名都美術館『福田豊四郎と堀文子』展・その4

一か月以上開いてしまいましたが、ようやく後期展示を見てまいりましたので、続きを。

福田豊四郎『山の秋』

人間の胴ほどもある大きな黄色い葉。大胆に広がって重なり合い、画面を支配しているかのような描写は、まるで秋に色づいた葉というよりも、黄ばんだ秋の日差しそのものであるかのよう。
秋の日差しは照り付ける日光というよりも、静かに流れ込むように空気に満ちて、何もかも黄色く赤く色づけていくものだから、それが形を持てば、たしかにこのようになるでしょう。
そんな秋の陽に黄色く覆われた上半分から、あちらこちらで滴り落ちる朱色の塊は、ツタの葉でしょうか。
地面の冷たい緑色の固い笹の緑も、それを照らす光は黄色がかっているらしく、表面がカサカサしているようです。

その、陽射しとも空気ともつかない、秋の色に支配された空間に、ポツポツと生き物が、まるでだまし絵のように隠れています。
サル、リス、キツネ、ウサギ、キジ、キツツキ。
大胆な、まるで光や空気を描いたかのような、木の葉や幹と違い、かれら小さいものはしっかりと、写実的に、細部まで描きこまれています。
良く見れば、キノコや山ブドウも小さく見えていて、生き物たちが秋の恵みに命を繋いでいる様子がうかがえます。
命を繋ぐと言えば、前期展示の『八幡平』ではウサギをタカが仕留めていましたが、今回は人間の猟師が、キジのつがいを膝に置き、一羽のウサギを掲げています。
彼の足元の猟犬は、首をぐるりと回してあたりを伺っている様子。頭を上げているせいか、その顔は得意げのようでもあり、視線の先の飛び立ったキジを、余裕の表情で見逃してやっているようですらあり。

犬に比べて、人間の方の表情は読めません。獲物のウサギを持ち上げて、こちらを見ていますが、特に自慢しているようでもなし。彼にとっては日常で、それを見ている画家を不思議がっているかのようです。

人間の細部を描かずに簡略化し、表情を抑える、まるでマチスみたいな描き方は、ずっと一貫しています。
ここにはどんな意図があったのか、不思議に思いました。

福田豊四郎『山菜売る人達』

野蒜? ゼンマイ? むかご? 山桜の枝か、さて。
こういう絵に出会うたびに、植物が見分けられないのが悔しい。開きかけた花のとなりの小さな葉の芽吹きや、山菜の産毛、籠の中の鳥の毛羽立った様や瞳の光点まで、細かく描写されていて、見る人が見れば、性別種別どころか、月齢週齢すら分かってしまいそう。

小さな生き物や植物の、細密で写実的な描写に比べて、人々は大胆に簡略化されている。前期の『市日』でもそうだったんだけど、着物の縞など、一筆で一気呵成に引かれていたり、やっぱりマチスのよう。
人物をメインとする作品であれば、人物こそ写実的に細密に描きこみ、人物からはなれた静物となるほど、簡略化されていくように思われるのだけれど、まったくその逆。

それでもこの作品は人物をテーマにしている事は間違いなくて、それはつまり、この絵に描かれた人々も、鳥や山菜や山の花を大切にしていて、その存在こそを自分の人生としているからなのでしょう。
市場で山菜を売る人々を、第三者として描くのではなく、彼らの視点で描いている。

自分を自分の目で見ることはできないから、自分の姿というのは概念でしかないけれど、自分にとって大切なものは、駒かいところまでしっかり見ていて、細部まで認識している。

画家の故郷の人々にとっては、その大切なものというのは、山菜であったり、森の鳥や獣、色々な生き物がそうだったのでしょう。
そして、その人々と自分を重ね合わせた結果、自分自身である人物の細部は、どんどん簡略になっていく。

簡略とはいっても、そこには力がこもっていて、確かな存在感がある。まあ、画家にとって彼らは自分自身なんだから、当たり前なんだけど。

福田豊四郎『雪国』

真っ白な山脈は冷たく、そのまま雪雲まで繋がっているかのように大きい。そのふもとに、小さな家が温め合うようにその身を寄せ合っている村。画面中央に大きく流れる川は、トロリと濃い青で、生命に満ちているように見えます。
どれほど山が凍っていても、この川の命で、人々が生きてるんだろうと。
それでも染み入る、暮らしの痛みを表すように、画面手前をうっすらと覆う木々の枝は、あかぎれのように細く赤く。
そんな風景の上を渡っていく、村の人々。
冷たい向かい風に耐えるように背を丸め、目線を落とし、氷と雪を踏みしめるように、一歩一歩をしっかりと踏みしめている。
子どもも大人も馬さえも、皆同じ仕草。
彼らの姿は、風景とは別の映像として重ねられていて、この絵は、望郷の想いの中に浮かぶ映像なんだなあと。
そんな映画のような演出によって、人々が歩きだして見えます。その息遣いや足音、山から吹く風の音や冷たさまで感じるよう。
画家も、それを感じながら描いていたのでしょう。

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