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繋物語ツナギモノガタリ 第2話 ワタシたちの世界


 学校の更衣室にあるシャワーで返り血を洗い流す。

 水はけの良い、真っ白いタイルが水で希釈された薄い赤色に染まっていた。

 鼻にツンとつく、鉄分の匂い。

 早く、洗い流したい。

 この学校(廃校)には、シャワースペースが一つしかないので、被害の酷かったユキちゃんが先に、シャワーを借りている。

 薄いカーテン1枚越しに、彼女のシルエットが見える。

 人間のシルエットからは不自然な、頭の上にある”猫耳”が可愛らしく、背の小さな彼女の存在を際立たせていた。

 猫耳は、シャワーの温度を敏感に感じ取り、時々、体の反応とは別に無意識に動いていた。

 私は、自分の尻尾を触り、彼女のシルエットにまた、目を向ける。

 自分のふさふさしている尻尾を触り、彼女のおしり周辺に目を向けると、まだ尻尾が生えていないのが見て取れた。

 彼女は、まだ遺伝変異の途中段階なんだ。良いな。何もないキレイなシルエット。

 そんな言葉をボソッとつぶやくと、そっと、私の頭を撫でてくれた人がいた。

 今回、助けを呼んでくれたコハルちゃんだった。

「シズクちゃん、レイさんが私も一緒にシャワー浴びて、ゆっくりして良いよって」

「そうなの?良かったね」

 私より、少し背の高いコハルちゃんを見て、ニッコリ笑う。

「嫌なこと、あった後だけど、ゆっくりしよう。お風呂もあるらしいし」

 コハルちゃんは、私に気を遣って、明るく振る舞ってくれていることが伝わってきた。

 コハルちゃんは私の服の袖を引っ張り、ぐいぐいと急かす。

 そして、コハルちゃんは、よし、と言って、勢いよく、制服を脱ぎ始める。

 ポニーテールに結んでいた、後ろ髪の髪ゴムを取って、ほどくと、つづけて

 セーラー服の裾周りにあるチャックを降ろし、スカートも脱いで、あっという間に白い肌を露出させると、下着一枚になって、私に声をかける。

「ね。シズクちゃんも、一緒にシャワー浴びちゃおう」

「え、私は、、」

 そうためらっていると、

 コハルちゃんは、顔をムスっとさせて、残り1枚も簡単に脱ぎ捨て、ユキちゃんが浴びるシャワーのもとへ向かってしまった。


 シャワールームのカーテンを勢いよく開けて、わーっとユキちゃんの驚く声が上がる。

 なにーっと、じゃれ合う声と、ともに、しばらくすると楽しそうに仲良くシャワーを浴びてる声が更衣室内を満たしていた。

 私は、そんな声が聞こえても、なお、もじもじ、なかなか勇気が出せずにいた。

「あなたは、シャワー浴びなくても良いの?」

 部屋の奥の方でお風呂を沸かして、戻ってきたレイさんが私に声をかけてくれた。

 すらっと身長の高い容姿端麗な彼女。

 見たところ、外見に変異は見えないけど、レイさんも何かの種族に変異しているのだろうか?

 レイさんには、見えないように、そっと、また、自分の尻尾を触る。

 そして、助けてくれた命の恩人である彼女を見て、ふと考える。

 こんな綺麗な人が、人間では無くなってしまうのかと、思うと、残念な気がした。


 正直、自分も遺伝変異に対して、嫌悪感がある。

 だから、とてもじゃないけど、”ユニークな個性は何”?と言ったような聞き方で、レイさんに聞くことはできなかった。


「私は、最後で良いので、二人がシャワールームから出たら、レイさんが先に浴びてください。返り血もたくさん浴びてらっしゃると思うので」

 腕の袖をまくって、お風呂の準備をしてくれた彼女の姿を見ると、返り血はすでに黒く固まりだしていて、ボロボロと、カサブタみたいに固まっている様子だった。

 レイさんは、私の緊張した様子に気づいたのか、私の表情を覗き込むと、向かい合わせの状態から、私の横に立ち、壁に寄りかかって、ぼそっと話しだした。

「そういえば、あなたたちのこと。あまりちゃんと聞けていなかった。」

 助けてくれたときの彼女の第1印象が嘘だったかのように、

 彼女の声のトーンはなんだか、脱力感があり、落ち着いた。

 私は、ゆっくり、ひと呼吸をし、

 戯れて、騒ぐ、ユキちゃんとコハルちゃんの話し声を余所に、語り始める。


 事件。そう、体に異変が起きたのは、おそらく、2年前。


 「無政府状態に陥ったせいで、正確な日付はわからないけど、桜が2度ほど咲いたので、私の体に異変が起きたのは、中学2年生の頃でした。

 もともと、体も大きくなくて、学校の友達からは、いじめを受けていたので、ずっと家に居ました。

 最初はほんとに小さな変化でした。気づけば爪が伸びる周期が早くなったり、髪の毛の伸びるスピードが早くなったり、というところまででした。

 でも、ある日、引きこもり生活が続いたころに、鏡を何かの折に確認をすると、頭から、たんこぶのような、できものを感じました。

 その変化は指数関数みたいに、最初は緩く、経過とともに急激に起きました。

 日を追うごとに、自分の耳がどんどん、退化していくのが鏡を見て、確認できました。

 耳も、聞こえなくなったかと思えば、猫耳ができた頃には、聞こえる状態になって、それは、一度何かの喪失感を味わって、復活をするような、初めての体験で、とても怖かったです。」

 まるで、自分が自分ではなくなっていく。闇に惹き込まれるみたいで。

 

「ずっと、引きこもっていたのですが、

 怖くて、怖くて、ついには、自分の中では、抱えきれなくなり、引きこもっていた自分の部屋を出て、両親に相談すると、両親は目に涙を浮かべて、私を抱きしめてくれました。」

 フローリングの冷たい廊下で、両親の温かい抱擁。

「ひさしぶりに、優しさを実感した瞬間でした。」


 「でも、そのとき、しばらく考え込んだあとの両親の口から発せられた言葉は、絶対に「家の外に出てはいけない」と言うことでした。

 今、政府は、私と同じような”遺伝変異”を起こしたものを筆頭にクーデターで政権転覆が起こり、治安が不安定だと。

 もし、同じような変異が見つかれば、危険視されて、その恐怖感から、人々が反発し、軍隊へリークされ、すぐに捕まって、どこかに連れて行かれてしまうと言われました。


 それから、しばらく経ったあと。

 虐められてから、ずっと、家から出ていなかったので、近所の人からは、特に怪しまれなかったのですが、私がずっと、不登校だったせいで、怪しんだ生徒が学校にリークし、教育委員会に通報があったそうです。

 暫定政府が後に無政府宣言と呼ばれる「21世紀の終焉と能力史上主義と競争社会化」を宣言した頃、私の家に、遺伝変異によって、能力を得た集団からの報復を恐れた軍の人間・自然主義者が、一斉に怪しいスポットの襲撃を実行しました。」

 その話を、レイさんにした瞬間。

 ふと、その光景が私の脳内を過ぎる。

 家のクローゼットに灯油を撒いて火をつけたあと、玄関先で軍隊の方と会話をする両親。

 必死に、何もないと交渉を重ねる両親を見たのが最後。

 予想された銃声と、お母さんの悲鳴が鳴り響き、捜索部隊が家に侵入する。

 捜索部隊がすでに回り込んだ火の手に翻弄され、うまく捜索ができない中を、私は夜目を使って真っ暗な中、2階から、飛び降りて、身を一回転させて着地し、家の裏の林に逃げ込んだ。

 胸の奥が苦しくなる。目頭が熱くなる。


「すいません。そのことは、いまでも、夢に出てくるので、あまり、詳しくは思い出したくはないです。」

 私は、ユキちゃんとコハルちゃんのカーテンに映るシルエットを見ながら、話を続ける。


 「ユキちゃんとコハルちゃんに出会ったのは、路上で盗みを働きながら食いつないでいた頃でした。

 その時は、逃げ足は、早い方だったので、あまり変な人には捕まらなかったのですが、今日、レイさんに助けて頂いたタイミングは、相手から、不意打ちを受けるような形で捕まってしまいました。」

 先程の体育館倉庫で起きた事件を思い出し、私は、ブルっと身体を震わせる。

 ユキちゃんの悲鳴と、楽しそうに甚振る男たちの光景。


「震えてる」

 レイさんは、そんな私の変化に気づいたのか、そっと、私の頭を撫でる。

 ずっと、3人だけで、逃げていたせいか、初めて会った人でも、その手は温かく感じた。

 しばらく、私の頭をそっと撫でて、私の呼吸音に合わせて、撫で続けてくれたあと、

 レイさんは、ひと呼吸おいて、もう一度、話し始める。


「話してくれてありがとう。両親も居ないまま、よく頑張ったね。」

 レイさんは、私の猫耳を可愛らしげに弄りながら、笑いかけてくれた。

 気がつくと、ユキちゃんとコハルちゃんの二人は、シャワールームを出て、お風呂に浸かり始めていた。


 レイさんは、二人がお風呂に浸かったことを確認すると、私に背を向けて、血で汚れた服を脱ぎ始めた。

 長身できれいな細い身体。

 私は、その女性らしい豊満な肉付きにうっとりしながらも、ふと、肩甲骨付近の骨の形状に違和感を感じる。

 彼女がワイシャツを脱いで、その素肌を晒したときに、やはり皮膚から異型状の骨が、親知らずの歯のように、出かかっているのが確認できた。

 やっぱりレイさんも何か、遺伝変異を起こしているのだと、感じる

 そして、彼女の戦闘シーンを振り返る。

 大柄な男たちにも負けない、強靭な力。

 あの心許ない短刀で、骨まで到達しなくとも肉が切れるスピードで振りかざす力。

 とても、今の細い身体からは想像できないような、力だった。

 レイさんは、ひと通り脱ぎ終わって、私の感心した様子を見て、話しかける。

「わたしが、なんの種族か、気になる?」

 あ、あの。

 私は、突然の問いかけに驚いて、反応できなくなる。

 その様子を見て、レイさんは、くすっと笑う。

「人間は、見たことない種族だから。この身体を見ても、想像しづらいかもね」

「ほら、あなたも、かしこまってなくていいから。早く脱ぎなよ」

 少し間を空けてそう言うと、レイさんは私の服を脱ぐのを手伝ってくれた。


 久しぶりに、誰かに優しくしてもらった気がする。

 私は、レイさんと同じようにクスッと笑うと、一緒にシャワーを浴びに浴室へ足を踏み入れた。


 3人程度が入れる個室の中で、温かいシャワーの湯気が立ち上る。

 久しぶりのシャワーは、とても温かく、私が乾燥して冷たい外気に長期間晒されていたせいか、とても心地よく感じた。

「子猫ちゃんだから、水は苦手?」

 レイさんはシャワーを片手に持ち、私の背中から順に体を洗い流してくれた。

「あ、大丈夫です。私は、大丈夫な方です」

 ふーっと思わず、吐息が漏れる。

「落ち着く?」

 背中からレイさんの声が聞こえる。

「はい。ありがとうございます。」

 レイさんは、私の冷えた指先にもシャワーを当ててくれた。

「あっ」

 気持ちが落ち着いた矢先に、なにか、触られたくない部分に触れられる。

 私は、急いで、レイさんの方に体を向ける。

 レイさんは驚いた顔で私の方を見ると、急いで、その掴んだ手を離す。

「ダメだった?尻尾?」

 レイさんはそう言って、離した手のひらを見せて、何も触ってないことをアピールする。

「ごめんなさい。くすぐったくて」

 私は、少し笑いながら、目を背ける。

「そうだったんだ。ごめん、気づかなくて」

 レイさんは、焦った様子でそう答える。

「私、あなたと同い年くらいの妹がいてね。こんな状況で、離れ離れになっちゃったんだけど、ほんとに、可愛かったんだ」

 レイさんはそう言って、また私の猫耳を可愛げに優しく触る。

「ほんと、可愛いね。良いな。子猫ちゃん」

 私はそう言われて、嬉しかった反面、少し複雑な気持ちだった。

 逃げることしかできない私。

 逃げることが得意な私。

 友達の危機に何もしてあげられない私たち。

「ありがとうございます。」

 そんな気持ちを抑えて、私はお礼を言った。


 レイさんが自分の体を流し終えたあと、私たちは、ユキちゃんとコハルちゃんがいるお風呂へ向かう。

 この部屋は、2クラス分入れるほどの更衣室が改装されていて、入り口にロッカールーム。

 部屋の奥の方にシャワールームがあり、いくつかシャワールームを壊して、木材で作られた数人が入れる五右衛門風呂が部屋の一番奥に設置されていた。

 少し白い濁り湯の水面が、私達の足が浸かるのと同時に揺れる。

 足先から、じんわり温かさが身体に染みる。

 ゆっくりとお湯に浸かると、私の身体や、レイさんの身体は、白いお湯に使って、何も見えなくなった。

 どこからか、温泉を引っ張ってきているのか、とても良い香りが私の体を包む。

 目線を向かい側に向けると、先に入ってたユキちゃんとコハルちゃんはすでに、頬を赤くして、気持ちよさそうな顔を浮かべていた。

 そばには、プラスチックの手桶もあり、温まりすぎると、身体をお湯の外に出し、手桶で少し体を温め、また湯に浸かるということを、繰り返しているようだった。

 そのせいか、おそらく源泉が流れる湯道を通ったあとに、五右衛門風呂に注がれる湯口付近からは、二人は遠ざかって座っていた。

 ふぅ。隣からは、レイさんの吐息も聞こえてくる。

 こんなにも、静かな場所で落ち着いたのはいつぶりだろう。

 周囲は、シャワーから落ちる水滴の音が聞こえるほど静かで、心を落ち着かせてくれた。

 ここの数年間。心を休める時間はなかった。

 日々の食べる食糧に悩まされ。生きるのに必死だった生活。

 私から見て、この状況を提供してくれた、レイさんを含めた生徒会室にいたメンバーはありがたい存在に思えた。

 そう思ったのは、束の間、シャワー室の奥、さらにロッカールームの奥、さらに扉をあけた廊下から、なにやら、物音が聞こえた。

 私の猫耳がピンと背筋を伸ばし、聞こえる音に更に集中する。

 足音が、数人分。

 コツコツと鳴るリズムに意識を集中する。

 2人いる。そして、途絶えたかと思うと、引き戸を開ける音が聞こえる。

「レイさん。更衣室の外って、誰か見張りの方とか居ないですか?」

 私は、気になってすぐにレイさんに確認する。

 レイさんは、驚いた顔で私の顔を見る。

「居ないよ。あいつらは、ほんとに何をするか分からないから。呼んだことはない」

 レイさんの返事を聞いて、私は焦る。

 本気で焦る。

 もし、知らない人だったら。さっきの男たちの仲間だったら?

 色んな想像が、私の脳内を駆け巡る。

 本気で、やばいのではないか。

 私は、自分の身体や、レイさんの様子を確認する。

 裸一貫で、何ができるというのだ。

 相手はどんな、凶器を持っているかわからない。

 レイさんはさっき、持ち合わせていた短刀も持っていない。

 ヤバイヤバイヤバイ。本当にやばい。

 私は、急いでレイさんに声をかけて、お風呂でぼーっとしている。友達二人の頬を叩く。

「レイさん。知らない人が、この部屋に来ます」

「え?」

 レイさんは驚いた顔で私を見つめ、怯えた表情を見て、確信する。

 私は何ができるか分からないけど、ひとまず、二人をかばうように私の背中に無防備な友達を隠す。

 レイさんは、私に目で合図し、不意打ちを食らわせるために、シャワールームの物陰に体を潜めた。

 レイさんと目配せをして、私の背筋のピンと立った猫耳を指で指し、合図を送る。

 案の定、男たちの喜ぶ声が聞こえる。

「あれ、これ、女子の制服じゃね?」

「うわ、まじだ?誰かいんのかな?」

「あれ、これ、下着じゃん。ラッキーぃぃぃぃ」

 歓喜の声が、更衣室内を反響する。

「1,2,3,4」

 数を数える声が聞こえる。

「ブラジャーが4つ」

 4人もいるぞ。

 うぉぉぉと、バカみたいに叫ぶ声が聞こえる。

「じゃあ、分けっ子で一人二人ずつな」

 そして、意気揚々と、一人の男が浴室に侵入してきた。

 体格の良い大柄な男と目が合う。学生服に身を包み、片手には刃渡り20cm程度の刃物が握られていた。

 外見に特に主だった特徴はなく、遺伝変異も見られない。

 その男が一瞬静止し、私達の方に目を向け、目が合う。

「3人いる。しかも、全員、猫耳じゃねぇかぁぁぁ。。。。。よっしゃぁぁぁぁぁ」

 雄叫びをあげ、猪突猛進。

 私達をめがけ、走り込んでくる。

 あとから、浴室に入ってきた細長の男は、4人いるんだぞと声をかけたが、もう間に合わない。

 シャワールームを過ぎさり、シャワールームと五右衛門風呂のわずか1畳ほどの空間に躍り出た瞬間、私は声をかける。

「今です!」

 その瞬間、目に見えないスピードで、レイさんの回し蹴りが男の走り込む方向と真逆のベクトルに働く。

 回し蹴りは、きれいにセンターライン。顔面にヒットし、骨が折れる不快な音とともに、男は、濡れた床を滑るように倒れる。

 男が天井を向いて倒れる様子を確認する間もなく、もう一人の細身の男が、出現したレイさんを確認して襲い掛かってくる。

「怪力女が」

 細身の男はそう言って、罵倒すると、同じような凶器でレイさんを攻め立てる。

 男は賢いのか、レイさんの蹴りが出てこないように、執拗に胸ぐらが掴まれない程度の至近距離で刃物を振り回し、レイさんはその動きを避けるのに、防戦一報になった。

 レイさんの舌打ちが聞こえる。

 次第に後退していくレイさんが足を崩したのはその数秒後。

 裸足のせいか、床に足を滑らせて、横に足を滑らす。

「レイさん」

 私は、思わず声を上げる。


 私は、ずっと逃げるだけ。

 守ってもらうだけで良いのか。

 初めてなのに、あんなに妹のように優しく接してくれたレイさん。

 力がすべてを決める世の中でも、私も大切な人を失うのは嫌だ。

 両親の抱きしめてくれた光景が思い浮かぶ。

 玄関口から聞こえた銃声が蘇る。

 何もせずに、大切な人が消えていくのは嫌だ。

 そう思った瞬間、無意識に手桶を掴み、思いっきり。今まさに、その命をもぎ取ろうとしている男に投げつけていた。

 男は不意打ちをくらい、よろめき、私の方を睨む。

 私が、息を呑んだ瞬間。

 レイさんは、体勢を立て直し、男の持っている刃物を両手で強引にもぎ取りにかかる。

「くぅぅ」

 男の歯の食いしばる音が聞こえる。

 そして、そんなに時間が経たないうちに、その声は悲鳴に変化した。

 レイさんは男の刃物を掴んでいる指をへし折ると、刃物を奪い、片手で刃物を持ち直し、男の脳天に、刃物を突き立てた。

 その瞬間、勢い良く血しぶきが上がり、レイさんのせっかくキレイに洗い流した体が一瞬で汚れる。

 そして、少し虚ろな表情になったレイさんは、ふぅ、とため息をつくと、指先についた、相手の血を舐めた。

 私は、レイさんの体を気遣い、思わず呼びかけようとしたが、その行動は一瞬の仕草のせいで、怯んでしまった。

 レイさんは、口元を歪ませて、笑っていた。

 私の身体は温かいはずなのに、ヒンヤリ冷たい汗が背筋を流れる。

「なんで、見張りの人がいないのか、教えてあげようか」

 レイさんは、死んだ男を気持ち悪そうに蹴り飛ばし、私の方を見る。

 突然の質問に、驚いて、言葉が出てこない私に、レイさんは続けて答える。

「私が強いからだよ。こんな血しぶきを見て、驚くこともない、男の力の数倍の力を持ってる怪物だから。守る人は要らないんだよ。」

 レイさんは、それを嬉しそうに語っていたが、私の耳は言葉の節々に、なにか寂しそうな雰囲気を感じとっていた。

 私は、男に投げつけた手桶を拾い、温かい湯をすくって、レイさんに付いた血を洗い流す。

 また、レイさんのきれいな肌が露わになる。

「助けていただいて、ありがとうございました。」

 私は、御礼を言った。友達も続けて、頭を下げる。

 そして、続けて、私は言葉を付け加える。

「これからも、仲良くさせてください」

 さっきまで、虚ろだったレイさんの顔がほころぶ。

 私は、それを見て、安心して勢いよくレイさんに抱きついた。

 レイさんは驚いたように、わっ、と声を上げて、喜んでくれた。

 そして、返事をするかのように、私の背中に優しく腕を回して、頭を撫でてくれた。

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「何、ニヤニヤしてるんだ」

 僕は、自分の居室のソファでダラダラするレイに声をかける。

「いや別に。」

 レイは何も知らない顔をして、僕から顔を背ける。


 僕は、レイが隠れて食事をしているのを知っている。

 遺伝変異が起きてから、だんだんと食性が変わってきてしまったそうだ。

 涙ながらに伝えてきた、レイの表情を思い出す。

「ほら、君のために、重いのに背負ってきたんだから、早く食べてくれよ。臭うから」

 僕は、それが放つ異臭に鼻を摘む。


 レイは罰が悪そうに、おとなしく、テーブルの席に着き、食べ物?を口に運ぶ。


 そして居室には、いただきまーす。の声が響き、


 彼女は、”人肉”を食べ始めた。

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寂しくなる。哀しくなる。愛おしくなる

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