雑記 191 青森 三内丸山遺跡 縄文時代のムラ

画像1 朝早く東京を発ち、青森へ。先月、山梨北杜市の縄文遺跡を見たのに続いて、7月は青森。恐らく、数日後には世界遺産に認定されるであろう縄文のムラ。艸ぐさの緑の匂い。ああ、もったいない。こんな芳しい空気を胸一杯吸い込まず、マスクで鼻を覆って歩くなんて。
画像2 遠くでカッコーが鳴き、何種類かの鳥の声に混じって、蝉が鳴き出している。ウグイスの声もするし、カラスも鳴いている。長閑な田舎。忘れていた安心感。
画像3 自然の中に堂々と建つ、こちらは人々が集まった建物。70坪は悠に超えた床面積。大きな栗の柱は、径2メートル、地中深さ2メートルから建って、6本で家を支える。35センチを単位として、建築は設計され、縄文尺と呼ばれている。どの辺を取っても、35センチの倍数になっていて、例外はない。
画像4 集会所(?)の出入り口。
画像5 集会所を出たところに復元された木組み。目的はハッキリしていない。エジプトではピラミッド、イギリスではストーンヘンジ、の作られた時代と重なる。全て縄文尺で設計されている。径2メートルにもなる栗の木が森にあるのを私は見たことがないが、切り出すにも、建てるにも、人力だけでどのように運び、立て、組んだのだろうか。
画像6 ゆったりと穏やかな佇まいのムラ。「もののけ姫」に出てくるような神の言葉を告げるオババ様が出てきそうだ。
画像7 住居は、竪穴で、屋根は、茅葺き、板葺きの他、写真のように土葺きの三種類がある。土葺きの家の屋根には、のどかに、ぺんぺん草のような頼りなさげな細い草が生えている。
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画像9 家の中。ここでも、縄文尺という単位が用いられている。
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画像11 大型の建物の柱に使われた栗。花が終わり、雄蕊は土に落ち、雌蕊は、身を結んで、小さな栗の原形が出来ている。
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画像13 縄文の人はお洒落にも手抜きはしない。翡翠の装飾品など。
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