見出し画像

52ヘルツの歌声を

ずっと読みたいと思っていた「52ヘルツのクジラたち」。
ようやく読むことができました。

気になってはいたものの、作品紹介を読むと
とても深刻でつらい過去を抱えた人たちの物語だと感じ
この本の重みに私が耐えられるかどうか、自信がなかったのです。
でもやっぱり読んでみたくて、手に取ったのでした。

・・・

以下、物語の内容に触れておりますので、ご注意ください。

・・・


装丁の深い青が素敵です


52ヘルツの周波数で鳴くクジラがいるそうです。
その声は、ほかのクジラたちには届かないそうです。
暗い海で、だれか自分の声を受け取ってくれる相手がいるかもしれないと
歌い続ける、そんな孤独なクジラが存在することを
この物語に触れて初めて知りました。

主人公の貴瑚きこは母親からの愛情を受け取れずに育った上に
望んだ進学もあきらめさせられ、義父の介護を強要されてきました。
そんな彼女を、貴瑚の友人の美晴みはるの上司である
アンさんが助け出してくれたのですが、アンさんは
いなくなってしまいます。
そして貴瑚と出会う少年、いとしは母親から虐待を受け、
「ムシ」と呼ばれて育ちました。

そんな境遇の2人が織りなす物語。
読んでいる間は予想通りずっと苦しくて、胸がつぶれそうでした。
どうして貴瑚や愛がこんな目に遭わなければならないのだろう、
どうしてあんなに優しくてあたたかかったアンさんが、
こんな最期を迎えなければならなかったのだろう、
ねえどうして……
そんな思いでいっぱいでした。

アンさんには生きていてほしかった。
優しいまなざしで貴瑚の隣に座って、
今も美晴たちも一緒に並んでごはんを食べて笑っていてほしかった。
そんな思いは読了後の今でも消えません。

でも、深い悲しみと寂しさではちきれそうだった貴瑚の心は、
愛と出会って一緒に過ごしていくにつれ、
ちゃんと前を向けるようになりました。

アンさんからのまるごとの愛情に包まれていた貴瑚が、
今度はまるごとの愛情で愛を包んであげる。
アンさんの心が貴瑚にちゃんと宿っていることがとても嬉しくて、
涙がこぼれました。

貴瑚の住む町から見える海にふらりと迷い込んで、
しばらくして去っていった1頭のクジラはきっと
アンさんの思いを乗せてきてくれたのだと思っています。
湾に滞在せずに去っていったのは、愛を守ろうと強くなった
貴瑚を見て、「もう、大丈夫だね」と思ってくれたのでしょうか。

物語の終盤時点の貴瑚には、周りを見る余裕があるし、
昔よりも誰かを頼ることができるようになっていると思います。
貴瑚の周りには愛がいて、美晴がいて、村中がいて……
それに村中のおばあちゃんも、
愛を育ててくれることになったおじいちゃんとおばあちゃんも、
みんな優しくてあたたかい。
愛情に溢れたこの場所でならきっと、貴瑚は光を浴びて生きていける。
そう確信できるエンディングでした。


翌年の夏、美晴が匠くんを連れて会いに来てくれたらいいなあ、
そのころには愛の言葉がもっと増えていて、美晴が嬉し泣きするかもなあ、
村中の家のお庭でまた、町のおばあちゃんたちと、
愛のおじいちゃんとおばあちゃんも呼んでバーベキューをやって、
にぎやかに過ごす時間があったらいいなあ……
そこで貴瑚の近況を聞いた愛のおじいちゃんとおばあちゃんが、
これなら愛が15歳になったときに愛を貴瑚に任せても大丈夫かも、と
思ってくれたらいいなあ……
この本で描かれたその先にあってほしい幸せな未来をあれこれと考えては、
ジーンとして泣きそうになってしまいます。

人ははじめは受け取る側だけど、
いつかは与える側になっていかなければならない。
これは村中のおばあちゃんが言っていた言葉です。
その通りだなと思うと同時に、私はついつい
受け取ることばかりを望んでしまっている気がして、
身につまされる思いでした。
人はお互いに支えあって生きていく。
小学校で教わるようなごく当たり前のことなのに、
なんだか忘れかけていたようです。ハッとしました。

アンさんのように、貴瑚のように、
私も誰かの52ヘルツの歌声を受け止めることができるような、
そんな人間になれたらいいな。
この物語に出会えてよかった。心からそう思います。

貴瑚が、
愛が、
そして2人にあたたかさを注いでくれるすべての人たちが、
幸せでありますように。

いただいたサポートは大好きな読書やおやつのために大切に使わせていただきます✨