山登りを好きになった私が、仕事でアウトドアに関わっている理由
幼いころから、初めてチャレンジすることを器用にこなせない。いまだに何か新しいことを始めるときには、ワクワクする反面、きっと人より劣っているのだろうとため息が出る。
山登りを始めたときも、できない自分に直面した。社会人2年目の夏、山好きの叔父に誘ってもらい、石川と岐阜の県境に位置する白山に登った。叔父が考えてくれたプランは、登山口近くの温泉旅館に前泊して、もっともメジャーなルート(砂防新道で登り、観光新道で下る)を一日で歩くというもの。上りのコースタイムが5時間45分、下りが3時間20分で、歩き通すのには約9時間。私にはとてもハードだった。
▲アウトドアっぽいものを寄せ集めた服装がやばめ。2008年夏
叔父は歩くのが早くて、私は石につまづいたり、靴紐を結び直したりしているうちに、何度も置いていかれた。背の高いハイマツの間を縫って歩く場所は、叔父の後ろ姿をたびたび見失って怖かった。山頂からの絶景を楽しみにしていたけれど、休憩を繰り返すうちに天気が悪くなり、雨降りのなかの登頂になった。挙げ句の果てに、下山中、気づかないうちに額をアブに刺され、翌朝起きると鼻がなくなるぐらいに腫れて熱が出た。
それでも私には、満たされた思いが残った。歩みを進めるにつれ、空気が神聖になり心まで澄んでいくような気がしたこと。高山植物がかわいらしくて、新しい種類を見つけるたびに夢中で写真を撮ったこと。室堂ビジターセンターで出会ったベテラン登山者のご夫婦から、白山の信仰の歴史について教えてもらったこと。休憩中に食べたオレンジや、旅館で朝握ってもらったおにぎりがおいしかったこと。時々に沸き起こった感情はいまでも心に刻まれている。
当時、わたしはオートバイのハーレーダビッドソン雑誌の編集者をしていた。新卒で配属された当初は、原付とバイクの見分けもつかないほどだったけれど、読者の気持ちがわかるようになりたくて、大型自動二輪免許をとったり、ハーレーを買ってカスタムしたりした。けれど、イベントや撮影会で、読者の方がよっぽど私よりバイクに詳しいようすを目のあたりにするたび、心が折れそうだった。
▲わたしのハーレー。車種はスポーツスター883L
山登りは、安全に気を配れば、マイペースに楽しめる遊びだ。山頂を目指すのがつらいときには、途中で休んで、景色のいい場所でごはんを作って食べてもいい。ただぼーっとしてもいい。
何と向き合うにも肩に力が入っていた私に、山登りは「できなくてもいい。好きなことを楽しんでいい。」ということを教えてくれた。劣等感から離れて、手放しで好きといえるものに出会えたことが、うれしかった。
それからどんどん山登りが好きになり、編集部を異動し、いまはアウトドア雑誌の編集者として働いている。そのおかげで、たくさんの山好きの女性と出会ってきた。自然のなかで過ごす時間を知った彼女たちからは、人生が変わったエピソードをたくさん聞いた。一方で、好きなはずの山登りを続けるのが辛くなった話も聞く。
趣味の世界で、少しでも嫌な思いをすると、心が離れてしまうものだ。一度アウトドアに出会った女性がそんな思いをしなくていいように、自分の好きを大切に抱きしめていられるように。
初心者が知らないというだけで傷つかなくていいように必要な情報を、わたしはこれからも発信したいし、仲間に出会えて安心できる場をつくりたい。