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先輩、ちょっといいですか3【怪談】

 都内の某企業にお勤めされている二十代女性・Pさんは、ご自身の彼氏・Qさんについてこう語る。


「本人は霊感……と明言はしないんですけど、Qって子供の頃から『変わったモノ』が視える体質みたいで」

「霊感だと言い切らない理由についてもなんとなくわかるんですよね。Qが視える、感じたりするのは一般的に幽霊だのおばけだのってされる、怪談の元ネタになるようなものじゃなくて。なんていうのかな、生きてる人の体調とか、感情? そういったエネルギー的な」

「……え、こういうスピ系でも怪談話のネタになったりするの? そっか、なら聞いてください。それで……良い解決策というか、対処法があれば、是非教えてもらいたいです」

「普段から勘が鋭いんですよ、Qは。たとえば電気代の振込用紙なくしちゃった止められるかもやば、みたいなLINE送った直後に『どこそこに置いてある気がする』って返信してきて、ほんとにあった! とか。便利です。便利彼氏です。そんな便利彼氏のQが言うには、彼自身の『波が高止まりしてる』ときに、他人の体調とか感情とかが……んーと、マジでスピです。オーラ? 色? として、その人のまわりに視認できるらしいんですね」

「……はい、オーラもしっかり信じてます。大学生時代、友達数人プラスそれぞれの彼氏でネズミ王のとこ行って遊ぼう! って集まった日が、ちょうどQ『高止まり』中だったみたいで。『何々ちゃん、少し調子がすぐれないみたいだから気をつけてあげて』とか小声で言うからそれとなく確かめたら『気圧の関係で強めの頭痛薬飲んできた。薬効いてて元気なのによくわかったね』と驚かれたり、解散後も『誰々さんはあの彼氏さんじゃないとだめなのかな。あんまり良くないな』って呟いてて、そいつやっぱり外ヅラ完璧モラハラ野郎で、まあ結局別れたっぽいんでいいんですけど。とにかくそういうエピに事欠かないんです、ウチの便利スピ彼氏」

「で……つい最近のことです。私とQ、会社は別々なんですけどわりと関連性のある企業にそれぞれ勤めてて、そのうちお互いの同僚同士で飲みたいねーと前々から話してはいたんです。あ、合コンとかそういうんじゃないですよ。職場絡みでそういうのめんどくさいし。交流会ってほどかしこまってもなくて、まあ繋がりのある仕事してるし面白い飲み会になるんじゃない? 程度です。だから男女問わずなんとなーく声かけあって、それでも合わせて二十人くらいになったのかな? 貸し切りで一席設けました」

「ウチの職場からは男女半々。そうなんです、男性社員けっこう来たんです。なんでかって言うと、職場の癒し系……癒しです。はい。後輩のRちゃんが参加を希望してきたから」

「……可愛い子ですよ。Rちゃんは。癒しキャラといっても狙って振る舞うそれではなくて、本当に芯から優しい、朗らかな子なんです。お昼は基本お弁当を自作してきて、待ち受けは実家で暮らすねこちゃん。文系なのかと思いきやジムで汗を流す習慣もあったりして、笑い声も屈託なくでかい。ほんと、理想的な……可愛い後輩です」

「もう先が読めたでしょうから諸々省略します。飲み会を終えて、Qとふたりで帰宅してるとき……まったく、なんであいつは私の知り合いと会う日に限って『高止まり』してるんだろ? それとも『高止まり』設定がそもそもウソで、常に『視えてる』状態なのかな」

「『……Rちゃん、とてつもない憎悪をかかえてる。『赤と黒』だった。今は男だ女だって区別する時代じゃないけど、女の人で『黒』がある人は珍しい。頼むから、気をつけて見てあげてて』」

「――スピだなあ、って呆れられてもいいです。彼氏の『視える』について、私は一切の疑いを抱いてません。それほどの付き合いと体験を積み重ねてきてますから。だから、翌日にRちゃんを誘い出すことにも、一切の迷いは抱きませんでした」

「昼休憩のとき、会社近くの公園へRちゃんと連れ立って向かいました。正直食欲なんて全然だったけど、飲み物だけなのも不自然なんでコンビニでちっさいパン買って。それで、昨夜は遅くまでありがとう。半分くらい初対面だったし、しんどい人とかいたでしょー、ぶっちゃけ私は何人もいたガハハ! 軽めのネガを振って、引き出そうとしたんです」

「そしたらRちゃん『うーん、しんどいというか、ちょっとないな、って人なら』って」

「『ご自宅でわんちゃん飼われてる方がいらして、おやつをあげるときはたっぷり見せびらかして、焦らしに焦らしてからあげてるって笑ってました。ないですね、あれは。虐待だと思います』」

「リアクションの間もなく、Rちゃんは話を続けました」

「『あともうひと方いたかな。取り皿に食べ物をたくさん残してました。お肉は言うまでもないですけど、野菜だって命ですよ? それをあんな風にぞんざいにするなんて、理解できません』」

「……Rちゃんの言い分、わからなくはないです。賛同する人も少なくないだろうし、私もまあ、大きく言うなあとは思いつつ、確かにそうかも、私もちょっと苦手寄りかな、と頷いてみせたんです。そしたらRちゃん」

「『やっぱりP先輩もそう思いますよね! だから私、会社帰りのジム辞めたんです!』」

「『同じ運動するなら、夜の公園でランニングやストレッチをすべきだって気付いたんです。ほら、野良猫を虐待する人ってそういうとこウロついてそうじゃないですか。パトロールにもなるし、もし目撃したらすぐ『対処』できるから』」

「そう言ってRちゃん、お昼に持ち出すにしては大きなバッグを開けて、中を見せてきました」

「それで屈託なく言うんです。『公園、って言われてつい持ってきちゃいました。昼間はさすがに『出ない』ですよね!』」

「バッグの中身は――催涙スプレー数本と、ジム用っぽい縄跳びと、ペン……ケースで」

「Rちゃん、すごく、すごく真摯な目をして言うんです。『P先輩、知ってますか? 体格負けする相手でも、後ろからこう巻き付けて、こう、体重かけて背負い投げみたいにすれば』」

「Qにはもちろん相談しました。私の頼れる便利スピ彼氏ですから、きっと『赤と黒』をなくすというか、薄めるというか、色を変える方法だって知ってるはずなんです。そう思ってたんですよ」

「そう思ってたんですけど」

 「あの」

 「スピも怪談なんでしょ? 今まで集めてきた話の中に、似たようなの、ありませんでしたか?」

 「一体、どうしたら――あの子に、別の色を纏わせることができるのかな」

  
 この話をお読みいただいた方の中で、有効な手立てをご存じの方がいらっしゃれば、是非ご一報いただきたい。

  正直、筆者である私も実践したいからだ。纏う色を変える方法を。

 

 
『知らねえよそんな方法!!』
「わあ先輩なんですか開幕早々」
『自宅まで追っかけてきたよー! なんかヤな怪談がー!』
「先輩、夜ですよ。ご近所の方々のご迷惑となりますから」
『そういう気遣いできるならさぁ、まずは私が絶賛こうむり中のご迷惑を考えてくれるかなぁ!?』
「え……」
『……ん、んっ?』
「……ごめんなさい、先輩。私まさか、そこまでとは思ってなくて」
『ん……や、えーっと……んんん?』
「本当にごめんなさい、先輩」
『い、いや、その、そこまで……では、ない、かなー……ご、ごめん、言い過ぎた』
「なら良かったこれからも頑張って書きますねヒュムヘヘヘ」
『なんだぁ!?』
「で、どうでした。今回のブツは」
『ブツって言うな。しんどい話ばっか書きやがって……それこそ癒し系読ませてよ! どうせ逃げられないならせめて手触りは選ばせてよ!』
「だるいこと言いますね」
『そこまでかなぁ!?』
「ま、善処はします」
『こ、この……あ、あとあれだ、一点、一点だけ確認させて』
「はいなんでしょう」
『この話はさ、その……どっちなわけ』
「どっち、とは」
『だから、創作なのか実際に聴き取りした話なのか、どっちなわけ?』
「ああ、そういう。どっちでもありますし、どっちでもありません」
『へっ?』
「だから、実際の経験にイースト菌加えてこね回して発酵させて焼き上げました」
『……一部実話、ってこと?』
「実話というか、高校時代に言われたことあるんですよね私。いわゆる『視える人』に『女の人で黒があるのは珍しい』って」
『――』
「つらいニュース見ちゃったんですよ。人間のせいで皮膚病を患った野生動物がいるって。私が自分自身を含めた全人類の『ピュイイイイイ!!』を願うようになるまでにそう時間は要しませんでした」
『ぅわっ! な、なに今の音っ?』
「ピー音が出せるガチャです。自主規制です。とはいえ大学入ってこっち、得がたい出会いがあったりしたんで、今はおそらく別の色になってるんじゃないですかね」
『そ、そう……なら、まあ……いいのか……いや、何色かわからんのに、いいのか?』
「悩みどころではありますが、私の中で暫定『よし』としてるんで、そこは」
『は、はぁ……あんたが自分でそう思うなら……悪いけど課題やんないとなんで、通話、ここまでで勘弁して』
「わかりました。課題より感想を優先してくださって嬉しいです」
『感想っていうのかなあこれ。今後はできれば、完全創作だけにしてほしいわ……』
「あらあら。煎じ詰めれば全部同じことなのに」
『うん? なんて?』
「なんでもないです。それじゃ先輩、また明日」
『はいはい。あんたも変な話ばっか書いてないで、さっさと休みなよ』
「わかりました。おやすみなさい」
『おやすみ』

「癒し系の話かぁ。そんなの引き出しに入ってないや……ま、ないならないでイチから作るか」

「煎じ詰めれば全部同じことだし、ねぇ」

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