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対談「どーげんをプロデュースvol.2」⑤

ツィンマーマン「Tempus loquendi...」 Aのロングトーンを、ダイナミクスとヴィブラートの変化だけで聴かせるところ。 フルートなら、極端にダイナミクスを動かすような時でもせいぜい右手の親指を梃子のように使うくらいだけど、U字管のバスフルートなら楽器全体を前後に動かして角度を変える必要があるわけね。 #どーげんをプロデュース

Posted by 木ノ脇 道元 on Sunday, July 10, 2022

2022年7月28日(木)にフルーティストの木ノ脇道元さんのコンサート「どーげんをプロデュースvol.2」が開催されます。昨年から木ノ脇さんが始めた新しいコンサート・シリーズで、彼が依頼したプロデューサーがコンサートのプログラムを決定し、木ノ脇さんの演奏の新しい魅力を引き出す企画です。対談の書き起こし第5弾は戦後のドイツの現代音楽界の初期に時代の潮流に抗いながら独自の作風を確立した作曲家ベルント・アロイス・ツィンマーマンの作品についてお話ししています。上記リンクから少しだけ演奏をお聞きいただけます。

木ノ脇:プログラム最初の曲はツィンマーマンですね。『テンプス・ロクエンディ』。僕はタイトルを『語られる時間』というふうに訳してみたんですけど。

稲森:はい、木ノ脇さんに訳していただいたタイトルで私も賛同していて、それで良いと思いました。

木ノ脇:ツィンマーマンはドイツのコンテンポラリー・クラシックと言って良いかと思うんですけど、ツィンマーマンについてちょっとお話を。

稲森:はい。僕は経歴にツィンマーマン奨学金賞受賞って書いたりするので、ツィンマーマンについて造詣が深いのかとか、関心が強いのかとかたまに聞かれたりするんです(笑)。ツィンマーマンの音楽に関心がないわけじゃないですし、好きな曲も多いんですが、これは賞の名前なので、ツィンマーマン専門家とかそういうことではないです。武満徹作曲賞に応募する作曲家がみんな武満徹の音楽にとても関心があるとか思えないですし(笑)

木ノ脇:あ、そうですよね。

稲森:そう、だから、僕は別に「ツィンマーマン関係の人」ではないんですけど、ただやっぱり、ツィンマーマンはケルンに縁の人なんですよね。ケルン音大で教えられていたこともあって、ケルンの街には大事な作曲家です。それで奨学金の名前になってたりするんです。ツィンマーマンの面白さってやっぱり、彼が活動してた当時、流行っていた新しい音楽にだいぶ背を向けていたことだと思うんですよね。

木ノ脇:はい、アウトサイダーとか、そういうイメージがありますよね。

稲森:ええ、アウトサイダー。なんか僕は、勉強したことを全部活かそうとするような姿勢みたいなのを感じるんですよ。

木ノ脇:はい。

稲森:引用なんかも積極的に使っていましたし、そういう意味で他の作曲家たちと音の表れ方の様子が違うという印象があるんですが、ただ、古典になってしまった現在は、彼の音楽が「ザ・現代音楽」というような響きとどれほど離れていて遠いのか、今日の若い人の耳にどれほど違いがあるのか、ちょっと分からないなという気もするんですよ。なので、改めてどんな個性を持った作曲家だったのか、聴きたいなと思った次第ですね。

木ノ脇:そうですね。

稲森:おそらく、今日の作曲家が関心がありそうなことをたくさんやっていた作曲家なのではないかというイメージがあるんですよね。

木ノ脇:確かに。なるほどね。

稲森:今だからこそ先駆者的。フルート独奏曲があって、良かったです。

木ノ脇:はい。僕はだいぶ久しぶりですね、この曲。

稲森:あぁ、もちろんやったことがあるんですね。

木ノ脇:やったことあるんですけど、もう25年ぶりくらいかもしれないです。

稲森:えぇ!25年ぶり。

木ノ脇:だから覚えていないところも結構あって。

稲森:楽譜もなんか、読みにくいというか、面白い楽譜になってるんですよね。

木ノ脇:ええ、部分的にオープン形式になっている。で、ちょっと、ドイツ語で聞きたいことがあったんですよ。最後の方なんですが、順番や繰り返しは自由って書いてあるとことに、最後はクレープスにしなさいって書いてあるのは。

稲森:クレープスって蟹だから、蟹カノンみたいに、逆行形にしなさいってことじゃないかなぁ。

木ノ脇:蟹カノン!

稲森:はい、逆行カノン。だから最後は逆行形で演奏っていうことだと思うんですが。

木ノ脇:つまりその順番と繰り返しを逆行にするってことですか?

稲森:そうかもしれないけど、単純に音を逆行っていうことだと思います。だって形式での逆行だったらすごい長くなりますよ。ものすごく。

木ノ脇:そういうことをあまり気にしないっていうのも、この人の個性なのかもしれないですけど。

稲森:そうですね。オープン形式採用にあたってどれだけオープンな自分でいられるかっていうことも、作品の狙いの一つなのかもしれないですよね。

木ノ脇:オープンって今やる人あんまりいないですけど…。

稲森:あぁ、でもまだ、ドイツって結構…、なんか昔流行ったような現代音楽の潮流みたいなのがまだ根強く残っている感じもあるんですよね。オープン形式も、2010年代後半以降の曲でも何曲か見たことありますよ。

木ノ脇:ありますか。それはドイツの作曲家ですか?

稲森:ドイツで活動してる外国人だったりするかな。ドイツ人でオープン形式を真面目にやってる人は僕はあまり知らないですが…。

木ノ脇:なるほど。あの、ファーニホウ(Brian Ferneyhough, イギリス出身の作曲家)はサンディエゴやスタンフォードで教えましたけど、その前はドイツの系譜ですよね。

稲森:はい、フライブルクで教えられていましたね。

木ノ脇:イギリス人だけどドイツにいたファーニホウのフルート曲で『カサンドラの夢の歌』っていうのがありますね。これはオープンなんですよね。

稲森:あ、そうでしたっけ。ちょっと楽譜持ってきていいですか?あ、本当だ。

木ノ脇:順番が決まっている箇所と自由に挿入する箇所があるんですよね。だからまあ、ドイツの作曲家は結構オープン形式やるのかな、と。稲森さんはオープン形式作曲したことあります?

稲森:ちょっとだけ待ってもらっていいですか?記憶にはないんですが、僕は(未発表を含めると)かなり曲が多いので、作品リストを捲れば…って感じかな(笑)

木ノ脇:やったかどうかはもう忘れちゃったって感じですか(笑)

稲森:やった気はするんだよな。よく知られてる技法でやってみたことないことって、あんまりない気がするんですよね(笑)なんか僕は勉強と思ってなんでもやってみたいタイプなんで…。あ、思い出した。高校の時に習作で一個書きましたね。でももう楽譜も残ってないですね。

木ノ脇:どんなやり方だったか覚えてますか?

稲森:えっとですね、ハンス・オッテが前衛的だった時代の曲とかロマン・ハウベンストック=ラマティのギター曲とかに惹かれて、書いたんですよね。なんかマトリックス状に正方形を書いてその中に細かい音型とか図形とかを書いていって、どういうふうにどんな順序で演奏するかルールをなんとなく作って、って書いていった記憶があります。

木ノ脇:へぇ。この『テンプス・ロクエンディ』だと、大きくチャプターが分かれていて、部分的にそれが採用されているっていう感じですけど。

稲森:これ昔、道元さんが演奏された時ってどういうふうに演奏されましたか?これって普通に演奏するとそんなにオープンになりそうな気がしないんですよね。ページに部分が散らばってますけど、目の動きみたいなことも練習しないと、順番に目が動いちゃいそうな。

木ノ脇:切り貼りしましたね。

稲森:なるほど。今回はどういう演奏にしたいですか?例えば繋げやすい要素と、ランダムに聞こえがちな要素がありますよね。より明快な構成を目指すのか、それとも抽象的な方向に行くのか、とか。

木ノ脇:例えば冒頭なんですが、ずっとAのロングトーンじゃないですか。だけど断片によってニュアンスが違っている。だからそこはまあ、ニュアンスの違いがよく現れるようなふうにはするでしょうね。そういうことを目指すかなという感じですね。

稲森:なるほど。冒頭は特にオープン形式であることへの挑戦でもある感じがしますね。Aの音が伸びてるだけだけど、断片によってAの音が作曲され直してる。聞いている方には伸びているAのニュアンスが移ろうだけだけど、演奏家は形式的なセンスを試されたりもして。

木ノ脇:オープンであることが分かるようにやるかどうかってことですか?でも、そういうことって期待できると思いますか?

稲森:キャラクターピース的というか、部分によって性格がはっきりした素材が集められているので、あんまり抽象的なオープン形式感は感じなさそうですね。

木ノ脇:オープン形式であること自体は伝わらなくても良いと思いますね。

稲森:そうですね。ただ、意図的に、例えば10番の素材とか、同じ音で繋いだり、半音関係で繋いだりできる素材が多いので、あたかも一本の地続きの線を作曲したかのように構成したりすることもできますね。逆に関係性を感じさせない並べ方をするっていう技もありますし。だからこの10番の曲とかを見ると、オープン形式の可能性というか、大きく作曲意図が違う印象を与える構成を作れるので、オープンであることの強さみたいなのは感じますね。人によって形式感が出たり出なかったりするのが面白そうで、今回この曲を聴くのがとても楽しみです。

木ノ脇:ええ。この10番も「蟹」なんですよね。

稲森:そうですね。なんか、演奏家の演奏以外の仕事が多い曲っていう感じですね。

木ノ脇:(笑)まあ、作曲の一部を演奏者がやるってことなんだと思うんですけど。

稲森:はい。この曲は奏法的にも色々な音色が鳴りますし、フルートの現代奏法の古典的なものをたくさん聴けますね。だからあらためてフルートの現代の音楽に向き合うという意味で、この曲は一曲目に良い曲だと思います。

木ノ脇:ええ、一曲目に良いですね。

(次回に続く)

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