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パンデミックのアクセント

まずはこちらの動画を再生してください。

これらはいずれもニュース的な番組の動画から抜き出した音声です。「パンデミック」には3つの発音(アクセント)がありました。

1. パンデミック
2. パンデミック
3. パンデミック

この現象自体は道浦俊彦さんも指摘していて,放送局によって意見も様々あるようです(新・ことば事情7356「『パンデミック』のアクセント」 )。

こういったアクセントのゆれ自体はよく見かけますが,3つも出てくるのはちょっと珍しいように思いますし,それぞれのパターンが出てくる背景には何があるのかはあまり知られていないように思います。そこでこの記事では,アクセントパターンのゆれに見られる仕組みを解説していきます。

※ 本記事は@tmrowingこと松井孝志先生より頂いたご質問がきっかけとなって,執筆しました。感謝申し上げます。

音の単位:モーラと音節

アクセントを考える上で重要な概念はモーラと音節です。モーラとはほぼ仮名一文字に相当する単位で,日本語では語の長さを数えるときに使います。川柳や俳句などの韻文で使われる575と数える単位まさにモーラです。例えば,「ポケモン」は「ポ・ケ・モ・ン」と4つに,「ふなっしー」は「ふ・な・っ・し・ー」と5つに切ります。注意したいのは,拗音は切らないので「チョコレート」は「チョ・コ・レ・ー・ト」と5つになります(ジャンケンして進む遊びは表記で分けてるので違う)。

モーラには自立モーラと特殊モーラの2つがあります。自立モーラはそれだけで単語になりうる,単語の最初に来れるといった特徴があります。特殊モーラは長音(ー),撥音(ん),促音(っ),二重母音の後部要素(aiのイ)で,これらはそれだけで単語にはなりませんし,自立モーラと異なり単語の最初には来れません(「んー」などのフィラーはあるし,「ンジャメナ」という都市がありますけどね)。

音節は母音を中心とした単位です。英語などでは語の長さを数えるときに音節が使われます。例えば英語のanimalという語はa・ni・malという3音節に分かれます。日本語の場合,「ポケモン」は「ポ・ケ・モン」,「ふなっしー」は「ふ・なっ・しー」と同じ3音節になります。このとき自立モーラだけの音節は軽音節(ポ・ケ・ふ),自立モーラと特殊モーラからなる音節(モン・なっ・しー)は重音節と呼びます。

モーラ:日本語で数えるときに使う単位。語頭に来れる自立モーラと語頭に来れない特殊モーラ(ー,ん,っ,イ)に分かれる。
音節:母音を中心とした単位。日本語では自立モーラと(あれば)後続する特殊モーラで1つの音節。1モーラの音節は軽音節,2モーラの音節は重音節。

パンデミ\ック=逆3型規則

日本語はアクセントが多様です。「はし」は「箸(は\し)」「橋(はし\)」「端(はし ̄)」とアクセントによって区別することもできます。しかし外来語ではアクセントのパターンは限られます。外来語もアメリカ ̄のように平板型になるものがあったりして複雑ではありますが,今回の話題で特に関わるものに限ると,アクセントは語末から数えて3つ目のモーラに来ます。この規則は語末から数えるので逆3型規則などとも呼ばれます。

外来語アクセント規則(逆3型規則)
語末から数えて3つ目のモーラにアクセントを置く。ただし,それが特殊モーラならば,さらに1つ前のモーラに置く。
後ろから3つ目のモーラの用例
ゲ\スト,ベ\ッド,ドラ\イブ,グロ\ーブ,トラ\ブル,アシ\スト,アスファ\ルト,プログ\ラム,エメラ\ルド,マクドナ\ルド
後ろから4つ目のモーラの用例
ゴ\ールド,キャ\ンドル,ラ\イバル,グラ\ンプリ,スロ\ーガン

パンデミ\ックのパターンはまさに語末から3つ目のモーラにアクセントが来ています。つまり,このパターンは外来語のアクセントとしては最も基本的なものというわけです。

パンデ\ミック=促音の不安定さ

特殊モーラの中でも促音はやや特殊な振る舞いをします。例えば4モーラの外来語の中には逆3型規則に従わず,さらに1つ前のモーラにアクセントが来るものが見られます。これらに多いのは特殊モーラが促音のものです。

外来語アクセント規則の例外
ト\リック,ポ\ケット,ド\ロップ,ブ\ティック,ジャ\ケット,ラ\ケット,ク\リップ,ロ\ボット

つまり,促音は他の特殊モーラよりも重音節を作るのに安定していない,軽音節的に振る舞うということです。そのため,語末から3つ目のモーラというときにト・リッ・クと分けて数えたためアクセントがト\リックとなったわけです。

パンデ\ミックのパターンはこれらと同じように,促音を含む音節(ミッ)が1モーラとして数えられたことによって生じたものと考えられます。

ちなみに上であげた用例の多くは「ゆれ」であって,それぞれ外来語アクセント規則どおりのパターン(トリ\ック,ジャケ\ットなど)も許容されます。そういった点でもパンデミックと同じだと言えます。

パ\ンデミック=形態構造

外来語のアクセントを説明するにはモーラや音節といった音の要素を使う他に,語を作る要素(形態素)に注目することも必要です。複合語のアクセントは最後に来る要素によって決まるのが基本です。例えば「村」は「むら」とも「そん」とも読みますが,どちらで読むかによってアクセントが変わります。

「-村」のアクセント
-むら ̄:泊村(とまりむら),昭和村(しょうわむら),清川村(きよかわむら)
-\そん:大和村(やまとそん),椎葉村(しいばそん),国頭村(くにがみそん)

外来語にも一定の形を持ったものが逆3型規則から外れることがあります。
※一部用例とアクセントを改めました

外来語形態素によるアクセントの違い
○\○ティー:マジョ\リティー,オーソ\リティー,セ\ーフティー
○\○ラリー:ボキャ\ブラリー,ラ\イブラリー
○\○レット:パ\ンフレット,マ\ーガレット,タ\ブレット
○\○メント:ト\ーナメント,マネ\ージメント,アセ\スメント
-Cingu ̄:ランニング ̄,タンギング ̄,ボーリング ̄ (Cは子音)

これらは(どういった意味はともかく)アクセントとして上のような形で覚えられているのだと思います。ちなみにこれらは輸入元の言語(原語)である英語のアクセントと一致しているので,そこから説明できそうに見えます。しかし,それだとなぜこれらの形態素だけ英語のアクセントと一致するのかということや,-Cinguのように平板化するものが説明できません。そのため,この記事では外来語のアクセントが直接英語のアクセントを参照したという立場には立たず,あくまで日本語話者の持っているアクセントの知識という観点で説明します。

パ\ンデミックのパターンについても,「レット」や「メント」と同じく○\○-Cikkuのような形でアクセントの情報を覚えていたため生じたのではないかと考えられます。-Cikkuがみなこういったパターンをとるわけではありませんが,下に挙げた例から,そこまでマイナーでもないことは分かるのではないでしょうか。

○\○-Cikkuの用例
ピ\クニック,セ\ドリック,フレ\ドリック〜フレドリ\ック,パ\トリック〜パトリ\ック,ク\リニック〜クリ\ニック,シ\ンフォニック〜シンフォニ\ック

形態構造についてもう少しだけ

松井孝志先生より,パ\ンデミックと発音する人がインフォデミックについてはインフォデ\ミックと逆3型で発音するという情報を頂きました。これらを一見すると一貫性がない発音をしているように見えますが,このケースについてはそれぞれの外来語の形態構造の違いから説明できそうです。

上で説明したようにパ\ンデミックと発音されるのは,パンデ-ミックと分析して,-Cikkuという形態素に特殊なアクセント(○\○-Cikku)が指定されているからだと説明しました。一方,インフォデミックの場合はインフォ-デミックと分析します。多くの日本語話者にとって「デミック」のもとである「エピデミック」は未知語かもしれませんが,「インフォ」は「インフォメーション」から来ていると推測すると思います。であれば,インフォ-デミックと分析することは成り立ちます。

次に,それぞれの要素にいったんアクセントを付与します。この場合,どちらも外来語なので,逆3型規則と促音の不安定さより,イ\ンフォ-デ\ミックとなります(促音が不安定になる現象は複合語の後部要素では特に見られます)。複合語のアクセントは後ろの要素によって決まります*が,この場合,デ\ミックのアクセントが保持され,前の要素のアクセントはなくなるため,インフォデ\ミックという形になります。
※ 複合語のアクセントそのものは実際もっと複雑です。詳しくは文献(1)(2)を参照するのがいいでしょう。

このように,同じミックでも形態構造が異なるため,アクセントに一貫性がないように見えるのだと思われます。

まとめと文献ガイド

パンデミックという語に見られる3つのアクセントについて説明しました。まとめると次のようになります。

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最後に,この記事に関する現象に興味が出た方向けの文献ガイドです。

(1) 窪薗晴夫『アクセントの法則』(岩波科学ライブラリー)
日本語のアクセントの規則性が,豊富な用例をもとに分かりやすく説明されています。本記事の外来語アクセント規則(逆3型規則)について多く議論されています。

(2) 田中真一『リズム・アクセントの「ゆれ」と音韻・形態構造』(くろしお出版)
野球などの「かっとばせー○○」のパターンと複合語,外来語のアクセントに見られるゆれについて,理論的考察も含め詳しく分析されています。本記事の促音の不安定さという説明は同書に基づいています。

(3) 佐藤大和「外来語における音節複合への区分化とアクセント」(音声研究)
(4)儀利古幹雄「日本語の外来語における疑似複合構造 : 語末が/-Cingu/である外来語のアクセント分析」(神戸大学言語学論叢)
外来語アクセントを形態構造に着目して分析した文献はあまりないのですが,ここでは代表的な論文2編を紹介します。(3)は逆3型規則ではうまくいかないパターンがそれなりにあることの指摘,(4)は日本語の形態構造として外来語をどう処理しているかの具体的な事例として見ることができます。

(5) 松浦年男「「令和」のアクセントをどう考えるか?
アクセントのゆれの説明としては,私が書いた「令和」のアクセントに関する記事も参考になるかと思います。


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