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普通になりたい④

閉鎖病棟

医師が『ゆっくり休みましょう』と言った。
私は3年間ゆっくりした。
大量の処方薬で、太ったり痩せたりしながら
ゆっくり休んだ。

閉鎖病棟は恐ろしく奇妙で退屈だった。
外界とは完全に切り離された空間で、
『普通』でない人間が共同生活をしている。
任意で入院してくる子などいない。
お家に帰る為に必死で『普通』を装い
イイコになろうとしていた。
それでも毎日誰かがボロを出して事件を起こしていた。

過食嘔吐の彼女は、白米は食べない。
吐き辛いから。
パンを出せと暴れ、
虚言癖の彼女は病棟の人間関係をめちゃくちゃにする為の裏工作をした。

そしてその悪事が暴かれると泣きながら
土下座をしてまわった。
そしてその土下座をネタに
また誰かを仲違いさせようと作戦を練るのであった。

性同一性障害の彼女は癇癪を起こして
ベランダから飛び降りたし、
境界性人格障害の彼女は散歩中
駅で自分の書いた詩を売って、
そのお金で逃走した。

誰が何をしても、時に見えない幽霊と闘争中の子に背後から襲われて怪我をしても
私たちは彼女達を許した。
優しくて異常な世界だった。

学校の方は幸いなことにエスカレーター式で
進学でき、高校へは通えた。
高校入学直後、半年休んで病院から電車で
通学した。
学校には行きたいけど、放課後、
閉鎖病棟に帰る私と、自分の家に帰る
私以外の全員の生徒では住む世界が違うような気がした。
同じ人間ではないような。
私が普通でないことは、どうしたって明らかだった。

外の世界に触れて病棟に帰ると頭がクラクラした。
帰宅すると荷物検査を受けて手を消毒した。
足取り重くトイレに入ると洗面所で嘔吐している子がいた。
用を足すのを諦めてトイレを出ると
団らん室で例の彼女が、土下座していた。
泣きたくなった。
きっとクラスメイトの家では皆で
死にたい気持ちを慰めあったりしない。
うつ伏せで倒れたまま動かない170センチ超えの女の子なんていない。
そして何より残念なのは私の居心地のいい場所は、異常なこの世界だという事。

諦めて究極の異常な人間になってしまおうと、
その方が楽なんじゃないかと思った。
その後も、通学したり、暇に悶えながら
普通を装って3年間大量の薬を身体に取り込んだが病気は治らなかった。
そして反抗する気力だけ削がれて
死にたい気持ちを抱えたまま、
私の退院が決定した。

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