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去りゆくバンドへ募る想い

For Tracy Hyde

For Tracy Hydeというバンドが好きでしょっちゅう聴いている。

大学2年の秋頃、4th Album「Ethernity」を通学中ヘビロテしていた。当時通っていた埼玉のキャンパスまでかなり時間がかかるので、1時間弱の長編アルバムを通して聴くのにちょうど良かった。

この破壊力たるや。透き通るような歌声と、空間を引き裂くような強烈なギターのノイズ。当時私の中でシューゲイザー※がブームだったこともあり、好みドンピシャだった。
※シューゲイザー:音楽ジャンル。「シュー」を「ゲイズ」してるやつのことですよ。マジですよ。

Ethernityは全編通して「アメリカ」がテーマでとなっていて、カントリーやグランジ等アメリカ発祥ロックミュージックに影響を受けた曲調はもちろん、歌詞もかなりアメリカ感満載。

三文詩人が起き出すのはいつも日の出過ぎのスケート・パークで、
ドーナッツ・ショップでコーヒーを買って家路を辿る気ままな生活。

For Tracy Hyde「Radio Days」

夕方になってジャクソンはジェーンとベースボールへ出かけて行った。
ポケットに隠した指輪の行方をホームの勝利に託してるのはここだけの話。

For Tracy Hyde「Radio Days」

夜明けの空をスロウボートは進む。
赤・白・青のたなびく彼方まで。

For Tracy Hyde「スロウボートのゆくえ」

アメリカには行ったことがないし、向こうのカルチャーについても詳しくは知らない。だけどこのアルバムを聴いていると、アメリカのティーンエイジャーたちの暮らしぶりが目に浮かぶ気がして、最後まで聴き終えた頃には洋画の青春映画を鑑賞した気分すら味わえてしまう。

去年の12月には5th Album「Hotel Insomni」がリリースされ、もちろんめっちゃ聴いた。テーマや空気感こそ前作と違えど、聴いているだけで自分が見たこともない世界の風景を想起させてくれる音楽は変わらずそこにあった。そしてこれから出るであろう新曲を楽しみにする準備は万端だった。

だから、バンド解散発表は衝撃だった。

今年の3月25日をもって解散というのは信じがたい話だった。このバンドはこれからも精力的に活動していくものだと勝手に思い込んでいた。解散することは受け入れるしかなかったが、1度は生でライブを見てみたかったという思いだけはどうしても残った。

チャンス

解散を知ってから1か月程経った2月8日、何気なくTwitterを見ていたところ、あるものが目に留まった。

「本日の講演、当日券販売がございます!」

For Tracy Hydeのライブの情報だった。

その日は大学でのとある活動に参加する日で、終わる時間も読めなかったので、たとえライブがその日にあったとしても参加は厳しいと考えていた。しかし当日、活動が思ったより巻きで終わり、今すぐライブハウスに向かえばギリギリ間に合うような時間だった。

最初で最後

私は会場の代官山UNITへ向かっていた。開演5分前、何とか間に合ったのだが、そもそも観に来ていた人が予想以上に多く、入口付近にはまだ列ができていた。

列に並び、当日券を買う。荷物をすぐさまロッカーに入れて急いで会場に向い、私がフロアに到着したのとほぼ同時に、もう一組の出演者、For Tracy Hyde先代ボーカル「ラブリーサマーちゃん」のライブが始まった。

そもそも広い箱ではないのに加え、私と同じように当日飛び込み参加勢が多かったようで、ここはもう通路やんけ!みたいな場所から見ざるを得なかった。目の前の柱で、ステージ上のサマーちゃんはほとんど隠れていた。私は柱の向こうにいるのであろう彼女の歌を聴くしかなかった。

ステージが見えないにしては十分すぎるほどの説得力のある歌声で、圧巻のライブだった。ラブリーサマーちゃんの音楽をこれまで聴いたことがなかったのに、これほどまでにライブに心酔できたのは、For Tracy Hydeとのシナジーがそこにあるからだろう。

サマーちゃんのライブが終わり、ステージの転換が始まった。転換のタイミングは人の流れが発生するのでワンチャン前の方に行けるかもなーと考えていた。そして実際トイレに行く人やドリンクのごみを捨てに行きたい人たちが動き出し、前方へ詰めるよう指示された。

あれよあれよという間に、気づいたら何の障害もない、ステージ全体が見える絶好のポジションに立っていた。この上ないラッキー、もうここからは動かんぞ。

程なくしてFor Tracy Hydeが袖から登場。うわぁ本物だ。

楽器を構えれば、その瞬間から彼女らはスターだった。

セットリストは直近のアルバム「Hotel Insomnia」の楽曲を軸としたものだった。ステージで紡ぎ出される轟音を全身で浴びる。ライブだからこそ分かった。ベースのパフォーマンスがかっこいいわ。プレイに集中するその姿は職人のソレだわ。

”攻め”の名曲「Milkshake」はキレッキレだった。爆音のノイズでバンドは空間を支配した。

アルバムのフェイバリットソング「Lungs」は安定のかっこよさだったし、Ethernityより「Sister Carrie」も聴けて最高だ…!

楽しい時間はあっという間で、気づけばライブは閉幕、飛び込みで来て正解だったと余韻を噛み締め私にとっての最初で最後のFor Tracy Hydeのライブを後にした。

去りゆくバンドへ募る想い

語弊を恐れずに言えば、もう寂しくはない。今後このバンドの音楽が消えてしまうわけではないし、必ずこのバンドの影響を受けた音楽を志すバンドなんかも出てくるはずだ。

何より、一番勢いのあるタイミングでの突然の解散なんて、伝説のそれじゃないか。ジャパニーズ・シューゲイザーの可能性を広げ、国内外から支持を得る名曲を生み出し、風のように解散していった伝説のバンドとしてFor Tracy Hydeが語り継がれることになると私は信じている。







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