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楽譜のお勉強【36】ルカ・マレンツィオ『甘く愛しきくちづけ』

ルカ・マレンツィオ(Luca Marenzio, 1553/1554-1599)はイタリア北部の街ブレーシャ近郊のコッカリオという村に生まれ、主にローマで活躍したイタリア後期ルネサンスを代表する作曲家です。近い世代にカルロ・ジェズアルド(Carlo Gesualdo, 1566?-1613)がおり、共にイタリア・ルネサンスのマドリガーレの頂点を築いた作曲家です。ジェズアルドは不貞の妻とその愛人を殺害するというスキャンダラスな人生のために作品とは関係なく有名になったので、その作品と合わせて広く研究されていて、今日でも音楽史家や作曲家の強い興味の対象です。それに比べてマレンツィオの作品はややその影に隠れてしまっている印象があります。マレンツィオのマドリガーレもジェズアルドと同様に不協和音を含む半音階的和声や跳躍を含む旋律線によって、言葉の意味を音で描写的に表現した作風で、極めて斬新な音楽なのです。特に『おお、ため息をつくあなたよ』(»O voi che sospirate«)というマドリガーレでは、五度圏の円環を完全に一巡する転調を用いて、平均律的音感を歌い手に求めるような、当時としては考えがたい斬新な音楽を作っており、彼の作曲技法の有名な例となっています。こちらの作品に関する研究は簡単に見つけられますし、英語版のウィキペディアでも譜例付きの解説が出ておりますので、今日は他の曲を読みます。6声のマドリガーレ集第5巻(1591年出版)から『甘く愛しきくちづけ』(»Baci soavi e cari«)を読んでいきます。

マレンツィオの作曲技法はよくワード・ペインティング(word paintingもしくはtone painting)と呼ばれています。例えば「天」とか、「山」とか高い位置を示す言葉は高音や高音に至る上昇音型で表したりする技法です。この方法による作曲は古くはグレゴリオ聖歌にも見られますし、今日でもジャンルに関係なくあらゆる歌の音楽で用いられる技法です。イタリア後期ルネサンスのマドリガーレをこの技法でとりわけ有名にしているのは、歌詞の直接的な表現を求めるあまり、当時の通常の作曲技法を逸脱した不協和音や跳躍音程までも用いた点です。まるで表現主義的なこの方向性を当時のあらゆる音楽家が支持したわけではなく、例えば音楽理論家のヴィンチェンツォ・ガリレイ(天文学者ガリレオ・ガリレイの父)はその著書『古代と今日の音楽に関する対話』(»Dialogo della musica antica, et della moderna«, 1581)において当時のポリフォニーの在り方やワード・ペインティングの技法を激しく批判しました。そのような「恥ずべき」表現とはどのようなものか、マレンツィオの作品に探していきます。

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『甘く愛しきくちづけ』はジョヴァンニ・バッティスタ・グァリーニ(Giovanni Battista Guarini, 1538-1612)の詩に作曲されました。後期ルネサンスからバロック時代にかけて大変な人気を博していたようで、この詩にはマレンツィオの他にもジェズアルドやモンテヴェルディもマドリガーレを作曲しています。ジェズアルドとモンテヴェルディが詩の第1節を用いて作曲したのに対し、マレンツィオの作品は第5節まで全て作曲されており、5部からなる規模の大きなマドリガーレになっています。

マレンツィオの特徴の一つが冒頭で示されます。ロングトーンで優しく愛おしむように「くちづけ(Baci)」と歌われた直後に全員の短い休止があります。休止を効果的に使用する書法はマレンツィオの特徴の一つです。ルネサンス音楽の演奏では、終止形(音楽の和声上の段落)と歌詞の切れ目が一致している箇所では一呼吸おいて新たな節を歌い始めるという演奏方法がよく行われますが、敢えて全員の休止を書いている曲は意外と少ないのです。『甘く愛しきくちづけ』ではありませんが、続く6声のマドリガーレ集第6巻には、ルネサンス音楽で大変珍しい全員の全休止まで見られます。歌詞の言葉を浮き立たせたい時にマレンツィオは丁寧に音楽を区切ります。冒頭で示された「くちづけ」の語は、各部分の冒頭で再帰しますが、最後の第5部でも、ゆっくりと2回歌われた後、全員の休止が書かれていて、大きな構成を示しているのです。

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休符の扱いが歌詞を表現するのに際立っている箇所は第3部に登場します。「噛んで、ため息をついて、見て、キスしてください」という歌詞の「ため息」の箇所では、音節の間に休符を挟んで、あたかも呼吸を挟んで息継ぎをすることで息の音を表現しなさいとでも言うような、休符が書かれています。長いフレーズの途中で歌手が息継ぎをすることはよくありますが、一語を途中の音節で切る指示を出している音楽は当時としては稀な例です。マレンツィオの他の作品でもたまに見られる技法です。

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遡って第1節の最後になりますが、ここにマレンツィオの不協和音の表現力に対する優れた感性を見ることができます。「もし私があなたのくちづけで人生を終わらせることができたら、なんと甘い死でしょうか」という歌詞の「甘い死」の部分は、これでもかと言わんばかりの不協和音で埋め尽くされています。65小節で経過音として現れるD音は伸ばされているEs音と短2度を作ります。和音の構成音としては、C, D, Es, Gになります。また続く小節での経過音BもAと短2度を構成します。こちらはC, A, B, Esと、減5度も含まれ、更なる不協和な響きです。経過音の扱いにおいてごく短い音価でない場合は、作曲家は不協和を成す音程を回避するために他の声部も同時に動かしたりすることが多いのです(長2度はサスペンション等で好んで用いられます)。マレンツィオ自身も基本的な書法としてはそのように処理します。マレンツィオは「死」という言葉の表現には頻繁に不協和音を用いました。死の苦しみの音ですが、甘美な味付けでおぞましく美しい音楽に仕立てています。このフレーズ全体の開始は空5度で3度を欠いた響きから始まります(写真の1小節前)。死後の虚無感が甘美な想い出を囲んでいるという示唆でしょうか。

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マレンツィオの作風は、単語ごともしくは行ごとの表現に腐心するあまり、統一感に欠けているように音楽の景色が変わっていく特徴があります。本作品も音楽の緩急やモチーフが次々に更新されていく印象もあります。しかしこの作品では「くちづけ(Baci)」の語が各部分の冒頭にゆっくりと歌われることで、全体の統一的な雰囲気が壊れずに結ばれています。前述の『おお、ため息をつくあなたよ』や、6声のマドリガーレ集第6巻所収の『その痛みなら(Se quel dolor)』のような半音階的転調はほとんど見られず、甘美なくちづけを丁寧に描写した音楽でした。

私が一番新しく完成させた作品は歌曲です。歌詞にどのように音をつけていくかという問題は考えれば考えるほど深淵なテーマです。イタリア後期ルネサンスの優れたマドリガーレは私に多くのヒントを与えてくれました。最後にジェズアルドとモンテヴェルディの作曲した『甘く愛しきくちづけ』のリンクもご紹介して終わります。

(ジェズアルド『甘く愛しきくちづけ』)

(モンテヴェルディ『甘く愛しきくちづけ』)

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