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品川暁子評 ジェローム・ルブリ『魔王の島』(坂田雪子監訳、青木智美訳、文春文庫) 

評者◆品川暁子
ノルマンディー沖の孤島で不可解な出来事が次々と起こる!――何重にも罠が張り巡らされた驚愕のミステリー
魔王の島
ジェローム・ルブリ 著、坂田雪子 監訳、青木智美 訳
文春文庫
No.3564 ・ 2022年10月29日

■二〇一九年、ヴィルマン教授は八〇年代に起きた〈サンドリーヌの避難所事件〉について学生たちに次のように話し始めた。
 一九八六年、新聞記者のサンドリーヌ・ヴォードリエは、牛に鉤十字の落書きをされた農夫を取材していた。この小さな田舎町に引っ越してまだ二週間だというのに、なぜかこの農夫に会ったことがあるという奇妙な感覚に襲われる。
 新聞社に戻ると、公証人から手紙が届いていた。祖母のシュザンヌが亡くなったので、遺志を確認してほしいという。祖母には一度も会ったことがなかったが、他に身寄りがいないため、祖母が住んでいたノルマンディー沖の小さな島に行き、遺品などを引き取ることになった。
 島に向かう連絡船で、サンドリーヌは船員のポールから島の話を聞く。
 第二次世界大戦中、島はドイツ海軍の前哨基地となり、島内には巨大なトーチカ(鉄筋コンクリートの防御陣地)が建てられた。戦後、トーチカは取り壊されずに子供キャンプとして再利用され、そこで働いていたのが祖母シュザンヌだった。
 子供キャンプは戦争で心に傷を負った子供たちを受け入れる施設となるはずだった。しかし悲劇はすぐに起こる。子供たちの元気が突然なくなり、医師はホームシックと診断した。そのため、子供たちを一時帰宅させることにしたのだが、乗っていた船が沈没してしまったのだ。子供たち十人は全員死亡した。
 まもなく施設は閉鎖されたが、シュザンヌを含む五人の従業員たちはその後も島に残った。
「第一の道しるべ 島」では、島に向かったサンドリーヌと一九四九年に島に渡った祖母シュザンヌの話が交互に描かれ、子供キャンプの始まった当時が詳述される。
 島に上陸した子供たちは可愛らしく装飾されたトーチカに歓声を上げ、料理人がつくったココアを美味しそうに飲む。シュザンヌの家ではいつもシャンソンが流れている。
 しかしすぐに異変が起きる。シュザンヌは子供部屋で棒人間の落書きを見つけた。なぜこんなものを描いたのかと子供たちを問い詰めると、「魔王」がやってくると言うのだ。
 子供たちのことを所長に相談すると、所長は子供たちに人数分の子猫をプレゼントすることにした。みんな大喜びで子猫の世話に夢中になる。
 だが、まもなく子供の一人が子猫を殺してしまう。「魔王から逃げるためには仕方がなかった」と言う。
 魔王とは何だろうか? 実在するのだろうか?
 一方、サンドリーヌはポールの案内でトーチカに入る。壁には棒人間の落書きが残されており、時計は八時三十七分で止まっていた。それは公証人の執務室で見た壊れた時計と同じ時刻を指していた。
 夜中に死んだはずの猫の鳴き声が聞こえるなど、島では不可解なことが次々に起こる。ついには島民の一人が突然死んでしまうが、電話が壊れて外部に連絡することができない。サンドリーヌたちは島に閉じ込められてしまう。
 前半で描かれる内容はミステリーというよりホラーのようだ。読者は何かを象徴するかのような出来事を次々と目撃する。
「第二の道しるべ 魔王」では、ダミアン・ブシャール警部が主人公となる。浜辺に血まみれの女性が発見され、サンドリーヌであることが判明する。目を覚ましたサンドリーヌは自分の身に起きたことを話し始める。
 賛否両論となる作品であることは間違いないだろう。謎が謎を呼び、いくつもの罠が仕掛けられ、自分がどこに連れていかれるのか、不安と期待を胸に抱きながら読み進めることになる。予測不能、驚愕の展開に「反則スレスレ」もしくは「反則だ」と言う読者もいるかもしれない。
 そして最後に真実にたどり着いたとき、これまで見てきた景色がまったく変わってしまったことに気づくだろう。
 本書は展開の巧みさに目を奪われがちだが、それは登場人物たちの心理をリアルに描いた結果ともいえる。サンドリーヌはパリで仕事を探していたが、結局は片田舎の小さな新聞社に就職することにな
った。農家の取材では靴が泥まみれになったとぼやく。祖母の遺品を引き取りに島に行くことは気が進まず、到着すると一刻も早く本土に戻りたいと思う。しかし、島の管理係でもある爽やかな青年ポールにはほのかな好意を抱いているようだ。
 こうしたひとつひとつの心理描写が丁寧で、サンドリーヌがあたかも目の前で動いているかのように読者に錯覚させる。描写の細かさがこの怪作の成功につながっているとも言えよう。
『魔王の島』はフランス人作家ジェローム・ルブリが二〇一九年に発表した三作目となる作品で、同年にコニャック・ミステリー大賞を受賞した。本作を発表後も、立て続けに作品を発表しているようだ。フランスのミステリー界にまた新たな楽しみが加わった。
(英語講師/オンライン英会話A&A ENGLISH経営)

「図書新聞」No.3564 ・ 2022年10月29日(土)に掲載。
http://www.toshoshimbun.com/books_newspaper/index.php
「図書新聞」編集部の許可を得て、投稿します。

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