ビザ問題:ポーランドの政局に激震

 近年のポーランドでは右派「法と正義」(PiS)党が与党として政権を握ってきた。その原動力となった問題の一つが東部から流入する非欧州系・不法移民の問題であったはずだった。不法移民問題の対策に消極的なEUとの協調を提唱するドナルド・トゥスク元首相の「市民プラットフォーム」(PO)とPiSの違いは、もちろん移民問題への対処だけではないが、10月中旬に控える選挙の争点にならないと考えるのはあまりにもナイーブである。

 ロシアの「特別軍事作戦」以来、日本ではウクライナに関する報道が増え、必然的にポーランドに対する関心も高まっているはずだ。例えば岸田首相が3月にウクライナに朝貢する愚行を犯した時も、ポーランドから列車でウクライナ入りした。ウクライナ難民もポーランドに多数流入している。それだけに、もしウクライナ情勢に関心がある素振りを見せる人がいるならば、ポーランドの政治情勢を知らないなどと言わせてはならない。しかし、日本のメディアはポーランドの政界の異変について沈黙を貫いているのである。このタヌキ寝入りは看過できぬ。そこで、今回はこの問題を取り上げる。

 その異変とは「ビザ問題(afera wizowa)」である。この事件はポーランドの外務省でビザ発給に関する汚職があったとされる問題である。ポーランドでの報道を見ると「外務省の職員が、イスラム教徒の国々の市民に対して、高額な金銭を受け取ってビザを不正に発給していた」というような説明がされている。要するに、ビザを金で売り飛ばす汚職をしていたというわけである。

しかし、事件に関係する国の名前として挙げられているのはサウジアラビア、カタール、アラブ首長国連邦、台湾、香港、インド、シンガポール、フィリピンなどで、イスラム教徒の国々という表現は正確さに欠く。わざわざこのような表現が使われていることには悪意を感じざるを得ない。

 いずれにしても、外務副大臣であったピオトル・ワヴジク氏は辞任にまで追い込まれた。しかも、9月15日の記事によれば同氏は自殺未遂を起こし重体で病院に担ぎ込まれたという。

発見された「遺書」には「汚職には関与していない」、「政治の垣根をこえて困った人達を助けたかった」などの旨が書き記されていた。ポーランドの中央捜査局は外務省だけでなくワヴジク氏も捜査対象としていたようであるからそれがストレスとなったのかもしれない。

 PiSのボスであるヤロスワフ・カチンスキ氏は「これはスキャンダルではなく、さえずりにもならない」と豪語しているが、いくら好意的に見てもPiSに不利な大問題であることは間違いない。第一に、すでに7人が起訴され、3人が逮捕されているのである。第二に、汚職という性質上「法と正義」(PiS)という党名自体がネタにされてしまうのは避けられない。第三に、PiSの移民政策がどういうものであったかも考慮する必要がある。批判するわけではないが、ウクライナ紛争以前のPiSの移民政策はEUの基準から考えると、相当厳しいものであった。当時、ポーランドで移民といえば、ヨーロッパの外から、つまりアフリカやアジアから、隣国ベラルーシなどを経由してポーランドに不法入国しようとするという印象であった。これらの移民は、ポーランドではイスラム教徒とみなされ、ポーランドのカトリック的価値観に適合しない迷惑な人達であるというような世論が形成されていたのである。一方でポーランドと同一民族のスラブ系国家でありながら正教会系であるウクライナでの紛争が始まると方針を転換し、ウクライナからの難民は受け入れることにしたという経緯がある。

 だからこそ、ポーランドのメディアが「ビザ問題」を報じるときに右から左まで一斉に「イスラム教徒」を引き合いに出すのは独特の意味合いがあると言えよう。すなわち、ポーランド国民にありがちなイスラム恐怖症をPiSに向けて逆噴射させてPiSを政権から引き摺り下ろそうという意図が透けて見えるということである。ではそうしてPiSを引き摺り下ろしたらどうなるのか?ポーランドの国柄や野党のEU協調路線から推察するに、対露政策や軍事的な意味合いでは、表面的には現状の政策から大きく動くことはないと考えられる。しかし、PiSが進めてきた政策は何もイスラムやロシアに対する恐怖症を煽るだけの政策ではなかった。PiS率いるポーランドは、ヴィシェグラード・グループ(V4)の一員としてハンガリーと協力しながら家族や子供を性的不道徳から守る政策に力を入れてきたのである。そしてこのような方針はどちらかというと西側諸国よりロシアやグローバル・サウスに通ずる方針であったところ、ポーランドにおいては内政と外交に拗れが生じていたのだ。その拗れが、この10月の選挙において解消しようとしているのだ。

 残念ながら、より卑劣な方向に。

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