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自己肯定感って、本当に要る?

私はここ最近、自己肯定感がめっきりなくなっている。

とはいっても、昔から自己肯定感が低かったわけではない。
高校時代や大学時代はわりと楽しくやっていたし、もちろん落ち込むことはあったけれど、「自己肯定感低いなぁ」と思ったことはない。
そう考えると、昔の自分は自己肯定感をちゃんと維持できていたのに、今のは私はそれができなくなっている。ように見える。というか今日の今日までそう思っていた。

年齢を重ねて、周りの人たちがライフステージを変えていく中、自分はその波に乗れない(意訳:結婚していない)、というところから自信をなくしているのか?
はたまた、SNSが浸透して他人のライフスタイルがいとも簡単に覗けるようになった昨今、その理想的な暮らしと自分自身の現実的な暮らしを比較してしまうところから自信をなくしているのか?
色々なことを経験しすぎて臆病になっているのか?
幼少期になにか問題が?
経済的な余裕がもっと必要?
瞑想するべき?
カウンセリングに行ってみる?
なんなら占い師にみてもらおうか・・?
なんてところまで、思考はぐるぐると巡っていた。

でもふと思ったのです。
昔の自分が「自己肯定感低いなぁ」と思ったことがないのは、ただ単純に「自己肯定感」という言葉がなかったからじゃないか、と・・

そう。自己肯定感という言葉をよく耳にするようになったのは、ついここ最近。
リモート会議。キュンです。親ガチャ。バズる。
そんな言葉たちと同様、瞬く間に浸透した「自己肯定感」という言葉。

確かに、自己肯定感が高いことはとても素晴らしいこと。
自分に自信があって、自分を好きでいられる。理想的。
でもさ、人間落ち込むことくらいあります。自分なんてダメな人間なんだって思うこともある。あっていい。
そんなとき、一昔前は単純に「落ち込んでる」とか「元気ないです」とか言っていただけのように思える。「自己肯定感」という言葉を使わなかっただけで、状況はさして変わらない気がする。

現代ではあまりにも「自己肯定感を上げていこうぜ」ムーブ(これも最近の言葉だが)が巻き起こりすぎている。
落ち込んでいる時に、その流れに乗らなければ!と思えば思うほど、自分を追い込むことになりかねない。

SNSによる拡散であらゆる言葉が音速で浸透していってはあっという間に消えていくこの時代。
トレンドワードに自分を当てはめてああだこうだと分析してもがくことは、ちょっぴり大変だから、型にはめすぎずに生きていくのもいいんじゃないかな、と、同時に、言葉の力ってやっぱりすごいなと感じた。

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