名都美術館『福田豊四郎と堀文子』展・その2

前回の続き。

堀文子『廃墟』

「震災を経験し、実際に目にした廃墟にて、何事もなかったかのように歩むカマキリに深い印象を受けた」旨の解説を聞いて、いささか恐ろしい想像をしてしまいました。
さわやかな色調に、白ばむほどに明るい画面なのに、生命がやたら遠くあるように見えます。
茶色がかった白く四角い建物は、棺のようでもあり。
太くうねる茎に、大振りの盃のような真っ白の花は、骨のようでもあり。
山ブドウは、たっぷり果汁を含んだように瑞々しく実っているのに、二羽のカラスはそれには目もくれず、骨のような花に嘴を向けている。
血も炭も見えない、悲鳴も嗚咽も聞こえないけれど、その無色無音こそが死であるのかと。
そんな画面に、カマキリは溶け込むように存在している。
注意書きがなければ、何人が気づくかというほどに同化して。
だけど、その世界の中で、ただ一つ、犀の角のように生命を示しているのでした。

田豊四郎『早春』

上から見た屋根、正面から見た扉、木々は見上げられ、藪は見下ろされて、構図はセザンヌ。でも色味は間違いなく日本画なので、ぱっと見た瞬間、本当に混乱してしまって。
早春の、たっぷり湿り気を含みながら、冷気と暖気の交じり合ってユラユラと揺れている、あの空気の感触なのかとも。
屋根の上にさしかけられる木の梢に振りかけられたような白い光の粒は、若芽とも花ともしれず。
何もかもが曖昧な春の日。ただ鶏たちだけは、動じることなく地面をつついたり、頭を高く上げて闊歩しているのが、なんとも頼もしいのです。

堀文子『八丈島風景B』

生の自然と、そこに生きる人への強い想いを抱いていた事、今回の展示のテーマのひとつでもあるのですが、殊、この作品にはそれが強くでていたかと思います。
海の色も、土の色そのままに伸びる植物も、潮に洗われなお硬さを増したような岩も、全てが力強いのだけれど、なにより、画面の中心でがっしりとその岩を踏みしめる女性の足の、たくましい事といったら!
どれだけ海の中を、岩の上を、踏みしめ歩んできたのか、赤銅色に磨き上げられたようなその脛は、光り輝くようで。
背中に負われた子供は、何の不安もないように、まっすぐな目で正面をみており、その重みをものともせず、背筋を伸ばした母親の表情は、誇りからか喜びからか、うっすらと微笑んでいるように見えました。

福田豊四郎『海濱』
福田豊四郎『冬漁』

『海濱』は夏の朝の漁が終わって、もう昼に近いのでしょうか。
明るい日差しに、浜辺にたむろする人々には影もありません。
桶や籠を運ぶ女性たち。漁の道具を片付けているのか、収穫を運び終えたのか。
褌と鉢巻のみで漁に励んでいた男性は、まだ潮で濡れて銅色に光る体に長法被を羽織って、海を背にたたずんでいます。幼い息子は背に乗っていて、しがみつくその手を、しっかりと握った大きな手。
隣に立つ娘は、紐につないだ蟹に気を取られているように見えますが、父親の柱のような脚に背を寄せています。
それを遠くから見つめる、褌一つで座っている少年は、彼らの兄なのか、もう父親の仕事を手伝っているのでしょうか。遠近感さえ失われて、船と鳥とが浮かぶ青い背景は、海とも空ともつきません。
画面下端に二つ三つ居る貝や蟹が、点ほどに小さいのに、非常に精緻に描きこまれているのですが、浜はただ輝くばかりで、それがむしろ、砂の白さ細かさ、降りそそぐ日差しの強さ明るさを伝えているようです。
陰影は人物の輪郭にかすかに差す程度で、それすらも青く、影と呼ぶにはあまりに輝かしくて、むしろそこに日差しが回りこんで留まっているようでもあります。
そして、人の目も青く、それはただ明るい日差しに染まっているだけではなく、彼らの心や生活が海にあることを語っているようです。
『冬漁』の方は、画面はほとんど白くて、明るいはずなのですが、それが重たくくすんだ感じで、暗い印象を持ってしまいます。
氷は光は返しても、温かみは奪ってしまう。
その上で網を引く人々はみな、硬直した体にコートや前掛けをきつく巻き付けて、そんな凍り付いたような体を棒のように傾けて、むき出しの頬や手には、赤々とあかぎれがきざまれています。
手袋をしているのは独りしかいません。
ただ、氷が四角く切り抜かれたその向こうは、冬には似つかわしくないような、トロリとした緑色で、中心がわずかに黄色を帯びた、暖かさを感じる白に光っているのは、太陽を映しているのでしょうか。
それを中心に渦をまくように力強く泳ぐ魚たち。
タモ網を手にした男性と、その傍らの子供が、その力強く渦巻く姿を、求めるように見つめています。
満たされた人々を描いた『夏濱』、求める人々の姿である『冬漁』。
モチーフは近いのに、描写は正反対の二つの作品が隣り合っていて、かの土地に生きる人々の春秋、そしてそれを掘り下げる画家のまなざしの奥深さを伝える展示でした。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?