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品川暁子評 ジョエル・タウンズリー・ロジャーズ『恐ろしく奇妙な夜――ロジャーズ中短編傑作集』(夏来健次訳、国書刊行会)

評者◆品川暁子
《虚構と現実のあわいに君臨する》異能の作家の中短編傑作集――今後の復刊に期待したい
恐ろしく奇妙な夜――ロジャーズ中短編傑作集
ジョエル・タウンズリー・ロジャーズ 著、夏来健次 訳
国書刊行会
No.3590 ・ 2023年05月06日

■ジョエル・タウンズリー・ロジャーズはアメリカの大衆作家で、戦後パルプ雑誌に数多くの短編を発表した。本作『恐ろしく奇妙な夜』には、この作家の傑作中短編が六篇収録されている。前半の五篇は一九四五年から一九四九年のあいだに発表されたサスペンス・ミステリーだ。最後に収められた表題作「恐ろしく奇妙な夜」は一九五八年に発表されたSFで、他の五篇と趣が異なる。
 本書を読み進めていくと、ロジャーズらしさが読み取れるだろう。製作総指揮の山口雅也氏は【炉辺談話】で、《虚構と現実のあわいに君臨する》技法と表現している。たしかに読者はロジャーズの巧みなレッド・へリングやミスリードに気をそらされ、現実とは別のものを見てしまう。これまで見てきたものが一瞬にして様相を変える瞬間は、ルビンの壺のような美しさだ。
「人形は死を告げる」では、不気味な魔人人形が登場する。戦地のソロモン諸島から主人公の男が自宅に戻ると、妻の姿がない。男が「妻を見つけてくれ」とジャングルから持ち帰った木彫り人形に話しかけると、人形はコトコトと揺れ動き、屑籠に落下する。屑籠のなかには手紙があり、新婚旅行で泊まったホテルに妻が滞在していることがわかる。男は思い出の地に向かう。
 まるで生きているかのような振る舞いや表情を見せる人形は気味悪く、人形に視点が移るたびに何か嫌なことが起きるのではと読者は不安な気持ちに襲われる。パルプ雑誌的なガジェットなのだろうが、効果は抜群だ。
「つなわたりの密室」では、あるアパートメントの一室で初老の資産家と若い女性が立て続けに殺される。部屋の内側からチェーンがかけられ、すべて窓が閉められた密室になっており、入り口にはエレベーター係と警ら中の巡査官がいて、建物から出た者は誰もいないと証言する。室内の異変に気づいたのは、資産家の元娘婿で、元警察官の男だった。犯人はどうやって現場から逃げたのだろうか? 向かいの建物に住む耳の不自由な劇作家、弁護士で資産家の娘婿、猫に異常な愛着を見せる神父など、怪しげな人物が次々と登場する。良質なミステリーだ。
「殺人者」は、道路で車に引き殺された妻を目にする男のショッキングなシーンから始まる。第一発見者になりたくない男はその場を離れようとするが、一台の車が近づいてくる。降りてきたのは保安官補で、遺体を見てこれは殺人だと冷静に判断する。金品を狙ったものではない、浮気相手などはいなかったかと男を尋問する。男は震えながら、妻が何度も家を空けていたことを話しはじめた……。六〇ページほどの短編だが、虚構から現実に移る瞬間が鮮やかだ。
「殺しの時間」は、雑誌に作品を投稿する男が主人公だ。『特急殺人ストーリーズ』誌の編集長を慕ってやまない主人公は、同誌にすでに十八篇の短編を投稿してきたが、どれも採用されていない。だが、アパートの真上に住む〈爆弾娘〉を元にした十九作目のミステリーを書き、編集長あてに原稿を送った。すると編集長が自宅にやってきて原稿を買いたいと言う。男は有頂天になり、編集長と祝杯をあげると、意気揚々と作品を書いた背景を話しはじめる。
 この話の主人公は、戦地から戻った後、ニューヨークのアパートに籠って短編小説を書いている。作家になれると信じて疑わないポジティブな性格の持ち主だ。ロジャーズ自身もこのような経験をしてきたのだろうか。アメリカ的な明るさのある作品だ。
「わたしはふたつの死に憑かれ」もまた雑誌に投稿された作品にまつわるミステリーだが、対照的に静かな雰囲気の作品だ。夫の浮気相手のベビーシッターが湖で溺死し、夫の遺体も湖で見つかったという未亡人による手記が雑誌の優秀作品に選ばれる。その作品をドラマ化するために原稿が脚本家に手渡されるが、脚本家はその事件をよく知る人物だった。未亡人が書いた原稿と、主人公の回想がオーバーラップし、過去の出来事と真実が次第に明るみになっていく構成が見事だ。
「恐ろしく奇妙な夜」は、さまざまな遺伝子変化が起こった近未来が舞台となるSF短編だ。驚異的に知能が発達した子供たちが生まれ、親の理解を超えた世界を生きるようになる。地上から消えたと思われていた蜘蛛は一部の地域で巨大化し、人類を襲いはじめる。ついに主人公のもとにも大蜘蛛がやってくる。恐怖に怯えながらも、家族を救うために男は必死に戦う。
 ロジャーズは海軍航空隊を除隊後、晩年まで作品を書き続けた。作品分野はミステリー、サスペンス、ホラー、SFなど多岐にわたり、またパイロット経験を生かして航空冒険小説も書いている。もっとも有名な長編小説『赤い右手』は日本でも出版されている。ロジャーズの書いた短編は一〇〇を超えると言われ、長編はほかに三作品あるが、いずれも未訳である。今後の復刊に期待したい。
(英語講師/オンライン英会話A&A ENGLISH経営)

「図書新聞」No.3590 ・ 2023年05月06日(土)に掲載。http://www.toshoshimbun.com/books_newspaper/index.php
「図書新聞」編集部の許可を得て、投稿します。

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