第2回:成長戦略とは(政策提案の基本のキ)

1.成長戦略とは何か


今年も6月18日に成長戦略が策定されたとニュースが出ました。
正確には、「成長戦略実行計画」という文書が閣議決定されたということですが、兼業、副業の解禁、デジタルガバメントの推進などの目玉政策が紙面を飾っているので、目にした方もいると思います。

この成長戦略というのは、毎年、通常国会が終わる6月中旬に取りまとめられるので、名前を聞いたことがある人は多いかもしれませんが、成長戦略って、いったいなんなのでしょう。

なんとなく、経済成長のために政府が方針を出したと受け止めている方も多いかもしれません。

それはそのとおりですが、以下のような問に明確に答えられる人は少ないのではないでしょうか。
・成長戦略に掲載されることは、政策の実現にどういう意味があるのか?
・成長戦略に掲載されると、その後何が起こるのか?
・成長戦略はどうやって決まっているのか?
・成長戦略とはそもそもどういう目的で作っているのか?

実は、成長戦略に掲載されるということは、その後の予算や法律案など具体的な政策を進めることを政府として意思決定することなので、政策の実現のプロセスとして、とても重要な意味があります。

なので、企業や産業界など、ビジネスをやっているような人たちは、自分たちが実現したい政策が成長戦略に掲載されるよう、積極的に働きかけを行っています

民間から政策を提案する人たちには、ぜひとも知ってほしいことを今回はまとめました。 

ちなみに、上に挙げた問いに対して明確に答えるのは、実は若手の官僚にとっても難しいことなんです。
成長戦略はいわゆる官邸マター(※)で、政府の政策に強い影響を与えるということは霞が関でも広く理解されています。

※総理や官房長官が主導するような案件について霞が関ではこう呼びます。

でも、若手の官僚にとっても、そのプロセスは見えにくいと思います。
5~6月に成長戦略をとりまとめる事務局である「成長戦略会議事務局」から、案文について短期間の〆切で各省庁に協議がかけられます。
若手の官僚の人たちは、こうした協議を受け取り、内容を確認したり、上司に了解を得たりといった、作業に追われるという形で関わっているのではないでしょうか。
協議の作業が終わって、ホッとしていると、しばらくして政府方針として決定される、という感じに見えているのではないでしょうか。

千正が若手だった頃と違って、霞が関もとても忙しくなって、若い人が扱っている作業に、どういう意味があるのかということを、先輩たちからざっくばらんに教えてもらう時間もなかなかなくなっているような気がします。つい2か月余り前まで霞が関にいた西川も、そういう状況をなんとかできないかと思っていました。

せっかく、大事な作業をしているのだから、みんなが全体像が分かった上で、取り組めたらよいのに。そう思っています。

今回の記事は、内閣府からの様々な協議の作業に追われる若手の官僚の皆さんにとっても、成長戦略の全体像がつかみやすいものにしていますので、読んでいただけたら嬉しく思います。

今回は、成長戦略に重点を置いて、

無料部分で
‐骨太の方針と成長戦略の違い
‐2021年の成長戦略の概要
について説明し、

有料部分で
‐なんのために成長戦略を作っているのか

‐菅政権になってから成長戦略はどう変わったのか
‐成長戦略に掲載される内容を前もって予測する方法
‐成長戦略に掲載してもらいたい内容をどう提案したらよいか

についてお伝えします。

(執筆:西川貴清、監修:千正康裕)

2.骨太の方針と成長戦略の違い

成長戦略を理解するために、骨太の方針(正式には「経済財政運営と改革の基本方針」といいます。)との違いを理解しましょう。
それぞれについて、政治の舞台でどのように活用されてきたのかを振り返りつつ、その違いを説明します。

‐骨太の方針の小泉政権下における活用
実は、骨太の方針を政府が作るようになる前と後で、政策決定のプロセスは大きく変わりました。

政策を実現するためには予算が必要です。

予算をつくるプロセスは、予算を使う立場の各省庁が予算全体をまとめる役割を担っている財務省に「来年度はこういう予算が必要です」と要求(概算要求)をします。
各省の要求について、財務省がその必要性や額の妥当性などを査定をし、最終的に政府全体として予算案を閣議決定することになっています。

その予算要求の具体的なスケジュールは以下のとおりです。

4・5月:各省庁が来年度の予算要求の設計を開始
7月末:財務省が各省庁に対し、予算要求をどれくらいの額に収めればよいかを示す概算要求基準を作成
8月末:各省庁が概算要求を財務省に提出
9月~12月:財務省が各省の要求をヒアリングして査定
12月末:政府予算案の確定

骨太の方針は、2001年から作成していますが、骨太の方針が作成される前は、財務省が予算の大枠を示し、その範囲内で各省庁の政策に詳しい議員(いわゆる族議員(メモ①))の意向も受けながら、各省庁の官僚が予算要求を積み上げて、それを財務省が取りまとめる形となっていました。
つまり、与党や各省が主導して予算の案を積み上げていく形でしたので、骨太の方針以前は首相が主導して政府全体として予算を大きく変えていくことは難しい状況にありました。

――――――――――――――――――――――――――――――
【メモ①:与党議員にも立場によって違いがある】

総理大臣をはじめとして各省庁の大臣、副大臣、政務官に任命された国会議員は政府の一員として、その各省庁の政策を推進するために働きます。
一方、政府の役職についていない国会議員は、政府ではなく、自民党内の役職につくなどして、政府の一員ではなく、与党である自民党としての活動を行います。
また、与党内には各省庁に対応した部会(例えば厚生労働部会)が存在します。その部会で該当する省庁の政策をチェックし続けることでその省庁の政策に詳しくなる者を、族議員と呼びます。
政府が予算案を閣議決定する前には、関係する与党の部会でその内容が審議され、事前に自民党としての了承を得ることが慣例としておこなわれています(事前審査制)。例外はありますが、基本的に党の了承をえない予算は、政府として決定することができません。事前審査制が、首相のリーダーシップを阻害する原因の一つだとも言われていました。
―――――――――――――(メモ終わり)――――――――――――

しかし、小泉政権以降は、7月の概算要求基準公表前の6月中旬に、首相に近い内閣府に設置された経済財政諮問会議(メモ②)で、重要な政策の方針が議論され、それを踏まえて予算要求の前に「骨太の方針」を政府として閣議決定することにより、どのような予算を拡充していくかという方針を打ち出すことになりました。
首相のリーダーシップにより、今後とるべき政策と次年度の予算の方針性を定めるためです。これにより、予算を重点的に配分すべき政策について、総理大臣が議長となる経済財政諮問会議の意見を反映させることが可能になりました。

―――――――――――――――――――――――――――――――
【メモ②:経済財政諮問会議とは】

経済財政政策重要事項について調査し議論する会議。民間議員の提案に対して、各省庁の意見を聞いたうえで総理大臣が方針を決定するスタイルで議論がすすめられます。
2001年に設置され、小泉政権時代に集中的に活用されました。一般的に成長戦略会議の前身である日本経済再生本部は企業の競争力の強化を中心テーマとし、経済財政諮問会議は国家の財政政策や経済政策を中心テーマとしていると考えられています。
―――――――――――――(メモ終わり)――――――――――――

骨太の方針は各省の予算要求の手法にも影響を与えました。

各省庁は、予算を要求するために「なぜこの予算が必要か」という理由を財務省に説明する必要があります。骨太の方針が誕生した以降は、骨太の方針にその予算に関わる項目が書き込まれていることを、予算の必要性を説明する材料にできるようになったのです。政府の方針として強化することが決まっているのだから、当然ですね。

そのため、推し進めたい政策がある場合には骨太にその記載を追加するための働きかけが各省庁幹部の仕事の一つとなりました。もちろん、実際には、各省庁幹部が独自に働きかけるのではなく、政策に関心を持っている様々な関係者や団体が色々なルートで働きかけるので、複雑な調整が行われます。

‐第二次安倍政権以降における成長戦略の活用
 経済財政諮問会議で策定される骨太の方針を積極的に活用したのが小泉政権なら、それに加えて成長戦略を積極的に活用したのが第二次~第四次安倍政権(2012年12月26日~2020年9月16日)です。

安倍首相は、2012年12月に自民党が衆議院選挙で大勝して、民主党から政権を取り戻す形で第2次安倍政権を発足させました。
そして、民主党政権では開かれなかった経済財政諮問会議を再開しました。さらに、成長戦略立案の司令塔として日本経済再生本部(現在は廃止)を内閣に設置し、その下部組織としての産業競争力会議(のちの未来投資会議(現在は廃止))で首相肝いりの政策について議論を始めました。

安倍政権は「三本の矢」と称する政策(①大胆な金融政策、②機動的な財政政策、③投資を喚起する成長戦略)を進めることで、持続的な経済成長を進めることを目指していました。このうち、特に「③投資を喚起する成長戦略」について、日本経済再生本部で議論し、日本再興戦略(のちの未来投資戦略。成長戦略のことです)として策定しました。

 「①大胆な金融政策、②機動的な財政政策」については経済財政諮問会議で、「③投資を喚起する成長戦略」については日本経済再生本部で決定する、というのが安倍政権のスタンスだったといえます。

この考え方は現在にも受け継がれています。成長戦略は、企業の経済成長に重点を置いたもの。骨太の方針はそれに加え、財政政策や今後の予算方針などもスコープに入れた幅広いものになっています。

 小泉政権時代との違いは、小泉政権下では骨太の方針を決定する経済財政諮問会議がワントップの機関として大きな方針を議論する仕組みでしたが、第二次安倍政権下では、主に財政・金融政策については経済財政諮問会議、成長戦略については日本経済再生本部で検討するという役割分担をしていたという点にあるでしょう。

3.2021年成長戦略の概要


6月18日に「成長戦略実行計画」として閣議決定された成長戦略は、例年と同様、第一章で日本の現在の状況を示すデータを記載しています。第二章以降の個別の戦略の根拠を示すためです。今年は以下のような内容が示されました。
1)日本は労働生産性(GDPを就業者数で割ったもの)が諸外国に比べて低いこと
2)日本は製品の付加価値(販売価格-製造コスト)が諸外国に比べて低いこと
3)コロナ禍においてもデジタル分野や環境分野等成長が望める分野があること

第二章以降は、第一章で挙げたデータに基づいて、個別の戦略が策定されます。第十五章までは個別の政策が並べられます。例えば以下のような項目です。
 1)マイナンバーカードの普及などデジタル化への投資・環境整備
 2)脱炭素化を見据えた環境(グリーン)戦略
 3)テレワークの定着、兼業・副業の解禁による働き方改革
 4)半導体などへの技術支援を含む経済安全保障対応
 5)ワクチンの国内開発・生産支援

実は成長戦略の全体像を知るには、6月に閣議決定される成長戦略実行計画だけでなく、もう一つチェックすべき資料もあります。それは、同じタイミングで閣議決定される成長戦略フォローアップです。
両者の違いは、
 1)成長戦略実行計画は、経済成長のために必要となる重要な方針を示し 
   ている資料
 2)成長戦略フォローアップは、成長戦略実行計画の方針を踏まえた、
   体的な政府の取組を列挙
しているもの
と説明ができます。

理解のために、電動キックボードの制度整備の例を挙げます。

■成長戦略実行計画の記載(2021年6月18日閣議決定)
(2)電動キックボードの制度整備
電動キックボードの公道での走行について、実証事業の結果を踏まえ、関連する制度を見直す。具体的には、最高速度等に応じた新たな車両区分の設定、走行場所、ヘルメットや免許の要否等、交通ルールに関する制度改正を検討し、その結果を踏まえ、本年度のできるだけ早期に、関連法案の提出を行う。

■成長戦略フォローアップの記載(2021年6月18日閣議決定)
ⅱ)電動キックボードの制度整備
成長戦略実行計画に基づき、同計画に記載する施策のほか、以下の具体的施策を講じる。
・成長戦略実行計画に基づく取組を進めるほか、交通ルールに係る制度の見直しを踏まえ、通行環境や車体の安全性の確保等を検討する。

また、実現の期限や、その政策の結果実現されるべき目標であるKPIについては成長戦略フォローアップの別添資料で示されています。

成長戦略会議(第12回)配付資料リンク:
https://www.cas.go.jp/jp/seisaku/seicho/seichosenryakukaigi/dai12/index.html

このように、成長戦略に記載した内容を具体化し補足するのが成長戦略フォローアップといえます。具体的な政策は成長戦略フォローアップに多く記載されているので、成長戦略実行計画で気になる内容がある場合は、成長戦略フォローアップも確認することをお勧めします。

4.有料記事から学べる事


ここまでは、成長戦略と骨太の方針の違いや、成長戦略と成長戦略フォローアップの違いについてお示ししました。
 
成長戦略について大きく報道されるのは、閣議決定が近づいた頃に徐々に中身が判明した時や、閣議決定の時点です。
一般の方から見ると、何か急に決まったという情報を目にするかもしれません。

でも、実は、成長戦略の決定に向けて、ちゃんとスケジュールがあります。
そのスケジュールにのっとって、議論が進められているのです。

ここからは、
‐報道を先取りして成長戦略に盛り込まれる内容を把握する方法
‐成長戦略の策定スケジュール
‐成長戦略に影響を与える方法

について、お示しします。

【有料部分の目次】
5.成長戦略の位置づけは菅政権でこう変わった(安倍政権と菅政権の違い)
6.成長戦略に政策が掲載される効果
7.成長戦略会議のとりまとめの方法とスケジュール
メモ③:既存の利害関係者との調整とは
8.成長戦略に影響を与えるにはだれに働きかければいいか
9.働きかけのタイミング
10.まとめ

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