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上杉隼人 ジョリー・フレミング『「普通」ってなんなのかな――自閉症の僕が案内するこの世界の歩き方』(文藝春秋)刊行に寄せて

評者◆上杉隼人
愛とケアの社会の実現に向けて――われわれが「人間らしい」「普通」と思いこんでいる精神とちょっと違う精神や考え方はどんなものか、実際に示してくれる
「普通」ってなんなのかな――自閉症の僕が案内するこの世界の歩き方
ジョリー・フレミング/リリック・ウィニック 著、上杉隼人 訳
文藝春秋
No.3589 ・ 2023年04月29日

■「自閉症でない人が、自閉症について理解できるとは思えません。不可能です。同じように、僕も自閉症でない人たちのことがわからない。自閉症でない人が自閉症でないことを一生懸命説明して、自閉症の人が自閉症のことを一生懸命に説明しても、おたがい『わからないよ』と首をかしげたり肩をすくめたりするだけじゃないかな」(本書7ページ)。
 ジョリー・フレミング(二十八歳)は五歳で自閉症と診断され、普通の小学校には受け入れてもらえなかった。毎日の生活でもさまざまな困難をずっと抱えてきた。そんなジョリーが高校に進学して卒業し、大学を四年で卒業した。そしてイギリスの名門オックスフォード大学のローズ奨学金を得てオックスフォード大学の修士号(地理環境学)を得た。今は母校サウスカロライナ大学の研究員をしている。ジョリー本人も含めて、誰にも考えられないことだった。
「本書はあなたをインスパイアし、あなた自身と周りの人々の精神をより深く省みさせてくれるだろう」。
『スティーブ・ジョブズ』や『レオナルド・ダ・ヴィンチ』で知られるベストセラー作家、ウォルター・アイザックソンは、『「普通」ってなんなのかな』の推薦文にそう記している。
 ジョリーの物語は、定型発達者の頭脳を持たない人が定型発達者の頭脳のために構築された世界に住むのは一体どんな感じか、わたしたちに窓を開いて見せてくれる。われわれが「人間らしい」「普通」と思いこんでいる精神とちょっと違う精神や考え方はどんなものか、実際に示してくれるのだ。本書につづられたジョリーの人生の旅を通して、ウォルター・アイザックソンが言うように、読者は自分たちの心の中をのぞき込み、考えさせられることになる。
 わたしたちは自分たちと障がい者の違いを見出すことで、自分たちが「普通」であると考えているだけではないだろうか?
「僕がみんなについて知らないことがあるのと同じように、みんなも僕について知らないことはある。でも、だからと言って、僕たちが同じヴィジョンを持ったり、団結して同じ目標に向かって突き進むことができない、というわけじゃない」(本書203ページ)。
 だが、この言葉からわかるように、ジョリー・フレミングは定型発達者と自閉症の人たちがともに支えあうよりよい社会を作り出したいと考えている。
 二〇一六年七月、神奈川県相模原市でおそろしい事件が起こった。自閉症の人を含む障がい者の福祉施設で、十九人が死亡し、二十六人が負傷し、十三人が重傷を負った。容疑者の「意思疎通のとれない障がい者は安楽死させるべきだ」などというおそろしい発言の数々に日本中が強い怒りを覚え、深い悲しみに包まれた。
 ジョリー・フレミングは日本版に特別収録された「『日本版附章』ジョリーは今」で、このおそろしい事件についてコメントしている(このインタビューはYouTube動画でも観られる。https://www.youtube.com/watch?v=hpZwF7pivCo)。
「僕は願っています。将来、あらゆるものを取り込める社会の建設が進められて、より多くの愛とケアが注ぎ込まれる。そうすれば、今言及されたような恐ろしい事件は少なくなるはずです」。ジョリーはそんな社会において、誰もが役割を担うとする。「一緒によりよい社会を作り出せるはずです。人間の歴史の一部である愛とケアにあふれ、これまで僕らの周りで起こってしまい、今も世界のどこかで起こっている悪いことはほとんど見られない社会。そんなすばらしい社会を僕らは一緒に作り出せるのです」(本書243ページ)。
 この美しき驚くべき青年(ウォルター・アイザックソンはジョリー・フレミングをこのように言っている)は、笑顔が障がい者と定型発達者の関係において緩衝材として機能し、よりよい社会を作り上げると信じている。四月二日の世界自閉症啓発デーに向けて、ジョリー・フレミングは日本の読者にメッセージを送ってくれた。
「意識して笑顔を作ったり、やさしい言葉をかけたりすることで、いろんな関係にすごくいいものが広がっていきます。そんなふうに心に留めていれば、もしかしたら愛を持って人を受け入れるのがちょっとだけ楽になるかもしれません」。
※本稿は『朝日ウィークリー』2558号(二〇二三年四月二日)に英文で寄稿した記事を筆者が日本語に翻訳したものである。
(編集者/翻訳者/英文ライター・インタビュアー/英語講師)

「図書新聞」No.3589 ・ 2023年04月29日(土)に掲載。http://www.toshoshimbun.com/books_newspaper/index.php
「図書新聞」編集部の許可を得て、投稿します。

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