レレ 『死神とペンギン』

死神とペンギン

1) メモリー
メモリーというものをご存知ですか。


魂は生命維持を助けながら、何かを追求するエネルギー。


寿命は生物としての時間の長さ。


そしてメモリーは記録媒体です。


メモリーは魂の中心に存在します。


メモリーの容量がどのくらいでいっぱいになるか。


 数字では表せますが、人間に解明することはできないでしょう。
 
 メモリーが溢れると、普通の寿命の時のようには魂が運ばれないので、死ぬ時に死神がやってきます。

死神は魂の容量を冥府へ送り、その後で魂の核であるメモリーを袋に集めているのです。


2) 死神の不在
 ある時、死神がこの世から消えてしまいました。
 メモリーの溢れた動物や人間は、寿命を迎えるまで死ぬことが無くなりました。
 裏切りのウワサはいつまでも人々の間でささやかれ、わだかまりは残り、殺し合いは続き、愛は時間と共に流転し、良いネットワークもできましたが、悪いネットワークも生まれ、死神がいた頃よりも、世界は混乱するようになりました。
死神を復活させたいと思った人間達は、研究チームを作りました。研究チームの中には呪術師がいました。
呪術師は、魔法陣を描いた布で土嚢を作りそのの中に、集めた骨や羽根を投げ込みました。
満杯になった袋に呪文を唱えると、緑色の炎が燃え上がり、死神が生まれました。

3) ペンギン
南極に、好奇心旺盛なペンギンが住んでいました。
ペンギンは、人間の住む村へこっそり遊びに行っては、教会に忍び込んだり、家の中をのぞいて赤ん坊が大きくなるのを覗き見していたりしました。
あるとき、ペンギンは教会でこんな話を耳にしました。
「呪術師によって死神が再生された。死神が再生し、死が来なくなって大変になっていた世界を救ってくれたのだ」
死神の存在を初めて知ったペンギンは、好奇心のまま死神が現れたという地域に出かけては、死神に殺された動物や人間に話を聞きました。
沢山の話を聞いて、ペンギンは、
「死神は短い時間で命を奪いすぎだ」と感じました。
「鎌がなければ、死神は殺せないだろう。よし、死神の鎌を盗もう」


4)ペンギン、死神の鎌を盗む
ペンギンは、死神の追跡を続けていました。
ついに三日月の晩、海辺の木の根元で眠っている死神の姿を見つけました。
そろりそろりと近づき、死神を起こさないようにそうっと鎌を掴むと、ペンギンはそのまま走って逃げました。

鎌を無くした死神は、もうまるで牙のなくなった海象と同じでした。
死神は、死神の仕事に対して不満を抱いていた動物や人間に、昼夜問わず狙われるようになったのです。


5)崖での出来事
ある日、死神が海象の群れに襲われているのをペンギンは目撃しました。
死神は追われ、みるみるうちに崖の下に追い詰められていきました。
海象たちが取り囲んでいます。
その時、突然上からロープが降ってきました。
死神はそのロープに登ろうとしましたが、途中でロープが切れてしまい、死神が海象の群れの中へと落ちて行きました。
ペンギンは、ロープを投げた人間が誰なのか気になって、崖の上へと駆け出しました。
崖の上には、貧しい村の人間たちがいました。
海象にモリや瓶を投げたりして死神に加勢していました。
ペンギンは、ロープの切れ端を持っていた髭面の漁師に尋ねました。
「どうしてロープを投げたの?」
男は大声で答えました。
「命が終わらないと、魚を獲ったとき、なんとも気持ちが悪かったんだ!死神は必要だろう!」
ペンギンは、海の魚に対してそんな風に思う人間がいることに驚き、感動したのでした。漁師のために死神に鎌を返すことにしました。
ペンギンは布に巻いて隠していた鎌を、「死神、鎌だ!」と叫んで投げつけました。
死神はジャンプして鎌を受け取ると、すぐさまふわりと空中に浮いて、海象の群れから逃れました。気の荒い海象の群れは「逃げたな、死神め!」と崖の下でぎゃあぎゃあと騒いでいました。
死神は、崖の上へふらふらと飛んできました。
ペンギンは、低い背をさらに低くして、死神から隠れるようにして村人に中に紛れました。
死神はふわりと崖へ降り立つと、ぺたりとしゃがみ込みました。海象にやられて傷だらけでした。死神は言いました。
「鎌を投げてくださった方、どうもありがとう。鎌を盗まれてしまって、仕事ができず困っていたのです」
漁師が言いました。
「鎌を投げたのは、俺たちじゃねえよ。それより、あんた、傷だらけじゃないか。少しうちの村で休んでいけよ」
死神は、「ありがとう。そうさせてもらうよ」と言うと、鎌を杖の代わりにしながら、よろよろと村人達と共に村へ歩き出しました。
ペンギンはこっそりそのあとをついて行きました。

6) 漁師の小屋
死神には、漁師の小屋があてがわれました。
小屋にはわらが運び込まれ、清潔なシーツが敷かれました。
漁師たちは、死神を休ませるため、話しかけずにそっとしているようでした。
死神は、漁師の妻が作ったスープを食べると、そのまま小屋の中で横になりました。
 
7) 小屋での会話
夜になり、村人たちの生活の気配が消えた頃、ペンギンは死神と話をするため、小屋のドアを、とんとんとんとノックしました。
「どなたですか?」と小屋の中から死神の声が聞こえました。
「鎌を投げたものです」とペンギンは答えました。
内側から少しドアが開いて、まるで嵐の後の海のような、死神の目玉が見えました。
死神は無言でドアを開き、ペンギンを中へ招き入れました。
死神とペンギンはわらの上に座りました。
「君が鎌を投げてくれたの?」
「はい。・・・鎌を盗んだの、実は僕なんです」
「なんだって?・・・君は、どうして鎌を盗んだの?」
「僕は、死神の訪れたという場所を追っていました。随分と短い時間の間に、あなたが沢山の命を奪っているように見えたから。あなたが殺すのを邪魔したかったんです」
死神はふうっとため息をついて言いました。
「私が行うのは、メモリーと肉体の断絶。私は、自分の役目を果たしていただけだ。メモリーの容量が溢れた生き物に死が訪れなくなったこの地上は、随分混乱してしていたから、私は急いでメモリーを回収していたんだ。君のような、若いペンギンに鎌を盗まれるくらい疲れるほどにね」
ペンギンは、魂については教会や群れの中で聞いて知っていましたが、メモリーについて聞いたのは初めてでした。
ペンギンは質問しました。
「メモリーって、何ですか?」
「魂とは別で、魂の中心に存在するんだ。生き物の持つ、感情や知性を記録するための場所のことだよ。核とも呼ばれている」
「それって、寿命のこと?」
「寿命は、生物が持つ肉体の時間のことで、メモリーは容量だ」
寿命が時間、魂がエネルギー、メモリーが空間と、ペンギンはイメージしました。
「私は、魂をあの世へ送り、メモリーは回収しているんだ。」
「メモリーを回収してどうするの?」
「回収したメモリーを融合すると、これまでになかったものが生まれるのさ。新しい性質の生き物であることもあるし、感情や、理論や、インスピレーションだったりすることもある。そこからは、新しい社会制度や芸術が生まれることもある」
ペンギンは興味深く聞いていました。これまで見聞きした、人間の社会のことや、群れで歌う歌が思い出されました。
そして、自分のメモリーの容量はどのくらいか知りたいと思いました。
「僕のメモリーの容量ってわかる?」
「わからない。私は必要な場所へ行くだけだから。メモリーの容量も質量もそれぞれの個体によって異なるから、生き物の分類や年齢や性別では測ることはできないんだ。ただし、私にとっては、どれもこれも一つ残らず動いている。君の体はもちろんだけれど、例えば、動いていないように見える、氷山や、草原なんかもね。私には、すべてが波打って感じられるのさ」
「そうか。死神は奪っているように見えたけれど、それは、僕の目から見えたものだけを切り取った、小さな世界の出来事なんだね。」
「全てを見ることなんて、できやしないよ」
「僕、もう鎌を盗んだりしないよ。僕が生きていること、あなたがしている仕事は
、それぞれの立場から見れば別のことのように見えるかもしれないけど、本当はつながっているんだと、今は思うから」
死神は、その言葉をじっと聞いていました。
それから、風のような音を喉の奥から出しました。
その音は、ペンギンには、銀河の向こうの大きな時計の音のように聞こえました。
明け方まで死神とペンギンは話をしていました。
別れ際に、死神が言いました。 
「長く生きていたけれど、こんな風に生き物と話したのは初めてだよ。ありがとう、またね」「またね」とペンギンは答えました。

6)朝焼け
ペンギンは、死神の小屋を出て朝焼けの中を歩きながら思いました。

死神は、死神の生き方をしている。
僕も、僕の生き方をしよう。

目の前のすべての景色と、ここに見えないすべての景色と。
今まで出会った生き物と、これから出会う生き物と。
そして、生き物じゃないものと。
全てが繋がっている。

僕は、
これからどれくらい遠くまで行けるだろう。
僕は、

これから何に出会うだろう。
 
 海の波の音と、そばを吹き抜ける風の音を聴きながら、ペンギンは太陽の昇ってきた水平線を眺めました。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?