。さっきの勘違いの話と近くて。アメリカ人の友達なんかは親に「我が子は太陽みたいで〜」って褒められながら育ってきてるんだよ。だから、子供も自己紹介の時に「クールで〜ハンサムで〜、ジェイニアスかな!」とか平気で言ってくるし(笑)。でもさ、それが本当かなんて誰もわからないし、自分で言っているうちに変わっていくものだよね。CHAIの場合も4人の中で伸ばしあえるから、その環境が大事。
日本と世界の国境を超えようとすることも、コンプレックスを強みにしちゃうことも、障害を乗り越えようとすることも、ぜんぶつながってくるはず。―ユウキ
大東 コンプレックスは技術とか能力になりえると思います?
ユウキ うん、思う。クリエイティビティと直結する。だってそこが普通とは違う部分だから。それがパワーに変わっていく。
大東 CHAIの音楽を聴いていると、どこも否定しようがない存在だなって思うんです。勝ち負けではない勝ち、というか。
ユウキ 私たちもいつも言っているよね。「優勝だ」って(笑)。
大東 コンプレックスをテーマにすること自体に恐れはなかった?
マナ ない。絶対に格好良いと思っていた。
大東 絶対ってすごいですね。
カナ この音楽のジャンルはCHAIでしかないって思っていたから。JUSTICEとかBASEMENT JAXXとかDEVOとかこれまで聴いてきたいろんな音楽を混ぜて、女性でこんなにクールなひずみを出せるんだっていう、それって日本ではまだ誰も表現していない。女性のゴリラ。
ユウキ うん、まさしくゴリラ! 海外でも日本人うんぬんではないところで評価されたい。向こうでは鉤括弧つきのジャパンカルチャーばっかり広まっていて、大きな壁を感じていたから。
大東 じゃあ、「障害」はアートのテーマになりますか?
ユウキ なる、絶対に。日本と世界の国境を超えようとすることも、コンプレックスを強みにしちゃうことも、障害を乗り越えようとすることも、全部つながってくるはず。
大東 HIKARIさんも、早くから海外で映画を学んでむこうで活動しているという点では、かなりレアな日本人なんですよ。当たり前に国境線を超えている。
カナ 作品にも余計な自意識が含まれていなくて、綺麗な「お水」っていう感じ。そこに明さんのリアルな立ち振る舞いが入ってくることで、世界基準のものになってるんだと思う。
大東 明さんのことでいうと、僕はカメラを通した時、嘘のやりとりをしたら彼女に見透かされると思っていました。俳優は台本をもらって芝居をするんだけど、素人さんはそこで生きているだけだから。あと、ドラマだと寄りで情報だけを伝えるんだけど、映画は空間全体を捉えて各々の生き方を見せていく。その中で自分の見せたいところだけを表現するのはとうてい無理な話で、いかに僕は僕でいられるかということが問われる。お客さんだって“猿”の部分では全部わかっているはずなので。
マナ うん、それはすごくよくわかる。
大東 そういえばCHAIって、どうしようもなく自分たちを肯定できない絶望期はあったんですか?
カナ 海外で初めてライブをやった時かな。現地のスタッフさんは最初から躊躇なくハグしてくれるし、言葉で「君たちの音楽最高だよー!」って愛を伝えてくれるし、音楽が日常のすぐそばにあるし、オーディエンスは120%のパワーで反応を返してくれるし、そんな環境に刺激を受けまくって、いざ日本へ戻った時にはJ-POPを聴けない体になってしまったんです。日本で活動する理由がわからなくなった。日本には愛を感じられない瞬間がたくさんあって、はじめて音楽やめたいと思った。
大東 理想はここ(日本)にないし、だけど今すぐ拠点を移すことも現実的に難しいし、一番しんどい時ですよね。
マナ そのあとSuperorganismっていうバンドと出会って、彼女たちの中には私たちがやりたい音楽の根幹があるような気がしたの。そこで本当にやりたいことを再発見した。もっと音楽は自由でいいんだって。彼女たちは生活の全てを音楽にしていたから。ヴォーカルのオロノなんてステージ上でずっと「ファック!」って言ってる(笑)。
大東 へえ! 実は、主題歌を決める時に僕からSuperorganismも候補に挙げていたんですよ。SuperorganismとCHAIの共通点って、ありのままの自由を重じているところですよね。それがさっき話に出た“猿”としても正しい形だし。
マナ そうそう。あの子もめっちゃ猿じゃん、って。彼女はステージ上で「お父さんに会いたい〜」って泣いていたこともあったし、ありのままの自分を見せていたんです。しかも、それを海外のスタッフたちはちゃんと抱きしめて、認めるんですよね。「今から関係者に挨拶だよ、泣くのやめてね」とはけっして言わない。彼女たちと出会って、尊敬と悔しさと、いろんな感情がないまぜになったかな。(完)
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