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山本常芳子評 サッシャ・ロスチャイルド『ブラッドシュガー』(久野郁子訳、KADOKAWA)

評者◆山本常芳子
明かされない殺人歴――魅力ある臨床心理士が守るものとは?
ブラッドシュガー
サッシャ・ロスチャイルド著、久野郁子訳
KADOKAWA
No.3597 ・ 2023年07月01日

■著者サッシャ・ロスチャイルドは、『ベビー・シッターズ・クラブ』の脚本家兼エグゼクティブプロデューサーを務め、数々のヒット作を手掛けてきた米国の脚本家だ。本書はそのデビュー作となるフィクション小説で、二〇二二年ニューヨークタイムズベストスリラーに輝いた。読み始めたら止まらない。読み進めている間は主人公の冤罪が晴れることさえ願い、読後ははたと現実に戻る。その自分の思考について、深く考えさせられるのだ。
 著書にまかれた帯の言葉がいきなり目を引く。「四人の殺人容疑、でも夫殺しだけは無実」。主人公は残忍極まりない人物なのだろうか。胸騒ぎをおぼえる。
 だが、小説は穏やかな海辺で幕を開ける。波と戯れる少年。主人公ルビーの殺人の過去は静かにここから始まる。罪悪感が湧きあがるのを待ったが、いつまでも感じなかったという彼女の独白に思わず震え上がる。場面は二十五年後の現実へと転じ、結婚して間もないルビーは夫殺害の容疑で警察署の取調室にいる。マイアミビーチ市に育ち、別の地の大学に進学したものの、故郷に戻ってまじめで優秀な臨床心理士として働いている。担当の刑事がテーブルに四枚の顔写真を伏せて並べ、一枚目をめくる。夫を含む四人の人間があなたのそばで亡くなっていると語りかけてくる。
 ルビーの視点から、刑事とのやり取りと幼年期からの回想が巧みに織り交ぜられながら、ストーリーは進む。ルビーの半生が興味深く描かれている。高校時代にドラッグと性の経験をしながらも申し分のない成績でイェール大学へ進学。友人や知人を大切にして動物を愛する「いい人」であり、どんな状況にあっても人を殺した過去を、誰にも、カウンセラーにもけっして明かさない。心理学の道を選んだ理由を「自分が傷ついているのかどうかはよくわからないけど、心のどこかに重荷を抱えているのはたしかだった。他者を癒やすという概念も気に入った」と語る(四六頁)。
 重荷を一つならず背負い、下ろすことなく用心深く生きてきた。本人いわく、自身と愛する人を守るために。気を緩めることへの恐怖は常にあったのに、一つの緩みのあとすべてが崩れ始める。刑事は四人目の顔写真を表に返す。最後に写る人物は誰か。世間が騒がしくなるなか、大陪審の審理が始まる。
 焦点は冤罪を晴らせるか否かだ。臨床心理士という仕事柄なのか、自身の性格なのか、回想の中で殺人のいきさつが冷静に語られていく。現実と回想の語りの切り替えが非常に滑らかで、ルビーの過去や人間関係の積み重ねがわかりやすく描かれている。と同時に、脚本家ならではの演出効果だろうか、五十章の小章立てが次の殺人、あるいは新たな展開をほのめかし、さらに話に引きこまれる。自身の「正義」にのっとり三十歳になるまで殺人を重ね、夫を殺していないと繰り返すルビー。人との信頼関係を大事にしてきた彼女にいつしか好感さえ抱く。冤罪なら助かってほしいとすら願ってしまう。だが、そもそも助かるべきなのだろうか。
 サイコパスでもソシオパスでもなく、シリアルキラーでもないと本人は言う。また、人を殺めた過去に罪悪感はないとも語る。インターン時代に実習で行った少年院でのカウンセリングでは、卒業論文の「罪悪感はさらなる悪事を招く」という仮説が間違っていないことを確信する。少年院の子どもたちについて、「”自分を許し、自分を信じ、まえへ進む”よう熱心に指導した。このことを教えるのに、わたし以上にふさわしいカウンセラーはなかなかいないだろう」(一一一頁)。ルビーは自身について悪事の連鎖を防ぎ、まえへ進めたと思っている。そして、セックスに関して自ら決めたルールを守ってきたルビーが最後に語る殺人のルールに、彼女しか知らない彼女が姿を見せる。
 著者は主人公ルビーと同じくマイアミで育ち、別の地で大学生活を送ったのち、現在はロサンゼルスで暮らしている。大学では劇作を専攻したが、心理学の知識もある。
 ルビーにいつかまた会えるだろうか。次作が待たれる。
(翻訳者)

「図書新聞」No.3597・ 2023年07月01日(土)に掲載。http://www.toshoshimbun.com/books_newspaper/index.php
「図書新聞」編集部の許可を得て、投稿します。

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