「落穂拾い」「ダゲール街の人々」アニエスヴァルダ

私がアニエス・ヴァルだという人を初めて知った、いや、知ったとまではいかない、彼女を写真で初めて認識したのは、数年前、中学生くらいの時。
頭のてっぺんが白髪で、毛先は赤茶色の素敵なおばあさんの姿を見て、この人は誰なんだろう、と強く興味が湧いた。彼女が、何かを企んでいるように上目遣いでいたずらっぽく口を結んでニヤリと笑う、その写真が印象的で、ずっと覚えていた。その時、私は彼女が誰なのか、調べることもしなかった。


それから数年後、私はパソコンで、彼女の作品を初めて観た。そして今日、映画館で彼女映画を二本、続けて観た。「落穂拾い」「ダゲール街の人々」の二本立てだ。

映画館からの帰り道、携帯の充電がなくなってしまった私は、換気のために開けられたバスの窓のすき間に顔を向けて、流れ行く外の景色を一心に見つめていた。二月の風はあまりに冷たく、勢いも強かったが、なぜか心地良かった。
 幾度となく見たはずの、バスの車窓に映る自分の街が、今までになく美しく、光が散乱していて、何度も乗ったはずのそのバスの走りとまばらな乗客の空間がとても心地よく、愛おしかった。

家に帰ってから気付いた。
いつもより遥かに愛おしかった人々と、キラキラ輝いていた美しい見慣れた街、その風景は、確かにアニエス・ヴァルダが見せてくれた景色なのだと。

映画の中でアニエスが持っていた、人々と街を見るその視点や価値観が、気付かないうちに私にも少しだけ与えられたのだと。

二作とも、美しい映画だった。そしてどちらの作品も虚構ではなく、役者が出演していなかった。初めてこんな作品に出会った。ドキュメンタリー映画は、こんなにも美しく、面白く、鋭く、豊かに、愛を持って描かれるものなのか、と驚いた。

一度でいいから、彼女に会ってみたかった。私の記憶の中にある、あの写真のように、どこかいたずらっぽい、嘘のないその大きな目をしっかり見て、素敵なフランス語で、話をしてみたかった。
もうすぐ没後二年となる。彼女のように、死ぬまで魅力的な人間になりたいと思う。



では!一作目、「落穂拾い」。取引終了後の市場で、残された食べ物を拾う者たちの姿から、ミレーの名画「落穂拾い」を連想したアニエスは、落穂拾いを行う人々をフランス中探し回り、その実態に迫った。


どうでもいいが、ミレーの「落穂拾い」の複製がなぜか小学校に飾ってあったのを思い出した。それはともかく、街の人々の様子を見て、絵画を連想し、それを研究する彼女の発想力・観察眼・視点・好奇心にひたすら驚く。「落穂拾い」探しの旅を行う中で、食品ロスや貧困問題、移民文化など、社会的なことに多く焦点が当たっていたが、そこは意図していなかったのではないか。あくまで人々とその生活に迫ってる中で、自然な流れで社会問題が登場しただけというような。ドキュメンタリーで、社会の現状も伝えられるが、コメディ要素が強く、彼女のユーモア満載で、壮大なコントを見ているような面白さも感じられた。彼女のありのままの生活もそのままに映していて、彼女が見ている世界や、過ごす日常が見えてとても楽しかった。



 二作目、ダゲール街の人々」。アニエスが50年以上暮らしたパリ14区ダゲール街の小さな商店や床屋、教習所など、街で働き、生活する人々の日々の表情を丁寧に映したドキュメンタリー。

1970年代パリ14区ダゲール街。なんて素敵な時代、場所、人々。決して華やかでも、経営が潤っているわけでもない、新しくもない、けれど、この街で働き、交わりあい、暮らす人々。何十年と同じ場所で同じ仕事を続け、暮らし続けてきた人々の空気感、落ち着きとあたたかさ。今、日本で同じような光景が見られる場所がいくつあるだろうか。アニエスはそんなダゲール街の人々に、言葉では表せない魅力を感じ、街と人々を愛していたんだろうな。ドキュメンタリーで、大きな出来事があるわけでもなく、もはや小さな出来事さえ起こらない、インタビューばかり、なのに、どうしてここまで映画として完成されているのだろうか。なんてことない日常の風景や、被写体として素人である街の人々は、なぜ彼女が映し出すとここまで魅力的になり、その景色や人間性に奥行きを感じられるのだろうか。なぜ、彼女の映す、役者でもない人々の目は、ここまで自然で、深みを感じるのだろうか。人々は、本当に自然体で、緊張感もなく、格好つけようとかよく映ろうといういしもなく、ただカメラを見つめているのだ。どうしてこんな表情が撮れるのだろうか。それは、カメラの角度・位置・画面の比率・照明など、そんなもののおかげではなく、何かもっと非合理的な、撮る人自身の内面にあると、そう感じた。そこに存在する事実を、状況を、リアルに、主観なく、率直に映し出すことがどれだけ難しいことか、そしてそれをアニエス・ヴァルダがやってのけたという事実に、圧倒された。人々を善悪や良し悪しといった端的な概念ではなく、もっと面白くて広い視野で捉えているように見えた。



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