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春に聴く “Both Sides Now” 。

おはようございます。

さて、今日は “both sides” ということについて話をしようと思います。

“both sides” というのは、「両側」とか「両面」「双方」とかいう意味ですね。

さっき、着任式で、このたびこの学校に来られた先生方をご紹介しました。先生方はみな、これまでそれぞれの場所でさまざまな経験を積み、この春、この学校にやってきました。

今日、みなさんとこうして出会い、これからのステキな日々を思って期待に胸をふくらませていらっしゃることと思います。

それは確かなことだと思います。

でもね。
ボクも経験したことあるけど、それだけじゃないんですよね。

ちょっといやらしいやり方ですけど、新しい先生方のもう一つの気もちを、ボクが代弁してみたいと思います。

「その一方で、この3月までいた学校には、これまで一緒に過ごしてきた生徒たちがいます。まだ後ろ髪を引かれる思いであることも正直なところです」

それも確かなことだろうと、ボクは思います。

人の気もちや心の中には両面がある。“both sides” です。

「いやいやいや。新しい学校へ来たんだから、そんなこと言っててはいかんだろう」と思う人もいるかもしれません。

その場合は、こう考えてみてはどうでしょうか。

今日、4月8日、おそらくほぼ時を同じくして、3月までこの学校にいらっしゃった先生方も、それぞれの転勤先の体育館の前に立っていると思います。

これからのステキな日々を思って期待に胸をふくらませつつも、その一方でこの学校のみなさんの顔を思い浮かべては、また後ろ髪を引かれる思いでいるのかもしれない。

この場に留まっているボクたちの立場から見ても、来る人と去る人がいる。

これも “both sides” ですね。

春は出会いと別れの季節といいますが、私たちは、新しい出会いに慣れ、新しい別れに心の整理をつけていくことで、時間をかけながら、毎年、毎年、成長していくことができるんだと思います。

さて、アメリカにジョニ・ミッチェルという、ボクの大好きなシンガーがいます。今はもうおばあさんだけど・・・。

Jack Robinson/Getty Images

その人の “Both Sides Now” という曲があって、今流れているのがその曲なんですね。

I‘ve looked at clouds from both sides now

まっ白のとか、まっ黒のとか、やさしいんとか、怖いんとか、雲のどっちの顔も見てきてんわ。

from up and down and still somehow

地上から見上げたり、上空から見下ろしたりみたいな感じで。ほんでも、

It‘s cloud’s illusions I recall

雲て、幻みたいで正体つかまれへん。

I really don‘t know clouds at all

うち、雲のことなんかちっともわかっとらんのやわ。

・・・っていう感じですかね。

実際、ジョニ・ミッチェルも飛行機に乗って雲を見下ろしてるときに、この歌詞を書き上げたらしいです。24歳でこんな深い歌詞書くって、すごい人だなあと思います。

写真は10年前のもの。石垣島からの帰りの飛行機から撮ったトカラ列島です。このとき、ボクは詩を書かず、ボーッと景色眺めてただけですけど。

春って “both sides” がそこいらじゅうに、ふわふわ浮かんでいる。そういうイメージをボクはもっています。

この “both sides” の春を、毎年、毎年、経験することで、ボクたちはかしこくもなり、やさしくもなり、想像力を持って人を思いやれる人間にもなっていける。

さて明日は、期待と不安を胸に、新入生がこの学校の校門をくぐります。

以前、校門をはじめてくぐったときのみなさんの心境を思い出し、後輩たちを暖かく、迎えてあげてほしいと思います。

それでは1年間、どうか健康に留意し、すてきな1年間を過ごしてください。

2022/04/08
1学期始業式式辞 より


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