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ピアノ独奏曲を作曲すること

わたしが作曲を始めたのは中学2年生の頃で、そのときはピアノを真剣に勉強していたこともあり、ピアノ曲を書くことが最も自然でした。未発表の初期作品はピアノ曲が大多数を占めています。ドビュッシーの《アラベスク第1番》に惹かれ作曲を見よう見まねで始めたこともあり、初期作品はドビュッシーを意識した曲が多かったです。

作曲のキャリアを積んでいく中で、微分音を扱う面白さに目覚め、自然とピアノに向かい合うことが減っていきました。しかしここ数年、急にピアノ独奏曲を求められる依頼が増えました。特に昨年から今年にかけて、2組の《ピアノ・エチュード集》を発表したことで、あらためてピアノという楽器の面白さに気づきました。昨年発表した《ピアノ・エチュード第1集》(«Klavieretüden, Heft I», 2023)は、2020年以来取り組んだピアノ独奏曲集で、2020年のピアノ独奏曲、2021年のピアノ協奏曲的作品と引き続いて、ピアノに向かい合ったため、挑戦してみたい表現がいくつかあったところに丁度いただいたお話で、楽しく作曲しました。そしてその初演の場で《ピアノ・エチュード第2集》(«Klavieretüden, Heft II», 2024)を作曲してほしいという依頼があり、連続して作曲することになったのです。第1集では試してみたかった表現をふんだんに実験したので、第2集では伝統的ピアニズムの現代的な用法というような観点で作曲しました。

わたしに作曲を依頼してくださるピアニストたちはみなさん、新しい音楽表現に高い関心を示していらっしゃって、作曲する方の本気度も試される感じでした。わたしの音楽的関心は近年リズムの扱いに傾倒しており、一人で複数の声部を弾きこなすピアノは素晴らしく噛み合っています。ピアノから離れていた時期に何を考えていたのかを思い出すのが難しいほど、いま現在のわたしのインスピレーションの拠点とも言える楽器になりました。わたしのピアノ独奏曲を振り返ってみたいと思います。

《不完全音階、下行形》(«Unvollständige Skale, absteigend», 2013)
ドイツに留学して3年目に作曲したピアノ独奏曲です。ピアニストの田中良茂さんに書きました。各音高に周期を定めて繰り返す音楽です。わたしの作品には様々な編成でこの方法で作曲した曲が意外と多いです。ある意味ミニマリスト的なのかもしれません。周期的に何度も現れる同一音高が、層状に重なっていくため、広範囲に急速に跳躍しなければならない箇所が現れたり、タッチのコントロールが難しかったりするので、テンポの指示として「静かに、雨粒が地に降り注ぐように」と書き、「十分にppを維持できるテンポを定めること」と注釈を付けました。また、ルバートで弾かないように注意書きもしました。

(©︎2013, Edition Gravis GmbH)

《3声のシンフォニア》(«Sinfonia a 3 voci», 2010/2015)
ピアニストの内本久美さんの依頼で2015年に完成させました。2010年が初稿となっておりますが、そのときは発表する予定のピアノ曲を書いたわけではなく、アンサンブル曲のスケッチのような意図でピアノ曲っぽいものを書いたのでした。結局アンサンブル曲に使わずに眠っていたスケッチをピアノで演奏できるようにまとめました。3つの声部からなる古典的な鍵盤シンフォニアですが、曲全体が徐々にリタルダンドし続ける仕掛けになっており、楽曲を特徴づけています。《不完全音階、下行形》にも出てくる表現として、構造上偶然に長三和音が出てくる際に、極端な強奏で構造からの分離を試みています。

(©︎2015, Edition Gravis GmbH)

《アポカピ、アナディプローシス、オクセシス》(«Apocope, Anadiplosis, Auxesis», 2020)
ピアニストの富田珠里さんの委嘱で作曲されました。演奏の目処がなかなか立たず、今年2024年になってようやく初演していただきました。3曲とも異なるアプローチで古典的な形式・ピアニズムのフリをしながらリズムの扱いに関する提言をしている音楽です。

1曲目「トッカータ - アポカピ」
トッカータ風に疾走するパターンと、リズム的に噛み合わない拍数のフレージングの帳尻を合わせていくような音楽です。

(©︎2024, Edition Gravis GmbH)

2曲目「ノクターン - アナディプローシス」
《不完全音階、下行形》と同じアイデアで書かれた個別の音高が周期性を持つ音楽です。《不完全音階》と違い、テンポが設定してあり、それも弾きこなすにはかなり速いテンポなので、わたしのピアノ独奏曲中最も難しいものの一つになりました。

(©︎2024, Edition Gravis GmbH)

第3曲「フーガ - オクセシス」
古典的なフーガですが、通常の対位法的リズム補完が難しい、多くの揺れを伴う主題で書きました。その結果、対旋律などを当てはめていくのがかなりトリッキーになっており、二つの手で弾いているとは思えないという感想を何人かのお客様からいただきました。要所要所に和声進行の解決を擬似的に感じる箇所を設置しており、不思議な高揚感のある音楽になりました。

(©︎2024, Edition Gravis GmbH)

《ピアノ・エチュード第1集》(«Klavieretüden, Heft I», 2023)
作曲家・ピアニストの篠田昌伸さんの委嘱で作曲しました。《アポカピ、アナディプローシス、オクセシス》と2021年の協奏的作品《ヒュポムネーマタ》に取り組んだため、ピアノ曲の作曲に関心が高まっていたときのご依頼でしたので、ピアノで様々なリズム上のトリックを試みています。通常のエチュードのような派手さはありませんが、どの曲も演奏が相当難しいと思います。

第1番「スクリャービンへのオマージュ」
スクリャービンには5対6や5対3といったポリリズムを駆使した音楽が多いです。そこからヒントを得て、ポリリズムの層の拍の始点が常にずれているような音楽を考案しました。

(©︎2024, Edition Gravis GmbH, 出版準備中)

第2番「デュファイへのオマージュ」
デュファイのアイソリズム法の複雑性に惹かれ作曲。指定してあるテンポは一つですが、そのテンポは1段にしか対応しておらず、そこから割り出して各段で実質的に異なるテンポが進行します。この曲を再演してくださったピアニストは、「この曲を練習した後、他の曲のポリリズムがものすごく明瞭に聞こえる」と言っていたので、耳を拓く意味でも、佳いエチュードになったかもしれません。

(©︎2024, Edition Gravis GmbH, 出版準備中)

第3番
ピアノの内部奏法のエチュードです。ピアノの内部の弦を弾きます。様々な箇所を様々な奏法で弾き、繊細で立体的な響きが生まれます。熊本大学に就任して、グランドピアノをいつも触れる環境になり、丁寧にピアノと対話してみました。

(©︎2024, Edition Gravis GmbH, 出版準備中)

第4番「スモーリーへのオマージュ」
以前、わたしのnoteでの連載記事「楽譜のお勉強」でも取り上げた作曲家、ロジャー・スモーリーへのオマージュです。彼がエレクトロニクス付きの独奏曲で採用していた時間ユニット単位の拍分割の手法をアコースティック楽器で一人で演奏する試みです。初演してくださった篠田さん曰く、これは本当にポリリズムの正確なイメージを結ぶのが大変だったそうです。「スクリャービン」曲、「デュファイ」曲と合わせて、第1集のエチュードはポリリズムに対する感性が磨かれる曲集となりました。

(©︎2024, Edition Gravis GmbH, 出版準備中)

《ピアノ・エチュード第2集》はすでに出版されておりますが、第1集は現在出版準備中です。しかし、2024年9月中には注文できるようになります。

《ピアノ・エチュード第2集》(«Klavieretüden, Heft II», 2024)
2024年、初来日して演奏ツアーを行ったピアニスト、イアン・ペイス氏の熊本公演のために書かれた曲集です。第1集のエチュードが特殊なリズムや奏法の実験を繰り広げたのに対し、こちらは伝統的なヴィルトゥオジティを必要とする曲集です。

第5番「ユモレスク」
曲を繋ぎ止めている要素が断片的で多種にわたり、うまく計画しないと霧散していきそうな危うくユーモラスな音楽。

(©︎2024, Edition Gravis GmbH)

第6番「アラベスク」
もつれ転がる綾模様。伝統的なアラベスク。

(©︎2024, Edition Gravis GmbH)

第7番「ピトレスク」
点描絵画のような趣の音楽。

(©︎2024, Edition Gravis GmbH)

第8番「ビュルレスク」
一種のトッカータ。8曲のエチュードの中で最も古典的な意味のヴィルトゥオジティを発揮する。

(©︎2024, Edition Gravis GmbH)

以上、発表済みのわたしのピアノ独奏曲を回顧してみました。

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