見出し画像

彼女はただ眠りたいだけなのに

隣人は真夜中になってもうるさいままだった。彼女はなかなか眠りにつけない。
目を閉じても聞こえてくる隣人の笑い声がまるで自分自身を嗤っているようだ。

そのように感じてしまう自分自身に嫌気がさし、いつも温厚な彼女はもう限界だった。

温かくなった布団から出た彼女は勇気を出して隣人のもとへ向かう。
ただ静かに眠りたいだけなのに...と小さくため息をつく。
先ほどまで温かかったはずの足はすでに冷たくなってしまった。

「ピンポーン」

インターホンを鳴らす。「はーい」と明るく楽しそうな声とともに扉が開く。
「すいません。もしよければもう少しお静かに願えますか」彼女は申し訳なさそうに言った。

そんな彼女を見た隣人は「あ!うるさいですよね!すいません!みんなうるさいって!静かにしてあげて!夜中に申し訳ありませんでした...。」

申し訳なさそうに頭を下げる隣人を見て、彼女は少し安堵して静かに頷いて
「こちらこそすいません。ありがとう。」そうお礼を頭をさげた。

そして、閉まった扉の向こうからは「とりあえず謝っといた。めんどくさいね」と
笑いながら話す隣人の声が聞こえていたが、彼女は気にしなかった。


部屋に帰りついた。先ほどまでの暖かさはなく、少し生暖かいだけの布団に滑り込むように入る。冷え切った足はすぐには温まることはない。無言で足と足をすり合わせる。少し暖まりかけたところで、隣の部屋からは再び大きな笑い声が聞こえてくる。隣人が静かだったのはほんの数分だけ。

「やっぱり言ったところで変わらないか」彼女はそう呟いて再び目を閉じたのだった。

その夜、彼女は夢を見た。

彼女以外の他には誰も乗っていない。ただ、静かに上へ上がるエレベーター。
彼女は今日のことをぼーっとしながら思い出していた。

すると「ピピピッ」と小さく音がなったと思いきや
「ジッケンイチ、ジッケンイチ、ジッケンイチ…!」

そんなアナウンスがエレベーターの頭上から降ってきた。
するとその途端エレベーターは凄いスピードで上がっていくではないか。

彼女は現状を理解する余裕もなく、このままでは建物の天井を突き破るのではないかと思ってしまう勢いで上がるエレベーターの手すりに必死にしがみついているしかなかった。上がっていく速度が速すぎて、彼女の体はどんどん床に押さえつけられる。目も開けられない、呼吸をするのも忘れるくらいの速さだ。

もう無理...呼吸ができない....そう思ったのを最後に彼女は気を失った。そんな彼女をきにすることなくエレベーターは上がっていくのだった。

気を失った彼女が目を覚ますと大きなホールの観客席に座っていた。

そこには知らない人々が集まっている。彼女を気にする人は誰一人いない。どうやら何かの儀式をしようとしているようだった。

それぞれの種族が集まり代表を1人ずつ選び5角星を描くように配置されている。その者たちを見て、かわいそうに...と呟く者もいれば、誇らしい者たちだ。と笑顔の者もいる。そんな観衆の中で周囲の話を聞いていると、どうやら封印した際に命を落とす可能性があるがそれでも構わないと勇気を出して選ばれた者たちのようだ。

ホールの中で、最上級の権力者がいう「いまから封印の儀を行う。静粛にできない者は去れ!」その一言でホールは静寂に包まれ、この空間に誰ひとり存在しないような空虚な雰囲気にがらりと変わった。

静かにホールの中央の扉が開く。3メートルほどの大きな鳥籠に漆黒の布がかかぶされ中身が見えないようになっている。

籠の中からは何の音も聞こえない。
ただ慎重に鳥籠を運んでいるようにしか見えなかった。

そして、ホールの中央に来た時、被されていた布が外された。騒めくかと思いきや、誰もが息を呑んだ。どんな恐ろしい生き物かと想像していたものとはまるで違ったからだ。

その中には、か弱そうな少女が一人うずくまり哀しそうな表情をしている。なぜこのように囚われているのか理由が分からない人々からすれば、彼女の見た目はごく普通のただの少女なのだ。

権力者が静かに代表者に合図を送る。その目は愛おしいそうでどこか物悲しそうだった。代表者たちは互いに頷く。そして、代表者たちを光の線が赤、青、黄、緑、紫でつなぎ大きな5角星を描いた。少女は苦痛に耐える表情を見せ、籠の中で涙を流しているとみるみる少女の身体は奇形になり始める。背中からは黒い羽根が生え、手は獰猛な鷹のような爪をもち、身体は針金のような鋭い毛で覆われいく。顔は人間ではなくこの世のものと思えない醜い顔に変わった。封印の力を受けた彼女はもう可愛らしい少女ではなくおぞましい怪物となっていった。

そんな怪物になった少女を見た彼女は涙を流していた。自分でもわからない。でも、なぜか涙が止まらなかった。そして、涙を流している彼女を怪物は見つめたまま大きな炎に一瞬だけ包まれやがて小さな箱になったのだった。

その箱を見つめていると、箱は開き黒い影が飛び出し一瞬にして彼女を飲み込んでしまった。その影に飲み込まれた彼女は現実世界でそのまま朝を迎えることはなかった。そして、冷たくなった彼女の部屋からは鳴り止まない目覚ましの音だけが誰かに止めてほしそうに鳴り響いているのだった。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?