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36.2000年代メイデンへの暗中模索 = IRON MAIDEN「The X Factor」

IRON MAIDENは1975年結成、1980年デビューの英国HMを代表するバンドです。MAIDENらしさの核を持ちつつ時代ごとに音楽性を変容させてきたバンドで、2020年現在も精力的に活動中。今回はその中で1990年代後半、ブレイズ・ベイリー期のアルバム「The X Factor」を取り上げてみたいと思います。

ブレイズ期、特にこのアルバムはメイデンファンの中でもどう受け止めたらいいのか難しいアルバムです。決して聴きどころがないわけではありませんが絶賛できる内容ではありません。一つの聴き方として、このアルバムは4曲目から10曲目までを一つの組曲としてとらえてみようと思います。ベースでありリーダーのスティーブ・ハリスのプログレへの憧憬が具現化したアルバム、といった評判もありますが、具体的にどういうことかと言えば4曲目から10曲目を一つの組曲としてとらえるということなんじゃないかなと(11曲目の「The Unbeliever」は組曲の後のボーナストラックというか、単独で完結している印象)。

01. Sign of the Cross(ハリス単独曲)
02. Lord of the Flies(ハリス、ヤニック・ガーズ)
03. Man on the Edge(ブレイズ、ガーズ)
04. Fortunes of War(ハリス単独曲)
05. Look for the Truth(ハリス、ガーズ、ブレイズ)
06. The Aftermath(ハリス、ガーズ、ブレイズ)
07. Judgement of Heaven(ハリス単独曲)
08. Blood on the World's Hands(ハリス単独曲)
09. The Edge of Darkness(ハリス、ガーズ、ブレイズ)
10. 2 A.M.(ハリス、ガーズ、ブレイズ)
11. The Unbeliever(ハリス、ガーズ)

曲目で言えば「Fortunes Of War」から「2 A.M.」ですね。1~3曲目だけは聞いて4曲目以降聞かない、というメイデンファンもそこそこいるんじゃないかと思いますが、むしろ4曲目から聞き始めてほしい。印象が変わるかも知れません。

というのも、4~10曲目は1曲単位でとらえるとつかみどころがないというか、たとえば4の「Fortunes Of War」は決して悪い曲というわけではなく、ハリス単独曲らしくサビも耳に残りますが、なんというか、、、ボーカルが平坦だし、演奏も今一つ盛り上がりません。むしろ演奏は意図的にエッジや抑揚を消しているようにも思えます(後述しますが、単にプロデュース不足な気がします)。

ただ、組曲の序曲としてとらえてみる、「これから一大叙事詩が始まるよ」という導入部なんだと思ってみるとこれはこれでアリです。4,5曲目は導入部なんだと。5曲目の途中(テンポチェンジして歯切れがよくなる)からだんだんと盛り上がってきます。6~8曲目でクライマックスが来て、9曲目で一気分を変え、10曲目で完結といった組曲としてみるとスティーブ・ハリスがやりたかったこと、このアルバムで実現したかったことが見えてくる気もします。1曲目から聞いてしまうと4曲目でテンションが下がるように感じてそのあとの印象が悪くなるのですよね。4曲目から聞き始めるとだんだんとテンションが上がっていく感じで気持ちよく聞けます。なお、こうして聴くとリード・トラックとなった1曲目「Sign of the Cross」はこれ単体でも10分を超える大曲ですが、後半の組曲のダイジェスト版の色合いを感じます。じっくりと40分以上にわたって展開する4~10の組曲に比べると展開が性急でスリリングに感じます。

各曲にはエッジもフックもそれなりに作られているのですが、それまでのMAIDENのアルバムと比べると明らかに「1曲」の輪郭がぼやけている。90年代前半の2作、「No Prayer For The Dying」と「Fear Of The Dark」が多様な色合いの楽曲の詰め合わせだったのに対して、かなり同じトーンの楽曲が続きます。

トーンの単調さに関してはプロデューサーの影響も大きいでしょう。1981年の「killers」から92年の「Fear Of The Dark」まで黄金期を共に作り上げた名プロデューサー、マーティン・バーチが引退してしまい、メイデンは新ボーカルに加えて新プロデューサーを探す必要がありました。そこで本アルバム(と、次の「Virtual Ⅺ」も)はスティーブ・ハリスとナイジェル・グリーンの共同プロデュースです。ナイジェル・グリーンと言う人はプロデューサーというよりはエンジニア、ミキサーの経歴が豊富な人で、プロデューサーとしての実績はあまりありません。実質はハリスのセルフ・プロデュースに近く、スタジオの機材操作など技術的な面をナイジェルがサポートする、という形だったのではないでしょうか。今一つ、前作までのメイデンにあった盛り上がる音作りができなかったのはこの時点でのプロデューサーとしての経験値の差も出てしまったように思います。プロデューサーというのは楽曲の良し悪しをジャッジする機能もありますから、結構影響が大きいんですよね。少なくともこのアルバムではマーティン・バーチの不在は大きい。楽曲のクオリティは決して低くないけれど、編曲面や演奏のパフォーマンスを音源に焼き付ける精度がそれまでのアルバムと比べると下がっています。

HR/HMという音楽は80年代で見ると高音ボーカルの時代でした。それはディストーションギターによる中音域のリフが楽曲の骨格となるため、ボーカルが同じ音域でぶつかるので高音に移動したためです。前任者(であり後任者でもある)ブルース・ディッキンソンはまさに80年代HMの「高音ボーカリスト」を代表する一人であり、リフに埋もれない強靭な声をしています。

しかし、このアルバムでボーカルとなったブレイズは中音域の人です。それに合わせて、このアルバムではギターはボーカルとぶつからないよう中音域では抑え目で、印象的なフレーズは高音域が多い。楽曲の骨子はベースがボーカルより低音で支える、という構成に感じます。

また、あまり主張が強くないというか、中音域のリフと合わせると全体のアンサンブルに溶け込む声でもあり、ブルースに比べるとパワー不足を感じますが、抑制が効いている分どこかしら哀愁を含んだ高揚感があります。冒頭で紹介した7曲目「Judgement of Heaven」はブレイズ時代ならではの名曲です(前述したように、4~10曲目は1曲単位で聞くより「一つの組曲」とすると「組曲の中での盛り上がりどころ」です)。

このアルバムは従来のMAIDENファンからは不評でした。確かにこの音楽性はなかなか分かりづらいものがあります。特に、1曲単位で切り出すと曲が弱く感じる。このアルバムで従来からのファンにも好評だったのは組曲部分とは別のややパンキッシュな「Man On The Edge」で、次のアルバム「Virtual Ⅺ」ではその側面が強くなっています。ただ、スティーブ・ハリスがブレイズを迎えてやりたかった音楽というのは、おそらくこの「The X Factor」の路線だったのでしょう。実際、2000年代以降のアルバムには「The X Factor」でハリスが開花した「複数の曲で流れを作り、1曲単位より長い時間で高揚感を高める」プログレ的な手法が活かされています。MAIDENの歴史の中で位置づけるなら、ボーカル交代のプレッシャーの中でメインソングライターでありリーダーでもあるスティーブ・ハリスも追い込まれて新たな可能性に開花したアルバムとも言えるでしょう。

8曲目「Blood on the World's Hands」もハリス単独曲ですが、それまでのハリスには見られないサビのメロディで、ちょっとエイドリアン・スミス的な「ずらした」メロディで印象に残ります。バリバリのベースソロから始まるし、それまでにない路線の意欲作だと思いますが、ボーカルがちょっと、、、歌いこなせていませんね。

ブレイズはライブでは意外と奮闘しています。「まったく過去のナンバーを歌いこなせていなかった」といったレビューも当時はありましたが、改めて当時のライブ映像を観ると中音域は意外とブルースに近いというか、「Fear Of The Dark」なんかはかなり良い雰囲気。高音が数音足りないし、迫力あるスクリームはないのでいわばスクリームできないブルース。。。ですが、中音域は魅力のある声をしています。

ライブの方が良い曲も多いですね。ただ、ステージパフォーマンスは動きがない。これもブルースの走り回り、叫びまくるスタイルと比べるとマイナス面として目立ってしまったのでしょう。

当時、なぜブレイズがメイデンに選ばれたのか疑問の声が多くありました。メイデンほどのバンドなので、新ボーカルのオーディションには名だたるボーカリストが参加したと言われています。その中でブレイズはボーカリストの力量だけを見れば決してベストではなかったでしょう。ただ、少し冷静に考えると、たぶんブレイズは性格がいいんですよね。明るいというか、バンドの雰囲気を良くしたのでしょう。1990年にエイドリアン・スミスが脱退し、1993年にはブルースが脱退。バンド内の雰囲気はどう考えても悪い。空中分解してもおかしくないところをスティーブ・ハリス(とマネージャーのロッド・スモールウッドら周辺スタッフ)が踏みとどまっていた。それをまとめたのはハリスのリーダーシップはもちろんですが、ブレイズがムードメイカー的な役割も果たしたんだろうなと思います。実際、ブレイズ脱退後、ブルースが復帰してもブレイズは友好的な関係を保っているようですし、ブルースからは「ブレイズがいなければメイデンは解散していた」とまで言われています。そう考えると、ブレイズ時代もメイデンの大事な歴史の一部だし、2000年代の飛躍に向けた萌芽が多く見られます。

ブレイズ・ベイリーは1999年に脱退し、前任者のブルース・ディッキンソンが復帰。そのあとMAIDENは第二の黄金期を迎え80年代以上のビッグバンドになっていくわけですが、脱退したブレイズも元気に活動中。MAIDENの次作「Virtual Ⅺ」の路線に独自色を加えながらソロ活動を続けています。なかなか良いアルバムを出しています。

作曲者で見るIRON MAIDENの歴史はこちら

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