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55.2010年代トルコ音楽の歌姫 = Aleyna Tilki

今回は2010年代のトルコ音楽を聴いてみましょう。アナトリア半島(現在のトルコ)は多くの民族が行き来した場所で、ヨーロッパとアジアがぶつかり合う文化の交差点。音楽も各地の音楽が入り混じっています。トルコ民謡は中央アジアの遊牧民の歌や、モンゴル、朝鮮や日本の民謡と共通点を持っていますし、オスマン帝国の時代に発達したオスマン音楽はイスラム世界の音楽の影響を強く受けています。トルコ独特の音階は日本人が聞くとエキゾチックさと共にどこか懐かしさも感じる音階です。現代ではトルコのポピュラー音楽シーンは周辺国にも影響を与えており、独自の音楽世界・音楽シーンを持っている国です。

現代トルコの歌姫、Aleyna Tilki(アレーイナ・ティリティ)は2000年生まれのシンガーソングライター。トルコのだいたい中央部にあるコンヤ州生まれで父親がロシア系の移民、母親はトルコ人です。Got Talentというスター発掘番組のトルコ版「Yetenek Sizsiniz Türkiye」の第六シーズンで準決勝に進出し注目を浴びます。2016年にリリースしたデビュー曲「Cevapsız Çınlama」がYouTubeで4億回を超える再生をされ、2020年現在トルコで一番観られたMVだそう。2017年にはアメリカ、LAに移住し、2019年にはワーナーミュージックと交渉中だそう。契約がまとまればワーナー初のトルコ人歌手となります。Tarkan(タルカン)に次ぐ次世代のトルコ発世界的スターになるかもしれません。

作曲者であるEmrah Karaduman(エムラ・カラドゥマン)はもともとトルコポピュラー音楽界の大物女性歌手Hande Yener(ハンディ・イェーナ―)のバンドにキーボディストとして参加していました。1992年生まれの男性若手作曲家で「Cevapsız Çınlama」でティリティをフューチャーしてリリースしたところブレイク。現在はさまざまな歌手に曲を提供しています。このビデオでキーボードを弾いているサングラスの男性がエムラです。

続いてはGülşen(ギュリュシェン)。1976年生まれ1996年デビューで数多くのNo1ヒットや売り上げ記録を持つトルコを代表する女性歌手の一人です。19歳でデビューし、一時期活動休止期間はあったものの今までに9枚のアルバムをリリースし、現在10枚目のアルバムを制作中。20年以上にわたってトルコ音楽シーンをリードしているアーティストです。2015年のトルコ国内チャート13週連続で1位を獲得した曲「BangırBangır」をどうぞ。

女性シンガーを続けます。Simge(シムジ:SimgeSağın)は1981年生まれ、2011年デビューです。やや遅咲きの30歳デビューながら、2015年の「MişMiş」のヒットにより一躍人気歌手となりました。イスタンブール工科大学トルコ音楽州立音楽院の卒業生で、ギュルシェンなどのバックコーラスとして経験を積みデビュー。影響を受けたアーティストとしてトルコ音楽界の大御所Sezen Aksu(セザン・アクス)を上げています。トルコらしい音階を活かした、耳に残る曲です。

男声ボーカルを聞いてみましょう。Doğukan Manço(ドウカン・マンチョ)は1981年ベルギー生まれのDJ。歌手です。生まれはベルギーですがトルコ人。アナトリアロックの創設者の一人であるBarış Manço(バルシュ・マンチョ)の長男です。バルシュ・マンチョは1999年に56歳の若さで急逝しましたが今でも根強い人気を誇る国民的スターで、イスラム圏で西欧音楽に抵抗があったトルコにロックを普及させ、アナトリアロック(トルコロック)を確立した立役者とも言われています。バルシュの死後、長男であるドウカンは11年に渡って沈黙していましたが、2009年にバルシュの記念イベントを開催し表舞台に登場。歌手活動だけでなくTVのサバイバル番組に出場したりとトルコのお茶の間で親しまれている存在のようです。

少しアコースティックな雰囲気に変えてみましょう。Aynur Aydin(アイヌル・アイディン)は1985年ドイツ生まれ(両親はトルコ人)、2000年にバンド「Sürpriz」のシンガーとしてプロデューした後バンドを脱退、2003年に新たにドイツのバンド「Tagtraeumer」に参加し、2003年のユーロビジョンコンテストにドイツ代表の座をかけて挑戦したものの代表には選ばれず、2011年ソロデビュー。ソロデビュー後は各種新人賞やベストアーティストに選ばれ、順調な活動を続けています。アコースティックなベーストラックに突然差し込まれる加工音声が耳に残ります。

続いて王道ターキッシュポップを。Zehra Gülüç(ゼラ・クルッグ)は1998年生まれで、2020年デビュー。2ndシングル「CennettenÇiçek(天国の花)」がヒットし、名を知られるようになりました。まだまだこれからのアーティストですがこの曲は完成度が高い。メロディーが自然に流れていきます。

次は脂の乗った歌声を聴いてみましょう。Fatih Bulut(フェイス・ブルット)はカイセリというトルコの地方都市(人口54万人)に住み、結婚式の歌手(ウェディングシンガー)として生計を立ててきました。2019年、彼がリリースした“Çok Sevdim Yalan Oldu”を有名女優がシェアしたことがきっかけで火が付き、一躍有名アーティストに。この曲は再生回数が1億回を超えています。昔のScatman Johnのような「裏方として長いキャリアを持つアーティストが突如ブレイクする」パターンです。ブレイクまで長い年月はかかったものの、長年のキャリアを感じさせる確かな力量がある歌声です。彼に結婚式で歌ってもらってきたカップルたちは自慢できますね。

続いて正統派フォーク歌手の若手を。Çağatay Akman(チャガタイ・アクマン)。1998年生まれで2016年デビュー。2016年にリリースした"Gece Gölgenin Rahatına Bak"がヒットし、一躍人気アーティストに仲間入りします。デビュー当時は18歳でまだ高校生。デビュー前に高校中退しています。この辺りの物語は尾崎豊を思い出します。大ヒットしたデビュー曲がイスラエルのバンドから著作権侵害で訴えられ、YouTubeから取り下げられる騒動がありましたが今は話が落ち着き、YouTubeでの再生回数が3億回を越えています。幅広い視聴者に受け入れられるだけあり、新世代のフレッシュさと伝統音楽の根っこがうまく融合した何度も聞ける良曲です。

もう一人、これまたスターダムに乗りそうな新星を。Veysel Mutlu(ベイセル・ムトゥル)は1996年、ブルサという街の生まれで、市場でオレンジを売りながら歌う”Vay Delikanlı Gönlüm”のMVがメガヒット、再生回数1億回超えでスターダムにのし上がります。今までに8枚のシングルをリリース。トルコ音楽の男性歌手はMVでの絵面だけ見るとちょっとアイドル的な売り出し方も多いですが、歌唱力が皆高いですね。

ここまで2010年代のトルコ音楽シーンを彩ったポップスを紹介してきましたが、少し音楽ジャンルを拡げてみましょう。まずはラップ。Burak King(ブラク・キング)は1992年生まれで2015年デビュー。2017年リリースの”KoştumHekime”はこの年トルコで最もダウンロードされた曲の一つです。2020年リリースの新曲”Gidesim Var”をどうぞ。

続いてクラブミュージックとスーフィズム(イスラム神秘主義)を融合させているMercan Dede(メルジャン・デデ)を。デデはキャリアの長いアーティストで1966年生まれ、1998年デビュー。スーフィーズムの一派であるメヴレヴィー教団は旋回舞踊(セマー)を特長とし、踊ることで瞑想を行う宗派です。瞑想のための舞踏音楽があり、それとエレクトロニカ、クラブミュージックを組み合わせているのがデデ。20年ほど前にイスタンブールのクラブで彼のライブを観る機会があったのですが、ライブでも実際にダンサーが旋回舞踏を踊ってくれます。1時間以上回り続けているんですよね。よく目が回らないものだと感心しました。瞑想状態に誘うディープな音世界を探求しているアーティストです。なお、スーフィズムは1923年のトルコ革命以来「脱イスラム政策」により、トルコにおいてメヴレヴィー教団は禁止されておりセマーは観光目的のみで許可されています。観光ガイドなどで旋回舞踊は紹介されていますが、宗教的対立を内包しています。

トルコには70年代にサイケデリックロックのムーブメントが起こり、「アナドル・ロック」と呼ばれます。その流れを汲んだサイケなバンド/アーティスト群からご紹介しましょう。Gaye Su Akyol(ガイ・ス・アクヨル)は1985年生まれの歌手、画家、人類学者で、LGBTQI +コミュニティの重要人物と見なされています。単なる歌手にとどまらない文化人としての活動を行っています。トルコ独特の音階とサイケ感が相性抜群です。

最後はトルコのフォークメタルでお別れしましょう。トルコのメタルバンドといえばベテランPentagram(Mezarkabul)や、Dreamtone(Neverland)がいますが今回はPitch Black Processを。2013年デビューで2017年には2ndアルバム”Derin”をリリース。リードトラック"Halil Ibrahim Sofrasi”をどうぞ。英語とトルコ語を織り交ぜた歌詞で、トルコ音楽をメタルに融合しようとしています。

今回はだいぶボリューミーになってしまいました。トルコ音楽はポピュラー音楽でも音階が独特で、インド音楽以上に独自性が高い音楽シーンかもしれません。新しいトルコ音楽との出会いはあったでしょうか。

それではまた次回。




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