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寒くなったら鍋にしよう

今週からぐっと冷え込んで、今年もいよいよこの季節が来たなと感じる。憂鬱な季節。毎年決まってそれが来ると知っていても、見事なまでに毎年落ち込むし、心に余裕がなくなる。些細なことでイライラしたり傷ついたりする。訳もなく毎晩涙が止まらなくなる。重たい身体を引きずりながらなんとか日々を生きる。
けれど、春になったら訳もなくまた陽気な気分に戻ることも知っている。今年も「冬越え」の季節がきた。最近はそんなふうに受け止めている。一緒に冬を越せなかった大切な人たちのことを思い出すたび生きる意味が分からなくなるけれど、死なずに生きて冬を越えるのだ。感情のコントロールが難しくても、それは自分じゃなくて冬のせいだと割り切ってみる。

今年は日中在宅の仕事をしているので、しんどい日にもちょっとは力を抜けるかもしれない。在宅でできる仕事にしつこく拘っていたのは、冬越えのせいもある。実際これのせいで周りの人に迷惑をかけたことが何回もあるので、冬の間は人と関わらなければいけない時間をなるべく減らしたかった。
ちょっと大げさでは、と思われるかもしれないが、それぐらい私は冬が怖いし、なんかの病気か?と思うぐらいに自分をコントロールできなくなる。一年間必死に積み上げてきたものを全部ぶち壊すぐらいの威力を冬は持っている。冬は私の人生のキングボンビーだ。

去年は冬越えをするために、ボーナスで土鍋と卓上コンロを買った。あと加湿器も。
一人暮らしをするまで、私は生活に全く無頓着だった。実家にいる頃、寝室がすごく寒かったのに、エアコンを付けるという発想も、暖房器具を買うという発想もなぜかなかった。だから私は毎年毛布と布団を4枚ぐらい重ねて布団のなかに引きこもっていた。
食事もそんな感じでこだわりがなかったので、生協で買い置きしてある冷凍食品やレトルト食品をローテーションで食べていた。お好み焼き、うどん、レトルトのラーメン、焼きそば。小学生の頃から、私の食生活のラインナップはほぼ変わっていなかった。

自分で稼いだお金を自分の生活を豊かにするために使えばいいのだと気付いたのは、一人暮らしをはじめてからだった。新型コロナが流行しはじめたのと一人暮らしをはじめたのがちょうど同時期で、家に一人でいる時間が増えた影響も大きいかもしれない。
とにかく私は、一人で暮らしてはじめて「生活」に興味を持った。生活のためにお金を使って自分が過ごしやすい環境を作ることの楽しさを知った。そして、自分の生活を大切にすることは、自分自身を大切にすることでもあると気付いた。体調や肌の調子、気温など、日常生活の些細な変化を感じとって、調子が悪ければ早めに適切な手当をする。それができると気分もよくなる。

今振り返ると、実家にいた頃の私はセルフネグレクトの傾向があったように思う。部屋もぐちゃぐちゃだったし、服は洗わずに何日も溜め込んで、次の日予定がないとお風呂にも入らなかった。布団の中ぐらいしか居場所がないのでやることがなければベッドでじっとしていた。身支度をするのがめんどくさくて外に出る気も起きなかった。だから、私にはきちんとした生活をする能力自体が元々ないのだと思い込んでいた。

けれど、いまの私は誰かに命令されなくても料理も家事も人並みにちゃんとやっている。(人より少々ずぼらな方だとは思うけど。)予定がなくてもほとんど毎日外に出て気分転換をする。
過去の自分と地続きだった場所−−実家やあの町を出たことで、自然と自分を大切にする気持ちが芽生えたように思う。それはいま住んでいるこの場所を大切に思っているからかもしれない。ただ生きている。ただ生活を営む。何者にもなれなくても、それができたら十分だ。

とはいえこの季節がしんどいのには変わりないので、去年は冬越えのお供に土鍋を買うことに決めた。季節の変化に翻弄されるだけではなくて、自分のコントロール下で季節を楽しむことにした。悲しい思い出に埋め尽くされた冬のイメージをちょっとだけ変えるために登場させたのが土鍋だった。
実家に土鍋がなかったので、身近な人に聞いたりネットで調べたりして、一人暮らしにしてはやや大きな土鍋を買った。藍色の渋い土鍋だ。

もともと鍋はさほど好きじゃなかったけど、鍋をしようと思い立ってスーパーに行ってみたら案外楽しかった。好きな味の鍋の素を買って、食材も好きなものだけ入れる。具がなくなったら残り汁にうどんやご飯を入れて、卵をかけてしめる。この間韓国のサリ麺でしめたらかなりよかった。土鍋でおでんや鍋焼きうどんを作るのもいい。

寒くなったら鍋にしよう。寒くて憂鬱になるなら温かいものを食べたらいい。エアコンで部屋をあたたかくして、乾燥するなら加湿器をつけよう。たまには友だちを呼んで鍋パーティーをするのもいいね。土鍋のあるところに人が集まる。季節が生まれる。

程度の差はあるにしても、冬に憂鬱な気分になる人はたくさんいると思うので、みなさんもあたたかくして、一緒に冬を生きのびましょう。

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