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モチベーションの”差”についての話

初投稿から1ヶ月が経ちました。。

結局月1回ペースの投稿になってしまいましたが、無理のないペースで続けていこうと思います。

今回は自分でも非常に難しいと感じることをテーマにしてみました。

モチベーションの”差”とは

皆さんは、一人一人の”モチベーション”というものに”差”はあると思いますか?

よくラクロス部のコーチ時代に
「メンバー間でモチベーションに差があるのですが…」
といった相談を受けることがありました。
GMとなった今でも時折そういった相談はあります。
もちろんスポーツに限らずどの職場でも同じ話はあると思います。

私はこの「モチベーションの差」という表現に昔から何となく違和感を抱き続けていたので、考えをまとめてみようと思います。

あくまでも指導者・コーチ・マネージャーだったり、人の育成に関わる立場に立った時の考えです。

広辞苑でそれぞれの言葉を調べてみると

【差】①性質・状態のへだたり。ちがい。②一つの数値と他の数値との間のひらき。さしひき。
【違い】ちがうこと。同じでないこと。また、その程度。
【モチベーション】①動機を与えること。動機づけ、誘因。②物事を行う意欲。やる気。

わかるようなわからないような答えが出てきましたが、多くの人が「モチベーションに差がある」という問題意識を抱えるケースでは、優劣大小(高低)として、つまり広辞苑でいう②の方の意味で表現される場合が多いのではないかと私は感じています。

モチベーションが高い・低いという表現自体は普通に使われるものですし広辞苑でも意欲・やる気として定義されているので正しい使い方だと思います。

情熱・熱量という表現もありますが、その量はどうやって測るのでしょうか?

恐らく部活動だと”自主練数”だったり、仕事(営業職)だと”アポイント数”といったもので測ったり、「主体的・積極的に動いているか」という印象で測ることが多いと思います。

指導者としての捉え方

たしかに、自主練数やアポイント数といった部分はある程度数値で測れるので、”差”というものは生じます。

しかし、活動量や主体性や積極性といった姿勢(から受ける印象)を「モチベーションの(高さの)差」として結びつけることにどうしても違和感を覚えます。

私個人の捉え方ですが
モチベーションに差がある」よりも
モチベーションに違いがある」という表現が一番しっくりきます。

つまりモチベーションの量ではなく、何に対して意欲が湧くかという方向(価値観)の違いであり、それが結果的に行動量の差になるという捉え方です。

「モチベーションが高い、低い」という表現をしてしまうと、”低い”と表現される人自身の否定に繋がります。
発破をかけるつもりで「モチベーションを上げろ」と言っても、一時的には上がるでしょうが本人にポジティブな動機がないので継続することは少ないと思います。

メンバーが所属しているチームや組織へのロイヤルティを高め、意欲的に動いてもらうために必要なのは存在が認められている役に立っているという実感だと思うのですが、モチベーションの高さに焦点を合わせるとメンバー全員を認めることが難しくなります。

正直、私はモチベーションの高さというものに焦点を合わせること自体にそれほど意味を感じていません。

動機や願望、つまりそのメンバーが頑張れる目的そのものに目を向けることが大切だと考えています。

メンバーとの関わり

動機は人から押しつけられるものではなく、その人の中にしかありません。

組織・チームの目的(理念)を判断軸として行動することが、最終的にその人の目的も果たされる理由を共に考え、合意し、本人に行動を決断してもらう、この関わりがコーチングのスタートだと思います。

もし、メンバー1人1人が自分の力を最大限発揮できる環境を創ることを役割とする人であれば、「モチベーションを上げさせる」のではなく「メンバー個々人にとって正しい動機づけをする」ことが本質ではないでしょうか。

その関わりでは優しすぎるという考えもあると思いますが、「人をより良くする」というが指導者の役割なら、そのためにはメンバーに情報を与える必要があります。

人は自分が決断したことは守ります。つまり意欲的に取り組むということです。
守れないのであれば、それは決断できていないということです。

メンバーが自ら決断できるよう、良い情報を与え、何のため・誰のために自分はここにいるのか、なぜ成長したいのか、他者にどういう影響力を持ちたいのか、これらを明確にする段階から伴走することが、指導者・コーチに求められる関わりではないかと思います。

ただ優しくするのではなく、承認する。

厳しさも必要だと考えるのであれば、メンバーの存在自体を承認した上で目的を果たすために取るべき行動を同意・約束することで、モチベーションが高い人を褒めて低い人に発破をかけるといった対処療法的な関わりではなく、一貫性のある理想の厳しさが生まれるのではないでしょうか。

メンバー同士、ライバル同士の横の関係では、どうしても他者との比較が生じますし、これは当たり前です。

だからこそ指導者がメンバー個々の動機・目的に焦点を合わせた関わりを続け、その指導者の在り方が一人でも多くのメンバーに良い気づきを与え、その結果、互いに認め合い・高め合える風土がチーム全体に広がっていくのが自分の考える理想の姿です。

同じ生い立ち、同じ価値観の人は存在しません。そういう個の集合体が組織・チームです。
置かれている環境、持っている情報、見えている世界の中で、誰もが常に最善の選択をしているのだということを私も学びました。

個々の違いを認め、違いで勝負する
ここに焦点を合わせると、メンバー1人1人との関わりやチーム・組織というもの自体への捉え方も変わってくるかなと思います。

何ともフワッとした中身になってしまいましたが、モチベーションというテーマは改めて奥が深く難しいと感じますし、もっとこういう関わりをコーチ時代には徹底したかったというのも本音です。

次回もよろしくお願いします。

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