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雑記 516 睡眠学習

誰が好き、と言って、こんなに大好きな先生は他にいない。
一番最初の出会いは、山中湖のペンションで、先生が、ゼミの学生を連れて、太陽から吹いてくる風の音を捕まえに来ていた時のこと。
夕食時、食堂で学生相手にあれこれと話をしていた時、あまりの面白さに、つい私もその輪の外側にこっそりと座って話を聞き、すっかり虜になってしまった。

佐治晴夫先生、と言う。長い夕食が終わって、部屋に戻る時、名前をお聞きして、それから東京に帰って、本を取り寄せ、以来、東京で講演会のある時は、必ずと言っていいほど参加している。追いかけ、と言ったほうが、正確かもしれない。

「ゆらぎ理論」を発見した先生。
扇風機の風のゆらぎもこれを基礎にしている。

NASAの研究に関わり、ボイジャー打ち上げの時には、まだ見ぬ宇宙の存在に向けて、地球からのメッセージを入れたディスクを搭載した。
そこに、バッハの「平均律クラヴィーア曲集」の前奏曲を入れたのも、佐治先生だ。

世界中の言葉、50種類で、
「こんにちは!お元気ですか?」
と音声も吹き込み、
このボイジャーが、何百年、何千年、何億年の先、もしどこかの星に降り立つことがあったら、この宇宙の仲間としてのメッセージが、聞かれるかも知れない。
私達は、あなたの知らない、遠い遠い宇宙の星の仲間です、と。

7年ほど前、癌になり、手術。その時、主治医が「友達だから本当のことを言うが」と前置きして、
「やりたいことがあるなら、あと3年以内にやるように」と言った。
癌は進行していて、手術の時、リンパに癌が散って、余命はあと3年、との話だった、と言う。

私も、それを聞き、後何年でお別れだと計算して、覚悟して、だから、講演会などは逃さないよう、心がけている。

けれど、そこにコロナが流行して、講演会も無くなってしまった。
人との別れを突きつけられ、会うこともできず、悲しみながら覚悟する、という、悲劇の物語の筋書きのようだが、思いの外、先生の癌は進行のスピードがゆったりで、今に至る。
会えないのは、辛いが。

余命宣告の期限から4年ほど経った今、まだ御健在なのは、実に有難いことだ。

講演会に行くと、先生を慕う、昔の青少年が沢山で、どんなに人気の教官だったか、分かる。

そして、もうすっかり大人になって、それも味わいさえ漂う男性が、
「スペースシャトルの打ち上げの時、連れて行ってもらったんだ」「あ、僕はボイジャーの時」などと自慢話をしたりしている。

また、私の方を向いて、
「あなたはどちらの宇宙少年団ですか?」
など、真顔で聞いてきて、
「自分はどこそこの宇宙少年団です」
と言ったりする。
宇宙少年団には、年齢制限はなく、年会費を払えば、少年団のメンバーになれるのだそうだ。

ああ、もう一度、大学生になれたらなぁ、と思う。佐治晴夫ゼミは、絶対に取った。

講演会や授業では音楽の話も満載で、テーブルの上には必ずBOSEのプレーヤーが置いてある。
それも私にはたまらない魅力だ。フィッシャーディスカウを聴きながら、夕暮れの話を聞く。

遅刻をしてきた学生は入れない。
これはキッチリ。

教室の中は、楽しく沸きに沸いているのに入れない。
だから、教室の扉が閉まっているうちから行って待機して、扉が開いたら、一番前の席を取る。

私が大変なのはそこから、なのだ。

そもそも、理論物理学、宇宙物理学などとは縁のない分野の人間で、どんなに理解しようと努力しても、一朝一夕に、分かるわけはないのである。

ノートに鉛筆を走らせるうちに、
書き慣れないギリシャ文字が次々と出てくる。
また、三角のような形が、記号なのか、文字なのか。数学のインテグラルに似た、何ちゃら、、、

まずい。
睡魔が。。。

ここは先生の真ん前の1列目、と言うのに。
しかも、佐治先生の声は、ハリがあって、丸い響きで、品もあり、心地よさと言ったらない。

睡魔に逆らえず、眠ってしまう。
寝てしまう人間については、先生は寛大だ。
眠りながら学習することが出来たら、どんなにかいいだろう、と思う。

そんなどうしようもない私にさえ、嫌な顔ひとつせず、サインをくださるのである。

1日でも多くこの世にとどまり、サントリー大ホールで念願の、88歳記念コンサートが出来ますように。
2023年の1月31日に、先生は88歳のお誕生日を迎えられる。

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