第7回:官僚を説得する方法‐官とのコミュニケーションのための必修科目(応用編)‐

1.はじめに

官邸の権限が強くなった結果、官僚の裁量が減り、仕事の魅力が減ってきている、と最近のニュースではよく言及されています。

本当に官僚は政策立案における裁量がなくなってきているのでしょうか。省庁で働いていた我々からすると、この理解は、当たっているけども、完全に当たっているわけでもない、と感じます。

確かに、2000年前後から行われてきた一連の行政改革等により、首相を中心とする官邸の力は強まりました。

例えば、行政改革により設置された経済財政諮問会議は、小泉政権下において効果的に活用されました。

高齢化による社会保障費が増加をみすえた医療費抑制のための医療制度の改革や、国から地方に財源を移し、自治体の裁量を高めることを含む三位一体の改革は、経済財政諮問会議において議論されたものです。

民間議員の提案に対し、各省庁の意見を聞いたうえで総理大臣が方針を決定するスタイルで議論をすすめることにより、各省に任せておいたら中々進まないような政策が進められてきたのです。

また、政権の支持率を高く保っておくために、各省庁との調整のない官邸トップダウンの迅速な政策実行も増えています。

政策の是非については意見が分かれていますが、コロナ禍の2020年2月に実施された小中学校の一斉休校要請は各省庁との調整のない官邸のトップダウンだったといわれています。無党派層の増加、政治のワイドショー化、さらにSNSの普及等により、一般の人の世論が支持率の低下に直結するようになった昨今、官邸は常に国民の声を気にした政策を早く実現しなければいけない、というプレッシャーにさらされているのです。

このように、各省庁だけでは実現が難しい政策や国民の注目度が高く支持率に直結するものについては、トップダウンで政策を実現することも多くなってきました。

でも逆に言うと、そうでない政策(むしろこちらの方が政策のボリュームは大きいと感じます)については引き続き官僚がボトムアップで政策立案の中心を担っていることは紛れもない事実です。

また、トップダウンで方向性が決まった政策についても、詳細な設計については、やはり官僚が行っています。

ですので、政策を変えたい方、政策と密接にかかわる仕事や活動をしている方々は必ず官僚との接点が出てくることでしょう。

でも、政策を実現するために官僚とコミュニケーションをとったことのある人たちの中にはいやな思いをしたり、官僚を嫌いになったり、官僚と話しても仕方がないので政治家のところに駆け込んだりといった行動をとる人もいるのではないでしょうか。

官僚に話が通じないからといって、政治家に駆け込んだからといって必ず政策が実現できるわけではない(※)ですし、強引に政策を実現しても、制度の詳細を設計する官僚たちによく背景や実態を理解してもらわないと使い勝手の良い制度はできません。

第6回:国の予算のプロセスとスケジュールを理解するの「8.予算に影響を与えるタイミング・相談すべきキーパーソン」で詳しく説明しています。

ハッキリ言ってしまいましょう。

政策を外から変えようと思ったら官僚たちとのコミュニケーションから逃れることはできないのです。

官僚たちとコミュニケーションをとるにはちょっとしたコツがいります。

官僚の考え方の基本については、第5回:官民の本質的な違い‐官とのコミュニケーションのための必修科目‐でも、説明しました。

今回は長く官僚として政策立案に携わってきた経験から、具体的に官僚と円滑なコミュニケーションをとるコツをお話していきます。霞が関の外の人たちが官僚と(あるいは若手の官僚の人たちが先輩たちと)コミュニケーションをとるときに参考になると思います。また、最近増えている民間から出向や中途採用などの形で霞が関に入る方にとっても参考になると思います。

(執筆:西川貴清、監修:千正康裕)

2.(困りごと①)たらいまわしにあう

ここから、4.まで、皆さんが役所とコミュニケーションをとる際に困った、と思うパターンをいくつか、例示してみます。この後で説明するような「こまった」ことがなぜ起こるのかは第5回:官民の本質的な違い‐官とのコミュニケーションのための必修科目‐で詳しく説明していますので、お読みいただくことをお勧めします。

皆さんももしかすると経験があるかもしれません。なにか知りたいことがあって役所に電話したら

「それはうちの部署ではないですね。○○に電話してください」

そして紹介された番号に電話したら、

「この部署はそれについては担当していません。○○にお電話ください」

そうです。

国の役所に限らず、役所全般に対する不満でよく聞くのは、「担当者に中々つないでもらえず、たらいまわしされた」というものです。

仕事を増やしたくない官僚たちが「それはうちの部署の仕事ではない」という、いわゆる消極的権限争いを行った結果、という可能性ももちろんあります。が、もしかすると、相談内容がどの部署の担当業務なのか、うまく伝わっていなかった可能性もあります。

実は役所の担当業務は細かく法令で規定されているので、その定められた範囲以外の業務を受けることはほぼないのです(メモ)。―――――――――――――――――――――――――――――――
【メモ:役所の担当業務について】

役所の業務は法律、政令、省令といった法令で明確に定められています。
厚生労働省であれば、
省としての事務は厚生労働省設置法(法律)、
局ごと、課ごとの事務は厚生労働省組織令(政令)
室の事務は厚生労働省組織規則(省令)か厚生労働省の内部組織に関する訓令(訓令)
で定められています。

とはいえ、法令から担当部署を知ることは一般の人には難しいと思います。ネットなどで検索してもわからない場合は、役所の代表電話に連絡し、「○○に関する制度を担当している部署を教えてください」と伝えれば、担当部署をおしえてくれるはずです。役所の代表電話の番号はHPに記載されています。
―――――――――――――(メモ終わり)――――――――――――
官僚は自らが担当している制度については、その制度に日本で一番詳しい人になることを求められます。逆に、他の部署が担当している制度については、また別の専門職員が存在します。

部署ごとに担当する事務が法令に定められているのは、責任がだれにあるかを明らかにすることと、大臣をトップにした指揮命令系統を実効性のあるものにするためです。

自らが担当しているわけではない業務について、「確かこうだった」というように無責任に回答することはできません。

例えば、国会でも農林水産大臣が厚生労働省の担当業務について、回答することはできません。大げさに言うと総理の任命権の範囲を超えてしまいます。また厚生労働大臣と異なる見解を述べれば、閣内不一致(メモ)と野党から攻められます。
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【メモ:閣内不一致とは】

内閣の構成員である閣僚が、統一的な見解や行動をとらないことを指します。憲法第66条第3項は「内閣は、行政権の行使について、国会に対し連帯して責任を負ふ。」と規定しています。
「連帯」という言葉のとおり、閣僚は内閣の一員として、統一的な行動をとることが要請されている、というのが政府の公式見解(※)です。そのため、閣僚の間で異なった見解を述べると、「閣内不一致」として、野党から辞職を求められるような事態が発生します。
閣議議事録等作成・公開制度検討チーム 作業チーム(第1回)
配布資料 資料4-2 

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同じ省庁の中でもそれは同じです。担当でない部署の人が公式見解と異なる回答をしていても、外部の人にとっては「○○省の人が言っていた」と受け止められますよね。話す人によっていう内容が変わってしまっては、聞いている方も混乱してしまいます。そのため、法令に明確に定められた所掌事務の範囲で責任をもって回答することになっているのです。

3.(困りごと②)前例を変えられない

「前例がありまして。。。」

「これまでも、こうしてきています。」

などと役所の人に言われたことがある人もいるのではないでしょうか。

官僚は退職するまで、2年に1度くらいのスパンで異動を繰り返し退職を迎えます。異動直後であっても、あたかも1年前から担当しているような顔をして職務を執行しなければなりません。そのために様々な資料を参照します。

参照するものは、法令はもとより、過去の国会答弁や質問主意書など多岐にわたりますが、共通することは、「官僚は特段の事情変更がないかぎり、過去の解釈を踏襲する」ということです。

一方で、過去に実施されてきた政策を実行し続けるだけでは、その時々のニーズに合った行政サービスを国民に提供することはできません。そのため、その時代にあった制度は何か、官僚は常に考えています。

絶対に前例は変えられない又は新しい政策が実現できない、というわけではありません。とはいえ、制度を変更しようと官僚が決意するには何かしらの説得力のある理由が必要なのです。

4.(困りごと③)提案に関心を持ってもらえない

自治体の役所に手続きに行った場合を想像してみましょう。

「あの書類が足りないから出直してきて」

「今はその手続きはこの時間帯は受け付けられません」

様々な事情により、役所の手続きがうまくいかなくてイライラした経験のある人は結構いるんじゃないでしょうか。

もしかしたら、そんな時、対応してくれている窓口の人に文句を言ったことがある人もいるかもしれません。それもある意味で「政策提案」の一つです。自治体の業務を改善するための提案なのですから。

でも、残念ながら、その意見が反映された経験がある人は多くはないでしょう。

おおかた、窓口の若手職員の代わりに少し年配の職員が出てきて、「意見をうけたまわりました」と言われただけで終わってしまうパターンが多いのではないですか?

ハッキリ言ってしまうと、その伝え方では、役所の政策は100年たっても変わりません。

わかりやすい説明のため、少し身近な例でご説明しましたが、国の政策を変える場合も基本は一緒です。役所があなたの政策提案に関心を持つためにはある要素が必要なのです。

ここからは、官僚に対して政策提案を行う際の効果的な説明手法についてご説明します。役所と民間企業では考え方や仕事の仕方が大きく違うと感じます。そのあたりのギャップを埋めるヒントとしていただけると幸いです。

【以降の目次】
5.たらいまわしに合わないための工夫
6.役所に響く理由とは
7.「あなた」のためには役所は動かない
8.まとめ

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