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ソングライティング・ワークブック 第155週:Cole Porter(5)

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近頃は何でもありだね(Anything Goes)(4)

半音階を滑り落ちるモチーフ

この頃のソングライターたちの多くは、程度の差こそあれクラシカルを学んでいた。だからフレーズのつなぎ方、並べ方もその作法がよく使われている。また、覚えやすさはその歌が成功するかどうかを左右する大事な要素だった。できれば芝居を見終わった客が帰り途に口ずさみたくなるようなものが求められていた。

覚えやすさの大切さは歌詞についても言える。言葉の繰り返し、韻、リズム、メロディへの乗り方、そういったものが覚えやすさを左右する。また、予測可能性というのも大事だ。韻はそのためにあるとも言える。
言葉と音のモチーフが相まって期待を作り出す。かと言って、何もかも予測通りだと退屈だし、印象に残らないので、かえって覚えられない。心地よい裏切りも必要だ。

前回紹介した『You're the Top』のような、わかりやすいルールを示しつつ意外な言葉を選んで聴く人を驚かせるというのは、有効なやり方と言えるだろう。『Anything Goes』から数年さかのぼって、Porterの早い時期のヒット曲として『Let's Do It (Let's Fall in Love)』という面白い歌がある。

And that’s why birds do it, bees do it,
Even educated fleas, do it,
Let’s do it, let’s fall in love.
In Spain, the best upper sets do it,
Lithuanians and Letts do it,
Let’s do it, let’s fall in love.
The Dutch in old Amsterdam do it,
Not to mention the Finns.
Folks in Siam do it;
Think of Siamese twins.
Some Argentines, without means, do it,
People say, in Boston, even beans do it,
Let’s do it, let’s fall in love.

Cole Porter, “Let’s Do It (Let’s Fall in Love)”

日本語でも「やる」とか「する」とか言うことがあるように、英語でも同じような言い方をすることがある。何の話をしているのか実はわかっていて、ニヤニヤする感じ。でも最後は「Let's fall in love」と言ってさらっと済ませる。lettsはラトビア人のこと。

下はLadyGagaによる歌。ジャズ歌手Tony Bennettの追悼コンサートらしく、ちょっとしっとりしている。

2004年に出た『De-Lovely』というPorterについての映画の公式クリップもあった。

歌詞は最初のコーラスだけ紹介した。全部で5つある。動物が出てくることが多いけど、こんな冗談もある; Penguins in flocks, on the rocks, do it, even little cuckoos, in their clocks, do itー群の中のペンギンも岩の上でする、時計の中のカッコーさえもする。ほかにも機知にとんだフレーズがたくさんある。

最初のコーラスの始まり2行の歌詞は元は違っていた。このコーラスは世界中のあらゆる人たちがする、と言っていた; And that’s why Chinks do it, Japs do it, Up in Lapland, little Laps do itーこれは差別語だからというので、Porter本人の意向で差し替えられたようだ。1960年の『Can Can』という映画でSinatraがまだ古い方の歌詞で歌っているので、変更されたのはPorterの最晩年か死後ということになる。

Siamese twins(シャム双生児)は大丈夫か、と疑問に思う人もいるかもしれないけれど、これは今でもこう歌われている。シャムはタイの古い呼び名だけれど、それ自体に差別はないからだ。シャム双生児の語源になった兄弟は19世紀に見世物として合衆国に連れてこられて「シャムの双子」を名乗り、やがて自分たちで興行をマネジメントして、その金で農場を持ち、姉妹と結婚して21人の子供をもうけた

AABAの構成で、AB両方を通じて下降する3音のモチーフできている。

Aセクション
Bセクション
コーラスの終わり

この例では、ユーモラスな歌に半音ずつ下降するモチーフが使われているけれど、西洋音楽において半音の下降はしばしば溜息や悶えのモチーフでもある。ロマンチックなのだ。

All Through the Night

半音というのは、一般的に言って歌いづらい。だからポピュラーソングではそれほど使われない。歌のメロディはダイアトニックにして、伴奏に半音の動きがもたらす感情を利用するということの方が多い。ロマンチックなスタンダード曲で言えば、『Body and Soul』の出だしの伴奏なんてそうだ。

『All Through the Night』は第一幕でBillyが想いを寄せる令嬢Hopeに対して歌う歌として書かれた。半音ずつ下降する息の長いメロディでできている。和声(出版されているヴォーカルスコアに基づく)もやや複雑だ。

歌詞もまっすぐロマンティックだ。

All through the night, 
I delight in your love.
All through the night,
you’re so close to me.
All through the night,
From a height far above,
You and your love bring me ecstasy.

Cole Porter, “All Through the Night”

もともと別の歌『Easy to Love』を用意していたのだけど、初演したBilly役のGaxtonが歌えなかったので、差し替えた結果がこの歌だった。『Easy to Love』は跳躍が多く、1オクターブと5度の音域が使われている。

かと言って、『All Through the Night』が簡単かというと、そうでもないかという気がするけれど。どうだろうか?

今は『Easy to Love』か、もとは別のミュージカルで使われていた『It's De-Lovely』(先に映画の題のもと)というもっと快活な歌が第一幕で、『All Through the Night』が第二幕で歌われているようだ。


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