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あの夏、たしかにアフロは僕らのそばにいた 前編

1クラス45人、1学年16クラス、卒業までの3年間一度も顔を合わさないヤツもたくさんいる、いわゆるマンモス校って呼ばれていた狭い中学校に無理やり押し込まれた「僕」が、だらだらと無為に過ごした3年間のエピソード、いわゆる「プレイバック80'エッセイ」始めました。ちなみにほぼノンフィクション、多少盛ってはいるけれど。


クラブの部室は資料室

中学校に入学して間もない4月のある日、僕とマッツンはそろって学校の資料室の前にいた。ここを部室として使っている、とある文化部を見学することにしたからだ。クラブの名前は「郷土研究部」。地域の歴史を調べてまとめ、文化祭で発表するという非常に地味な、はっきりいうとモテ要素がまったくない文化部だ。

「君ら新入生?見学してってええで」
資料室を外から覗いていたら、背がひょろっと高くて目がぎょろっとしたひとりの上級生がにっと笑ってそう言ってくれた。歯の矯正をしているらしく、銀の器具が笑った口元から見えた。後からわかったんだけど、その人が部長だった。

小学校の3年、4年、6年と同じクラスで仲良しだったマッツンと僕は、運動部に入るつもりはまったくない、ということで意見が一致していた。じゃあ文化部なら何にしようかってなった時に、これまた入りたいと思うクラブがないなぁ、ということでも意見が一致した。このままでは帰宅部か、となりそうな雰囲気が漂いはじめたある日、マッツンが「郷土研究部を見学してみいひんか」って言ってきた。「城とか古墳を見学したり、山を掘って土器を探したりするねんて。それから文化祭の発表でジオラマとか作るらしいで」...ジオラマ作りと聞いて僕はその話に乗った。

当時、僕とマッツンはタミヤ模型の「1/35ミリタリーミニチュアシリーズ」という戦車や兵士のプラモデルを作って、さらにジオラマ(情景模型)を作るのに夢中になっていた。話すことと言えば「ドイツ軍の四号駆逐戦車ラングの主砲は70口径長砲身とマズル付き48口径短砲身のどちらがカッコイイか...」という、知らん人が聞いたら呪文か宇宙語のような内容を、とにかく飽きることなく話していた。

学校のクラブ活動でジオラマが作れるなんて最高やんか...戦車は無理としても。


顧問の先生の「怖い話」

クラブは地味なニキビ面の男子生徒ばかりだったけど、顧問は女性のN先生だった。郷土研究部にふさわしい地味な雰囲気のたぶん30代の先生。担当教科は美術だ。僕のクラスの美術の先生でもある。

N先生はときどき授業中に脱線する。今でも覚えているエピソードのひとつが授業で自分の身の回りのもの、鉛筆とか消しゴムなんかをひとつえらんでデッサンをしていたときのことだ。静かな教室で、ぼそっとN先生が話し出した。

「先生の友達が知り合いから聞いた話なんやけどね、怖い話を聞きました」

友達が知り合いから聞いた話、これだけでも相当うさん臭い話なんやけど、中一の単純な僕らは「怖い話」と聞いてそれだけで「なんやなんや」ってざわついた。

先生の話は、かなり端折って言うと「スナック菓子と炭酸飲料を一度に大量摂取すると胃が破裂して死ぬことがあります」ということだった。何でも「友達の知り合いの知り合い」がそれが原因で亡くなったらしい。

真偽はともかく、それ、今する話ですか...

もうデッサンどころではなくなってざわざわした教室で、誰かが先生に質問した。「食べたのはカールですか」...どうでもええわ。

先生はなぜか「くっくっく」って感じの笑みを浮かべていた。結局スナック菓子の銘柄はわからずじまいだった...どうでもええわ。


目つきの鋭いK先輩について

先輩も同級生も、それから顧問の先生にしても、全体的におっとりした人ばかりが集まった郷土研究部だけど、ひとりだけ異質な先輩がいた。目つきが鋭いK先輩だ。服装が乱れているとか言動が荒っぽいとかそういうのではなく、どちらかと言うと他の部員よりも寡黙なくらいだ。それから目つきが鋭いと言ったけれど、単に目が細いだけの人だったのかもしれない。段々と自身がなくなってきた。

僕はこのK先輩のことを「実は隠れヤンキー」だと思っていた。理由はひとつだ。

K先輩は「資生堂TACTICS※」のコロンをつけている

80年代当時のヤンキーを語るにこれ以上説得力のある理由があるだろうか、いや僕には見つけることはできない。

※当時流行った「ホットロード」と言うマンガで主人公の暴走族の少年がTACTICSのオーデコロンをつけていた(作中では「タクティスの香り」と表現されている)。ヤンキーがみんなマネしてTACTICSをつけていた。ヤンキーとTACTICSは常に同列で語られるのである。

そしてK先輩はこの後、徐々に話の主人公に躍り出てくるのである。主役は「僕」ではない。でもそれは次回のお話...今日はこのくらいで勘弁しといてやる。

【次回】 そして僕はK先輩が放ったセリフに凍りつく

あの夏、たしかにアフロは僕らのそばにいた 中編