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【短編】夫を殺して2週間

夫を殺して2週間。
私は今日も警察署の前で立ち止まっていた。

別段珍しい動機ではない。積もりに積もったものが感情の発露を呼んだだけ。

権力者が愚鈍に思えた。今まさに殺人犯が白旗をあげるが如く署内を見つめているというのに。鬱屈した入道雲のふもと汗ポトリ。日常の継続の為スーパーへと足を運んだ。

取り出したハンカチは、既にじっとりと湿っていた。
無意識に、半ば儀礼的に、私は額をぬぐった。



殺害の動機など世に出尽くしただろうか。ゆく先は決まっているというのに、人間はどうしても紆余曲折を好み、もつれ、皮肉にも歴史は繰り返す。

私は、ある決めゴトを自身に課していた。

「あっついねぇ、たまらんねぇ」
「ええ、ほんとにですね」
「旦那さんはどう? 元気してる?」
「いぃええ! 死人のように静かにですよ! 私が殺しておきましたからね!」

とびきりの笑顔で自白をする。
積み上げた信頼というのは、いとも簡単に人を欺ける。人は結局自分に手一杯で、奥底に漂うモノなど見向きもしたくないらしい。だが、自分に実害なしと判断されれば、好奇心の働きにより根掘り葉掘り話の種を収集するのだろうが、あまりに物騒だと触れてはならない冗談に分類されるのか。

退屈だ。
私は駐輪違反をした自転車を撤去する警察官を横目に、先ほどのスーパーで買ったモナカアイスの封を切った。すり寄ってきた一匹の雀に視線を合わせると、小さく首をかしげた。

家に戻り、カモフラージュの為に買ったもう一つのアイスを冷凍庫に供えた。今日は本当に暑かった。よかったね、休職中で。

ありがちな感想だが、人が一人減って部屋が広くなった。それに伴い心にガランと穴でも空くと思いきや、校舎の裏で友達と捨て猫を飼っていた時のように、私は。

昼下がり、個包装されたお菓子の箱の裏にレンジで温めるとより美味しくなると説明書きがあった。その作業に没頭しているとなぜか無性に悲しくなったが、べつに一人だろうと二人だろうと同じ事である。

全ての工程には、人が関わっている。
人がいるからこそ、お菓子の状態を思い個包装する。それをただ私は部屋で一人、剥がしては、お皿に乗せ、また剥がして、乗せた。
網戸越し、遠くの工場から聞き慣れたチャイムの音が耳に届いた。



翌日、飽きてきたので夫の一部をクーラーボックスへ雑に放り込み、件の署を目指した。
道中気の利いた挨拶でもと逡巡したが、結局「ごめんください」と元気に挨拶し、全ては白日の下へと。

私は決めゴトを忠実に実行し、溌剌とした笑顔で一部始終を説明した。最後まで温順さを崩さなかった警察官の男に僅かな敗北感をおぼえた。

実刑がイヤだったので自死のタイミングをはかっていたが訪れなかったので結局元気よく走り回る近所の子どもの前で舌を噛み切った。

やあ、天国で血まみれのキスをしよう。

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