見出し画像

疑問を「疑問視」する

意見の割れた問題について「隔たりを乗り越える」のに役立つような思いやりのある疑問は、「部屋の風通しを良くする」のに役立つ。つまり親しい友人、近所、同僚、兄弟、義理の姉妹、長男など、近しい関係の人たちとの間柄をよくすることができる。尋ねることは、人間関係のさまざまな課題に対する理解を深め、関係修復の可能性を試すために使えるのだ。

仮定の疑問「お義父さんはどうしてこうも付き合いづらいのだろう?」と例にとると、疑問を疑問視する(「それは本当か?」「彼は本当にだれにとっても付き合いづらいのだろうか?」ことで間違った思い込みをしていないかチェックできる。もしお義父さんが、あなたと同世代の別の義理の息子など、ほかの人とはうまくいっているのなら、もっと良い「なぜ?」の問いは、「なぜお義父さんと私はなかなかうまくいかないのだろう?」となる。

文脈的探究の一環として、ほかにも「なぜ?」を加えられるだろう。「私たちはうまくいっていない。私はなぜそう感じるのだろう?」「私はどうしてこの関係を変えたいのだろう?」「なぜ、もう一人の義理の息子との関係のほうが良いように見えるのだろう?(私はそこから何かを学べるだろうか?)」

最初の段階で考えるべきこうした疑問への答えが、次の段階で考えられる「仮定」の問い(「私たちが会うのは家族でもめ事があったときだけだ。もし、もっとくつろいだ雰囲気の中で会えるように段取りを整えたらどうなるだろう?」)や「どうすれば?」の問い(「そうした会合にお義父さんを誘うにはどうすればよいか?最近買った大画面テレビで野球を一緒に見ようと招待するのはどうだろう?」)のベースになる。

このような問いかけを繰り返すうちに、問題点を洗い出し、相手の視点から物事を見ることができるようになる。そのうえで、慎重に実現可能なアイデアや解決策を提案するために戦略的質問を使っていく。

共通の基盤を見つけ出すことは相手と通じあうための鍵だ。家族関係については、家族みんなで一緒に考えることが必要かもしれない。「今週、家族内でうまくいったことは何だろう?」「もっとよくできることはないだろうか?」「家族のために、”来週、これをする”と約束できることは何だろう?」家族も企業が用いるような「ミッション・ステートメント」を利用するのも良い。ステートメント(宣言)より、「ミッション・クエスチョン」のほうがいいかもしれない。家族のミッション・クエスチョンとは、「私たちは、家族としてどうすればコミュニティにもっと貢献できるだろうか?」とか、「どうすれば、祖先から伝わる伝統を守れるだろう?」といったものが考えられそうだ。

家族として追求できる最も有意義で楽しく、将来につながる質問を見つけ出す努力は、やりがいのある経験になるだろう。そんな質問を(人と一緒にでも、一人ででも)探すときは、そう簡単に決めてしまいたくないはずだ。

★今日の気づき★『疑問を疑問視する』という考えは、今まで全く持っていなかった。自分の疑問をすぐに言葉として出さないで、自分の中で「なぜ、私はそう感じるのだろう?」と自分へ質問をしてみたい。この自分への問いかけを繰り返して、自分の中にある問題点を洗い出し、真の問題を見つけてみたい。そうすることで、今まで見えていなかったことが見えるような気がしました。行動全てが変わっていきそうだななぁ〜。今日も気づきをいただきました。

今日も多くの気づきをいただきました。感謝感謝 拝

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?