小説 開運三浪生活 60/88「悲劇のヒーロー」
一月十三日はすぐに訪れた。文生はJR山陽本線の車両に揺られ、センター試験会場の広大へ向かっていた。
文生が割り当てられた試験会場は法学部の大講義室だった。学部違いとはいえ、志望校でセンター試験を受けることに誇らしさにも似た感慨もあったが、いざ解答用紙を前にした文生はガチガチだった。あとのない二浪のプレッシャーが急に押し寄せてきた。解答用紙の楕円を塗りつぶすのに、やけに時間を要した。思えばこの九ヶ月間、すべての模試を通い慣れた川相塾で受けていただけに、ひさびさの公共の場での受験に、心身ともに見事に緊張していた。
実に三度目となるセンター試験を受けてみて、文生は己が実力不足を認めざるを得なかった。二日目の夕刻、すでに真っ暗になった広大の西条キャンパス内をバス停へと向かう文生は、完全に意気消沈していた。戸外には何かの思想サークルが政治についてメガホンで熱く語る声が響いていた。その不気味さが、文生の感情をますます冷却するのだった。
――二浪して、予備校行って、これか。
「おまえ、落ちぶれたな!」
中学の同級生だったタツヒコの顔が浮かんだ。短い金髪をツンツンと尖らせたボンタン姿のあんちゃんが、意地悪くせせら笑っていた。
翌日、登塾してさっそく自己採点をしてみると、手応え以上にひどい出来だった。数学①が71点、数学②が67点、化学がちょうど70点(それでも文生としてはどれも過去最高の得点だった)、あれだけ中本に鍛えられた英語は155点に終わり、得意なはずの地理は74点、唯一8割を超えたのは国語の160点だけだった。計597点。広大総科の合格ラインはちょうど8割の640点。川相塾による合格判定はCと出た。
文生が受験する広大総科理系前期の配点は、センター試験が500点満点(そのうち200点が英語)、二次試験が数学と理科各300点の計600点だった。二次試験のほうが配点が少し多いので、逆転できなくもない。が、肝腎の数学と化学こそ文生の苦手科目なのである。
まともな受験生であれば他校の受験を視野に入れるところだが。文生の場合広大一本に絞ってわざわざ東北から出てきた手前、ほかの選択肢は頭になかった。そして、文系での受験を潔しとしなかった。理系で広大総科に入る——それ以外に「自分復興」の道はなかったのである。しかも文生本人は、根性論でもってまだ逆転の可能性に賭けていた。二次試験は二月二十五日。まだあと一ヶ月少しある。
――ここまで頑張ってきたんだ。あとは、突き進もう。
文生は悲劇のヒーローを自任していた。