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部族社会に逆戻りするアラブ世界(再録)

初出:2015年12月24日、ニューズウィーク日本版

2015年5月、イスラム国(IS)が公表したイラクのニナワ州のスンニ派部族がISに忠誠を誓う動画の1場面(ISが公表した動画より)

「血の復讐」と「血の代償」

 アラブ世界は先行きの見えない混乱の中にある。この状況で浮上しているキーワードは「部族」である。アラビア語では「アシーラ」または「カビーラ」という部族にあたる言葉を、新聞やテレビ、さらにはYouTubeで度々、目にし、耳にするようになった。

 アラブの部族はもともとアラブ民族が出てきたアラビア半島に発する。サウジアラビアではいまでも部族は大きな影響力を持つ。イラクやシリア、リビアでも部族は大きな役割を演じている。部族と聞いても、日本人には実感がわかないかもしれない。私はイラク戦争後にイラク人に「部族」とはどのような存在なのか、と質問したことがある。

 その答えとして彼は、「例えば、私が交通事故で誰かを死なせたとする。そんな時は、私の故郷の部族長のところに行って、自分が死なせた人間の部族との間で和解の話し合いをしてもらう」と、部族に頼る場合を挙げた。

 部族同士で話をして、「血の代償」の金額を決め、それを払えば、話がつく。そのような部族を通した和解の手続きをしなければ、「血の復讐」という部族の復讐のルールが働いて、被害者の部族または家族に命を狙われることになる。

「血の代償」の金額が決まれば、それを支払う部族は、部族の中で金集めをする。部族は地方を拠点にしているのが普通だが、首都バグダッドなどの都会に住んでいるイラク人も、困った時に頼るのは故郷の部族だという。ある意味で、保険のような役割を果たすといっていいだろう。

国家が強い時は、部族の役割は弱くなる

 この21世紀に、前近代的な響きを伴う「部族」が政治や社会の表に出てくるのは、異様に聞こえる。しかし、イラクではイラク戦争後、シリアでは内戦が始まって以後、特に部族が大きな影響力を持つようになっている。今夏、アルジャジーラ・テレビの討論番組で「イラクとシリアの紛争での部族カード」というテーマの特集番組があった。

 アルジャジーラの番組では、イラクのスンニ派の「イラク部族評議会」事務局長のヤヒヤ・サンボル氏が「部族は社会の土台であり、国家が分裂すると、人々は庇護を求めて部族に目を向ける。部族は血縁に基づいたものであり、部族独自の法と秩序を持ち、メンバーを守る役割を担う」と語った。

 さらに、「国家が強い時は、部族の役割は弱くなり、社会の秩序や公正は国の機関によって維持され、人々も国に頼るようになる。部族長の権威は象徴的なものとなる。しかし、国の法が公正を欠くようになれば、人々は部族の法に頼るようになる」と補足した。

シリア内戦で部族が果たした役割

 イラクでの2014年5月のイスラム国(IS)によるモスル陥落の際、シーア派主導政権に反発したスンニ派部族はISと共闘したことが知られている。モスルがあっけなく陥落した理由は、ISによる外からの攻撃だけでなく、イラク軍の足下、または背後から部族が反乱を起こしたためである。当時、私はスンニ派地域からクルド人自治区のアルビルに逃げていたスンニ派部族の幹部の話を聞いたが、「我々とISは、マリキ政権(当時)を共通の敵として戦っている」と語っていた。

 一方、アルジャジーラの番組では、シリアの反体制派系の研究者アブデルナセル・アヤド氏が登場し、2011年に始まった「アラブの春」でのシリアでの反体制運動の始まりに、部族が重要な役割を演じたという見方を語った。「革命発祥の地」と呼ばれるシリア南部のダラアでは、同年3月に「民衆は体制の崩壊を求める」という落書きをした10代の少年たちが警察に拘束され、それが大規模な反政府デモにつながり、治安部隊がデモ隊に銃撃したことが、さらなるデモの拡大へとつながった。

 アヤド氏は「ダラアはシリアの中でも部族が強い地域であり、反政府運動が広がった時に、部族の連帯意識が果たした役割は大きかった」と語った。さらに、「反政府運動の動きが部族の影響力が強いシリア東部に広がった時、デモの実施と、その後の武装闘争の広がりにおいて、地域の部族が果たした役割は大きい。東部は早い時期に反体制派に解放された場所である」と付け加えた。

ISに忠誠を誓う部族の動画

 ISが今年5月にYouTubeで公開した動画では、モスルを州都とするニナワ州の部族がISに改めて忠誠を誓う会合の様子が映されている。アラブ風の頭巾をつけた部族長が次々と広いホールに入り、ISの幹部とみられる人間が部族の名前を読み上げる。部族長は「我々は信仰深い司令官であるアブバクル・バグダディ師に忠誠を誓い、従う」と、ISを率いるバグダディ師の名を唱える。さらに映像では、出席した部族長の次のようなコメントが次々と紹介される。

「抑圧と屈辱の時には、外に出て歩くのも安全ではなかった。いまは、誇りを持って外を歩くことができる。いま世界は信仰か不信仰かを選ばねばならない」
「彼ら(IS)がやってきて、我々をイスラムの下に解放した。我々は常に『アッラー以外に神はない』を唱えるISの旗の下にある」
「我々は困難な状況を経て、いまISと共にある。我々は共にシーア派とクルド兵と戦う」
「我々は神にかけて、バグダディ師に忠誠を誓う。我々はISの一部であり、それを誇りに思う」

 もちろん、部族もIS支配の下で従わねばならないのだろうが、力による支配は、サダム・フセイン政権であれ、米軍占領時代であれ、シーア派主導政権の時代であれ、変わらない構図である。ただし、サダム・フセイン時代にはスンニ派部族は優遇されていた。それが米軍占領下と、シーア派主導政権時代には、スンニ派部族は抑圧されていると感じていた。

部族の支持を得て地域を支配するIS

 ISは部族の支持を得ることで地域を支配する手法をとっている。忠誠を誓った部族の支配地域に、電気や水道などサービスの提供や、地域の道路整備なども行う。もちろん、ISに歯向かう部族には、残酷な報復が行われるが、それもフセイン旧政権時代と同じである。スンニ派部族にとってISはシーア派政権とクルド兵と対抗するには強い味方でもあり、部族長が「ISの下で安全と誇りを感じる」と語るのは、全くうそとも言えないだろう。

 今年5月にISはバグダッド西方のスンニ派州のアンバル州を制圧した。この時、シーア派主導政権のもとに軍事顧問団を送っていた米国は、アンバル州のスンニ派部族にISと戦うよう求めた。イラク政権にはスンニ派部族に武器を提供するよう求めた。しかし、政権はスンニ派部族への武器提供を渋り、代わりにISと戦わせるためにシーア派民兵を送り込んだ。これが、スンニ派部族の怒りを買い、アンバル州のスンニ派部族連合は「ISと我々は同じ運命にある」と宣言して、ISに忠誠を誓った。
 もともとアンバル州は、イラクに駐留した米軍が、2006年から07年にかけて、スンニ派部族に金と武器を与えて「覚醒委員会」を組織させた州である。米軍は部族をイラク・アルカイダやその後にできた「イラク・イスラム国」と対抗させようとした。しかし、2011年末に米軍がイラクから撤退した後、スンニ派はシーア派主導政権の下で、石油収入の分配でも地域開発でも冷遇され、不満を募らせた。イラクの若者失業率は18%だが、政府関係機関への就業の機会が限られているスンニ派地域の若者の失業率は、その倍になるという話だった。
 一方のシリアでは現在、ISのシリアでの中心都市があるラッカ周辺は、部族の勢力が強い地域であり、YouTubeには、地域の部族がISに忠誠を誓う動画がいくつもアップされている。ISは今年5月に、古代遺跡があるパルミラの町を制圧したが、この時、政権側について戦っていたある部族を700人から900人殺害し、その部族をパルミラから排除するという報復に出た。
 油田があるデリゾールでは、油井がある地域を支配している部族には、石油収入の分け前を与える約束をして、忠誠を誓わせているという。このように、部族に対する「アメとムチ」政策が、ISの部族対応ということになる。

強権国家の破綻がISの出現、部族の台頭を生む

 部族がいま浮上してきているのは、イラク戦争後の混乱が続くイラクや、「アラブの春」で長年続いた強権独裁体制が崩れたリビア、シリア、イエメンなどで、国家が破綻したためと考えるしかない。
 アラブ世界で1950年代に始まるアラブ民族主義やアラブ社会主義を掲げた強権独裁体制は、欧州の植民地支配の下で引かれた国境線の枠の中で、国民国家を建設し、国民を統合するという近代的な試みであった。それが崩れたいま、近代国家以前の部族社会のルールが復活してきたと考えることができる。
「アラブの春」とは、腐敗した強権体制による権力と富の独占に対する若者たちの反乱だった。民主的な政治改革が実行できれば、新しい政治が開いただろうが、チュニジア以外は民主化に進まずに、シリアでは政治改革を求めるデモを武力で弾圧し、国家の破綻に向かった。その結果、部族の台頭とISというイスラム過激派の出現につながっている。
 いまの中東で、ISだけを見ても危機の実体は見えてこない。シリアやイラクでは、国家が政治的に破綻したために、部族が台頭し、それがISを支えているという構図である。財政的に破綻した国に対しては、国際社会は金融支援と引き換えに、思い切った財政改革や緊縮策の実施を求める。ならば、政治的に破綻した国が、過激派を生み、難民を生み、国際社会への危機となっていると考えれば、国際社会はシリアやイラクに対して、政治の正常化を踏み込んで求める必要があるのではないかと思う。

初出:2015年12月24日、ニューズウィーク日本版


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