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小説 開運三浪生活 6/88「没入ロック」

最初の一週間は、文生にとってひどく長く感じられた。一日一日が重かった。講義中も休み時間も人目を気にして、ようやく緊張から解放されるのは、アパートでひとりになった時だった。帰り道のスーパーで買った総菜をおかずに簡単な夕食を済ませると、あとは畳に寝転がってCDをかけた。よく聴くのは、この年三月の発売以来、売れに売れて一躍世間から注目を浴びているBUMP OF CHICKENの『天体観測』と、同じ日にリリースされたスナッパーズの『ボタン星』だった。

広島で結成し、BUMP OF CHICKENよりも半年先にメジャーデビューを果たしたこのバンドを文生は予備校時代に知った。広島を引き上げるときに、手に入るCDはすべて買った。純粋に彼らの音楽が好きというだけではなかった。広島という土地に対する思い入れをスナッパーズの楽曲に仮託して、盛岡の八畳間に持ち込んだのである。

男性四人からなるスナッパーズの音楽は、ギター・ベース・ドラムの硬質なサウンドにキーボードで柔らかく色彩を着けることで、時に明るく、時に騒がしく、時に切なく文生の鼓膜を震わせた。縦ノリのリズム隊と華やかに鳴り続ける鍵盤をバックに過去の失恋への訣別を歌い上げたボタン星を聴くたび、文生は広島への想いを募らせ、ギター二本の情熱的なイントロで始まる天体観測を聴くたび、受験に失敗した悔しさを曲に無理くり重ねた。飽きるまで何度でも聴き、小声で熱唱し、風呂に入り、零時過ぎに布団に入る。その繰り返しだった。昂奮冷めやらず、エアギターやエアベースをかき鳴らすこともあった。誰にも見られていない時、やっと文生は自由だった。音楽で心身を解放したあとに湯に浸かると、一日の疲れがどっと押し寄せた。文生にしては寝つきのいい夜が続いた。

復学して初めて迎えた週末の昼下がり。文生は気分転換に盛岡の街へと出かけ、数時間の徘徊を楽しんだ。久方ぶりに無印良品で服を物色し、さわや書店をのぞき、食堂「若い力」の牛丼とラーメンでかなり早めの夕食を済ませた。厨川駅に戻った時、時計の針はまだ五時を回ったばかりだった。

休日の厨川駅前は人通りよりも車の往来が多く、あいにくの曇り空がただでさえ不足しがちな街の活気をそいでいた。誰に会ったわけでもないが、ひさしぶりに盛岡の街を歩き回った文生はいささか疲れを感じていた。

――早く帰って、寝っ転がりてえな。

古本屋の先にある踏切で電車が過ぎるのを待つ間、二回もあくびが出た。



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