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また、お寺を「お別れの場」にしたい

かつてお寺でのお葬式は珍しくありませんでした。
本堂には長年、拝まれてきたご本尊がまつられ、祭壇があります。
その厳かな雰囲気に包まれて、故人との惜別の時間を過ごす。
住み慣れた地域にある自分たちのお寺や、先祖代々からお付き合いが続くお寺で、安心してみおくる。
そんなお寺でのお葬式が、最近では少なくなってきました。

お別れの場としてのお寺を再発見してもらいたい。

矢田石材店は、お寺でのお葬式をサポートする「お寺でおみおくり」を始めました。その理由を矢田敏起社長が語ります。


事業開始の直前、父の急死

お寺での葬儀をお手伝いする「お寺でおみおくり」を、矢田石材店が始めたのは昨年、2022年11月1日のことでした。新事業を立ち上げるため、半年ほどの準備をし、「さあ、これから」と気を引き締めていた10月22日、考えてもいなかったことが起きました。石材店代表を務める私、矢田敏起の父が急に亡くなったのです。

父の勝己は、日本三大石材産地といわれる愛知県岡崎市で1955年に祖父が創業した石材店の二代目です。77歳となり、現役バリバリというわけではありませんでしたが、工場で軽作業をしたり、若い社員に石の加工を教えたりして、元気に過ごしていました。亡くなった日の朝も会社に顔を出して、「コーヒーを飲みに行ってくる」と言って出かけていきました。そのまま、出先で倒れたらしいんです。午後3時くらいに救急隊の方から父の携帯電話で連絡をいただき、病院に駆けつけましたが、意識は戻りませんでした。

すぐにお寺へ電話を入れました。矢田家が檀家となっている岡崎市内の勝蓮寺さんは、日ごろからお付き合いがあり、墓石や墓園造りという仕事の面でもお世話になっていました。「お寺でおみおくり」の事業にもご賛同いただき、11月から本堂でのご葬儀を受け入れられるように準備を進めていました。お寺で枕経をあげていただくことになり、その一方で、会社の担当者に「“おみおくり”が始まる前だけど、お寺でできる?」と聞いたら、「やります」と言ってくれました。亡くなってから2日後、菩提寺の本堂で家族や会社の仲間たちと父を見送ることができました。

お寺とともにつくる安心のカタチ

墓石を専門とする石材店の三代目として、お寺に出入りするようになり、ご住職といろんなお話をさせていただくようになりました。そんな中で3年前に始めたのが「はなえみ墓園」です。お墓を造っても次の世代に継承できるか不安を持っている方が多いと聞き、建て売りで、永代供養が付く、将来に不安を残さない墓園を、お寺と一緒に造りました。今では愛知県内に21墓園となり、みなさんに受け入れていただけたと感じています。そして、次にお手伝いしたいと思ったのが、お寺の本堂を使った葬儀でした。

お寺をもっと活用したいとヨガ講習やマルシェなどを開いて、地域のみなさんと交流をはかっている例もあります。私は、お寺の役割のど真ん中のところで、お手伝いしたいと考えました。
本堂を使って葬儀を開きたいと思っているご住職は大勢いらっしゃいます。今は葬儀ホールへご住職が行ってお経を唱える形が一般的になっています。ホールでの葬儀にはいろいろメリットがありますが、ご住職の中には、日ごろからみんなが手を合わせ、自分たちも常にお参りをしているお寺で、ご本尊のご加護のもとにお送りしたい、という気持ちの方が、少なからずいらっしゃいます。そういったお弔いを宗教家としてしたいというお気持ちを持っている方、葬儀の大前提である宗教儀式というところが抜け落ちていくのではないかと危惧されている方もいます。
たまたま長野県にいる石材店の友人が、5年ほど前からお寺での葬儀を手伝う事業を始めており、愛知県でもやろうと始めたのが「お寺でおみおくり」です。

日本の葬儀の文化をつないでいく

喪主としてお寺で葬儀をしてみて、厳かな気持ちで父を送ることができたことは、とてもよかったと感じました。本堂にはそういう空間ができあがっていますので。檀家として子供のころから出入りしていたお寺だったので私はとても安心感を得られました。墓地には先祖のお墓もあるので、父が「あっちの世界」へ行っても安心できるだろうと、思うことができました。

葬儀を開いた勝蓮寺のご住職も喜んでくださいました。遺族や参列者との距離感も近く、一緒に葬儀を作り上げたと感じられたそうです。現在のご住職の代になって本堂で葬儀をする機会はあまりなく、お父様の先代のご住職と一緒にお経を唱えてくださいました。先代に本堂での葬儀のやり方を教わり、いい機会だったと言っていただけました。ほかのお寺でも、自分の代ではお寺の本堂での葬儀をやったことがなく、やりたくてもできるかどうか分からないというご住職もいます。少し大げさな言い方になりますが、文化をつなぐことにもつながるのかなと、事業へのやりがいも再確認できました。

準備徹底で目指す不便さ払拭

お寺でやることによって、不便さは当然あります。階段もありますし、ちょっと暗いとか、夏は暑くて冬は寒いとか、駐車場から本堂まで屋根がないから雨が降ったらどうするんだとか。そんな不便を解消するために、ご住職と事前にしっかりと打ち合わせや下見をして、道具も徹底してそろえています。本堂に広く敷くホットカーペットや扇風機、階段など足元を照らすライト、注意を促す立て札などをたくさん用意しています。葬儀のプランは一応用意していますが、ご遺族の希望がありましたら、ご住職との間に入ってできるかぎり調整をさせていただきます。

かつてのように、お寺で葬儀をすることが増えてくれば、地域のみなさんとお近づきになるきっかけになりますし、お寺や本堂を地域の自分たちのものと感じていただけるようになれば、お寺がもっとコミュニティ活動の場となって活性化するのではないかと期待しています。

お寺でおみおくり」の事業は、困っている人がいて、やれない人がいて、それをフォローできる仕事なので、とてもやりがいがあると思います。担当のスタッフも、お寺での葬儀を広めていく価値があると思って、がんばっています。まずは岡崎市を中心に、安城市、幸田町の60ヵ寺以上と葬儀を手伝う契約を結び、豊田市、西尾市と広げていく予定です。

事業に取り組む価値を確信

最初に自分の父を見送ることになり、自分の中で腑に落ちた部分があるんです。この事業の価値を改めて確認する場となり、これは父の贈り物なのかとか考えてしまいます。こっちはもちろんそんなの望んではいなかったですけど。この事業をしっかりやれと言われているように感じています。石材店がやるべきことなのかということは、今でも分かんないんですけど。世の中や人の役に立てて、自分の人生の最後に「やっておいてよかった」ときっとなると、確信を持ってやっていきます。

「矢田石材店なう」では、近況や情報などを随時お伝えしていきます。


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