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水筒で争いごとになる

魔の夏休み

不機嫌大魔王だったモトオと別れ、高三になったムスメともそれほど感情的になることもなくなっていましたが、夏休みはやはり危険でした。

先日、ムスメの不機嫌な態度にまんまと飲み込まれ、久しぶりに家出を考えてしまいました。実際は、頭の中の妄想で終わりましたが。

一人食事作りに明け暮れる夏休みも、もう4週目。気づけば家から一歩も出ず、下手すれば部屋からも一歩も出ないでゴロゴロ暮らすムスメを目の当たりにし過ぎたのだと思います。私はムスメの心配と自分の仕事が、家事で中断されるストレスを感じ始めていました。

ムスメの面目の為に一応言っておきますが、ムスメは以前に比べると驚くほど変わり、積極的になっていたのですが、一番大きな予定がコロナで中止になり、彼女もストレスが溜まっていたのかもしれません。

ムスメの水筒がボロボロなわけ

いさかいの発端は、例によってつまらない事でした。コミュニケーションに難があるうちの場合、つまらないことがきっかけになることがよくあるのです。

夕食後、食器を洗っていると、ムスメの水筒が目に入りました。よく見ると塗装が剥がれている部分が増え、なぜか全体の光沢さえも無くなってボロボロに見えました。以前から塗装が剥げてはいましたが、ここまで酷くありませんでした。

ムスメはよく手を滑らせたり、ぶつかったりして物を落とすので、また何かあったのかと何気なく聞いたつもりでした。

「水筒、どうしたの?」

「どうしたのって?」

「塗装こんなに剥がれてなかったじゃない。どうしたの?」

「どうって別に。カバンから出したら、いつのまにかそうなってたんだけど。」

「え!待って。何もしてないのに、こんな風になる訳ないでしょ。 落とすか何かしてなかったら、こんな風にはならないよ。ママのも落として知ってるけど、落とすか何か強い力がかからないと塗装は剥がれないよ。」

すると、ムスメは急に険しい顔をして「落としてないよ!そうなってた!」と声を荒げてきたのです。

私は意外な反応に驚き、どこに地雷があったのか頭の中で探りながら、怒る必要はないと伝えたくて、その状態をゆっくり言葉にしました。

「あなたは落としてなくても、塗装は剥がれてるから、何かあったんだろうけど、あなたは気がつかなかったってことね?」

すると、返ってきたのは「うん」とか「多分そう」とかいう穏やかなものではなく、私を激しく責め立てるものでした。

「知りません! なんでそんなこと言ってくんの? それくらいの事でいちいち言ってくるの辞めてくれない? 使えてるんだからいいじゃん。 ママってほんとに人のこと否定するの好きだよね? いつも私のこと否定してくる!」

『は!?(心の声)』
それまで冷静に対応していた私でしたが、これは聞き捨てなりません。

「それくらいって、どういうこと!? そうやって物を大切にしてないから、こんなに水筒がボロボロになったんじゃないの!? なにもしてないのにこんなになる訳ないでしょ!っていうか、あなた今怒ってるけど、なんで怒ってるの?塗装が剥がれるようなことが何かあったのは間違いないことで、あなたがただそれに気づかなかっただけなんじゃないの? どうしたの?って聞いただけで、なんでそんな酷いこと言われなきゃいけないわけ?  それに否定なんかしてないでしょ!?「カバンに入れてたら、そうなってた」って言うから、入れただけでそうはならないって言ってるだけじゃない。事実でしょ!?」と、私はどんどん強い口調になっていきました。

というか、ならざるを得ませんでした。ムスメは黙って聞いているのではなく、私が話すと遮るように「ほら否定してる!すぐ否定する!ママは結局全部私が悪いって言いたいんでしょ?あんたに何が分かんの!?」などと、怒りを爆発させ、あおるようなことを言ってきていたのです。会話が分からず困っているのなら、それらしい言動をして欲しいと思いますが、なぜかいつもこうなります。

という訳で、ムスメがクッションを投げつけたのを皮切りに、夏休みですっかり余裕がなくなっていた私は持っていた水筒を投げつけ、完全に低俗な争いになってしまったのでした。

質問の意図が分からない ー ムスメの言い分

ムスメは「水筒、どうしたの?」と聞かれただけで、何か責められているように聞こえると言うのです。

確かに彼女は周りの物事に関心がなく、感情的な繋がりにもほとんど興味がないので、自分から「どうしたの?」と聞くことはほとんどありません。

モトオもそうでしたので、きっとそれがスペクトラムの人たちの普通なのかもしれません。けれど、それでは人から「どうしたの?」と聞かれる度に敵意を抱くことになるので、やはり言葉にしなければいけません。文化が違うかのように、この社会での会話の慣習に慣れなければいけないというような感じでしょうか。

ムスメ曰く「水筒、どうしたの?」だけでは何を聞かれているのか、何を答えればいいのか、分からないらしいのです。

「どうしたの?は責めている訳ではなく、水筒がいつもよりボロボロに見えるから、何かあったのかなあと思って聞いているだけだから、思い当たることがあればそれを話して、覚えがなければ、さっき言ってたみたいに「もしかしたらカバンの中の物で擦れてたのかも」とかいうことを答えればいいんだよ」と私が伝えると、「初めからそう言ってくれてたら分かる。ママはいつも言葉が足りないんだよ。」と言うのです。

『そこでまた人のせいにするの?』と呆れましたが、口には出しませんでした。
ムスメの頭の中がさっき言われたことだけで、もういっぱいになっていると今は分かっていますから。無駄な争いを避ける為にもやはり知識は大事なのです。

会話には定型発達の人なら意識しなくても分かる共通の暗黙ルールが多く含まれていて、まさに阿吽の呼吸というものが存在します。

私は慰めのつもりで「完璧な人間なんていないんだから、これくらい大丈夫」と言ったのですが、「何も言わなくても話が通じる普通の人は、私から見たら完璧なんだよ」と返されてしまい、何も言えなくなりました。

私たちは考え方や理解の仕方、感じ方さえも違うことが多いので、ムスメが怒らず疲れないで会話ができるようになるには、まだまだ時間がかかりそうです。

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