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先輩、ちょっといいですか4【怪談】

おつかれさまです。

先輩、今日は四限までとのことなので、お先に失礼いたします。
お借りしていたDVD、先輩の私物ケースの中にお入れしておきます。ありがとうございました。お菓子も、よろしければ召し上がってください。

ところで先般リクエストをいただいていた「癒し系怪談」ですが、しばしお時間を頂戴しても差し支えないでしょうか。
お急ぎのところ申し訳ないことです。

代わりに、という表現は失礼にあたりますね。以前、他学科の知人から聞かせてもらったお話、女の子同士の友情がきらめくお話がなんともすてきだったので、まとめてみました。お時間のあるときにお目通しいただければ幸いです。

体験したのはその知人かもしれませんし、そうではないかもしれません。

 

 Lさんが高校時代に体験したお話。

 ある日の放課後、Lさんは、クラスメイトのMさんと帰宅途中、彼女のご自宅へお邪魔する運びとなった。
 さえずり止まぬこと小鳥の如しな女子高生同士、帰り道で話し足りないとそうした流れになりがちだ。とはいえ時刻は夕方近く、Lさんは、時間的にご迷惑なのではとMさんに尋ねた。すると彼女は「共働きで帰り遅いし、私もひとりっ子だから」と返してくる。三人きょうだいの真ん中っ子だったLさんは、その返事からわずかな寂しさを感じ取り、それならばとお邪魔することにした。

 お洒落なマンションエントランスを抜けて通されたMさんのご自宅は、玄関先からも「丁寧な暮らし」が感じ取れる住まいだった。しかしながらMさんは、おそらくリビングへと通じる位置にあるドアの前を通り過ぎ、Lさんを自室に招き入れようとする。他の家族がいないときはとりあえずリビングで遊ぶもんじゃないのかなあ、とLさんは内心小首を傾げたそうだが、その先はあまり深く考えることはなく、Mさんの招きに従った。

  Mさんの自室は広々としており、家具や小物も気が利いたものがひと通り揃っている。特に本棚・趣味の棚の充実ぶりには目を見張るものがあったようで、所有者であるMさんに断りを入れてから、Lさんはライブラリを拝見することにした。
 するとそこで、Lさんは意外なものを見つけてしまう。書籍と比べて数はそう多くなかったが、数本の映像作品のパッケージに紛れて、中学時代からLさんが追っているアーティストのDVDが鎮座していたのだ。しかも、自分が持ってないレアなライブ盤。

 えっうそ、Mちゃんもファンだったの? Lさんは声を上げた。思いもよらぬ展開だったのだろう、Mさんも身近に潜んでいた仲間に喜びを隠せない様子。ひとしきり盛り上がってからLさんは、ちょっとでいいから見せて! ていうか一緒に見ようよ! と、場の流れとしては至極当然な提案を持ち掛けた。
 Mさんは一瞬だけ何事かを考えるような間を見せたが、「そうだね、ちょっと待ってて」と頷いて、棚から小さなポータブルDVDプレイヤーを取り出した。
 
 そういうことではない。推しのライブ映像なのだから、スマホよりも気持ち大きい程度の画面で鑑賞するのはもったいなさ過ぎる。そしてたまたま出会えた同好の士、それも仲の良いクラスメイト、ご近所迷惑にならない程度には一緒にライブ気分を楽しみたい。Lさんはそうした旨をまずまずの熱量で伝えた。
 するとMさんは、今度はしっかりと、何事かを考えているような間を置いてから、

「――いつもじゃないし、大丈夫かな」

 そうひと言呟いて、DVDを携え、Lさんをリビングへと連れて行った。
 
 通されたリビングは、だいたい十畳くらいのフローリング洋間。一辺で和室と隣接しているらしく、「障子」で間仕切りがなされていた。

 障子? Lさんはわずかな違和感を覚えた。リビングの一角に和室が設えてあるタイプのマンションには馴染みがある。ほかならぬご自宅がそうであったからだ。
 でも我が家の間仕切りは「襖」だ。和室への出入口も兼ねているのだし、そっちの方が一般的なのでは? そうLさんは考えた。しかし一介の女子高生に建具の役割について詳しい知識などあるはずもなく、まあこういう間取りもアリなのかなと、その点については流すことにした。

 しかしながら、看過できない違和感もその「障子」には備わっていた。Lさんの言葉をお借りするならば「なんか妙に可愛かった」のだという。 

 その障子紙は、「桜の花」を模したシールで一面飾り立てられていた。
 
 そこでLさんは思い至る。ははあ、これにツッコミを入れられたくなかったんだな。こちらの装飾はきっとMさんのお母さんのご趣味。季節外れの桜の障子は、まるで卒園・入学シーズンの保育園じみた様相を呈していた。
 LさんはMさんの意図を汲んで、桜の障子は完全スルーを決め込むことにした。Mさんも「これありえんよね」みたいなことは何も言わず、スンとした顔でプレイヤーの操作を始める。
 そしてふたりは、真正面にテレビ台を据えるソファに並んで腰かけた。桜の障子には背を向ける格好となる。
 
 DVDの再生が始まった。やはり未見のライブ映像で、Lさんはもう初手から爆上がりだ。自分達以外に誰もいない、たとえ他の誰かがいたとしても抑えきれなかったと思う、彼女はそう振り返る。
 大写しになる推し。Lさんは、はからずも大声で叫んでしまった。

 すると突然、背後から物音がした。

 桜の障子の向こう側。それは、和室の中から聞こえてきていた。

 「シュルルル」「シュルルル」と、まるで畳の上に手のひらを強く押し当てて滑らせてでもいるような、もしくは、しっかりとした重みのある何かが和室の中を這いずり回っているような、そんな音。

 Lさんは思わず後ろを振り返る。Mさんの「振り向いちゃだめ」は、間に合わなかった。

 桜の障子、シールの隙間に狙いを定めるようにして、真っ白い指が、おそらくは人差し指が、ヌッ、と突き出ている。
 付け根くらいの長さまで出ていたそれは、息を飲んで見つめるLさんの前でズズズッ、と奥まで引っ込んでいく。

 残されたのは、小さな、真っ黒い穴。
 
 その穴の周りをちょうど囲むように、「わ」のような丸形に、障子紙がグッと浮き上がった。そして、うぞうぞ蠢いたかと思うと、


「う る さ い」


 真っ黒い穴から、確かにそう聞こえた。やけに明瞭な、甲高い声で。

 するとMさんは「あぁあもうっ!」と猛然と立ち上がり、リビングに置いてあった小物入れから一枚のシートを取り出した。

 桜のシール。

 それを一枚剥がしたかと思うと、スタスタと障子まで近付いて行き、穴を塞ぐ。

 その後はもう、すっかり、静かになった。

 Mさんは振り返り、硬直して動けないLさんの脇を通ってテレビ台へと近付いていく。そしてプレイヤーからDVDを取り出すと、ケースに収めてLさんへ手渡したきた。「いつでもいいよ」の言葉を添えて。
 帰ってくれ、というか、帰った方がいいよ、そうした思いも含まれていた気がして、LさんはDVDを受け取ると、可能な限りなんでもない風を装いながら、マンションを後にしたそうだ。
 
 そんな体験をしつつも、LさんはMさんと友達であり続けた。Mさんの宝物なのであろうDVDは、感謝と感想、そしてMさんがお昼休みによく食べていたお菓子を添えて返却したという。

 さして昔のことでもないだろうに、Lさんは遠くを見るような目をしてこう言った。

「あれが人だったか、それ以外の何かだったかなんて今となっては知る術もないし、これから言うことも、私の想像でしかないんだけど……あの桜のシールが障子一面を埋め尽くすまでになったら、新しい障子紙に張り替えているんだと思う」

「襖の張り替えと比べたら、障子の方が扱いやすそうだもんね」

 


桜の隙間から垣間見る。季節外れの「お花見」でした。
つって。

それではまた来週。



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