見出し画像

未来のゲートキーパー【短編小説】

100年後占い

そこそこ努力して、そこそこの大学行って、社会人になって。自分なりに工夫して仕事してみて、周りからも評価してもらえて。普通の家庭を作って、平均寿命くらいで死んでいく。

きっとそれが僕の人生。何も不自由はない。そのそこの人生。それでいいはずなのに、定期的にやってくるこの虚無感はなんなんだろう?

「今日はもう退勤するかぁ〜。」

朝8時30分から13時間くらいディスプレイと向き合う連日のハードワークが一区切りついたので、1週間ぶりくらいに夕方で仕事を終える。19時ちょうどに届いたUber Eatsのスンドゥブに汁が見えなくなるくらい七味をかけて食べながら、Netflixで人気のサスペンスドラマを1.25倍速で見ている。

今の僕はきっと心が渇いている。どんなに美味しいものを食べても、センセーショナルな映像を見ても、砂漠の砂に水をやるようなもの。

「はぁ…。」
「ポーン!」

静かな部屋に漏れかけた自分の溜息をかき消すようにTwitterの通知をイヤホンが読み上げた。

「100年後の自分を占いませんか?未来を知ることは、今を変えることにつながります。興味のある方は、以下のURLから無料で100年後の自分に会ってきてください。」

「100年後…占い?100年後って普通死んでるだろ。」

「100年後占い」と名乗るアカウントから、スパムっぽいDMが届いていた。

そういえば先月までカウンセリングを受けたんだけど、お金なくて辞めちゃったんだよな。大して期待もしないけど、無料だし、100年後ってまだ生きてるのか気になるし、退屈しのぎに受けてみるか。

少し警戒してURLをブラウザのシークレットモードで開くと、ぐるぐる廻るマンダラ模様が出てきた。ぐるぐるを見ていると、数秒で気を失ってしまった。

未来の僕

「ここは、、、どこ?」

なんとなく見覚えがある薄暗い部屋に、白髪の老人が1人。こっちを見ている。

老人:「君は、、、若い頃の僕だね。」
僕:「え?ということは…。あなたは、未来の僕?」
老人:「そういうことになるね。」
僕:「えええええええええええええええええ!?」

100年後の世界に迷い込んでしまっただと!?100年後占いすごすぎだろ。
どうやら27歳の僕は、100年後の世界にタイムスリップして、127歳の僕に出会ってしまったようだ。

老人:「まさか最後にこんな瞬間が来るとはね。幻覚だろうか。夢ならしばらく冷めないでほしいものだ。」
僕:「最後って?どこか具合が悪いの?」
老人:「肉体は何も問題ない。今や平均寿命は200歳を超えてる。」
僕:「なんと…。じゃあ最後っていうのは?」
老人:「自殺だよ。安楽死だ。」

異常な目の座り方をしている。老人の貫禄かと思ったけど、これは死を覚悟した人間の目なのかもしれない。

僕:「どうして自殺なんかするんだよ!」
老人:「自殺なんかとは、ひどい物言いだね。自殺は人間しかできない崇高な死に方だよ。死の自決権を行使できるのは自殺だけだ。」

100年後占いで未来に希望でも持てるかと期待した自分がバカだった。まさか100年後の自分が自殺を選ぶことを知ってしまうなんて。

127歳の死にたい理由

僕:「死の自決権のため?それだけ?」
老人:「自殺することが、自分にとっても、周囲の人々にとっても、地球にとっても、合理的な選択だからだ。」
僕:「どういうこと?僕には自殺する合理的な理由がちっともわからない。お金がないの?誰かに借金でも背負わされでもしたの?」
老人:「お金は日本円換算で6,000万円ほどあるよ。もっとも、100年前と今とでは物価も為替も全然違うがな。」

さっぱりわからない。死の自決権?なんだそれ。自殺する自由なんて認められてたまるか。それにこの状況、過去の自分に申しわけが立たないとか未来の僕は思わないんだろうか。

老人:「今日は妻の命日なんだ。もう30年にもなる。毎年この日に悩むんだ。なぜ自分ひとり生き続けているんだろうと。もちろん、小さな生きがいは日々たくさんある。だがもう127年も生きるとやりたいことはやり尽くした。じわじわと衰弱し死を待つ人生なら、いっそ自分で終わらせたい。
僕:「やり残したことは何もないの?」
老人:「どうかな。ない、と言ったら嘘になるかもしれないが、ほとんどない、と言えるくらいには長い人生を過ごしたよ。」
僕:「そうか、、、」


僕はいったいどんな人と結婚するんだろうって聞きたいけど、聞いたら悲しくなりそうだし、今はそれどころじゃない。

テセウスの船

僕:「突然100年後にタイムスリップして、よくわかんないけど、僕は未来の僕が自殺するのを見過ごすことはできない。なんとか踏みとどまってもらうことはできないの?」
老人:「僕が選んだ道だ。尊重してくれ。」
僕:「未来の自分が自殺することを27歳の自分に知らしめてるんだぞ?絶望じゃないか。僕は死にたくない。死ぬのが怖いよ。未来の自分にも死んでほしくない。」
老人:「そんな当事者ズラされたって、僕は僕なんだよ。君が知らない絶望もたくさん味わってきた。未来の君は、今の君とは違う。」

自分がまるで自分じゃないみたいだ。100年間の月日を経験した僕は、今の僕とは別人なのはなんとなくわかるけど。

老人:「すまないな、せっかく会えたのに。辛い思いをさせてしまって。」
僕:「急に同情すんなよ。未来の僕は、過去の僕のことを知ってるはずだろ。こうなることも知ってたんじゃないのか?」
老人:「100年も前の記憶だからな。曖昧だよ。覚えていない。」

今の僕と未来の僕は、繋がっていないようで、でも繋がっているようでもある。なんとなく捻くれている感じが、自分に似ているけど、他人にも思える。

過去への遺言

僕:「わかったよ。あなたは、あなただ。未来の僕だろうと、その未来が嫌なら僕が変えたらいい。そう思うことにするよ。それでも、生きてほしいけどね。」
老人:「そうだな。死は絶望じゃない。結末であり再生であり始まりだ。君にはよりよく生きてほしいし、同じ人生を歩む必要もない。」
僕:「1つだけ教えてほしい。僕の人生は幸せだったか?僕は今、生きるのに何も不自由はしてないのに、自分が生きる意味がよくわからなくて、ずっとモヤモヤしている。」
老人:「最高の人生だったよ。後悔のないよう今を生きてほしい。たくさん失敗したらいい。それが良い思い出になる。敷かれたレールを走るような人生ではつまらないだろう。周りにどう言われようと、自分の道を進んだらいい。」
僕:「ありがとう。なんかちょっと、勇気もらえたよ。」

100年後の自分に会える機会は、きっとこれが最後だ。そして死んでしまうわけだから、聞きたいことを聞いておきたい。後悔したくない。

僕:「そうだ!ビットコインのチャートはどうなってる?100年後にちゃんと増えてるか?」
老人:「はははは!100年後の自分に聞きたい質問がそれか!つまんない人間だな。」

僕:「お金のことが気になるのは当然のことだろ。」
老人:「心配するな。お金は何も問題ないってさっきも言ったろ。それにお金なんて今の社会じゃ無価値だよ。墓場には持っていけないしな。老後のことなんて気にすんな。やりたいことやってくれ。」
老人:「じゃあな。会えてよかったよ。ありがとう。」

再びマンダラ模様が視界を覆って、真っ暗闇になった。

ふと目が覚めると、空気に触れて冷え切ったスンドゥブとNetflixのドラマの早口な喋り声が再び知覚できた。現実世界に戻ってきたようだ。一瞬の出来事だったような気もするし、すごく長い間老人と話していたような気もする。

神はなぜ、27歳の僕と127歳の僕と出会わせたのだろう。夢だったのか、幻覚だったのか、100年後占いで本当にタイムスリップしたのか、それはわからない。ただ1つ確かなことは、今ここに自分が生きていて、今の僕の生き方は今の僕にしか決められないということ。明日の僕が僕であり続ける保証は1つもない。

「明日、退職届だそう。」

渇いていた日常が、瑞々しさを取り戻し始めた。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?