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冷やしカレーの思い出

かつて26日の戦いと呼ばれるものがあった。
地元石川の温泉旅館率いる『風呂の日』派、そして安井ファーム率いる『ブロッコリーの日』派が、毎月26日に自分たちのプライドを賭けてTwitter上でやんわりと小突き合う恒例イベントがあったのだ。

温泉旅館の中の人はTwitter上で偶然再会を果たした小中学校の同級生。

その些細なやり取りから小競り合いが始まり、やがて多くの人々を巻き込みながら毎月恒例のお祭り騒ぎとなっていった。

戦いは約半年間にわたって続いたが、同級生の転職をきっかけに戦いは終結し、26日の奇祭は人々の記憶から薄れていった。

ある日、カレー屋に転職した同級生から『冷やしカレー』なるメニューを開発したという連絡があった。

......冷やしカレー。

なんとも斬新な響きだが、他ならぬ、とにかくデキることから『トニデキ』と呼ばれていた、あの彼が開発したメニューとあらば、間違いなく美味しいのだろう。(そもそも入社半年そこそこで新作メニューの開発に携わっている時点でトニデキ確定である)

そう確信しながらも、私はとあるライフイベントを迎えようとしていたことから、冷やしカレーの販売が始まった後もなかなか食べに行けずにいた。

嗚呼、ふと油断するとにやけてしまう我が頬よ。
今日ほど生きていて良かったと実感する日もありません。
あの辛かった日々が報われる思いです。
我が子への第一声は「ありがとう」。
そしてあとは……ほとんど涙で言葉になりませんでした。

当時のツイートより

……

各方面に向けて「無事に第一子が生まれました」の連絡に勤しむあまり、気がつけば15時をまわっていた。

そこでようやく空腹を思い出した私は、チャンピオンカレー野々市本店へとやってきた。

子どもが生まれてから初めてクチにする食事。
目を赤らめながら注文したのは、もちろん『冷やしカレー』だ。

その味はまさしく初体験。
ライスが酢飯になっているなど、カレーとして新感覚でありながらも味のバランスがしっかり取れており、さすがの美味しさだった。

緩みきった表情で鼻をすすりながら食べていると、後ろから見慣れた顔が現れた。
冷やしカレーの開発担当にして、とにかくデキると評判の同級生。

「おめでとう!」

小中学校で同級生してた頃は大した間柄でもなかったにも関わらず、直接会って第一子誕生の祝福をいただいた最初の相手がまさか彼になろうとは、まったく、人生わからないものだ。

――ありがとう!

私は心からの御礼を述べ、友が世に出したカレーを心ゆくまで堪能した。

キリッとした辛さを特徴としながらも、そのカレーは最後まで、ひとしきり泣いた後の私の心に染みわたる、優しい味わいだった。

……

「またいつか、あの思い出の味を」

そう願い続けて3年もの月日が流れた。
あの夏の終わりとともにメニューから姿を消した冷やしカレー。

その余韻は、私の中にずっと在り続けていたのだが、再会の日は突然やってきた。

改良を経て『冷やしカレー』の全国展開が決まったとのこと。さすがトニデキ。

その販売開始を前に、試食会へとご招待いただいたのだ。

――いただきます!

ひとクチ食べて思い出す、3年前のあの日のカレー。

全国展開するにあたり改良されたという冷やしカレーは以前よりも濃厚で、より金沢カレーらしさがアップしていたが、それでもベースとなる部分はまさしくその味わいだった。

冷房のよく効いた店内で、目を赤らめながら注文し、鼻をすすりながら食べた、懐かしきあの味。

なぜだかちょっと泣きそうになってしまうのは......山椒がよくきいているからということにしておこう。

あの日と変わらず、振り返ればそこには同級生の姿があったが、慣れた様子で地元メディアの取材に応じる彼に3年分の重みが感じられた。

26日の戦いの日々がとても遠い昔のことのように思えた。

クチへと運ぶ度に子どもが生まれた日の記憶がよみがえり、ほんのちょっぴり若返った気分になれる思い出のメニュー『冷やしカレー』。

胸に秘めていた「またいつか」の夢はチャンカレさんの企業努力によって果たされたが、今度はそんな思い出の味を我が子と一緒に食べる日を夢見ながら、冷やしカレーが夏の定番メニューとなることを、心から願うばかりである。

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