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先輩、ちょっといいですか6【怪談】


 あっ先輩先輩。ちょうどよかったです。
 先輩の世代って、小中学校の頃【おまじない】流行ってましたよね?
 
 ……え? あれ、そっか、いっこ違いでした。すみません。先輩大人っぽいしキャリアの長いバンド好きだしあっ怖い目なんでもないです。
 でも、どういったものかはご存じですよね。……そうです。これやるとテストの点が上がるとか、これ持ってると好きな人の隣の席になれるとか、主に平成女児の間で流行ったみたいで、今でいうとアラサあっ怖い怖い。
 
 うちのパパ、古本を漁る目的でブッコフ的な場所が大好きなんですけど、そこでこの本、見つけてきたらしくて。これも立派なオカルトの歴史書だよ、って貸してくれたんです。……はい、父親からの借り物ですけど、何か?
 
 ピンクカラーの表紙にキラッキラ女児、可愛いですねぇ。少女特化型の魔術書ですよ、これは。逆に言うとこうした魔法が使えるのは、せいぜい中学生までってことですかね……。
 いや、そんなこともないのかな。全年齢型で特効のやつ、載ってました。これめっちゃ効きますよ。先輩にも教えてあげます。なあに、遠慮はいりませんて。

 
【好きな人から電話がかかってくるおまじない】

「まず、相手が絶対いない時間帯に、その人のおうちに電話をかけます! そして、おうちの人に伝言で、折り返し電話のお願いをします! 相手が電話をかけてきたら『私、そんな電話かけてないよ~』と言って、自然にお喋りしちゃいましょう! 勇気を出して頑張ってね!」

 
 何ですか。
 朗読しただけですよ。
 知りませんよそんな顔されても。
 
 何なんですかね、この本。
 
 でもまあ、これでおまじない全体を推して知るべしとしてしまうのは、やや早計かもですね。
 こんな話を聞きました。

 
 平成初期の出来事だそうです。舞台はざっくり、関東地方のどこかの中学校としときます。そこに通うある女生徒は、おまじない好き、というよりほぼマニアみたいな生活を送っていたようです。
 
 えーと、つまりですね、テストのときは【成績アップのおまじない】、友達と遊びに行く日には【晴天を願うおまじない】、お小遣い交渉の前には【金運をつかみ取るおまじない】みたいな。ね? もはや生活でしょう?

 そんな彼女が恋をしました。お相手は、クラスの人気者男子。前々からいいなと思ってたらしいんですが、同じ係になったのがきっかけで、本腰入っちゃったと。
 
 そう、ある意味本領発揮ですな。
 手元にあるおまじない本コレクションを血眼で物色、するだけでは飽き足らず、古本屋をハシゴして、より効果的なおまじない本を求めさすらった。もちろん新刊本みたいなものも買ってたでしょうけど、中学生及びうちのパパのお小遣いなんてたかが知れてますし、手札を揃えたいとなるとそうなります。
 ええ、並行して行ってたはずの【金運アップのおまじない】にもさぞかし力が入ったことでしょう。
 
 そんな苦労が実を結んだのか、とある古本屋でついに見つけたそうです。なんとまるまる一冊、恋愛特化型のおまじない本です。
 
 彼女、大喜びで買って帰りました。そして夕飯もそこそこに夢中で読み耽った。
 で、あるおまじないに目が止まった。それは【好きな人から視線を向けられるおまじない】。
 
 ふふ、ですね。一気に両想いを狙わないというところが、いかにもおまじないに頼りそうな内気さを物語っている……と考えてしまう先輩は早計戦とかに出場した方がいいですよ。これがマニアの血ってやつです。段階を踏んで仲良くなる作戦というよりは、色々なおまじないを試してみたかったんですねぇ、きっと。
 
 本を購入した翌日、彼女はさっそく実践してみることにしました。すると気のせいでもなんでもなく、めっちゃ効果があった。とにかく好き男子とバチバチに目が合う。それ即ち、視線ですよね。
 
 気を良くした彼女は次のおまじないにとりかかりました。今度はもう一歩踏み込んで【好きな人から優しくしてもらえるおまじない】。
 
 はい、それも効果テキメンでした。一緒に係の仕事やってる最中も、何かと気遣ってもらえて。やった! すごい本手に入れちゃった! と。
 彼女はますますその本と、そこに載ってるおまじないにのめり込んでいきました。
 
 【向こうから声をかけてもらえるおまじない】
 【一緒に下校できるおまじない】
 【モノの貸し借りができるおまじない】
 それらをバチバチに決めていき、ついに彼女は大いなる一歩を踏み出しました。
 それは【手をつないでもらえるおまじない】。
 
 それも見事、バチーンと決まりました。
 というか、更に上行く結果となりました。
 好き男子に、真正面から抱き締めてもらえんだそうです。
 
 やだな先輩「オウッ」じゃありませんよ。海の哺乳類みたいな声上げないでくださいよ。そりゃ抱き締めるというか受け止めるでしょう。
 真正面からいきなり倒れ込まれたら。
 
 大好きな人の感触すら覚えてないほど、しっかりめに気絶したその子が目を覚ましたのは病院の一室。保健室どころじゃ済みませんでした。
 原因は、数日間にわたる絶食による栄養失調。
 
 朦朧とした意識と視界にあっても、病室内で自分の両親が、医師からきつく言われてるのがわかったそうです。「虐待」「育児放棄」「児童相談所」みたいな単語も耳に入ってくる。
 両親は揃って必死に頭を下げていて、下げた頭を、時折、不思議そうに傾げたりしている。
 
 両親のその姿と、自分の右腕、利き手側に突き刺さる点滴を確認して、彼女もようやく我に返りました。左腕に巻かれた包帯の内側からの痛みにも気付きました。解いて、確認するまでもなかったとのことです。
 幾筋も刻まれた切り傷による痛みは、うっすら涙が浮かんでくるほどだったらしいので。
 
 今は元気に暮らしているその女性、忘れたくても忘れられないみたいですね。

 
「前髪にデタラメにハサミを入れよう! 視線を向けられるよ!」

「手や足を壁などに打ち付けて青痣を作ろう! 優しくしてもらえるよ!」

「目の前で思いっきり転んでみよう! 声をかけてもらえるよ!」

 
 そんな【おまじない】の数々が、その本の余白に、それはそれは美しい手書き文字で記されていたそうです。
 
 ちなみに【手をつないでもらえるおまじない】は、「食べ物を口にするのをやめよう!」でした。

 
 すごいですよねぇ、この本。

 当人はもちろんですが、周囲の人間も異常事態に気付けなかったという点においても「本物」の貫禄が漂います。
 もっと読み進めていれば【好きな人と結ばれる】的なものも出てきたと思うんですが、それは一体どんな「指示」おっと【おまじない】だったんでしょうね? 
 知りたくないですか? 知りたいですよね先輩?
 
 
 ちょっと、どこ行くんですか。だからこの本には載ってませんて。これは単なるパパの蔵書です。そう「前置き」したじゃないですか。先輩ってば。もう。

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