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Alternative(オルタナティブ)ロック史50年 Revisited:後編

本記事は後編です。前編はこちら

Alternative(オルタナティブ)ロック史⑥:00年代前半

オルタナティブロック(代替)がメインストリームへと変化した90年代を経た00年代。ロック観の大転換の後、どのような音像が出てきたでしょうか。

2000.新しいロックの幕開け

Woodstock1999の大炎上(一部の暴徒化した観客による暴力と略奪、そして放火により大混乱に陥り、その荒廃した様子がメディアにより大きく取り上げられた)もあり、ロックが袋小路に入ったと思われた00年代の幕開けですが、シーン全体を振り返ってみると次々と新しいバンドが生まれてきます。ColdplayLinkin Parkがデビュー。そしてU2のAll That You Can’t Leave BehindやRadioheadのKid Aなどロックの未来を感じさせるアルバムもリリース。ビッグヒット作も生まれています。

Coldplay – Parachutes

ブリットポップの終焉後、再びUKロック旋風をUSで引き起こしたコールドプレイのデビューアルバム。Radioheadにも通じる構築美を感じるギターポップで、ポストブリットポップの名盤。最初に手掛けられた曲は「8.HighSpeed」で、かなりクラシックなロックとネオアコを組み合わせたような音像になっています。そこからバンドが音楽性を拡げていきこのアルバムにたどり着いた。RadioheadやTravisにも通じる音世界ながら、Radioheadは同年にリリースしたアルバムKid Aでギターポップから脱却し、よりエレクトロニカ、ポストロック的な音像に行き、その空白を埋めたのがこのアルバムであった(だからデビューアルバムながら大ヒットした)という説もあります。デビューアルバムだけあり、大ヒット後のいかにも煌びやかなサウンドと比べると素朴で内省的、美しいメロディ。

A Perfect Circle – Mer de Noms

Toolのボーカリスト、メイナード・ジェームズ・キーナンと、Tool(他、NIN、フィッシュボーン、スマッシングパンプキンズも担当)のギターテックであったビリー・ハワーデルによって結成されたパーフェクトサークルのデビューアルバム。もともとハワーデルがフィッシュボーンのツアー中にキーナンと出会って意気投合し、彼の家に泊まりに行ったときに自作曲を聴かせたのがスタートで「自分が歌うよ」ということで組まれたバンド。デビュー前からコーチェラ(US最大規模のロックフェス)でお披露目するなど話題を呼び、デビュー作にして大ヒット。音像的にはポストグランジというか、グランジを通過したUSハードロック、オルタナティブメタルにアートロック的、プログレッシブロック的な実験精神を取り込んだもの。

At the Drive-In – Relationship of Command

USのポストハードコアバンド、アットザドライブインの3枚目のアルバム。リリース当初から批評家から好評を博していましたが、現在では2000年代の最も影響力のあるポストハードコアアルバムの1つとしてだけでなく、より幅広いロック音楽全般でも影響を与えた傑作と評価が高まっています。NMEのAlbums of the Decade 100で12位に選ばれ、Kerrangによって史上37番目に影響力のあるアルバムに選ばれました。KornSlipknotLimp Bizkitなどを手掛けたロス・ロビンソンがプロデュース、Nirvanaを手掛けたアンディ・ウォレスがミキシング。サウンド的にはメタルというよりはハードコア色が強いですが、ボーカルは直情的なアジテーションスタイルではなくかなりメロディアス。USハードコア由来の激烈さとグランジ由来のメロディセンスがせめぎ合う名盤。残念ながらこの後バンドは分解し、マーズ・ヴォルタスパルタに分裂します。

Doves – Lost Souls

UK、マンチェスターのインディーロックバンド、ダヴス(”鳩”という意味)のデビューアルバム。もともとSub Subという名前でハウスミュージックを作り、ヒット曲も出していましたが1996年にホームスタジオが火事で全焼、機材をすべて失い、「今度はロックバンドをやろう」と思ってスタートしたのがこのバンド。98年からスタートし、2年かけて制作したのがこのアルバム。マンチェスター出身、ダンスミュージック出身と言うことでアシッドハウスとロックの融合であったマッドチェスタームーブメントの流れも汲んでいます。サイケデリックでスペーシーなUKインディーロック。ところどころに様々な音がサンプリングされており、そのあたりはハウスミュージック出身を感じさせます。メンバー自身によればトークトークスピリット・オブ・エデン(1988)が本作に主に影響を与えたそう。

Flying Saucer Attack - Mirror

ソングライターのDavid Pearceが率いる、1992年にブリストルで結成されたUKの実験的なスペースロックバンド、フライングソーサーアタックの4作目。実質的にはピアースのソロアルバムで、サンプリングとノイズを効果的に使って、ドラムンベースやインダストリアル音楽の影響も取り入れた作品。彼らが作り出したスタイルでもあるローファイノイズポップと、優しいフォークミュージックの音像。スタジオを使わずホームレコーディングにこだわるDIY、宅録精神あふれるアーティストで本作も地元のミュージシャン仲間の家で録音されたそう(ミキシングはアビーロードスタジオ)。制作当時、ピアースはうつ病に悩まされていたそうです。

Guano Apes – Don't Give Me Names

ドイツのロックバンド、グアノエイプスのセカンドアルバム。1984年のAlphavilleのヒット曲「Big In Japan」をカバー。この曲は「日本でだけビッグ」を皮肉ったビッグインジャパンではなく「日本でビッグになりたい」という曲。イントロが妙にJ-POP感があるのが面白いですね(歌が入るとそうでもないですが)。音楽的にはオルタナティブロック、オルタナティブメタル、ファンクメタルといったところで、ジャーマンメタル、21世紀の欧州メタル王国ドイツから出てきたUSオルタナティブロック的な音像。ただ、やっぱりUSのバンドとはどこか違う異質感もあります。6.Dödel Upとかはクラウトロック感もある曲。

The Presidents of the United States of America – Freaked Out and Small

US、シアトルとワシントンのメンバーを擁するプレジデンツオブザユナイテッドステイツオブアメリカ(PUSA)の3枚目のアルバム。ストレートで勢いのある、どこかユーモアも感じるパンキッシュなロック、パワーポップ。リリース後すぐにレーベルが倒産してしまいあまり流通しなかった悲劇の作品ですが、今聞いても良質な作品だと思います。シンプルなロックバンドサウンドながら、次々と多彩な曲が繰り出され小気味よい。なお、バンド名にちなんでか分かりませんが、1994年の民主党の募金活動でビルクリントン大統領の ために演奏したことがあります。

The White Stripes – De Stiji

ガレージロックリバイバルの中心的存在、USのドラムとギターボーカルのデュオ、ホワイトストライプスのセカンドアルバム。まだ成功を収めていく過程であり、独自の音楽性が固まりつつあった過渡期の作品。タイトルはオランダの芸術活動のことで、英語だと「Style」。本作はUSの盲目のブルースギタリストBlind Willie McTellと、オランダ人の家具デザイナーであるGerrit Rietveld(ヘリート・リットフェルト)に捧げられています。当時、ギターボーカルのジャックホワイトがリートフェルトのデザインに心酔していたそう。こうしたモダン建築やデザインにインスパイアされて音楽を構築していったのでしょう。もともとホワイトストライプスはギターボーカルのジャックホワイトとドラムのメグホワイトの夫婦(設定上は兄弟)が行っていたバンドで、私生活では2000年に二人は離婚。ジャックは「これでバンドも終わりか」と思ったそうですが、メグが楽屋を訪れ二人はバンドを続けることになります(設定上は兄弟だったので表向きは変更なし)。その後の全米的な成功につながっていく前日譚。

Blonde Readhead – Melody of Certain Damaged Lemons

NYを拠点に活動するUSのロックバンド、ブロンド・レッドヘッド。日本人女性カズ・マキノとイタリア生まれの双子のパーチェ兄弟(アメデオとシモーネ)からなる3人組です。本作は5枚目のアルバム。ソニック・ユースのドラマーであるスティーヴ・シェリーのレーベル、スメルズ・ライク・レコード (Smells Like Records) から最初の2枚のアルバムはリリース(シェリーはデビューアルバムのプロデュースも担当)したこともあり、初期はノイズロックやノーウェーブ的なサウンドだったようですが本作のサウンド的にはシンプルでパンキッシュながらひねりのあるパワーポップといった感じ。英語版wikiだとアートパンクとされています。11.For the Damaged Codaはショパンの夜想曲第16番ハ短調作品に基づいた曲で、アメリカの大人向け深夜アニメ(Rick and Morty)のキャラクターテーマ(Evil Morty)に使われてカルト的な知名度を持っているようです。

2000年は新しい千年紀にふさわしく新しいバンドが次々と生まれた一方で、オルナティブブーム最大のバンドの一つであるスマッシング・パンプキンズが解散(のちに再結成)、高い影響力を誇ったレイジ・アゲインスト・ザ・マシーンも解散(のちに再結成)しています。

2001.ガレージロックリバイバルとポストブリットポップ

USではザストロークスがデビューし、ガレージロックリバイバルが始まります。グランジ以前、アリーナロック以前のロックへの回帰。UKではポストブリットポップ、RadioheadがKid Aで提示した「新しいロック」の音像をGorillazやElbow達が拡げていきます。

The Strokes – Is This It

USのロックバンド、ストロークスのデビューアルバム。ガレージロックリバイバルの狼煙となるアルバムで、本作がグラミー賞を受賞し、USだけで100万枚以上を売る大ヒットに。USからこういうバンドが出てきて大ヒットしたというのは潮目の変化を感じます。ホワイトストライプスは先にデビューしていましたがまだブレイクはしていなかった。こうしたオーソドックスなバンドサウンドがUSでヒットするのは実に久しぶりな感じがします。ブリットポップではなく、USのバンドというのも新鮮。USからこういうサウンドが出てきたのってNYのプロトパンクとか。オルタナティブロックの前、いや、70年代まで戻らないとないんじゃないですかね。80年代のインディーズ(オルタナティブ)ロックは90年代のグランジによってメインストリーム化し、その過程で内省的で暴力的に、そしてニューメタルによるマッチョで暴力的な側面が強調されていきましたが、別の進化の可能性もあったんですよね。もっとシンプルなアメリカンロック、アメリカンロックンロールでもよかった。本作は70年代からのアメリカンロックの別の進化の可能性を提示した作品だったように思います。系譜としてはヴェルベッドアンダーグランド→ストゥージーズやMC5→The Strokes的な。それが市場にも受け入れられた。こういうロックが求められていたんですね。

Muse – Origin of Symmetry

ひねくれて大げさだけれど編成はシンプル(スリーピース)という奇妙にはったりの効いたロックを奏でるミューズのセカンドアルバム。シンプルでパンキッシュなところとオペラティックでシネマティックな、たとえばクィーンにも通じるような大仰さが同居しているのがこのバンドの面白いところです。本作はセカンドアルバムにして音楽性を確立した記念碑的作品。オルタナティブロック、プログレッシブロック、ハードロック、スペースロックなどの要素を取り入れ、新世代のハードロックを高らかに宣言した作品。メディアやリスナーの評価も高く、2000年代の最高のロックアルバムのリストの常連。

The Shins – Oh, Inverted World

ギター・ボーカル、作詞作曲を手掛けるジェームズ・マーサー率いるUSのザ・シンズのデビューアルバム。ニューメキシコ州アルバカーキのバンドです。モデストマウスと共にツアーをし、シアトルのインディーズレーベル、サブポップ(Sub Pop)から本作をリリース。タイトルの「Oh, Inverted World」はウェブシリーズ(ネット上で公開されるインディ番組)からとったもので、月が落ちてくるという白黒のSFドラマ。ニューヨークタイムズに「マンブルコア(低予算で作られたインディー映画のこと)の”ナイトオブザリビングデッド(1968年のホラー映画の傑作)”だ」と言われた作品。本作はほとんどがマーサーの自宅地下スタジオで録音され、批評家から好意的なレビューを獲得。グランジムーブメント終焉後、看板バンドが不在だったサブポップが再びインディーズレーベルとして地位を確立するのに役立ちます。Pitchforkの「2000年代のトップ200アルバム」で115位。インディーロック、インディーポップ好きにはたまらない作品

Elbow – Asleep in the Back

現代UKを代表するロックバンドの一つ、エルボーのデビューアルバム。Radioheadからの影響を公言しており、Kid Aに直結するポストブリットポップ。ギターサウンドではないロックサウンド、アートロック、ポンプロック(80年代に隆興したネオプログレッシブロック)的な音像です。あまりにUK的すぎるのかUSでの成功は今一つですが、UKでは国民的なバンドで2012年のロンドン五輪の開会式でも演奏しました。また、Radioheadと並んでGenesisの影響も公言しており、本作の「7.NewBorn」は、ジェネシスのアルバム「トリック・オブ・ザ・テール: A Trick of the Tail(1976)」の「Entangled」の影響を直接受けているそうです。

Gorillaz – Gorillaz

「ブリットポップは死んだ」といったデーモンアルバーンの新プロジェクト、ゴリラズのデビューアルバム。メンバー全員がカートゥーンアニメのバーチャルバンドで、デーモン・アルバーンとコミックブックのクリエーターであるジェイミー・ヒューレットのプロジェクト。オルタナティブロック、lo-fi、ダブ、ヒップホップ、トリップホップ、パンクロック、ラップロック、アートロック、ブリットポップ、エレクトロニカ、ラテン、サイケデリア、バブルガムポップ、アートポップなど多様な音楽性を内包し、バーチャルバンドらしく想像力の赴くままに変幻自在に変化する音像。ブリットポップの持っていた「跳ねるようなポップ感覚」はまだバンドの肉体性に縛られていたのだなと再確認できる飛躍っぷり。00年代から「バンドサウンド」がどんどん解体されていきますね。予測不能ながらあくまでカートゥーンアニメ感があり、さまざまな要素をかき混ぜながらも小難しくならず、エンタメ・娯楽性が高いのはさすがのポップセンス。コンセプトの勝利。

Jimmy Eat World – Bleed American

USのエモ、パンクバンド、ジミーイートザワールドの4作目。社長が変わり、自分たちのプロモーションをしてくれなくなった(とバンドが感じた)キャピトルレコードを去り、自分たちでレーベルを再度探しなおしてドリームワークスからリリースされたアルバムで、よりシンプルな曲構成に。WeezerBlink-182のサポートをしながら人気を高め、結果として成功を収めます。ただ、録音中は本当に資金不足だったそうでミキシングのスタジオ代を小切手で支払うときは破産の心配をしていたそう。追い詰められた状況で制作された起死回生の1発。シンプルでメロディアスなポップパンクで、一部エレクトロニカ的な音も入っています。90年代のメロコア黎明期に比べるとだいぶバラエティに富んだ作品。このアルバムのツアーで来日公演も行っており、その時のサポートアクトがイースタンユース。ブリードアメリカンというタイトルは「アメリカの流血」を想起させるため、2001年の同時多発テロ以降、しばらく「Jimmy Eat The World」という名前に変更されていました。

Hoobastank – Hoobastank

US、カリフォルニアのハードロックバンド、フーバスタンクのメジャーデビューアルバム。ポストグランジメタルと呼ばれるサウンドであり、エレクトロニカの導入など00年代的なサウンドを持ちながら、メタルまではいかず、USハードロック的の手触りを保っています。最初期はサックス奏者をかかえ、ファンクメタルとスカパンクを織り交ぜた別の音像を持っていたバンドですが、このデビューアルバムまでには4人組のロックバンド編成になり、ポストグランジメタル、ハードロックに。リンキンパークの大成功が影響していたのでしょうか(フーバスタンク自体はリンキンパークより前から活動していて、1998年にはインディーズでアルバムもリリースしている)。ただし、ラップ要素は皆無で、よりオーソドックスなハードロックサウンド。デビュー前はIncubasとツアーをしていたそうで、そういうシーンと言われたら音のつながりを感じます。ちょっとスケーター感がある曲もあり。

Our Lady Peace – Spiritual Machines

カナダのオルタナティブロックバンド、アワーレディピース(OLP)の4枚目のアルバム。国内では人気の高いバンドで、1999年と2000年にカナダで大規模ロックフェスSummersault festivalsを企画し(The Smashing Pumpkins、Foo Fightersなども出演)、成功を収めています。本作は前作リリース後のツアー中に作られたアルバムで、一部は2000年のサマーソルトフェスティバルでもお披露目。AI研究者で未来予測で著名なレイ・カーツワイルの著書「The Age of Spiritual Machines(スピリチュアル・マシーン コンピューターに魂が宿るとき)」にインスパイアされたコンセプトアルバムで、文明の進化による(ディストピアではない)明るい未来予測に基づいた希望的な音像。音楽的にはメロディアスなオルタナティブロック、アートロック。リリース時にはUSでの成功は収められなかったものの、カナダ国内では高評価を得ました。彼らの代表作ともされ、2021年現在、本作の続編となる「スピリチュアルマシーン2」を制作中とのこと。

Camera Obscura – Biggest Bluest Hi Fi

UK、グラスゴー出身のインディーポップバンド、カメラオブスキュラのデビューアルバム。しばしば同じくスコットランドのバンドであるベルアンドセバスチャンとも比較され、本作はベルアンドセバスチャンのボーカルであるスチュアート・マードックがプロデュース。彼らの音楽をTwee pop(トィーポップ)と呼ぶこともあります。トィーとは、「甘い(スウィート)」という言葉の幼稚な誤発音から生まれたと思われる言葉で、男の子と女の子のハーモニー、キャッチーなメロディー、そして愛についての歌詞など、シンプルで無邪気な音像が特徴。1986年のNME誌がリリースしたインディーポップのコンピレーションアルバム「C86」内でこうしたバンドが含まれていたため、それに由来すると考えられているインディーポップのサブジャンルです。

Nickleback – Silver Side Up

カナダのハードロックバンド、ニッケルバックの3枚目のアルバム。自分たちのことを「ダークハイオクタンロック」と呼ぶ彼ら。ハイオクタンはガソリンのハイオクですね。オクタン価が高いので燃えづらいが火が付くとエネルギーが高い。まさにじわじわと熱量が高まってくるハードロック。ボーカルのビッグマウスやセレブっぽい立ち居振る舞いが反感を買い、歌詞の内容も軽薄(というかロックンロール)なのでメディア受けが悪く、キッズ向け、ショッピングモールで流れてそうな音楽(=悪口)とか言われあまり良いイメージがないバンドですが、00年代以降もっとも成功したロックバンドの一つでもある。シンプルでカッコいいんですよね。それほど深みはないものの、むやみと攻撃的でもないし、良質なハードロック。カナダ出身ということもあってそこまでダークで暗鬱でもありません。同じくカナダのハーレムスキャーレムやスイスのゴットハードなど、グランジを通過した後の「ストレートなハードロック」サウンド。「オルタナティブロック」な流れではあまり取り上げられないと思いますが、しっかり時代の流れを汲んだ音を出していると思います。

The Verve Pipe – Underneath

USのロックバンド、ヴァーヴパイプによってリリースされた4枚目のアルバム。Fountains of WayneやIvyの創設メンバーであったAdam Schlesingerにプロデュースされた本作はそれまでのダークでシューゲイズ的なサウンドから脱却したパワーポップ的な音像で、いわゆるAdult Contemporary (A/C) Rockの名作とされます。アルバムのリードシングルである「NeverLetYou Down」は、2001年のA/Cラジオ曲、「Adult Top 40」や「Modern A/C radio」で最も再生された曲のトップ50の1つでした。

この年の他の出来事はマニックストリートプリ―チャーズがロックバンドとしてはじめて(冷戦終結後もかたくなに共産主義を貫いていた)キューバでライブを行い、当時の指導者であったフィデル・カストロも列席します。キューバ音楽はタイムカプセルのようにUSの音楽の影響をあまり受けず、古いラテン音楽が残っていた。それがヴィム・ヴェンダースによる映画ブエナビスタソシアルクラブで1999年に脚光を浴びるわけですが(バンドとしてのブエナビスタソシアルクラブのアルバムリリースは1997年)、そうした音楽交流の中の一シーン。かつて、冷戦中のソ連でイングウェイマルムスティーンがライブを行い、旧ソ連や中央アジアのバンドに影響を与えたように(意外とネオクラシカル系のギタリストが多い)、マニックストリートプリーチャーズもキューバのバンドに影響を与えているのでしょうか。ブリットポップっぽいキューバのバンドとかいるのかもしれませんね。

2002.Napsterの最期

この頃、音楽の聴き方が大きく変わっていきます。2001年に発売されたiPodが大ヒットし、普及し始める。CDからデジタルデータへの移行、そしてNapsterの大流行により、人々がより多くの音源に触れるようになる。Napsterは従来の音楽ビジネスを破壊した反面、従来の流通網やマーケティングに乗らなかった音楽とユーザーが出会う事も手助けした。旧譜に世界中のリスナーがアクセスしやすくなったことも、もしかしたらガレージロックリバイバルの一つの原因だったのかもしれません。ガレージロックリバイバルはUKにも飛び火、70年代、80年代的なサウンド、グランジ・オルタナ以前のサウンドに回帰したバンドと、ブリットポップの生き残り、ポストグランジメタル、メロコアなどのバンドが混在するシーン。そして、この年にNapsterは終焉し、音楽ビジネスを巡る大狂騒は一度終わります。

Queens of the Stone Age – Songs for the Deaf

USのストーナーロックバンド、クィーンズオブストーンエイジの3枚目のアルバムにして商業的成功を収めた作品。ストーナーロックの祖とされるKyussの元メンバーが結成したバンドで、プリミティブなハードロックとサイケデリックロックにも通じる音がガレージロックリバイバルの流れの中で再評価、再発見されたのかもしれません。もともとストーナーロックも70年代ハードロックへの回帰的な側面があります。ガレージロックリバイバルの源流といってもいいかもしれない。ただ、こちらの方はプロトパンクというよりはハードロック、サイケデリックロックへの接近をしています。モダンなUSのインディーズ、オルタナティブメタルに多大な影響を与えるストーナーロックの名盤

Interpol – Turn on the Bright Lights

ロックンロールリバイバル、ポストパンクリバイバルの一員とされるインターポールのデビュー作。USのバンドです。マタドールレコードからのリリース。オースティンのオルタナティブロックメディア、オースティンクロニクルは「メロディックでピーター・フック(Joy DivisionやNew Orderのベーシスト)のようなベースライン、マイ・ブラッディ・バレンタインとライドのような聖なるシューゲイザーのテクスチャー、ストロークスのように飛び跳ね、そしてイアン・カーティス(夭逝してしまったJoy Divisionのシンガー)のように歌う」と表現しています。確かに、ストロークスに比べるとやや霞がかっているというか、むしろクィーンズオブストーンエイジにも近い音像。ただ、NYのバンドなので、NYパンク(ヴェルヴェットアンダーグラウンドやニューヨークドールズやテレビジョン、ストゥージーズなど)の流れを汲むのでしょう。曲の骨子はロックンロールでガレージロック的。

The Libertines – Up the Bracket

ガレージロック、ロックンロールリバイバルに対するUKからの回答、リバティーンズのデビューアルバム。このアルバムによってUKでもストレートなロックンロールリバイバルの流れが加速していきます。元JAMのミック・ジョーンズによってプロデュースされ、UKパンク、UKポストパンクの正統な後継者としてデビュー。70年代ビートパンク的な性急さも持ち、まさに00年代のロンドンパンクという音像。アルバムジャケット、1999年から2002年のアルゼンチン経済危機の際に機動隊が抗議者に対抗するイメージから作られています。こうした政治的主張もロンドンパンクらしい。

The Vines – Highly Evolved

オーストラリアのオルタナティブロックバンド、ザ・ヴァインズのデビューアルバム。こちらもロックンロールリバイバルの流れの中で紹介され、UKではメディアの事前評価が白熱気味に。90年代のHype!(誇大広告を皮肉った映画)を彷彿させます。デビュー前にはNirvanaと頻繁に比較されたそうですが、今聞いてみるとあまりグランジ色は感じません。ボーカルのスタイルがスクリームを多用するところぐらいですかね。音楽的にはもっとプリミティブでシンプルなガレージロック。オーストラリアのバンドなのでUK、USのシーンとは少し距離を置き、もうちょっと好き放題、自分たちなりに考える「ロックンロールリバイバル」を鳴らしている印象。やはりロックは英語が主体の音楽なので、US、UKがメインでときどきオーストラリアとカナダが出てきます。

Taking Back Sunday - Tell All Your Friends

USのバンド、テイキングバックサンデイのデビューアルバム。NYのバンドながらNYパンク、ガレージロックリバイバルの流れとは違いポストグランジ、メロコア、エモ的な音像。シーンのすべてが塗り替わったわけではなく、こういうバンドもしっかり現れています。70年代回帰ではなく、進化してきたハードコア、ポストハードコアの中でもメロディックなメロディックハードコア(メロコア)とエモの流れ。ガレージロックリバイバルがグランジ・オルタナ以前から分岐した別のロックのifだとしたら、こちらはロック史を踏まえた2002年の音。リリース当時もそれなりの商業的成功を収めましたが、そのあとも名盤として語り継がれてロングセラーに。2010年の時点でUSでミリオンセラー達成。ビルボードのヒートシーカーズとインディペンデントアルバムのチャートに長くとどまっているアルバムです。

The Music – The Music

UK、リーズで結成されたオルタナティブロックバンド、ザ・ミュージックのデビューアルバム。Museにも通じるハイテンションで高速な演奏で、さまざまな要素がごった煮で入りながら高速で駆け抜けていきます。音像はやや霞がかったUKらしい音ですが、Museほど特異性が高くなく、従来のブリットポップ的なメロディや、マッドチェスター的なダンサブルなリズムにMuseの大仰さ、ドラマティックな感じをミックスしてフレッシュな感性で仕上げた2002年のUKロックの進化系だったように思います。本作は全英4位となり成功を収めるも、ドラック、アルコール依存の問題で2011年にバンドは分解。ただ、そこから10年を経て2021年に再始動しています。

30 Seconds to Mars – 30 Seconds to Mars

US、LAのロックバンド、サーティーセカンドトゥーマーズのデビューアルバム。70年代から活躍し、アリスクーパーやエアロスミス、ピンクフロイドをプロデュースした名プロデューサー、ボブ・エズリンのプロデュース作。プログラミングとシンセサイザーを利用して、プログレッシブメタルとスペースロックをニューウェーブとエレクトロニカからの影響と要素と組み合わせた音像で、ピンクフロイド、トゥール、ブライアンイーノらと比べられたこともあります。コンセプトアルバムであり、「人間の闘争と自己決定」がテーマとのこと。スペーシーで適度にエッジが立っており、2010年代以降の現代プログに繋がる音像。

Jerry Cantrell – Degradation Trip Volume 1 & 2

グランジブームを彩ったアリス・イン・チェインズのギター兼ボーカルのジェリー・カントレルのセカンドソロアルバム。リリース数か月前に死んでしまったアリスインチェインズのボーカル、レイン・ステイリーに捧げられたアルバムで、結果的に活動停止したアリスインチェインズから離れ、レーベルとも再契約しリリースしたアルバム。25曲レコーディングされましたが「それだと長すぎる」ということで最初は14曲入りのシングルアルバムとしてリリース、好評を得たので完全版として同年に2枚組(本作)としてリリースされた作品。もともと98年から2年半にわたって作られていた楽曲群で、一部はアリスインチェインズの新曲の可能性もあった。音楽的にもアリスインチェインズらしい、アメリカンのアーシーなハードロックサウンドが特徴的なグランジ、オルタナティブメタルサウンド。ただ、本作のレコーディングメンバーはフェイス・ノー・モアのドラマー、マイク・ボルディンと当時のオジー・オズボーン/ブラック・レーベル・ソサエティのベーシスト、ロバート・トゥルージロ(現在はメタリカのベーシスト)。音楽性は似ているものの別メンバーによる演奏。全体がうねるようなUSハードロック。

CKY – Infiltrate•Destroy•Rebuild

US、ペンシルバニアのロックバンド、CKY(Camp Kill Yourselfの略)のセカンドアルバム。一つのジャンルに入れるのが難しいバンドとされ、Allmusicではポストグランジ、ハードロック、ストーナーロック、スケートパンクのジャンルに分類されています。プロ・スケーターのバム・マージェラがインターネットラジオ局で行っていた「ラジオバム」という番組でよく取り上げられたため、スケートパンクとも言われます。独特のミクスチャーサウンドで、グランジオルタナほど内省的でもニューメタル勢ほど攻撃的でもなく、スケーター寄りのスラッシュやハードコアのような開放感があります。ちょっとロックンロールリバイバルにも近いプリミティブなロックンロールテイストも感じますが、もっとハードロック的でもある。あと、ロゴがオジーオズボーンのパロディっぽいんですよね。ストリートグラフィティ(落書き)的なノリなのかな。熱狂的なファンベースを持つことでも有名で、下手にアルバムを批判したメディアには猛烈な抗議が来たこともあったとか。

Hot Hot Heat – Make Up the Breakdown

カナダのインディーロックbandの、ホットホットヒートのデビューアルバム。シアトルのサブポップレーベルと契約し、マッドハニー、サウンドガーデン、ニルヴァーナなどを手掛けたプロデューサーのジャック・エンディノがプロデュース。基本的にはエレクトロパンクとでも言えるサウンドですが、ダンスパンク、ポストパンクリバイバル、ニューウェーブ、アートパンクなどが入り混じったサウンドで、どこか懐かしくもあるサウンド。ちょっとブリットポップ的なひねくれたセンスもあり楽しめるアルバム。

この年の他の出来事は、2002年のコーチェラ・フェスティバルはビョークとオアシスがヘッドライナーを務め、二日間開催(なお、コーチェラは第一回が1999年、悪名高いウッドストック1999の後に2日間開催。2000年は休止し、2001年は1日イベントとして再開。2002年は2日間のイベントに戻った)。ラインナップは、ケミカルブラザーズ、プロディジー、ケーキ、フーファイターズ、ジャックジョンソン、クイーンズオブザストーンエイジ、ザストロークス、ザ・ヴァインズ、ベルアンドセバスチャンなど。オルタナティブロック史で取り上げてきたアーティストが多く出演しました。また、2000年から訴訟されていたNapsterが9月3日ついに閉鎖。しかし、Napsterが生み出した熱狂と興奮はやがてiTunesとなり、Spotifyとなり、ストリーミングの時代を生み出します。

2003.ハードコア、ハードロック、ハードな論争

音楽的にはハードロック、ハードコア、ポストパンクリバイバルなど、ロックの原始性、メッセージ性が強く出たバンドが多く出てきた印象。ポップだったり繊細なバンドも出てきていますが、全体としてハード目な印象です。この年はイラク戦争がスタートし、この当時は同時多発テロへの怒りもありUSではまだ国民の大半が戦争を支持していたころ。開戦当時から反対意見もあり、幾人かのアーティストが反対姿勢を打ち出して批判を浴びています。

The Mars Volta – De-Loused in the Comatorium

At the Drive-Inの元メンバーによるUSのオルタナティブプログレッシブロックバンド、マーズヴォルタのデビューアルバム。ごった煮のカオスな熱量をたたきつける音楽でSystem Of A Downのデビューと並びシーンに衝撃を与えた作品。メンバーでサウンドマニピュレーション担当のジェレミー・マイケル・ワードが書いた短編小説に基づいたコンセプトアルバムで、かなり多義的で観念的な言葉。ジェレミーは本作リリース前にヘロインの過剰摂取で死亡してしまいます。ジャズやラテンからの影響も感じる性急かつ過剰な情報量が詰め込まれたスリリングなロック。ジャケットはピンクフロイドの各種名作を手掛けてきたヒプノシスのストーム・ソーガソンが担当。2000年代以降のプログレッシブロック、プログメタル全般に影響を与えたサウンド。

Linkin Park – Meteora

00年代のUSロックシーンが生み出した最大のバンド、リンキンパークのセカンドアルバム。デビューアルバムの方向性をさらに突き進め、ハードなエッジとストリートなセンス、ヒップホップとハードロック、オルタナティブメタルを組み合わせたニューメタル以降の音楽ながら、メロディセンスが秀逸で単なるパーティーやアジテーションではなくクラシックロック的芸術性も持ち合わせていたのが特徴。マッチョなだけではなくどこか芸術的、緻密な繊細さを感じます。Nu-Metalは好きじゃないけれどリンキンパークだけは好き、という人も多い。Nu-Metalシーン、ポストグランジメタルシーンから出てきたものの、(たとえばMetallicaのように)より普遍的な音楽的豊潤さを持ったバンドでした。全13曲、37分と潔いのも(2003年の時点ながら)現代的。

Death Cab for Cutie – Transatlanticism

USのインディー、オルタナティブロックバンド、デスキャブフォーキューティーの4枚目のアルバム。もともとはギター、ボーカルのベン・ギバートのソロプロジェクトでしたがレコード契約獲得後にバンドに拡大。タイトルは「大西洋横断」の意味で、遠距離恋愛、孤独をテーマにしたコンセプトアルバム。確かに、遠く離れた孤立、悲しみ、感傷を感じさせる音楽。そうしたものを表現するのに「遠距離恋愛」というテーマがぴったりだと思ったとのこと。いろいろな場所、出来事、人と遠くなってしまった2021年の現在聞いても沁みるものがあります。シンズ、モデストマウス、インターポールなどと並び00年代初頭のUSインディーロックシーンの盛り上がりを代表するバンドであり、「Coldplayに対するUSからの回答」と言われたりもしました。

Evanescence – Fallen

エヴァネッセンスはUS、アーカンソー州で結成されたロックバンドです。結成メンバーは歌手兼ピアニストのエイミー・リーとギタリストのベン・ムーディー。エイミー・リーはニューメタルの歌姫として知られています。リンキンパーク直系のニューメタルにエレクトロニカを組み合わせたサウンドながら、ボーカルが雰囲気がある女性ボーカルで、ゴシック、讃美歌的な雰囲気があるのが特徴。この組み合わせが新鮮に響き、本作は大ヒットをおさめます。デビュー当時、クリスチャンバンドとして扱われたこともありますがバンド側(特にリーが)は明確に否定。「クリスチャンではあるが私たちはクリスチャンバンドではない」と言っています。USはラジオ局はマーケティングチャンネルが多岐、細分化しており、「クリスチャンロック系のラジオ局」とか「クリスチャンバンドのチャート」があるのですね。最初はそういうところでプッシュされていた。ムーディーはクリスチャンバンドでありたかったようですが結果として通常のロックバンドとされ、そうしたこともあってかムーディーは本作のリリース後に脱退してしまいます。

Jet – Get Born

オーストラリアのロックバンド、ジェットのデビューアルバム。2. Are You Gonna Be My GirlがiPodのCMソングに使われ多大なインパクトを与えました。ガレージロックリバイバル、レトロロックリバイバルの流れに見事に乗ったサウンドで、プロトパンク的なシンプルなロックンロール。2002年に紹介したザ・ヴァィンズと並んでオーストラリアン・ロックシーンの新星。US、UKのガレージロックリバイバルの流れを汲みつつ、ちょっと距離があるというか、客観的に見ながらもっと衒いなくレトロなサウンドを鳴らしているのが特徴的。「聞いたことがないサウンド」というのは(少なくともロックでは)なかなかオーストラリアからは出てきませんが、その分「いろいろなバンドのいいところどり」をして完成度を高めたバンドがスルっと出てくることがある印象です。ハードな曲だけでなくバラードも完成度高い。ちょっとサイケなバラードも入っていたり、USとUKの両方からの影響を感じます。

Yeah Yeah Yeahs – Fever to Tell

USのインディーロックバンド、ヤー・ヤー・ヤーズのデビューアルバム。ライブが話題となり、リリースしたEPも好評でメジャーレーベルからいくつか契約のオファーが来ている中で、自分たちでアルバム制作予算を用意して制作されたアルバム。当時、メンバーは一緒に暮らしていたそうでそうした結束の固さも音に現れています。DIY、インディーズ魂のこもった音。同じくNYで活動していたTVオン・ザ・レディオのデイブ・シテックがプロデュース。00年代前半のNYパンクの復権を象徴するアルバムの一つであり、「NYCアートパンクのランドマーク」「恍惚としたダンスパンク」と評されます。

Fall Out Boy - Take This To Your Grave

US、シカゴ郊外のイリノイ州ウィルメットで結成されたフォールアウトボーイズのデビューアルバム。ポップパンク(メロコア)的な音像で、のちのエモムーブメントに繋がるメロディアスで盛り上がる楽曲群を収録した作品。ポップパンクシーンは一定の周期でこうしたフレッシュなバンドが現れ、ブームが継続していきます。ポップパンク、エモ、エモポップなどと言われましたがバンド自身は「ソフトコア」という表現も使っていました。ジャケットは4人のメンバーが(ジャズレーベルの)ブルーノートをオマージュしたジャケット。もともとはメンバーが散らかった部屋(自分の部屋)で寝そべっている写真を使っていたそうですが没になりこちらに差し替えられました。もともとのジャケットだと部屋に貼られたThe Whoのポスターが目を引きますね。The Whoはプロトパンク以前、パンクの源流とも言えるバンドだからでしょうか。メロコア、ポップパンクのバンドたちはThe Whoが好きなアーティストが多い気がします。

Fountains of Wayne – Welcome Interstate Managers

US、NYのロックバンド、ファウンテインズオブウェインのサードアルバム。レトロロックの流れを汲みながら、どこかエヴァーグリーンな普遍的なメロディの良さも持ち合わせたバンド。前作までがあまり商業的成功をおさめられずレーベルからドロップ。失意の底に落ちたものの気を取り直し再度レーベルを探したものの「デモテープを聞かせてくれ」と言われるばかりで、仕方がないので自主制作で作り上げたアルバム(アルバム完成後にS-Curveレコードと契約を獲得)。そんなわけでDIY、自分たちで未来を切り開くという意思に満ちたアルバムです。さわやかで完成度が高いUSポップロック。レーベルからのプレッシャーがない分、答えがないクリエイティブと向かい合った苦闘の歴史。創設メンバーで共同ソングライターのアダム・シュレシンガーはバンド解散後、TVや映画の曲を書きグラミー賞、エミー賞を受賞する売れっ子作曲家になりましたが、2020年にCovid-19による合併症で残念ながら死去しています。

Cat Power – You Are Free

キャットパワーはUS、アトランタの女性SSW、チャン・マーシャルのソロ・プロジェクトです。最初はバンド名でしたが実質的に彼女のソロプロジェクト化。本作は6作目。フーファイターズのデイヴ・グロール、パールジャムのエディ・ヴェダーらがゲスト参加し、インディーズの名門マタドールレコードからのリリース。基本的にピアノ、またはギターの弾き語りサウンドが軸にあり、ドラムやほかの楽器が入ってくるスタイルながら、楽曲はパンキッシュでロックのエネルギーがあります。パンク、フォーク、ブルースが混然となったオルタナティブで力強い音像。今のUSインディーロックのサウンドトレンドにも近く、あまり古さを感じない作品。

AFI – Sing the Sorrow

AFI(A Fire Insideの略)は1991年結成のUS、カリフォルニアのバンドで本作が6作目。もともとハードコアパンク、ホラーパンク(ゴス・パンク)の色が強いバンドでしたが本作では音楽性を広げポストハードコア、エモな音像に。アルバム全体としてはハードコアパンク、ポストハードコア、オルタナティブロック、ゴシックロック、エモの要素が含まれています。独特の暗黒感漂うダークなロックながら耽美だけで終わるのではなくハードコアの歯切れの良さと攻撃性、エモの煽情性を持っています。アンダーグラウンドでのファンベースを持ったバンドでしたが本作でメインストリームでの成功もおさめビルボード2位を獲得。売り上げ合計もプラチナム(100万枚)以上を獲得しています。

The Cooper Temple Clause – Kick Up the Fire, and Let the Flames Break Loose

クーパー・テンプル・クロースはUK、バークシャーのバンドで本作が2枚目。スミス(モリッシー)あたりにも通じるものがあるギターポップ、ボーカルメロディ。ジャンルとしてはオルタナティブロック、スペースロック、ニュープログレッシブ、エレクトロニックロックなどが混交したもの。バンド名は19世紀の政治家、ウィリアム・クーパー・テンプルに由来しており、UKの1870年の教育法改正で、「教育は特定の宗教を強要してはならない、公立高校では特定の宗教(イギリス正教)だけに偏った教育を行ってはならない」という通称「クーパー・テンプル条項(クロース)」から。現在は解散し、メンバーはほかのバンドで現役活動中であったり、音楽学校の講師であったり、研究者になったりとそれぞれの道を歩んでいます。

The Rapture – Echoes

ザ・ラプチャーは、1998年に結成されたニューヨーク市出身のアメリカのロックバンドです。ダンスへのこだわりがあり、ダンスパンクともいわれます。確かにビートがちょっと独特で、のちのヴァンパイアウィークエンドにも通じるところもあります。踊れるパンク。最初はサンフランシスコで活動していましたが麻薬の売人に家を焼き払われ、バンド活動がしやすそうなシアトルへ。そしてシアトルのレーベル、サブポップからアルバムをリリースした後NYへ移住します。NYのダンスクラブに行き、「音楽は踊れることが大切だ」とギタリスト/ボーカリストのルーク・ジェンナーがバンドの方向性を固めて、ダンスパンクと呼ばれる音像に落ち着きます。

Streetlight Manifesto – Everything Goes Numb

US、ニュージャージーのスカパンクバンド、ストリートライトマニフェストのデビューアルバム。遅れてきたサードウェーブスカバンドで、90年代中盤にザ・マイティ・マイティ・ボスストーンらの活躍によっておきたサードウェーブスカの流れの中で(最後のほうに)出てきたバンド。遅れてきた分、音楽的には(先人たちから学べることも多かったので)完成度が上がっており、勢いとフックがある力強くてカッコいいスカパンク。軽快なブラスセクションとビートが心地よいアルバムです。

この年のほかの出来事は、6年ぶりにロラパルーザが復活。ジェーンズ・アディクション、オーディオスレイヴ、インキュバス、クイーンズ・オブ・ザ・ストーン・エイジらが出演します。また、UKでは第1回目のダウンロードフェスティバルが開催。オーディオスレイブとアイアンメイデンがヘッドライナー。ほかはイラク戦争がはじまり、パールジャムのエディ・ヴェイダーが公演中にイラク戦争に反対し、ブッシュ大統領を侮蔑するMCをしたところ一部の観客が退席、ブーイングも起きたため謝罪する騒動が起きます。オルタナティブロックではありませんが、人気があったカントリーミュージシャンのディキシーチックスも海外公演で(イラク戦争に絡んで)ブッシュ大統領を批判し、全米のカントリー系ラジオ局からボイコットされています。

2004.ダンス、ヒップホップへの接近

イラク戦争は続き、社会的テーマを持ったアルバムも増えてきます。(戦争に行き、挫折し、帰郷する兵士を描いたロックオペラである)グリーンデイのアメリカンイドイットもこの年。戦争という大きな論点は論争と分断を生み、ロック音楽のコンセプトに影響を与えています。また、オルタナティブロックはいつの間にか白人中心の音楽になってしまったことへの反動も起きてきます。もっと普遍的なビートの探求、ダンスや黒人音楽的なプロフェッショナリズム、力強いビートを取り戻そうとする動き。00年代最大のロックバンドと言えるリンキンパークもJay-Zとコラボアルバムを出し、リスナーを結び付けようとします。分断と団結の動き。

The Killers – Hot Fuss

ザ・キラーズは、2001年にブランドンフラワーズ(リードボーカル、キーボード、ベース)とデイブキューニング(リードギター、バックボーカル)によってラスベガスで結成されたアメリカのロックバンドです。キラーズは21世紀最大のロックバンドの1つと見なされており、USだけで1,080万枚、世界中で2,800万枚以上のレコードを販売しています。本作は記念すべきデビューアルバムで、主にニューウェーブミュージックとポストパンクの影響を受けています。エコーファームと呼ばれるボーカルエフェクトがアルバム全体にわたって使用されており、ボーカルのトーンを決めています。5.All These Things That I've Done(私がやったこれらすべてのこと)はテレビの司会者であるマット・ピンフィールドが行っていた、イラクから戻ってきた負傷した/ PTSDに襲われた兵士を指導するプログラムの一環としての米陸軍との仕事についてのもので、「You know you got to help me out(僕を救ってくれ)」「I got soul, but I'm not a soldier(僕には魂はあるが、僕は兵士じゃない)」と歌っています。のちの2005年、Live8(ライブエイドの20周年としてG8諸国が参加して南アフリカ共和国で開催されたフェス)でキラーズがこの曲を演奏し、ロビーウィリアムズも”I got soul, but I'm not a soldier”のフレーズを自分のパフォーマンスにも取り入れました。

Arcade Fire – Funeral

アーケイドファイアはカナダのインディーロックバンドで、ウィン・バトラーとレジーヌ・シャサーニの夫妻を中心に活動しています。本作はデビューアルバムで、音楽評論家によって2000年代の最高のアルバムの1つであると広く考えられています。ギター、ドラム、ベースギターというロックバンドの基本的な要素のほかに、ピアノ、バイオリン、ビオラ、チェロ、コントラバス、キシロフォン、グロッケンスピエル、キーボード、シンセサイザー、フレンチホルン、アコーディオン、ハープ、マンドリン、ハーディガーディなど、クラシックやフォークミュージック(伝統音楽)で使われる楽器を幅広く使用するのが特徴。インディーロック、アートロック、ダンスロックのほか、バロックポップとも呼ばれています。

TV on the Radio – Desperate Youth, Blood Thirsty Babes

TVオンザレディオは、2001年に結成されたニューヨークのブルックリン出身のアメリカのロックバンドです。本作がデビューアルバムで、Bad Brains、Earth Wind&Fire、Nancy Sinatra、Serge Gainsbourg、Brian Eno、Pixiesなどの多様なアーティストに影響を受けた折衷的で独特な音像が特徴。人種的にも黒人が主体で白人メンバーは1名というオルタナティブロックには珍しい構成。60年代のロックシーンは黒人と白人でそれほどチャートが分かれていなかった(むしろ黒人チャートと白人チャートのアーティストが融合傾向にあった、ロックは融和の音楽であった)けれど、80年代、90年代、オルタナティブムーブメントとヒップホップムーブメントで完全に人種間、コミュニティが異なると聞く音楽も異なるという特性をUS市場は持っていました。オルタナティブロックの中でもさらにオルタナティブ(代替)的な立ち位置を持ったバンドです。

Graham Coxon – Happiness in Magazines

ブラーのギタリスト、グレアム・コクソンの5枚目のソロアルバム。ブラーの初期5枚のアルバムを手掛けたティーブン・ストリートにプロデュースされ、ソロ作の中で最大の成功を収めました。ほとんどの楽器を自分で演奏しているほか、ジャケットデザインも手掛けるビジュアルアーティストの面もあるなど多彩な才能の持ち主。ブラーのことをこき下ろしまくっていたオアシスのバンドリーダーであるノエルギャラガーによって「彼の世代で最も才能のあるギタリストの1人」と評されています。2001年、コクソンはアルコール依存症の治療のために28日間の入院を行い、2002年にブラーを脱退(そのあと復帰)、ブラー脱退中、完全なソロアーティストとして作られたソロアルバムということで気合が入っています。音像的にはギターサウンド、ギタープレイとボーカルが絡み合うインディーロック、オルタナティブロック、であり、ガレージパンク的な荒々しさもあります。

Franz Ferdinand – Franz Ferdinand

フランツフェルディナンドは2002年にグラスゴーで結成されたスコットランドのロックバンドです。最も人気のあるポストパンクリバイバルバンドの1つであり、英国のトップ20ヒットを複数獲得。いくつかのグラミー賞にノミネートされており、2つのブリットアワードを受賞しています。本作はデビューアルバムで、2004年のマーキュリー音楽賞を受賞し、第47回グラミー賞の最優秀オルタナティヴアルバムにノミネートされました。マシュー・クーパーによってデザインされたアルバムとシングルカバーでロシアの前衛的なイメージをうまく使用しており、単なるポストパンクだけでなくロシアのアバンギャルド、どこか引っ掛かりのあるイメージや反復するリズム、ロシアンハードベース的な容赦のないビートなどを取り入れているのも特徴です。

Ratatat – Ratatat

ラタタットはブルックリンをベースにするUSのエレクトロニックロックのデュオです。アルバムは本質的にインストルメンタルですが、地元のMCとラッパーのYoung Churfによる「口頭の幕間」があります。ラタタットのライブパフォーマンスは、1960年代にサンフランシスコで開催されたサイケデリックロックバンドのパフォーマンスと非常によく似ており、エネルギッシュな光のショー、渦巻く色がスクリーンに映し出され、映画のクリップが投げ込まれています。酩酊感のあるネオサイケデリックでエレクトロニックな音像はそのあとのMGMTなどにもつながっていきます。ラタタットはさまざまなオルタナ系アーティストに愛され、ビョーク、ダフトパンク、ヴァンパイアウィークエンド、マウスオンマーズ、フランツフェルディナンド、CSS、フェイント、スーパーファーリーアニマルズ、クリニック、パンサー、キラーズなどのサポートアクトを務めてきました。

The Von Bondies - Pawn Shoppe Heart

USのガレージロックリバイバルバンド、ザ・フォン・ボンディーズ。USのクランプスと日本のガレージロックバンド、ギターウルフのカップリングライブで出会ったジェイソン・ストルシュタイマーとマーシー・ボーレンによって結成されました。確かに、ギターウルフからの影響も感じるスピーディーで荒々しいガレージロック。ホワイトストライプスのジャックホワイトがプロデュースした1stアルバムをリリースした後、本作はセカンドアルバムにしてメジャーデビューアルバム。ホワイトストライプス直系のガレージロックリバイバルサウンドですが、2003年のホワイトストライプスのリリースパーティーで口論になりジャックホワイトにストルシュタイマーが殴られ警察沙汰に。荒くれていた時代ですね。

Secret Machines - Now Here Is Nowhere

シークレット・マシーンズはテキサス州ダラスで結成され、現在はNYをベースとしているUSのロックバンドです。彼らはクラウトロックの影響を受けたプログレッシブロックであり、シューゲイザー的なサウンドもある。自分たちではスペースロックと表現しています。楽曲的にはピンクフロイドやレッドツェッペリンの影響を感じます。U2、Foo Fighters、Spiritualized、Oasis、Interpol、Kings of Leonなどと一緒にツアーをしており、2004年12月にはロンドンのアールズコートではミューズをサポート。ロラパルーザにも出演しています。

Kings of Leon – Aha Shake Heartbreak

キングス・オブ・レオンは、1999年にテネシー州ナッシュビルで結成されたUSのロックバンドで本作はセカンドアルバム。ジャケットがクィーンの「オペラ座の夜」のオマージュになっていますが、音像的にはオペラティックさは特になく、南部音楽(サザンロック)のテイストを含んだガレージロックが主体。エルビスコステロを含むいくつかの著名アーティストから称賛を集め、2005年と2006年にU2、ボブディラン、パールジャムとツアーを行いました。

この年の他の出来事は、2003年に復活したロラパルーザが2004年はチケットの売り上げ不振からキャンセルに。オルタナティブロック全般の低迷というより、チケット代の高騰などマーケティングの失敗が主要因とされている様子。レッドホットチリペッパーズはロンドンのハイドパークで(ビートルズを抜いて)過去最大の3日間のフェスを行い、その様子をライブアルバムとしてリリースします。また、UKインディーロックの隆興に大きな影響を与えたラジオDJ、ジョン・ピールが死去。享年65歳。

2000年代前半の総括

00年代の幕開け。ロック不遇の時代と言われますが振り返ってみると様々な新しいスターバンドも生まれてきています。そして、01年の同時多発テロを境にシリアスな音像が増え、03年のイラク開戦あたりから政治的主張、より人々に訴えかけるバンドも増えてきている。グランジオルタナの90年代が内省の時代だったとしたら、00年代前半は社会性をロックが取り戻す時代だったのかもしれません。

90年代以降、オルタナティブロック以降指摘されることに「黒人音楽と白人音楽の分離」があります。ロックとはもともとブルースから派生したロックンロールが大きな源流であり、黒人音楽であった。1950年代、60年代において「ブルースの有名なアーティスト」はほとんど黒人であり、ロックンロールのスターは白人(プレスリー)も黒人(チャックベリー)もいた。そして、ロック史に最大の影響を与えたであろうビートルズはそもそもそういう意識がなく(UKはUSに比べて黒人差別は問題であるという風潮が早くから出ていたため、意識も違った)ソウル(たとえばスティービーワンダーとか)からの影響も公言していた。60年代、70年代というのはロックもソウルもリスナーが重複していた。実際、黒人音楽のヒットチャート(レイスミュージック、R&B、ソウルミュージックなど呼び名はいろいろ変わりますが、基本的にずっと「黒人音楽チャート」は存在する)と白人音楽のチャートに出てくるアーティストがあまりに重複するので、1963.11-1965.1の間、ビルボード誌に「黒人音楽チャート」にあたるものが消えています。この間、黒人と白人はほとんどヒットチャートが重複しており、それはアメリカ音楽史上、この1年強の間だけ。ただ、60年代後半~70年代になると重複はあるもののやはり層が変わっていきます。白人はロック、黒人はソウル、ファンク。チャートの重複も減っていく。そして80年代、90年代になってくると黒人と白人でリスナーがくっきりと分かれます。シンプルに言えば黒人は黒人アーティストのヒップホップやファンクを聞くし、白人オルタナティブロックは黒人の若者は聴かない(なお、ラテン系はスペイン語の曲を聴くのでまた別)。英語で歌われる若者音楽であるロック/ソウルは、いつの間にかくっきりと黒人のヒップホップ、白人の(オルタナティブ)ロックに分かれます。もちろん、少数派の例外はいますが(黒人がメンバーのオルタナティブロックや、白人のヒップホップスター)、大多数のアーティスト、そしてリスナーは黒人と白人に分かれる。これはマーケティング上のことであり、実際に音像を聞いてみるとファンクやソウル、ヒップホップに影響を受けているロックバンドはいつの時代も存在しています。ただ、マーケティングセグメントが分かれていった。こうした細分化されたセグメントの隘路にロックは自ら落ち込んでいったのかもしれません。

オルタナティブロック史を引き続き見ていきたいと思います。次章は00年代後半です。


Alternative(オルタナティブ)ロック史⑦:00年代後半

同時多発テロ、イラク戦争への突入とUSを取り巻く社会情勢が大きく変化した00年代前半。ロックは90年代の内省の時代から、社会的メッセージを打ち出すアーティストが増え、「反体制的」なアティチュードが再び盛り上がっていきますが、それは同時に特定のコミュニティ、主義主張と結びつくことでもある。大きな「若者文化」としてのロックは解体され、それぞれのコミュニティに細分化されたサブジャンルやブームが生まれつつあった印象です。それでは00年代後半、2005年ー2009年を見ていきましょう。

2005.ニューウェーブとラテンリズムリバイバル

大きな動きとしてはニューウェーブ、ポストパンクをリバイバルするバンドがいくつかデビュー。「アートウェーブ」と括られます。また、レゲエ、スカなどのラテン音楽のリズムを取り入れたバンドもちらほらと。一つの大ムーブメントに集約というより、音楽的多様性が増しています。

Spoon - Gimme Fiction

スプーンは、1993年に結成されたテキサス州オースティン出身のUSのインディーロックバンドです。バンド名の由来はドイツのバンド、カンの曲名から(Tago Mago(1971)収録曲)。インディーロック、インディーポップ、アートロック、エクスペリメンタルロック(実験的)などに分類されるバンドで、本作は5作目。ギターとボーカルがフューチャーされたオーソドックスなロックサウンドで、適度に音響的な実験がありながら歌メロはポップ。メロディアスでいい曲を書くバンドです。3. I Turn My Camera Onはシングルカットされ、バンド史上最大のヒットの一つになっています。ブリットダニエル(ボーカル、ギター)とジム・イーノ(ドラム)が中心メンバーでほかのパートはやや流動的。USインディーズシーンを代表するバンドの一つであり現在も現役で活動中。一時期メジャーにも所属したもののあまりいい思いをせず(バンドを口説いて契約した担当者がアルバムリリース後すぐに消えてしまった)、そのあとは頑なにインディーズでの活動を続けています。

Art Brut - Bang Bang Rock & Roll

アート・ブリュットは、ベルリンを拠点とする英語とドイツのインディーロックバンドです。ブロックパーティーフランツフェルディナンドThe Rakes(1995デビュー)らと共にNME誌は「アートウェーブ」ムーブメントと名付けました。ポストパンク、ニューウェーブリバイバル的な音像。シュプレヒレザング(Sprechgesang=Spoken Singing)スタイルの歌唱、つまり話し声、アジテーションと歌の中間のような歌い方であり、明確な音程がない歌唱法が持ち味。ロンドンパンクでよく使われる手法ですが、もともとパンクが生み出したものではなく、19世紀ごろからドイツでは用いられ第二ウィーン楽派とゆかりが深い。作曲家のシェーンベルグ(12音技法の発明者)がこのスタイルを活用した曲をいくつか作っています。ドイツのバンドなのでこうしたルーツにより近いですね。

Kaiser Chiefs – Employment

カイザーチーフスは、2000年に"パルバ"として結成されたリーズ出身のUKのインディーロックバンドで、2003年に改名。本作がカイザーチーフス名義でのデビューアルバム(パルバ名義で2003年に1枚アルバムはリリース済み)。主に1970年代後半と1980年代のニューウェーブと(ポスト)パンクロックの音楽に触発された音像で、Devoなんかも思い出したり。2000年代中盤は80年代回帰が進んでいたのですね。00年代前半に60~70年代への回帰、つまりガレージロックリバイバルが置きましたが、そこからポストパンク、ニューウェーブリバイバルに繋がっているのはロック史を再度なぞるような展開。ただ、本作もそうですが、単なるリバイバルではなく90年代のブリットポップムーブメントも踏まえた音像になっているのが新鮮。こうして音楽はらせん状に進化していくのでしょう。ちょっとビーチボーイズ風の箇所もあったりして面白い。このごった煮感がDevoを連想させるのですね。デビュー作にして商業的成功もおさめ、ブリットアワードで3部門受賞、売り上げも300万枚を超える大ヒットに。

Editors – The Back Room

エディターズは2002年にバーミンガムで結成されたイギリスのロックバンドです。音楽的にはダンサブルなポストパンク。こういう純粋にカッコいいバンドが00年代、ガレージロックリバイバルの後からどんどん出てくるようになった印象を受けます。デビュー時はUSのインターポールとも比較されていました。本作は批評家からの評価と商業的成功の両方をおさめ、2006年度のマーキュリー賞にもノミネート(受賞はArctic Monkeys – Whatever People Say I Am, That's What I'm Not)。本作リリース後、UKと英国をフランツフェルディナンドのツアーサポートで回りファンベースを固めていきます。

Jack's Mannequin – Everything in Transit

ジャックス・マネキンは、2004年に結成されたカリフォルニア州オレンジカウンティ出身のUSのロックバンドでした。バンドはもともとサムシング・コーポレイトのフロントマンであるアンドリュー・マクマホン(リードボーカル兼ピアニスト)のソロプロジェクトとしてスタート。本作がデビューアルバムで、本作制作中にマクマホンは慢性疲労と喉頭炎に苦しみ始め、翌日、急性リンパ芽球性白血病と診断されました。次の2か月間、マクマホンは病院に入院し、2回の化学療法を受け(その間に肺炎にかかりました)、妹のケイティから骨髄/幹細胞移植を受けて生還。結果として生死の境をさまよいながら作ったアルバムとなりました。ただ、音像的にはまったく暗さや苦闘感はなく、ポップロックとパワーポップのレコードであり、1960年代と1970年代のポップアルバム、特にビーチボーイズのペットサウンズ(1966)の影響を感じます。本作は、マクマホンが音楽のキャリアを追求するために去った故郷への帰省を詳述したコンセプトアルバムです。前のバンド、サムシング・コーポレイトでの夢と希望、そして挫折と解散の経緯、また制作中に起きた病気との闘いと生還の物語。その二つを比喩し、希望から混乱、不安、絶望、そこからの回復を描いた歌詞は高い評価を得ました。

Hard-Fi – Stars of CCTV

ハード・ファイは、2003年に結成されたUKのステーンズアポンテムズ出身のインディーバンドです。本作は完全にDIYで作られたデビューアルバムで、アルバムのほとんどは元タクシー会社の廃倉庫で録音され、ほかにも寝室、パブなど、さまざまな異常な音響環境で作られています。そのため、耳を澄ますと録音中に飛んでいる飛行機の音など各種ノイズが残っています。音楽的にはブリットポップを通過し、ラテン・ビートの影響も感じるダンサブルなポストパンク。倉庫のレンタル料は300ポンド(約6万円)だったそう。当時、「金はなかったが時間だけはあった」そうで、レコーディングからジャケットデザイン、果てはwebサイトに至るまですべて自分たちで作ったそう。歌詞も主に労働者階級の生活に基づいており、バンド自身が体験したステーンズの自給自足の郊外ライフスタイルから来ています。10.Living for the Weekend("I've been working all week - I'm tired"「私は一週間働いている-疲れている」)などの歌詞は労働者階級のリアル。本作は当初の予想をはるかに上回る大々的な商業的成功をおさめ、UKで1位を獲得、100万枚以上を売る大ヒットとなりました。

Eisley – Room Noises

エイズリーはテキサス州タイラー出身のロックバンドで、元々は兄弟のSherri DuPree、Chauntelle DuPree、Stacy DuPree、WestonDuPreeで構成されていました。デュプリー家のバンドですね。カントリーやブルーグラス界隈だとこういうファミリーバンドは結構います。以前の記事で紹介したThe Petersensとか。他にも親戚がかかわり、いとこ(これも苗字はデュプリー)なども参加。彼らの名前はスターウォーズの物語(すなわちモス・アイズリー=砂の惑星タトゥイーンにある宇宙港の町です)に触発されました。本作がデビューアルバム。ちょっとゴシックな雰囲気もありますが基本的にはオルタナティブカントリーの影響を受けた歌もののインディーロック。女声ボーカルなのでアラニスモリセットとかジュエルとかの女性SSWの流れも感じます。オルタナティブカントリー、オルタナティブフォーク的なサウンドはUSでは強くて、コンスタントに新しいアーティストが出てきていますね。

Mae – The Everglow

メイは2001年にバージニア州ノーフォークで結成されたUSのロックバンドです。バンドの名前は「Multi-sensory Aesthetic Experience(多感覚の美的体験)」の頭字語で、ドラマーのジェイコブ・マーシャルがオールドドミニオン大学在学中に受講したコースに基づいています。本作は2枚目のアルバムで、小冊子内の各曲のイラストを含むストーリーブックとして設計されています。エモに分類されるバンドで、もともと「エモ」はポストハードコアシーンから生まれた激情型の音楽(エモーショナルハードコア、エモコア)でしたが、だんだんと「感情を高揚させる、盛り上がる音楽」のことを指すように。たいていはオーケストレーションが効果的に使われます。本作は叫び声はありませんが、メロコア感はありますね。エモコアというか。Panic! at the DiscoMy Chemical Romanceなんかもこの系統ですね。なお、叫び声を伴うものはスクリーモと呼ばれます。

Mew - And the Glass Handed Kites

ミューはデンマークの オルタナティブロックバンドで、Jonas Bjerre(リードボーカル)、Johan Wohlert(ベース)、Silas Utke Graae Jørgensen(ドラム)で構成されています。本作は4作目のアルバムで、全体が一つの長大な組曲のような作りになっています。SigurRósDinosaur Jr.Rideといったバンドや、プログレッシブロックと比較されるサウンド。夢見るようなサウンドと雷雨のような激しさを持ち、やはりUSとはまったく違う世界観ですね。少し北欧(デンマークは北欧)的でもあるけれど、UKにも近い。渦を巻くサイケデリックでスペーシーなドリームポップ。

Wolf Parade - Apologies to the Queen Mary

ウルフパレードは、2003年にモントリオールで結成されたカナダのインディーロックバンドです。本作がデビューアルバム。タイトルの「クィーンメアリーへの謝罪」は、インタビューによると「(大型客船)クィーンメアリー号で、熱狂的な交霊会(violent séance=ライブのこと?)を行ったらボールルームのドアを壊してつまみ出されたので、その時のことを謝りたいから」だそうです。本作は2000年代の最も影響力のあるインディーロックアルバムの1つと広く見なされており、多くの音楽メディアで、2000年代のベストリストに本作が入っています。確かに、ギターロックながら従来と似ていない独特な音像。カナダという時点でUSからするとちょっとオルタナティブなシーンですからね。やはり出てくる音が少し違う。USのインディーバンド、モデスト・マウスのソングライターであるアイザック・ブロックがプロデュース。こういうインディー界隈は先輩バンドが後輩をプロデュースすることがけっこうありますね。なお、この当時ブロックは(インディーズレーベルの)サブポップのA&R(Artists and repertoire:アーティストを見つけてきてレーベルと契約させ、アルバムをリリースする担当者)として勤めており、ウルフパレードの発掘はこの時の彼の代表的な仕事。

My Morning Jacket - Z

マイ・モーニング・ジャケットは、1998年にケンタッキー州ルイビルで結成されたアメリカのロックバンドです。本作は4枚目のアルバム。それまでヘヴィなリバーブのギターサウンド主体のロックバンドだったサウンドが、以前のリリースよりもはるかにスペーシーで洗練されたサウンドへの変化を遂げ、全体にシンセサイザーを多用し、レゲエやダブの影響を取り入れています。ピンクフロイドやレディオヘッドなどのバンドとの仕事で知られるプロデューサーのジョンレッキーがプロデュース。確かに、00年代のレディオヘッドに対するUSからの回答的なサウンド。まぁ、回答というにはけっこう時間が経っていますが。サイケデリックな雰囲気もあるのでストーナーロックの名盤とされることもあります。

2005年のほかの出来事は、U2がロックの殿堂入り。スマッシングパンプキンズのビリーコーガンがバンドを再始動させたいと話す。オーディオスレイブが(マニックストリートプリーチャーズに次いで2組目として)キューバでライブを開催。こちらはキューバ初の無料ライブでした。あとは地味ですが、PS2でギターヒーロー(Guiter Hero)が発売され海外で大ヒット。このゲームの影響でギターを始めた世代も意外といる気がします。ハードロック、メタル系の曲が多く使われた(使用曲リスト)ので、そうした音楽への入り口としても機能したはず。

2006.クラブミュージック→ダンスロック

様々な音像が生まれてきますが、共通して言えるのはダンス色が強まっているバンドが増えています。クラブミュージック、無記名でひたすら身をゆだねるビート、トランス、そういったサウンドがロックシーンにも影響を与え、ビートがイキイキとしているバンド、アルバムが増えてきます。

Arctic Monkeys – Whatever People Say I Am, That's What I'm Not

アークティック・モンキーズは、2002年にシェフィールドで結成されたイギリスのロックバンドで、本作がデビュー作。インターネットを介して世間の注目を集めた最初のバンドの1つとして知られ、新しいバンドの宣伝とマーケティングの方法が変わる可能性があることを示唆しました。バンドはギグでファンに無料のデモCDを頻繁に配布しました。ファンはバンドの音楽をソーシャルメディアサイトにアップロードし、その結果、彼らの注目が非常に高まりました。アルバムのトラックのいくつかは、2004年後半にインターネット経由で無料でリリースされ、”Beneath the Boardwalk”と呼ばれる18曲のでもバージョンが含まれた海賊版に統合され、ファイル共有で熱狂的にシェアされました。こうしたネットでの盛り上がりの上にリリースされた本作は、英国のチャート史上最も売れたデビューアルバムになり、最高のデビューアルバムの1つとして高く評価されています。音楽的には、インディーロック、ガレージロックリバイバル、ポストパンクリバイバル、パンクロック、オルタナティブロック、ブリットポップを混ぜ合わせた新世代のUKロック。体が動き出す、ナイトクラブ的なダンス・ミュージックとしての強度があるのが特徴です。「若者の英国文化を描写し、1990年代以降衰退した英国のインディーズ音楽を復活させた」とも評されます。歌詞のテーマは、クラブやパブ文化を取り巻く叙情性や若い北部(シェフィールド)人の視点からのロマンスなど、等身大の視点で描かれたUKの若者のナイトライフに関するものが多く見られます。

My Chemical Romance – The Black Parade

マイ・ケミカル・ロマンス(MCR、またはMyCHEMと略される)はニュージャージー州、ニューアーク出身のUSのロックバンドです。本作は3枚目のスタジオアルバムで「The Patient」として知られるガンで死にゆくキャラクターを中心としたロックオペラです。アルバムは彼の明白な死、来世での経験、そして彼の人生についてのその後の反省の物語を語っています。1曲目からDavid BowieのFive Years~Pink FloydのAnother Brick In The Wall、そしてQueen的なギターオーケストレーションとUKクラシックロックの偉大なレガシーを詰め込んだような華麗なオープニング。とにかくさまざまなフレーズを盛り込みながらドラマティックに盛り上げていきます。エモの代表的な名盤の一つ。グーグードールズやグリーンデイのアルバムを制作したことで知られるロブ・カヴァロがプロデュース。2008年にUKのタブロイド紙ザ・サンが "Suicide of Hannah, the Secret Emo(ハンナの自殺、秘密のエモ)"という記事を掲載。これは当時13歳で自殺したハンナ・ボンドという少女がマイケミカルロマンスの大ファンで本作を聞きまくっていたこと。その結果として「エモ」なライフスタイルに耽溺しすぎて自殺に至ったのではないか、という内容です。担当した検死官がこのアルバムが自殺を美化し、その結果として彼女が自殺に至ったのではないかという懸念を表したことがきっかけ。こうした記事はほかのメディアにも波及した結果、デイリーメール(英国の中堅新聞で、「自殺カルト」として本件を取り上げた)に対するファンの抗議運動に発展。ハイドパークに集まり、デイリーメール本社まで抗議デモを行う計画が立てられます。500~1000名ほどが参加するとみなされたこのデモは事件化を恐れた警察の介入により中止となりますが、代わりに100人のファンがマーブルアーチ(ロンドンの凱旋門)に集まり抗議しました。デイリーメールは本件について「公益性に基づき報道した。検死官の懸念の本質を報道したかったのであり、我々はマイケミカルロマンスに対して特段の悪印象は持っていない。過去にアルバムへの好意的なレビューも載せているしライブレポートも載せている」とした記事を掲載。本件は沈静化していきます。

The Raconteurs – Broken Boy Soldiers

ザ・ラカンターズはテネシー州ナッシュビルを拠点とするUSのロックバンドで、ホワイトストライプスのジャック・ホワイト(ボーカル、ギター)他、ソロとして活動していたSSWのブレンダンベンソン(ボーカル、ギター)、ジャックローレンス(ベースギター)、パトリックキーラー(ドラム)の4人で結成。本作がデビューアルバムです。いわゆるスーパーグループとみなされますが、本人たちによれば「古い友人たちと組んだ新しいバンド」とのことで、昔からの友人関係にあった様子。本作はベンソンのホームスタジオで制作され、自分たちでプロデュースしたDIY的な作品。「ジャックホワイトがフルバンドで音を出す(ホワイトストライプスはドラムとの2人組という変則的な編成)とどんな風になるのだろう?」という期待値もあり、デビューしたての新バンドとしてはかなり注目を集め、ツアーもソールドアウトに。本作も「期待以上の出来」と好評を得ます。ガレージロックだけでなくパワーポップ、ハードロック、そしてサイケデリックポップの影響を感じるビンテージというかタイムレスなサウンド。

Thom Yorke – The Eraser

Radioheadの頭脳にして心臓、トム・ヨークのソロデビュー作。レディオヘッドの長年のプロデューサーであるナイジェル・ゴッドリッチによってプロデュースされました。そもそもレディオヘッドのメインソングライターであるトムヨークがソロで何をしたかったのかというと、より電子音楽に接近し、バンドサウンドからの距離が離れた音像と、個人的な信念や懸念を吐露するような内容に。シングルリリースされた8.Harrowdown Hillは、イラク戦争の引き金となった大量破壊兵器の特定は過ちであったと証言し、議会での証人喚問の直前に突然の自殺を遂げた英国の兵器専門家であるデビッド・ケリーに関するものです。ケリーの遺体は、オックスフォードシャーにあるヨークのかつての学校の近くにあるハローダウンヒルの森で発見されました。トムヨークはこの曲について「彼のおかれた状況、彼にかけられた圧力を考える時、今までで一番腹が立ったんだ。この歌は遺族を悲しませるかもしれないが、彼のための歌を書かない方がもっと悪いことだと思った」と述べています。

The Decemberists – The Crane Wife

ザ・ディセンベリスツは、オレゴン州ポートランドを拠点とするUSインディーロックバンドです。本作は4枚目のアルバムにしてキャピトルレコードからのメジャーデビュー作。日本の民話「鶴の恩返し」にインスパイアされ(タイトルを直訳すると「鶴の妻」)、「The Crane Wife」組曲ではそのテーマが扱われます。また、2.The Islandも組曲となっており、こちらはシェイクスピアのテンペスト(離島を舞台に繰り広げられる復讐劇)をテーマにしています。音楽的にはプログレッシブロック、アートロックとでも呼べるべき曲構成をUSインディーズ感のあるサウンドで体現しています。UKのジェスロタルには通じるものがあり、シカゴ・サンタイムズのジム・デロガティスは、そのまま(冗談も込めて)「ヘビー・ホース以来の最高のジェスロ・タルのアルバム(に聞こえる)」と評しています。なお、このアルバムのリリース後の2008年、個別に請求されて(バンドではなく「コリン・メロイ、クリス・ファンク、ジェニー・コンリー、ネイト・クエリ、ジョン・モーン」のメンバー個々人として)、ポートランドにあるトム・マッコール・ウォーターフロント・パークでの集会で民主党大統領候補のバラク・オバマ(2009年に大統領になる)を支援するために出演しました。地元での確固としたファンベースが(選挙に影響を与えると考えられるほど)あるバンドなのでしょう。

The Kooks – Inside In/Inside Out

クークスは2004年にブライトンで結成されたUKのインディーロックバンドです。本作がデビューアルバム。彼らの音楽は、主に1960年代のブリティッシュインベイジョンムーブメントと新しいミレニアムのポストパンクリバイバルの影響を受けています。全英2位となり、かなりの成功を収めましたがアークティックモンキーズとデビュー時期がかぶっていたためこちらはやや影に隠れた存在に。のちにNME誌のインタビューに「当時、アークティックモンキーズがいてくれたことを神に感謝しているよ。彼らのおかげで僕たちはシールドされて、アルバムがメディアの批評にさらされないで済んだしね」と話しています。ヴァージンレコードと契約してデビューアルバムを作り始めたは良いものの、アルバム制作に入った当初はまだバンドのコンセプトや音楽性も固まっていなかったらしく、アルバム録音の前に曲作りとライブツアーに出ることにします。曲作りとツアーに明け暮れた結果、彼らはさまざまなジャンルの何百もの曲を持ってスタジオに入り、プロデューサーのトニー・ホッファーの「信じられないほどの忍耐」によって本作がデビューアルバムの形にまとまりました。アルバムの歌詞のほとんどはクークスのリードボーカル、ルーク・プリチャードがBRIT美術学校時代にデートしていたケイティ・メルア(UKで2000年代前半に大ヒットした女性SSW)について書かれています。このアルバムリリース時にはすでに別れていた様子。

The Hold Steady - Boys and Girls in America

ホールドステディは2003年にNY、ブルックリンで結成されたUSのバンドで、本作が3作目。ファーストシングル「Chips Ahoy」は音楽サイトPitchfork Mediaから無料ダウンロードとしてリリースされ、セカンドシングル「Stuck Between Stations」は、大学ラジオのプレイリストに登場しました。ネットと大学ラジオをうまく使ったプロモーション。ブルース・スプリングスティーンの影響を感じさせるサウンドで、ハートランドロック的。こういう音像はUSインディーズには結構珍しいですね。本人たちは(ハードコアバンドの)ハスカー・ドゥにも影響を受けたと語っています。メディアの評価は高く、Metacriticでは84点、Pitchforkは、 Boys and Girls in Americaを10点満点中9.4点と評価し、2006年の5番目に優れたアルバムに選びました。彼らは後にそれを2000年代のベストアルバムでも64番目としています。

Destroyer - Destroyer's Rubies

デストロイヤーはカナダ、バンクーバーのバンドで、SSWであるダン・ベジャが中心人物。本作は7作目のアルバムで、「部屋で演奏しているように聞こえる、とても自然なアルバム」を目指したとのこと。クラシックロックの風格もあるアルバムで、NY Timesは本作を「クラシックロックのエレガントでシャギーなバージョン」と評しました。アコースティック楽器が前面に出たサウンドで、ボブディランにも少し通じるメロディアスなフォークロック。インディーロック的な青さとアバンギャルドな実験精神も感じさせる音像です。アルバムごとに音楽性が変わるバンドですが、本作は「一番聞きやすい」アルバム。

Jarvis Cocker - Jarvis

PULPのボーカリスト、ジャービス・コッカーがPULP解散後に出したソロデビューアルバム。コッカーは当時パリに住んでおり、確かに1曲目などはシャンソンというか、一瞬フレンチポップスにも聞こえるしゃれた雰囲気。ただ、途中からはブリットポップ感あふれるUK的な歌メロの曲が続きます。2006年という時代性に合わせて、ダンス、クラブミュージック的な四つ打ちリズムの曲もあったり、全体的にダンスロック感が強まっているのは新機軸か。解散したとはいえPULPのバンドメンバーや元メンバーも参加し、ブリットポップの立役者の一つであるPULPの物語を引き継ぐサウンドながら、きちんと時代に合わせてアップデートされています。

Deftones - Saturday Night Wrist

デフトーンズは1988年にカリフォルニア州サクラメントで結成されたアメリカのオルタナティヴメタルバンドです。このバンドはオルタナティブメタルシーンの中ではもっとも実験的なバンドの一つとして知られており、「メタル版Radiohead」と呼ばれることも。本作は5作目のアルバムで、約2年間続く困難でストレスの多い創造的なプロセスと、バンド内の緊張した関係の産物でした。問題を複雑にし、多くの曲のテーマにもなったのは、フロントマンのチノ・モレノの麻薬中毒と離婚。前作リリース後、前作のセールスがあまり思わしくなかったことで早く次のアルバムを制作するようレーベルから要請されたバンドは本作の制作に取り掛かりますが、その過程でモレノの生活が崩壊。どうにも制作が進まなくなり休止期間を置きます。そのあとレコーディングを再開し、結果として最初に録ったボーカルトラックはすべて廃棄して作成しなおしたアルバム。シューゲイザー、ポストロックなどの影響も取り入れた本作は各種メディアから絶賛されました。ベーシストのチ・チェンはこのアルバムリリース後に自動車事故に遭い、演奏できない状態になってしまいました。本作はチェンが参加した最後のアルバムでもあります。

この年のほかの出来事は、MySpaceのユーザー数が1億人突破、Facebookが(招待制から)一般への開放とSNSが活性化し、ブームとなり始めた年。ユーザーが自由に発信できるという特性もあり、新しいバンドや気に入った音楽がどんどんシェアされ、話題となり、ネット発のヒットが出るようになってきます。

2007.ニューレイヴとファンコミュニティ

ビッグビートを経てニューレイヴへ。クラブミュージック、レイヴカルチャーの影響がさらに大きくなってきます。ロックはアート、録音芸術の鑑賞から、ダンス、アスリート的なスポーツへ。クラブミュージックの無記名性がロックにも伝播してきます。従来のロックスター然としたあり方が難しくなってくる。また、アーティストがwebを通じて直接ファンとつながる方法が模索されるようになっています。

LCD Soundsystem – Sound of Silver

LCDサウンドシステムはNY、ブルックリンで2002年に結成されたUSのダンスパンクバンドで、本作が2作目。メディアに称賛され、第50回グラミー賞のベストエレクトロニック/ダンスアルバム部門にノミネートされました(受賞はケミカルブラザーズ)。改めて聞いてみると、1曲目はなんとなくTKサウンドというかTM Network的(特にリミックスアルバム)でもありますね(2曲目からは質感が違いますが)。LCD サウンドシステムの中心人物、ジェームス・マーフィーはこの後プロデューサーとしても名を成していきます。デヴィッド・ボウイと関係が深く、音楽的にもベルリン3部作、あるいは復活後のボウイに近いところがあります。ボウイの遺作「ブラックスター」は一時期マーフィーがプロデュースする計画もあったとか(結果として実現しませんでしたが)。ロック、パンク的な質感、ゆがんだ不穏なサウンドをダンスサウンド、クラブサウンドに持ち込んだバンド。このアルバムもフィジカルリリースの前にMySpaceで全曲ストリーミングされています。当時はMySpaceで事前ストリーミングをするのがヒップ(いけてる)なマーケティングでした。

Bloc Party – A Weekend in the City

ブロックパーティーは2005年にデビューしたUK、ロンドンのバンド。デビューアルバムはNMEのベストアルバムに選ばれるなど好評を得てUKでプラチナム獲得。本作はその勢いを駆ってリリースされ、UKだけでなくUSでもビルボード12位とスマッシュヒットします。リードボーカルのケリー・オケレケはナイジェリア移民の子で、アフリカ系イギリス人。また、同性愛者でもあり、マイノリティの視点を持っているのも特徴的。デビュー当時のラインナップはドラマーのマット・タンがマレーシア系中国人と英国人のハーフであり、国際色豊かな多様性のあるバンドでした。現在はマット・タンは脱退してしまいましたが、後任は女性のドラマーが入っています。変わらず多様性を感じるラインナップ。本作は社会的な視点、テーマを取り上げています。たとえば7.Where is Homeでは2006年4月に人種差別的な攻撃でケントで刺殺された黒人のティーンエイジャー、クリストファー・アラネメがテーマ。オケレケは(自身のナイジェリア人のルーツから)彼を「いとこ」と表現しています。この曲は、”パーカーを着た黒人の若者に対するヒステリックな恐怖”を煽り、イメージとして定着させたとして、右翼の新聞(デイリーメール)を非難しています。デイリーメールはマイケミカルロマンスを聞いていた少女の自殺騒動の時もやり玉に挙がっていましたし、UKロックシーンからは嫌われているのかもしれません。他にも2005年のロンドン同時多発テロや、ゲイのナイトライフなど題材は多岐にわたります。音楽的にはポストパンク、ダンスロック。Radiohead以降のエレクトロニカへ接近した音像であり、クラブシーンの盛り上がりを経てダンス音楽を通過したロック。

St. Vincent – Marry Me

USのアーティスト、セント・ヴィンセントとして知られるアニー・エリン・クラークのデビューアルバム。彼女はもともとUSの合唱ロックバンド、ポリフィニック・スプリーの一員としてデビューし、そのあとUSのインディーポップアーティスト、スフィアン・スティーブンスのサポートメンバーとして活動したのち、本作をリリースします。リリース当時はケイト・ブッシュデヴィッド・ボウイと比較されました。美しくもどこかいびつなバロックポップ、インディーポップ。ところどころBjorkっぽくもあり、レトロなジャズ、オールディーズポップスの薫りも感じます。本作の曲は彼女が18歳、19歳の時に主に書かれており、「人生とは何か、愛とは何か、まだ実際に経験したことのないことへの理想、憧れを表しています。」とのこと。個性のあるキャラクターは評価が高く、2014年リリースの4作目「St,Vincent」では女性アーティストとしては20年ぶりにグラミー賞のベストオルタナティブミュージック賞を受賞します。2021年には、父親が釈放(経済犯罪で2010年に収監されていた)されたことをテーマにした「Daddy’s Home」をリリースしています。そんな彼女の出発点であるアルバム。

Klaxons – Myths of the Near Future

クラクソンズはロンドンを拠点としたUKのバンドでした。本作がデビューアルバムで、英国の作家JGバラードによる短編小説のコレクションである「近未来の神話」にちなんで名付けられました。「未来のファンタジービジョンに関するコンセプトアルバム」だそうで、2006年のマーキュリー賞を受賞。ニューレイブというムーブメントとして括られることもあります。NME誌は本作を「アシッド・レイブ・SFパンク・ファンク」と表現しました。プログレッシブロック的な組曲構造、コンセプト性を持ち、クラブミュージック、レイヴカルチャーに接近したロック。なお、レイヴというのはダンス音楽を一晩中流す大規模な音楽イベントやパーティーのことで、基本的には野外など、比較的大規模な場所で行われる単発のイベントのこと。ゲリラ的な要素が強い。UKでの当初のレイヴは基本的に屋外イヴェントであるため、(それまでのドレスアップしていくナイトクラブやディスコとは違い)ドレスダウンしたカジュアルな服装が中心でした。60年代のヒッピー的サイケデリック・ファッションも多く、そこでかかるのはアシッドハウスやテクノ。なお、「Rave」の語源は「revolution live」からの造語だったそう。こうしたレイヴカルチャーは1980年代ごろから勃興し、(UKでダンス+ロックのムーブメントとなった)マッドチェスターもこの流れの中にありました。また2000年代にそうした動きが再興してきたことを「ニューレイヴ」という表現で括られ、中心にいたのがこのバンド。

!!! – Myth Takes

!!!(チック・チック・チック)はUSのカリフォルニア州サクラメントのバンド。本作は3枚目のアルバムで、音楽性はダンスパンク。UK勢に比べるとクラブミュージックとロックの融合というより、もっとバンドサウンドでダンスする感じです。ファンキーで飛び跳ねるリズムというか。アルバムタイトルは「ミステイク(間違い)」とかけた「Myth(神話)Takes」。ボーカリストはもともとハードコアシーン出身で、言葉をたたきつける感じがあります。テクノ系のワープレーベルからリリース。ディスコサウンド、ファンクネスを2000年向けにアップデートしたようなサウンドで、2007年のフロア仕様。

Animal Collective – Strawberry Jam

アニマルコレクティヴは、2003年にメリーランド州ボルチモアで結成されたアメリカのエクスペリメンタルポップバンドです。メンバーと創設者は、Avey Tare(David Portner)、Panda Bear(Noah Lennox)、Deakin(Josh Dibb)、Geologist(Brian Weitz)で、2021年に至るまでメンバーチェンジなく活動しています。バンドの音楽は、スタジオでの実験、ボーカルハーモニー、フリークフォーク、ノイズロック、アンビエントドローン、サイケデリアなどのさまざまなジャンルの探求が特徴。本作は7枚目のアルバムです。アリゾナ州ツーソン、砂漠の中のスタジオで録音されたアルバム。「数ヶ月前、レコーディング環境について話していたんだ。僕らの1人は、”次のレコードを砂漠のレコードにするのがいいかもしれない”と思っていた。それが曲と、僕らが望むサウンドに合うように思えたから。砂漠について考えるとき、タンジー(弦などが鳴る音)なギターと、モリコーネ(マカロニ・ウェスタン=イタリア製西部劇映画を多く手掛けた作曲家)のサウンドトラックとジム・モリソン(ドアーズのボーカル)が幽霊と一緒に歩いているシーンが浮かぶからさ。それは僕ら以外の誰にとっても意味がないかもしれないけれどね。カリフォルニア南部からニューメキシコまでたくさんのスタジオを見て、ツーソンでようやくいいスタジオに出合った。そこで僕たちは1年半を過ごしたんだ。」とのこと。砂漠を思い浮かべて聞くとイメージが膨らむかもしれません。本作は好評を持って迎えられ、Pitchfolkのアルバムオブザイヤーに選出されました。

Bright Eyes – Cassadaga

ブライトアイズは、シンガーソングライター兼ギタリストのコナーオバーストによって設立されたアメリカのインディーロックバンドです。こちらも砂漠をテーマにしたというか、砂漠を連想させるジャケット。アルバムタイトルの「カッサダガ」はフロリダ州オーランド郊外にある神霊者たちが住むスピリチュアルな集落で、セネカ語(インディアンの一部族)で「水の下の岩」という意味。音像的にはどこかスピリチュアルなものも感じるインディーフォーク、オルタナティブカントリーです。ジャケットの作りが凝っていて、ユーザーがアルバムの真のカバーアートを見ることができる「Spectral Decoder」が付属していました。また、裏ジャケットにはさまざまなフレーズが隠された文字の羅列があり、謎かけのようなジャケットに。このジャケットでグラミー賞の「最優秀録音パッケージ賞」を受賞。カルト的な人気を誇るアート作品、ビジュアルであり、このジャケットをモチーフにしたタトゥーを入れる人たちがいるようです。

The Horrors – Strange House

ホラーズは、2005年にサウスエンドオンシーで結成された英国のロックバンドで、リードボーカルのファリスバドワン、ギタリストのジョシュアヘイワード、キーボード奏者兼シンセサイザー奏者のトムファース、ベーシストのリスウェッブ、ドラマー兼パーカッショニストのジョースポルジョンで構成されています。彼らの音楽は、ガレージロック、ガレージパンク、ゴシックロック、シューゲイザー、ポストパンクリバイバルに分類されています。本作がデビューアルバム。いかがわしいアンダーグランドの薫りがするダークでゴシックなロックンロール。ルックスもゴシックファッションであり、80年代のゴシックを知らない世代に強いインパクトを与えました。リリース後は積極的にツアーや各地のフェスティバルに参加し、日本のサマソニにも出演しています。

Kristin Hersh - Learn to Sing Like a Star

クリスティン・ハーシュはアメリカのシンガーソングライター、ミュージシャン、作家であり、スローイングミュージズ50FootWaveのボーカルでもあります。本作は7作目のソロアルバム。なんとなくアイドルポップスっぽくも見えるジャケットから受ける印象と違い、アコースティックで良質なインディーロック。アート性も強い作品です。このアルバムリリースと同時にサブスクリプションベースの直接販売のWebサイトであるCASHMusicを立ち上げました。ファンが直接、年会費を支払うことでさまざまなコンテンツ(音源など)にアクセスできる形。レーベルやマーケティングを通さず、直接ファンとつながる形を模索していたアーティスト。MySpaceなどで音楽が共有される、コミュニティができるのと同時に、アーティストが直接ユーザーとつながる、ネットを介して音楽を届ける動きも出ています。一時期、プリンスもファンクラブ会員に向けて直接音楽を届ける動きや、CDを無料で新聞の付録として配るなど「音楽の届け方」を変えようとしていましたが、オルタナティブ、インディーズ界でもそうした動きが出ています。

Gruff Rhys - Candylion

グリフ・リースはウェールズのミュージシャン、作曲家、プロデューサー、映画製作者、作家であり、スーパーファーリーアニマルズのボーカルでもあります。本作はソロとしては2作目のアルバム。「Cool Cymru(クールカムリ)」と呼ばれるウェールズの新文化運動の中心人物の一人であり、カムリとは「ウェールズ」を表すウェールズ語。UKはその名の通り「連合王国」であり、イングランド、アイルランド、スコットランド、ウェールズで文化(も言語)も実は違います。クールカムリは、最初はブリットポップに組み込まれていたものの、ウェールズのバンド群、ステレオフォニックス、マニックストリートプリーチャーズ、カタトニア、スーパーファーリーアニマルズなどが出てきて独自のムーブメントと考えられるようになりました。いわゆる「クールブリタニカ」のウェールズ版(さらに、その日本版が「クールジャパン」ですね)。本作は英語のほかにウェールズ語、スペイン語の歌も入っていてパーソナルな内容(なお、ソロデビューアルバムはすべてウェールズ語)。11.Ffrwydriad Yn y Ffurfafenはウェールズ語の曲ですが、のちのマムフォードアンドサンズ(2007年結成、2009年デビュー)にも通じる、ダンサブルなフォークロックです。

2007年のほかの出来事は、Radioheadがアルバム「In Rainbow」をwebでリリース、なんと「値段は自由」ということで(無料も可!)、リスナーが自分で打ち込んだ金額でダウンロードできるという仕組みを試します。web、特にNapsterやMySpaceによって急激に変化した「音楽の届け方」ですが、アーティストたちも新しい方法を自ら模索する動きが活発化していきます。

2008.ニューゲイズと60's、録音芸術への回帰

ダンス方面に進んだロックミュージック、録音芸術としてのロックが舞台芸術としての肉体性を取り戻していきますが、揺り戻すように録音芸術、音響的に緻密でじっくり鑑賞するような作品が多くリリースされた年。シューゲイズサウンドをアップデートしたニューゲイズや60年代のフォークロック、バロックポップ、クラシックロック的なサウンドが現れてきます。

Deerhunter – Microcastle

ディアハンター(鹿の狩人)は、2001年に結成されたジョージア州アトランタ出身のアメリカのロックバンドです。彼らは自分たちを「アンビエント パンク」と表現していますが、ノイズ、ガレージロック、アートロック、ポップ要素など、幅広いジャンルが組み込まれており、日本では「ニューゲイズ(新しいシューゲイズ)」と称されることもあります。本作は3枚目のアルバムで、従来の作品よりはシューゲイズ感が薄れた(ギターのエフェクトが薄目)の直接的なアルバム。反復と酩酊が渦を巻く音像ながら曲の輪郭はドリームポップ的でもあり、浸れる音像。発売前にwebでリークされるという事態が起き、急遽、新規トラックも追加したといういわくつきの作品ながらビルボード123位とバンド史上最大のヒットに。ダンスに時代が向かっている中、肉体性より芸術性に重きを置いた繊細で緻密なロックサウンド。

Atlas Sound – Let the Blind Lead Those Who Can See but Cannot Feel

ディアハンターのボーカリスト、ブラッドフォード・コックスのソロプロジェクト、アトラスサウンドのデビューアルバム。ディアハンターの新譜もこの年に出しているし多作ですね。DAWソフト、エイブルトンライブを駆使して制作され、即興性が高い制作過程だったとのこと。各曲は数時間で骨格が作られ、曲と歌詞はその場で作り上げていく、というスタイル。即興性の高い、内面から湧き出てきた感情をそのまま音として捉えたような作品。本作の歌詞は自伝的で、子供の頃に受けた虐待、過去の薬物中毒、および彼が遺伝性疾患(マルファン症候群)のためにティーネイジャーのころに入院していた記憶など、Coxの人生経験を反映しています。また、いくつかの曲は、ディアハンターのギタリストである彼の親友のロケット・パントに関するもので、アルバム全体がパントに捧げられています。エイブルトンライブは他のDAW(デジタルオーディオワークステーション)、音楽制作環境ソフトがソフトウェアシーケンサー(譜面をPC上で作り上げていき、その通りに音源が鳴る)ではなく、実際に演奏した音を取り込んだり、その場でPCから音源を鳴らしたものを記録して素材を作り、それをループとして活用するような使い方が多い。リアルタイムで曲を作っていく感覚が強いという特性があります。そのため、こうした即興的な作曲には向いている、むしろエイブルトンライブというソフトウェアがこのアルバムを生み出したとも言えるでしょう。

Cage the Elephant – Cage the Elephant

ケイジザエレファントは、2006年にケンタッキー州ボウリンググリーンで結成されたアメリカのロックバンドです。彼らはイギリスに移住し、セルフタイトルのファーストアルバムがリリースされる直前の2008年にロンドンに定住しました。本作はロンドン移住後にリリースされたファーストアルバム。UKでのリリースが先で、2008年6月23日にヨーロッパでリリース、2009年3月24日にUSでリリースされます。本作は成功を収め、オルタナティブラジオ局で好まれてオンエア。2010年代、一番USのラジオ局で流れたバンドになります。80年代オルタナティブロック、インディーズロック感を色濃く残していたので分かりやすかったのでしょうか。ローファイなガレージサウンドにアーシーなアメリカン・ロックのテイスト。2010年代にはグラミー賞の最優秀ロックアルバム賞も2度、Tell Me I'm Pretty (2015)とSocial Cues (2019)で受賞しています。

Panic! at the Disco – Pretty. Odd.

パニック!アットザディスコはUSのミュージシャン、ブレンドン・ユーリーのソロプロジェクトです。もともとはネバダ州ラスベガスのポップロックバンドで、2004年に幼なじみのユーリー、ライアン・ロス、スペンサー・スミス、ブレント・ウィルソンによって結成されました。本作は2枚目のアルバムで、この頃はまだバンド形態。バロックポップとビートルズとビーチボーイズの作品にインスパイアされた、サイケデリックなスタイルのロックアルバムで、ロンドンのアビーロードスタジオで録音されました。アルバム制作は最初は故郷であるネバダ州のチャールストン山の田舎の山にある小屋でスタートしましたが満足いく結果が得られず、結果としてアビーロードへ移動。この頃まではバンドのメインソングライターはギタリストのライアン・ロスで、デビューアルバムと本作はロスの曲が大半を占めます。しかし、このアルバム完成後に本作の方向性で行きたかったロスと音楽性を変化させたかったユーリーの間で諍いが置き、ロスは脱退してしまいます。

MGMT – Oracular Spectacular

MGMTはコネチカット州ミドルタウンで2002年に結成されたUSのデュオで、アンドリュー・バンウィンガーデンとベン・ゴールドワッサーがメンバー。本作がデビューアルバムで、サイケデリックな雰囲気を持ちつつダンスロック感もある、新時代を感じさせた素晴らしいロックアルバム。残念ながら次作以降でもっと実験的な方向、サイケデリックな方向に進んでしまい勢いを失ってしまいますが、このデビューアルバムの煌めきは色あせません。電子楽器、シンセポップの要素の取り入れ方がうまく、インディーロックとしての完成度も高い。マッドチェスタームーブメントを含むネオサイケデリアの流れを汲みつつ、USのバンドなのでどこかアメリカン、ビーチボーイズ的はーモニーであったり、カントリーであったりとアメリカ的な要素も曲構成に感じるところが新鮮。

Friendly Fires – Friendly Fires

フレンドリー・ファイアーズはUK、ハートフォードシャー州のバンドでUSのXLレコーディングス所属。XLレコーディングスはおそらく現在、世界最大のインディーレーベルでしょう。アデルやレディオヘッド、ジャックホワイト。ヴァンパイアウィークエンド、タイラーザクリエイターらが所属。もともとダンス、レイヴ系のレーベルでしたが、現在はより多様な音楽性に拡張。本作はインディーロック、オルタナティブダンスに分類されるダンスミュージックを土台としたロック。6.On BoardがニンテンドーのWiiFitの北米のテレビコマーシャルで取り上げられました。この曲はプレイステーション3のゲーム「グランツーリスモ5」の予告編でも紹介されています。また、2009年のマーキュリープライズにもノミネートされました(受賞はスピーチデベル)。ファンキーかつダンサブルで、デジタルゲームと親和性が高そうな電子音楽の要素も強く、新しいロックサウンドを開拓しようとした意欲作。

Glasvegas – Glasvegas

グラスヴェガスは、UKはスコットランドのグラスゴー出身のインディーロックバンドです。本作がデビューアルバムで全英2位、マーキュリー賞ノミネートと商業的、批評的成功を獲得。バンドは2003年の夏にいとこのジェームズ・アランとラブ・アランによって結成され、ベースのポール・ドノヒューとドラムのライアン・ロスが加わってラインナップを完成させました。バンド名はグラスゴー(出身地)とラスベガス(エンターテインメントの世界的首都)を組み合わせたという説と、ゲール語の「ガラス」(灰色)とスペイン語の「ラスベガス」(牧草地)の組み合わせであるという説があります。いずれにせよ「響きが心地よいからこの名前にしたんだ」とのこと。NME誌は「(UKロックの)2000年代はリバティーンズが始め、アークティック・モンキーズが定義し、グラスヴェガスがそれを終わらせるとともに次の時代を切り開くだろう」と述べています。ちょっとHype(過剰広告)気味の煽りですが、確かにこのファーストアルバムはそう感じさせる煌めきを持っていました(残念ながらグラスヴェガスはそこまで活動が軌道に乗りませんでしたが)。なお、マーキュリープライズの授賞式の前にボーカルのジェームズ・アランが失踪、当日はジェームズ抜きでの参加となりました。なお、ジェームズは5日後にNYで発見され、無事そのあとのUSツアーにも参加しました。疾走の理由は明かされていませんが、当時はデビュー直後で急激に環境が変わり様々なストレスもあったのでしょう。

Last Shadow Puppets – The Age of the Understatement

ラストシャドウパペットは、アレックス・ターナー(アークティックモンキーズ)、マイルズ・ケイン(ラスカルズ)、ジェームズ・フォード(シミアンモバイルディスコ)、ザック・ドース(ミニマンションズ)で構成されるUKのスーパーグループです。ターナーとケインは、ケインの前のバンドであるリトルフレイムズが2005年の英国ツアーでアークティックモンキーズをサポートしたときに友達になりました。ケインはアークティックモンキーズのアルバムにも楽曲提供するようになり、共同作業を続けていく中にバンド結成、アルバム発表となったようです。このアルバムのテーマとしては古き良き時代というか、60年代への回帰。60年代でUKで活躍したスコットウォーカーや、フランス音楽界のポップアイコン、セルジュ・ゲンズブールとジェーン・バーキンのアルバム「メロディ・ネルソンの物語」、イタリアの映画作曲家エンニオ・モリコーネのサウンドトラックなどにインスパイアされたとのこと。音像はどこか優美でシンフォニックでバロックなポップ。60年代を感じさせるジャケットは1962年にサム・ハスキンス(1960年代に活躍した南アフリカ出身のUKの写真家)が撮影したギルというモデルの写真を使っています。

Titus Andronicus - The Airing of Grievances

タイタス・アンドロニカスは、2005年にニュージャージー州グレンロックで結成されたアメリカのインディーロックバンドです。詩人でもあるボーカル兼ギタリストのパトリックスティックルズ、ギタリストのリアムベトソン、ベーシストのRJゴードン、ドラマーのクリスウィルソンの4人組。グループの名前はシェイクスピアの演劇タイタス・アンドロニカスに由来し、ニュートラル・ミルク・ホテルやパルプなどの影響を受けています。本作がデビューアルバムで、パンクロック、シューゲイズ、ローファイミュージックの要素を組み合わせたものです。Pitchforkでは「暴力的で、誇張され、不遜な」インディーバンドのサウンドとして説明されました。直情的で勢いがあるストレートなギターサウンド。

Fleet Foxes - Fleet Foxes

フリートフォクシーズは、2006年にワシントン州シアトルで結成されたアメリカのインディーフォークバンドです。本作がデビューアルバム。ロビンペックノルド(ボーカル、ギター)とスカイラースケルセット(ギター、マンドリン、バッキングボーカル)が高校時代に出合い、ボブ・ディランとニール・ヤング好きということで意気投合。バンドの母体となります。美しいハーモニーとトラディショナルなメロディはwebで話題となり、2007年後半までに、Myspaceサイトで2か月間で25万曲以上の再生を集めました。時代を超越したような音像で、00年代に突如として現れたフォークロックの新たな金字塔。個人的にはCSN&YのDeja Vuを思い出します。このアルバムは批評家から幅広い評価を得ており、その多くが2000年代の最高のアルバムの1つであり、史上最高のデビューアルバムの1つであると評価しています。

2008年のほかの出来事は、10月にスウェーデンでSpotifyが始動、Napsterの停止から6年の時を経て「聞き放題」のストリーミングサービスが静かにスタートします。また、Nine Inch Nails(NIN)がweb時代の新たな著作権の取組であるクリエイティブコモンズ(BY-NC-SA=クレジットが提供され、結果の作品が同様のライセンスの下でリリースされる限り、誰でも非営利目的で素材を使用または再加工することができる)ライセンスの下でGhosts I–IVThe Slipの2枚のアルバムをリリースします。当時の音楽を取り巻く状況についてNINことトレントレズナーは「進化するデジタル技術と時代遅れの著作権法によって最近起こっている様々なばかげた出来事(不法アップロードによる共有)に、適切だと感じるスタンスを取っているんだ」と語っています。

2009.孤独なダンスと孤高のアート

より録音芸術への回帰、孤高の作品群がリリースされるとともに、ダンスへの接近もより内省的、親密でプレイべートな雰囲気を持ったものが生まれてきます。激情ではない心情の吐露。ディケイドの終わりを感じさせる一年。

The xx – xx

The xxは、2005年に結成されたロンドンのワンズワース出身の英国のインディーロックバンドです。ロミー・マドリー・クロフトとオリバー・シムの男女ボーカルを擁し、音楽プロデューサーのジェイミー・スミス(別名ジェイミーxx)が音楽面をプロデュース。本作がデビューアルバムで、音数をそぎ落としたミニマルでソリッドなサウンド。ダブステップR&B的な手法を取り入れつつ、音数は少なめでプライベート感も感じるものです。XLレコーディングスの本社の一角を改造した社内スタジオで制作された初の作品。夜、ほかの社員が帰宅した後、無人のスタジオで延々と作業を行ったそうで、「自分が世界から孤立したように感じながら」録音をしていたそうです。ここまでミニマルな音作りになったのは、意図的にそうしたというよりデビュー当時はまだメンバーの演奏技術が足りなかったため、という理由だったそうですが、結果として生み出された独特の親密でミニマルなサウンドは2010年代、ロックシーンだけでなくR&B、ヒップホップシーンにも影響を与えていきます。2010年のマーキュリー賞受賞アルバム。

Biffy Clyro - Only Revolutions

ビッフィ・クライロはスコットランドのオルタナティブロックバンドです。本作は5作目。UKではとても人気が高いバンドで、今までに8枚のアルバムを出しており、近作3作はUK1位を獲得。2022年のDownload Festivalでも3日目のヘッドライナーを予定されています。比較的王道のオルタナティブロックというか、音響的冒険よりもパワーポップ的なフックのある楽曲にゆがんだギター、ところどころ咆哮するボーカルが組み合わされ、同じUKのバンドで言えばMuseのようなエモーショナルでドラマティックな音像(こちらの方がMuseよりはストレート)。ちょっとフィルコリンズ期のジェネシスにも通じる「プログレッシブロックの薫りも残したポップロック」的な雰囲気もあります。

The Antlers - Hospice

US、NYブルックリンのインディーロックバンドアントラーズ。本作は3作目のアルバム。当初、アントラーズは、2003年にソロ・コンセプトアルバムのレコーディングを開始したボーカリスト兼ギタリストのピーター・シルバーマンのソロプロジェクトでした。シルバーマンは、2005年後半にニューヨーク市のブルックリンに引っ越した直後にプロジェクトの名前をアントラーズに変更しました。音楽的には霞がかったシューゲイザー的な音像の中でドラマティックなメロディが流れるドリームポップ。本作はアントラーズとしては初のコンセプトアルバムで、ホスピスワーカーと末期骨肉腫に苦しむ女性患者との関係、その後のロマンス、そして虐待的な関係の比喩としての女性のトラウマ、恐怖、そして病気の結果としてゆっくりと落ち込んでいく物語です。

The Dead Weather – Horehound

デッドウェザーは、2009年にテネシー州ナッシュビルで結成されたUSのロックスーパーグループです。アリソン・モスハート(The Kills)、ジャック・ホワイト(The White Stripes、The Raconteurs)、ディーン・フェルティタ(Queens of the Stone Age)、ジャック・ローレンス(The Raconteurs)で構成。テネシー州メンフィスでラカンターズが演奏していたときジャック・ホワイトの声が出なくなり、彼らのツアーに参加していたザ・キルズのアリソン・モスハートにいくつかの曲で代役を依頼、彼女は「Steady as She Goes」と「Salute Your Solution」の2曲を歌いました。ホワイトはその後彼女に、彼とジャック・ローレンスと一緒に曲を録音するかどうか尋ねました。彼らはスタジオでディーン・ファーティタに会い、その夜、複数の曲を演奏することになりました。最終的に彼らは、モスハートをリードシンガー、ローレンスをベース、フェルティタをギターとキーボード、ホワイトをドラムとしてバンドを結成することを決定しました。このバンドではジャック・ホワイトはギターではなくドラムを演奏しています。彼は子供の頃、ホワイト・ストライプスを結成する前にドラムを演奏していました。ホワイトは、別のバンドでリードギターを演奏するのは冗長すぎると感じており、別のことをする機会だと思ったそう。本作はジャック・ホワイト関係作品ということでガレージロックが基調ですが、女性ボーカルでよりルーツ的でブルージーなブルースロックを聞かせています。

Girls – Album

ガールズは、2007年にサンフランシスコで結成されたアメリカのインディーロックバンドでした。girlsという名前ながら男性メンバーのバンド。主要メンバーはソングライター兼リードシンガーのクリストファー・オーウェンズと、ベーシスト兼プロデューサーのチェット・ホワイトの2名。オーウェンズはファミリーインターナショナル(TFI)で育ちました。TFIは1968年に米国カリフォルニア州ハンティントンビーチで設立されたカルト教団で、元々はティーンズフォーキリストと名付けられ、後に神の子供(COG)として有名になりました。その後、名前が変更され、現在、ファミリーインターナショナルと名付けられています。独特の信念、宗教観を持った人たちでコミュニティを作り生活する教団で、オーウェンズは両親が信者だったためにこの教団内で生まれましたが16歳のときにコミュニティからテキサス州アマリロに逃亡しました。それまでほとんど現代社会に触れたことがなかったのでいろいろと苦労したそう(基本的に外界の音楽を聴くこともできなかったが、映画の中で使われるのでクィーンやガンズは聞いたことがあったそう)ですが、大道芸を始め、外界との接点を築いていきます。いろいろあって25歳で音楽を作り、コカインやヘロインなどの薬を飲み始めます。そこでチェット・ホワイトと出会い、ハードコア/パンクを共通の嗜好として意気投合、作られたアルバムが本作です。本作のサウンドは、1950年代、1960年代、1970年代の音楽に大きく影響を受けており、そのサウンドは、ローファイ、サーフロック、ロックンロール、サイケデリックロック、ポップロック、カントリーロック、ガレージロックなどと表現されています。

Wild Beasts - Two Dancers

Wild Beastsは、2002年にケンダルで結成されたUKのインディーロックバンドでした。本作はセカンドアルバムで2010年のマーキュリー賞ノミネート作。16歳の時、クイーンキャサリンスクールの同級生だったヘイデン・ソープとベン・リトルは出会い、フランス語で「野獣」を意味するデュオ「フォーヴィスム」を結成し、一緒に曲を書き始めました。2004年1月、クラスメートのクリス・タルボットとガレス・ブロックがそれぞれドラマーとベーシストとして参加し、バンドの名前はワイルド・ビースツになりました。高校のバンド活動がそのまま継続し、デビューしたバンド。残念ながら2018年に解散してしまいましたが、最後までメンバーチェンジはありませんでした。商業的な大成功はおさめられなかったもののメディアや芸術的な評価は高く、2011年のLondon Awards for Art and Performance(アートとパフォーマンスのためのロンドン賞)で音楽部門を受賞しています。音楽的にはアートロック色が強いインディーロック、ドリームポップ。どこか芝居がかったというか、整合性が取れているのだけれど素っ頓狂な感じもあって芸術性を感じます。

Dirty Projectors - Bitte Orca

ダーティー・プロジェクターはUS、NYブルックリンのインディーバンドです。ブルックリンは面白いバンドが次々と出てきますね。中心人物にしてギターボーカルのデイビット・ロングストレスが唯一の固定メンバーで、ほかのメンバーはけっこう流動的。イェール大学で音楽を学んだデイヴ・ロングストレスのソロ・プロジェクトとして2002年に活動を開始し、現在はデイヴを含めた5人編成。かつてはヴァンパイア・ウィークエンドで活動しているエズラ・クーニグやロスタム・バトマングリも参加していた時期もあります。また、2013年まではもう一人のリードボーカリスト兼ギタリストでロングストレスの恋人でもあったアンバー・コッフマンが在籍し、この二人のバンドとみなされていました。本作は5作目のアルバムで「bitte」はドイツ語で「please」を意味し、「orca」はキラークジラの別名です。ジャンル分け不能というか、基本的にはインディーポップ、エクスペリメンタル(実験)ロックで、ディアハンターやアニマルコレクティブとも近いとされますが、一度曲を作って録音した後に再度解体して、骨組みだけにしたというか、いびつな残骸だけが残ったような不思議な音像。あるべきところに音がなくて、変なところに音があるというか。聞いていて妙なつっかかりや違和感があります。変幻自在に変わっていく音像。本作の成功を持ってダーティープロジェクターはUSインディーロックシーンの中心的なバンドとみなされるようになっていきます。

Grizzly Bear - Veckatimest

グリズリーベアは、2002年に結成されたニューヨークのブルックリン出身のアメリカのロックバンドです。本作は3枚目のアルバムで、ダーティープロジェクターの「ビッテ・オルカ」と双璧を成す2009年NYロックシーンの名盤。本作はクラシック作曲家でもあるニコ・マーリーとのコラボを含んでおり、現代音楽的な緻密な作曲と精緻な音響が計算された芸術作品。録音芸術としてのロックの進化というか、強い美的なこだわりを感じます。このアルバムの名前は、マサチューセッツ州デュークス郡の小さな島、ベッカティメスト島にちなんで付けられました。ここにはメンバーの実家がある島だそうです。その島の美しさに惹かれた、とのこと。また、抽象画のジャケットはメンバーの高校時代からの友人であるウィリアム・オブライエンの作。本作もアルバムリリース前にwebでリークされました。メンバーのインタビューでは「リークされたことより、リークされた音源が(圧縮音源で)音が悪かったのがショックだった。リークされることは覚悟していたけれど、音響にかなりこだわった作品だったから劣悪な音質で聞かれるのが残念だったんだ。幸いなことに、(その劣悪な音質でも)リークされた音源が好評だったのが励みになったよ。その後、高音質である公式リリースをしたら商業的成功(ビルボードで最高位8位)もおさめることができたから、結果としてよかったのかもね」とのこと。バンドは、ダニエルロッセン(ボーカル、ギター)、クリステイラー(ベース)、クリストファーベア(ドラム)で構成されています。もともと4人組で結成以来不動のメンバーで活動していましたが、エドワード・ドロステ(ボーカル、ギター、キーボード)は2020年にバンドを去ってしまいました。

Future of the Left - Travels with Myself and Another

フューチャー・オブ・ザ・レフトは、UK、カーディフを拠点とするウェールズのオルタナティブロックバンドです。ポストハードコアシーンのバンドで、元は別のポストハードコアバンド(McluskyとJarcrew)を組んでいたメンバーが集まって結成したバンド。本作は2枚目のアルバムで、どこか引っ掛かりのあるポストハードコア、ノイズロック。80年代に回帰するような直情的な疾走感と、00年代のポストロック感、ダンスロック感、クラウトロック的反復感も持ち合わせたこの時代ならではの音像です。

Phoenix - Wolfgang Amadeus Phoenix

フェニックスは、フランスのベルサイユ出身のフランスのインディーポップバンドです。本作は4枚目のアルバムで、2010年1月31日に開催された第52回グラミー賞でバンドに最優秀オルタナティブミュージックアルバムのグラミー賞を受賞しました。ギタリストのクリスチャン・マッツァライは同じくフランス出身で世界的成功を収めたダフトパンクの二人と幼馴染であり、ライブに参加したりもしています。フランスのバンドながら英語で歌うバンドであり、最初からUK、USをターゲットにした活動をしてきたバンド。本作でUSの成功をつかみ、各種フェスやツアーに参加して全米での足がかりを固めていきます。どこかフランスらしい優美さもあるさわやかなインディーギターポップ、ニューウェーブ。

2009年のほかの出来事は、1月にバラクオバマ大統領が誕生。同時多発テロからイラク戦争へと突き進んだ「アメリカの正義」が終わりを告げます。グリーンデイのイラク戦争をテーマにしたパンク・オペラ「アメリカン・イドイット」をもとにした演劇がカリフォルニア州バークリーのバークリーシアターで上演されます。そして、8月にリアムとノエルが大喧嘩し、ノエルギャラガーがオアシスから脱退。ブリットポップ最大のバンドであったオアシスが崩壊します。

2010年代の総括

以上、2回に分けて2000年代のロックシーンを見てきました。00年代は序盤がガレージロックやクラシックロックへの回帰、中盤がダンスへの接近と、ポストパンクや80sへの回帰、終盤が録音芸術(ロックのアート性)への回帰、といったところがトレンドでしょうか。とはいえこれは一つの文脈の切り取り方であり、全体としては一つのトレンドで括れる大きなムーブメントがなく、いくつかの動きが同時多発的に起こっていきます。

ダンスミュージックへの回帰の中でラテンのリズムが再び取り入れられ、(ダンスを踊るための)機能的な音楽であった初期ロックンロール、そしてさまざまな音楽を混交したロックミュージックが復活したようにも感じます。同時多発テロ以降、ロックが社会性、メッセージ性を取り戻し、内省から外界への団結や変化を訴えるようになったこともあるのでしょう。よりダンサブルで身体的共時性を強調するようになる。ただ、マーケティング的なカテゴライズは変わらず白人はロック、黒人はヒップホップという分断が続き、その潮流を打破するほどのバンドは出てきませんでしたが、メンバーに女性や非白人を含めた多様性のあるバンドもいくつか出てきます。また、00年代中盤ぐらいまではロックも勢いがあり、次々と新人スターが現れていましたね。終盤の方になってくると新しい動きやロックの進化を感じさせる作品やアーティストは出ているものの、社会現象になるというか、大きな話題になるということが減っていくように思います。もしかすると(ロックだけでなく)音楽というものが時代を象徴する、牽引するような役割が薄まっていった時代なのかも。

先に述べたように全体のトレンドとしては細分化していく。一つにはSNSの隆興もあり、コミュニティの細分化、エコーチェンバー(似たような意見ばかり増幅される)も起き始める。それも、一つの大きな音楽のうねりが置きづらくなった原因なのかもしれません。そうした議論がロック史を通じてみていくと肌感覚として分かるのは面白いですね。次章は2010年代前半を見ていきます。


Alternative(オルタナティブ)ロック史⑧:10年代前半

60年代から見てきたオルタナティブロック史もついに2010年代。最後のDecade(10年間)に突入です。この章では10年代前半の2010-2014年までを見ていきましょう。

一般的に、2010年代は(特にUSでは)ロック冬の時代と言われます。「ロックのヒット曲が出ない」「新人スターが出てこない」「ラジオでロックが流れない」等々。日本、いわゆるJ-Rockシーンはそうでもないですが(King GnuとかSEKAI NO OWARIとか、”ロックバンド”が新しく出てきている)、USではZ世代(2000年以降生まれ)はロックを聞かないとされています。マーケティングセグメントで言えば、ロックは懐メロであり、中高年の音楽である。若者が聞くのはヒップホップでありアイドルでありR&Bでありダンスポップである。どこまで「ロック」とするかという境界はあいまい(純粋な音楽スタイルや聴覚上の感覚だけではなく、ファッションなども含んだアーティストイメージや音楽マーケティング上の分類)だったりしますが、いわゆる「ロックバンド」は時代遅れとなっている、と言われます。

別の軸で見ると、音楽の主体が「バンド」という組織・集団から「アーティスト」個々人の時代になっているとも言えます(例外的に思いつくのはK-POPの「アイドルグループ」ですが、USで流行ったのは2020年代の新しい流れ)。基本的に2010年代に活躍したUSのアーティストは「個人」か「プロジェクト」が多い印象を持っています。対して、ロックミュージックは昔から「バンド」が強い。個人で活動するシンガーソングライター的なアーティスト(ボブ・ディランやブルース・スプリングスティーン)やデヴィッド・ボウイのようなロックスターもいますが、基本的には「バンド」であり、群像劇の側面があった。そうしたものが解体されたのかもしれません。2010年代は「バンド」から「アーティスト」にフォーカスが移る時代だったのではないか、という仮説に立ってみると、3つの原因が考えられます。

1.DTMソフトの発達でバンドを組まなくても音楽が作れるようになった(むしろ、バンドを組む方が難易度が高い)。音楽が好きでとにかくやってみたいと思った人は「まず一人でやってみる」がスタートラインになった。

2.「バンドにしか出せない音」はあるが、「バンドには出せない音」もある(たとえばドラマーがいるバンドはドラムレスのアルバムは作りづらい・そういうものを作るとメンバー不和や解散の原因になりがち)。「(ボーカル・ギター・ベース・ドラムという編成の)バンドサウンド」は50年代から00年代までさんざん実験されてきたので、「バンドには出せない音」の方が手つかずの領域が多かった。

3.各種SNSなどで発信する個人が増え、人々の興味の主体(時代のトレンド)が「組織」から「個人」に移った。個人のほうがイメージプロデュースも管理もしやすく、アーティストストーリーもシンプルで分かりやすい。

前置きが長くなりました。今回はこの仮説も検証しながら2010年代を振り返っていきましょう。この時代に「ロック」とされたアーティストや、名盤とされるアルバムはどんなものだったのでしょうか。そして、この時代であえて「ロックバンド」であることを選んだアーティストたちは、どんな音を鳴らしたのでしょうか。

2010.バンドサウンドからの脱却

00年代中盤からその傾向はありましたが、2010年代になるといわゆる従来の「ロックバンドのフォーマット」より、2人編成だったりソロアーティストだったりが増えてきます。評価されるアルバムも従来のバンドサウンドの枠にはまらないもの、実験的要素や音響的に目新しいものが多くなってきます。

The National - High Violet

ザ・ナショナルは1999年にNY、ブルックリンで結成されたUSのバンドで、現在はオハイオ州シンシナシティで活動中。メンバーはみな地元、シンシナシティで出会った幼馴染であったり、兄弟。もともと1991年に出会い、その後NYで再開してバンド結成となったようです。ジョイディヴィジョン、レナードコーエン、インターポール、ウィルコ、デペッシュモード、ニックケイブ&ザバッドシードなどと比較される、ポストパンクとゴシックとニューウェーブとUSインディーズロックが織り交ざった、USならではの音。本作は5作目のアルバムで北米(ビルボード3位)およびヨーロッパ(30万枚以上の売り上げ)での成功を手にしました。発売前にwebで低音質版がリークされてしまい、NYタイムズのwebサイトで1週間の間無料ストリーミング配信することに。また、NPR(USのラジオ局)でもストリーミング配信した後リリース。00年代後半から「海賊版リーク→リリース」の流れが多く、海賊版リーク対策が大きな問題となっていたことが伺えます。このアルバムにかかわる面白い試みとして、2013年にニューヨークのアートインスタレーションで2.Sorrowを105回連続で演奏し、6時間のパフォーマンスを行いました。このパフォーマンスは、2015年6月に4ADによってA Lot ofSorrowというタイトルでレコードのみの限定版ボックスセットとしてリリースされました。なお、バンド名はシンプルに「国民」で、バンド名をつけるとき「なるべくありふれて特別な意味がないものにしよう」と思ってつけた名前だそうですが、ヨーロッパで人気が出た後はヨーロッパだと「ナショナリスト」とか「国民戦線」とかと結びついて国民主義、特にドイツだとナチスなどと結びつけられることもあったそうで、いくつかのショーをボイコットされたこともあったそう。「そういう意図はなかったんだけどね、、、」とのことです。

Beach House - Teen Dream

ビーチハウスは、2004年にメリーランド州ボルチモアで結成されたUSのデュオです。バンドは、ボーカリスト兼キーボード奏者のVictoria Legrand(ヴィクトリア・ルグラン)と、ギタリスト、キーボード奏者、バックアップボーカリストのAlex Scally(アレックス・スカリー)の男女のペアで構成されています。ボーカリストの声質からNico(ヴェルベットアンダーグラウンド)と比較されることも。この二人は恋人ではないそう(さんざんインタビューで聞かれて辟易しているそう)。ヴィクトリアはフランス生まれの移民で、フランスの著名なジャズピアニストのミシェル・ルグランの姪。ギターポップとローファイ、ドリームポップなサウンド。デュオならではの自由な音編成でさまざまな表情の曲が入っています。USインディーシーンで00年代半ばから盛り上がったドリームポップ(シューゲイザーっぽい霞がかった音と宅禄感のある親密なサウンドが特徴)のムーブメントの中心的な存在とされるバンド。本作は3作目のアルバムで前作リリース後のツアーから帰り、数か月かけてデモを練り上げて、前のツアーで得た収益のほとんどを費やして録音したアルバムだそうでそれまでに比べて格段に音響が向上。各種メディアで2010年のベストアルバムにランクインし、ビルボードでも43位とスマッシュヒット、批評的にも商業的にもそれまで以上の成功をおさめます。なお、本作もリリース前にwebに流出しています。

Superchunk - Majesty Shredding

スーパーチャンクは、米国ノースカロライナ州チャペルヒル出身のアメリカのインディーロックバンドで、シンガーギタリストのマック・マコーガン、ギタリストのジム・ウィルバー、ベーシストのローラ・バランス、ドラマーのジョン・ウースターで構成されています。1989年に結成されたベテランで、1990年代のチャペルヒルの音楽シーンを定義するのに役立ったバンドの1つでした。彼らのエネルギッシュで高速なスタイルとDIY精神は、パンクロックの影響を受けつつ、グランジの原型とも言えるパワーポップ直系のバンドサウンド。本作は9年ぶり、9作目のスタジオアルバム。彼らの影響力はメンバーのマコーガンとバランスがもともと自分たちの音楽をリリースするために作ったインディーズレコードレーベルMerge Records(マージレコード)の設立によるところも大きい。マージレコードにはスプーンやアーケードファイヤなど、USインディーロックシーンにおける重要バンドが多く所属しています。

The Black Keys – Brothers

Black Keysは、2001年にオハイオ州アクロンで結成されたアメリカのロックバンドで、このグループは、ダン・アウアーバッハ(ギター、ベース、ボーカル)とパトリック・カーニー(ドラム)の二人編成。ガレージサウンドの骨太かつ大陸的なブルースロックを奏でています。二人は幼馴染で小さいころからともに活動していたそうです。本作は6作目のアルバムで、それまで地道な活動をしてきたバンドが突然大ブレイク。結果として100万枚以上を売るヒットとなります。ただ、本作リリース前にはバンドは解散の危機にあったそう。アウアーバッハとカーニーは2009年までに緊張関係にあり、それぞれサイドプロジェクトを始める準備をしていました。特にアウアーバッハはソロアルバムを出そうと計画していましたがそれがカーニーに知らされていなかったためさらに関係は険悪に。もともと、関係が険悪になった原因はカーニーの当時の妻の問題もあったそう。アウアーバッハから見てあまり良い妻ではなかったようで、平たく言うと「親友が悪い女に騙されている」という憤りもあったよう。ただ、よくあることとして恋人(妻)に対してそういう苦言をいうと喧嘩のもとになります。しかし結果としてカーニーの夫婦生活は破綻し、離婚。カーニーとアウアーバッハは「いかにバンド活動が大切か」を再確認しあい、仲直りしてこのアルバム制作に入ります。結果として大成功を収めるのだからなかなかドラマティック。レコーディング初期は離婚したばかりのカーニーが落ち込んでいたそうですが、最初に出来上がった曲が2.Next Girlで、この曲の前向きなメッセージがカーニーは元気を取り戻すきっかけになったそう。

These New Puritans - Hidden

ジーズニューピューリタンはジャック・バーネット(メインソングライター、ボーカリスト、マルチインストゥルメンタリスト)と双子の兄弟ジョージ・バーネット(ドラム、エレクトロニクス、アートワーク)で構成されているUK、サウスエンドオンシー出身のユニットです。かつてはほかのメンバーもいました(このアルバムリリース時は4人組)が現在は二人組。彼らの音楽は「ロック、クラシック、エレクトロニック、エクスペリメンタルの区別を曖昧にする」や、「驚くほどモダンでありながら同時に時代を超越した」等と評されています。本作は2作目のアルバムで、表記するときは「ĦỊĐĐỂŅ」と書くのがファンの間では定型化しているそう。元バークサイコシス(1986年に結成された”ポストロック”の先駆者とされるUKのバンド)のリーダーであるグラハム・サットンとジャックの共同プロデュース。制作のテーマは「ダンスホールとスティーブ・ライヒ(ミニマルな反復を特徴とする現代音楽家)が出会う」だったそうで、そういわれてみるとまさにそんな音像。アルバム制作前にジャックはファゴット(木管楽器)のための作曲をしていたそうで、そうした管楽器向けの編曲や採譜法も活かしているとのことです。

The Walkmen - Lisbon

ウォークメンはアメリカのインディーロックバンドで、メンバーはニューヨーク市とフィラデルフィアに拠点を置いています。5人組のバンドで2000年から2013年まで変わらぬメンバーで活動。もともと、マーティン(ベース)、マルーン(ギター)、バリック(ドラム)をメンバーとするジョナサン・ファイア*イーターと、ライトハウザー(ボーカル)とバウア(オルガン)ーをメンバーとするザ・リコイズの2つの別々のバンドが解散した後、メンバーが合流される形で結成されました。本作は6枚目のアルバムで、5日間でレコーディングされ、28曲の中から11曲を選んでリリースしたそう。音楽的にはポストパンクガレージロックリバイバルの影響も感じる力強いサウンドながらどこか穏やかさ、落ち着きもある00年代以降のNYシーン的なアーバンさも感じる音像

Twin Shadow - Forget

ツインシャドウは、カリフォルニア州ロサンゼルスを拠点とするドミニカ系アメリカ人のシンガーソングライターであるジョージ・ルイス・ジュニア(1983年3月30日生まれ)のプロジェクトです。本作がデビューアルバムでグリズリー・ベアのクリス・テイラーがプロデュース。2010年のベストアルバムに各メディアで選出され、「1980年代のニューウェーブが染み込んだ」、「構築されたシンセテクスチャは聞いたら忘れられない」、「洗練されたメロディー」、「R&Bの親密さ」、「詩的な歌詞」、「霞がかった新しい波色のポップ」などと評されています。ファッションにも興味があり、ファッションモデルやランウェイ(ファッションショー)の音楽を手掛けるなど、音楽とファッションの融合にも積極的なアーティスト。少しゴシックなプリンス、といった趣もあります。

Joanna Newsom - Have One on Me

北カリフォルニア生まれのUSのSSW、女優のジョアンナ・ニューサムの3枚目のスタジオアルバムにして3枚組、2時間超えの大作。トリプルアルバムとあって様々な実験も繰り広げられています。本作のレコーディング中に声帯結節を発症し、2か月間話すことも歌うこともできなかったそうですが、結節からの回復とさらなる「声の修正」が彼女の声を変えました。独特のボーカルスタイル、ケイトブッシュ的というか妖精、小悪魔的なキッチュなソプラノと、ハープの名手でもありハープ弾き語りという特異なスタイルも持っています。音像的にはオルタナティブフォーク、フリーク(奇形の)フォーク、サイケデリックフォークなどと呼ばれ、アコースティックな音像にハープの響きがファンタジックな響きを与えています。アパラチアンフォークの影響を感じる歌唱法。とはいえまったりした落ち着いた音楽というよりは展開は目まぐるしく次々と展開していく、アリスのティーパーティーのような音世界。前衛音楽からの影響も強く感じます。なお、本作の録音前に2時間のシークレットショーを行い、本作からの新曲を披露したそうですが、その時の変名が「ビートルズ」だったそう。また、彼女は女優としていくつかの映画やドラマに出演しており、MGMTのKidsのMVにも出演しています。

Menomena - Mines

メノメナはオレゴン州ポートランドを拠点とするUSのバンドです、もともとはダニー・セイム、ジャスティン・ハリス、ブレント・クノップの3人組で、2011年にクノップが脱退。このアルバムリリース時は3人編成です。本作が4作目のアルバム。作曲が独特な手法を取っているバンドで、メインソングライターは存在せず、クノップが作成したDigital Looping Recorder、または略してDeelerと呼ばれるコンピュータープログラムを用いて、各メンバーが電子メールでアイデア、音素材を送りあいながらDeelerにインプットしていき、曲を構築していくとのこと。「まず、ヘッドフォンで再生されるクリックのテンポを設定するんだ。次に、1本のマイクを順番に回していく。1人がマイクを前に置くだろ、そこに楽器を録音していく。もう1人がクリックトラックの上に短い即興のリフを録音する。通常はドラムから始めることが多いな。ドラムがループし始めたら、ベース、ピアノ、ギター、ベル、サックス、またはその他の種類のノイズメーカーや、部屋にあるものを投げつけて音を出すんだ。Deelerは作曲プロセスを民主的に保てるし、それが僕らがバンドを運営するために知っている唯一の方法なんだよ。」本作は前作から3年の月日をかけて制作されたそう。数百のアイデアが行きかい、「熱中して協力したり、互いに感情的になって喧嘩したり、採取的には大喧嘩になって皆が憤慨したりといろいろあったけれど、信じられないことに結果として出来上がったものは素晴らしいものだよ」とのこと。音楽的にはそうした作業工程を経て緻密に組み上げられた美しいインディーロック

No Age - Everything in Between

ノーエイジはカリフォルニア州LAを拠点とするギタリストのランディ・ランドールとドラマー/ヴォーカリストのディーン・アレン・スパントからなるデュオです。本作がセカンドアルバムで、アートロックノイズロックなどと言われます。シューゲイズ的なギターノイズを効果的に使いつつ、ドリームポップとは違うガレージロック的なストレートなロックンロールサウンドを奏でています。00年代中盤以降のダンサブルなロックというよりはそれ以前のガレージロックリバイバル、ポストパンク的。クラブミュージックからの影響はあまり感じません。ノイジーにしたチープトリック的、つまりグランジの源流の一つであるパワーポップ的な側面も感じます。80年代終盤のオルタナティブシーン、ニルヴァーナの初期ぐらいのリバイバル感というか。そこに2010年代ならではの「バンドサウンドの枠を超えた実験(電子音とか)」が入ってきます。グランジブームに火をつけたシアトルのサブポップレーベルからのリリース。

2010年のほかの出来事としてはグリーンデイのミュージカル「アメリカンイドイット」が好評につきブロードウェイのセントジェームズシアターで上演されることに。また、ロラパルーザのヘッドライナーとして出演するためにサウンドガーデンが再結成を果たします。他には2007年から活動を開始していたBandcampの認知度向上。現在ではインディーロックシーンに欠かせないサイトですが、当初のスタートは地味なものでした。2010年にアマンダ・パルマー、ロー・プレイセズ(Low Places)、ベッドヘッド(Bedhed)らプロのミュージシャンがアルバムの販売を自身のレコードレーベルからBandcampに切り替えTwitterで宣伝を行ったことからBandcampへの注目が集まり始めます。

2011.ソロアーティストと女性の活躍

だんだんとソロアーティストや女性アーティストが目立つようになってきます。男性主体のロックバンドがあまり目立たない。もちろん、活動を継続しているベテランバンドはいるし、新しく結成されるバンドもあるはずなのですが女性やソロアーティストの活躍の方が前面に出てきます。

Bon Iver - Bon Iver, Bon Iver

ボン・イヴェールは、USのSSWであるジャスティン・ヴァーノンによって2006年に設立されたインディーフォークバンドです。もともとヴァーノンのソロプロジェクトでしたがその後メンバーを拡充してバンド形態に。ヴァーノンは前のバンド(DeYarmond Edison)の解散後、失意のうちに病(単核球症肝)に倒れ、故郷であるウィスコンシン州に戻っていました。そこでふとボン・イヴェールというあだ名(フランス語で「良い冬」)が頭に浮かんだそう。このつらい時期から回復していく間、個人的に作っていたデモ音源があり、リリースするつもりはなかったものの周りからの評価が良かったためそのままリリースすることに。これが前作、ボン・イヴェールのデビューアルバムとなったFor Emma, Forever Agoです。もともとデモテープとして作られ、ほぼヴァーノン一人で作り上げたパーソナルな音源が話題となり、一躍インディーフォーク界の寵児となったヴァーノンは本作の制作を開始。腕利きのミュージシャン(低音サックスのコリン・ステットソンやペダルスチールギタリストのグレッグ・レイズら)を集めてバンド形態となり、録音を開始します。前作のパーソナルで親密な空気が失われたというレビューもありましたが大方のメディアにおいて本作は好評で、幽玄で穏やかなフォークロックに電子音やポストロック的音響とダイナミズム、室内楽的(チェンバーポップ)な高貴さ、多様な楽器の音の広がりが追加されてより豊潤な音世界が作られています。

Low - C'mon

ロウは、1993年に結成された、ミネソタ州ダルース出身のアメリカのインディーロックバンドです。このグループは、創設メンバーのアラン・スパーホーク(ギターとボーカル)とミミ・パーカー(ドラムとボーカル)で構成されています。ベースも在籍し、基本的にスリーピースバンドですがベーシストは流動的。音像としてはゆっくりとしたテンポとミニマリストのアレンジが特徴で、一番印象的なのはパーカーとスパーホークの男女ヴォーカルハーモニーでしょう。美しく荘厳な音像。本作は9作目のスタジオアルバムでミネソタ州ダルースにある元カトリック教会であるSacred Heart Studioで録音されました。スパーホークとパーカーは結婚しており、2人の子供がいて、モルモン信仰としても知られる末日聖徒イエス・キリスト教会の会員として活動しています。なんとなく神聖な感じ、讃美歌的な感覚があるのはそういうバックグラウンドも影響しているのかもしれません。USロック史、音楽史を紐解いていくと宗教音楽の影響が案外大きいのですよね。たとえばCCM(コンテンポラリークリスチャンミュージック:現代キリスト教音楽)は音楽シーンで一定の存在感があり、独自の音楽賞もあります。デビュー当時はエヴァネッセンスもCCMとされていました(本人たちが否定)。ロウはモルモン教(USのキリスト教各宗派の中でもやや特殊)なのでCCMには入りませんが、宗教的な側面、讃美歌的な側面はあるのでしょう。そもそもブルースやソウルも黒人のスピリチュアル・ゴスペルの影響も強いし、ロック音楽の持つ「芸術性」というのが宗教観、神への純粋な賛歌に通じるところも多いように感じます。音響的にも教会的なリバーブもよく使われますし、讃美歌、宗教音楽はUSのミュージシャンにとっては日常的・根源(ルーツ)的なものなのでしょう。

Wild Flag - Wild Flag

ワイルドフラッグは、オレゴン州ポートランドとワシントンDCを拠点とするアメリカの4ピースインディーロック/ポストパンクスーパーグループでした。るキャリー・ブラウンスタイン(ボーカル、ギター)、メアリー・ティモニー(ボーカル、ギター)、レベッカ・コール(キーボード、バック・ボーカル)、ジャネット・ワイス(ドラム、バック・ボーカル)で構成された女性ロックバンド。本作がデビュー作にして唯一のアルバム。ワイルドフラッグのメンバーはこのバンドを結成する前に、幅広い音楽キャリアを持っています。キャリー・ブラウンスタインは、1994年から2006年にバンドが活動を停止するまで、Sleater-Kinneyで演奏したことで有名です。ジャネット・ワイスは、90年代後半から2000年代初頭にかけて、QuasiSleater-Kinneyの両方で同時にドラムを演奏し、その後、Bright EyesStephen MalkmusJicks and Conor Oberstのアルバムにも参加しました。メアリー・ティモニーは AutoclaveHeliumでギター兼ボーカルを担当、ソロアルバムも出しています。レベッカ・コールは、ワイルドフラッグのキーボード奏者になる前に、1996年から2008年までMindersでドラムを演奏していました。勢いがあってカッコいいロックンロール。ロックバンドの醍醐味を感じられるアルバムですが時代に合わなかったのかあまり成功せず、この1枚でバンドは分解してしまいます。スーパーチャンクのマージレコードからのリリース。

Lykke Li - Wounded Rhymes

リッキ・リーとして知られるリッキ・ティモテイ・ザクリソン(1986年3月18日生まれ)は、スウェーデンのシンガーソングライター兼モデルです。彼女の音楽は、インディーポップ、ドリームポップ、エレクトロニックの要素をミックスしたもの。本作はセカンドアルバムです。ジェファーソンエアプレイン的なサイケデリック感もあり、レトロな雰囲気を持ちつつ現代的なガレージ感、音響感、そしてエレクトリックな手触りも持ち合わせた作品。前作のデビューアルバム(2009年)リリース時には19歳だったリーが、2年間の間に感じたことを詰め込んだアルバム。その間に成長といくつかの幻滅があり、地元スウェーデンからLAに出てきて作成したアルバム。砂漠にも行き、スウェーデンの冬とはあまりに違う環境の中で感じた事を音にしたそう。本作は欧州各地で成功をおさめ、ローリングストーンズ誌は「奇妙なポップスの宝石」と評しています。

Fucked Up - David Comes to Life

ファックドアップは2001年にオンタリオ州トロントで結成された6人組のカナダのハードコアバンドです。本作は3枚目のスタジオアルバムで2枚組アルバム。マタドールレコードからのリリース。音楽的にはストレートなハードコアで80年代感(ハスカードゥとかミニッツマンとか)を感じさせますが、プロダクションは良好でメロコアを通過して聞きやすい音像。アルバムは1970年代と1980年代のイギリスを舞台にしたロックオペラです。ドラマーのジョナ・ファルコは、このアルバムを「タイトルキャラクターのデイビッドとベロニカという名前の女の子の間のラブストーリー」と説明しました。物語には信頼できない語り手(進行役のナレーターが出てくるがそのナレーターが信頼できない)と、メタフィクションの構造があります。大きなあらすじは次の通り。

デビッド・エリアーデは、70年代後半、80年代初頭のイギリスの電球工場の労働者です。デビッドは活動家のベロニカ・ボワソンと出会い、2人は恋に落ちます。デビッドはベロニカとの関係を楽しんでいますが、何か問題が発生するのではないかと心配し始めます。二人は抗議のために爆弾を作り、工場を爆破しようとします。しかし、爆弾は工場を破壊することに失敗し、その過程でベロニカを殺してしまいます。デビッドはベロニカと一緒に時間を過ごすことに悲しみを感じ、それがすべて無駄だったと思い、ナレーターはそれに同意します。デビッドはまた、ベロニカの死を引き起こしたことに対して罪悪感を感じています。

次に物語は、デビッドにナレーションを信頼しないように指示するビビアン・ベンソンが現れます。デビッドはその後、彼が物語の登場人物であり、物語のナレーターであるオクタビオ・サンローランによって支配されていることに気づきます。デビッドとオクタビオは支配をめぐって戦いますが、デビッドは戦いに負けて気分が悪くなります。

ビビアンはそれから彼女が爆弾の爆発を目撃したこと、そしてオクタビオがベロニカの死の原因であったことをデビッドに明らかにします。オクタビオはベロニカを死なせるのは間違っていたことを認めますが、自分は悪役としてキャストされたので、自分は単に自分の仕事をしているだけであり、非難されるべきではないと自己擁護します。ベロニカの魂はデビッドの元に戻り、デビッドはベロニカとの彼の時間が価値があったことに気づきます。デビッドは、彼の経験に満足して、すべてを再び追体験するために工場に戻ります。

Noel Gallagher's High Flying Birds – Noel Gallagher's High Flying Birds

2009年のオアシスの崩壊から2年の時を経て、メインソングライターであったノエルギャラガーがシーンにカムバックした作品。ノエルのソロバンドの色合いが強く、バンド名は「ピーターグリーンズフリートウッドマック」を聞いていた時に「ノエルギャラガーズ」をつけることを思いついたのと、「ハイフライングバーズ」はジェファーソンエアプレインの曲名から取ったそう。音楽的にはオアシスを引き継ぐ、むしろオアシスの初期に回帰したようなブリットポップの王道ど真ん中サウンド。オアシスサウンドを作った張本人なので当然ですが、見事な復活を遂げます。現在までに250万枚を売り上げ、商業的にもオアシスを引き継ぐ成功をおさめています。なお、同年に残されたオアシスのメンバーによるビーディー・アイズのデビューアルバムDifferent Gear, Still Speedingもリリースされますがこちらは期待されたほどは成功せず。ビーディーアイズはやがて解散してしまい、のちにリアムギャラガーはソロとして再起します。

Foster the People – Torches

フォスター・ザ・ピープルは、2009年にカリフォルニア州ロサンゼルスで結成されたアメリカのインディーポップバンドです。リードボーカリストのマーク・フォスターが中心人物で、2009年秋にドラマーのマーク・ポンティウスと出会い結成。最初はフォスター&ザ・ピープルだったそうですがフォスター・ザ・ピープル(人々の世話をする、という意味)と誤読され、それならそれでよいかとこの名前に落ち着いたそう。デビューシングル「Pumped Up Kicks」がバイラルヒットし、2010年のSXSWに出演、バンドは注目を集めコロムビアレコードと契約を結び本作をリリース。本作もUSで200万枚以上を売るヒットとなります。新世代のポップなセンス、ヒップホップ的な要素も織り込みつつ一定のロックのダイナミズム、スリリングさも保ったアルバム。ヴァンパイアウィークエンドにも通じるダンサブルでちょっとレトロなロックンロール感もあります。なお、ブルーオイスターカルトのバック・ダーマが「お気に入りバンド」としてライブでこのバンドの名前を挙げたそう。

EMA - Past Life Martyred Saints

EMAことエリカ・ミシェル・アンダーソン(1982年1月28日生まれ)は、US、サウスダコタ州出身のSSWです。ノイズフォークバンドGownsの元リードシンガーで、バンド解散後にソロキャリアを模索。本作がソロデビューアルバムです。このアルバムは、アンダーソンの内面を吐露し、自傷行為、薬物使用、および失敗した恋愛関係などの自伝的なテーマを抒情的に扱っています。90年代グランジ・オルタナティブシーンの内省的な雰囲気を色濃く纏った作品。いや、もっと源流のヴェルベット・アンダーグラウンド、ルー・リード的というべきでしょうか。以前のバンドGownsは当時の恋人と結成したバンドで、バンドの解散は関係の終焉も意味しました。解散後、アンダーソンはソロアーティストとしてアルバム契約を獲得しようとさまざまなレーベルにアプローチしましたがうまくいかず、うつ状態に陥ります。彼女が(実家のある)故郷に帰ろうかとしていたところ、インディーズレーベルSouterrain Transmissionから契約の話があり本作のリリースにこぎつけます。タイトルは直訳すると「過去の人生で殉教した聖人」で、元ボーイフレンドの兄弟が「自分の前世は聖人だった」とよく吹聴していたことからつけたタイトルだそう。

Florence + The Machine - Ceremonials

フローレンス・アンド・ザ・マシーンは2007年にロンドンで結成されたUKのロックバンドです。本作は2作目。フローレンス・アンド・ザ・マシーンの名前は、ボーカリストであるフローレンス・ウェルチとキーボーディストであるイザベラ・”マシーン”・サマーズが始めに出合った10代のコラボレーションに由来しています。ロックやソウルを織り交ぜたサウンドでUKで人気に火が付き、デビューアルバムが大ヒット。セカンドアルバムである本作ではUSでもヒットし、全世界で200万枚を売るヒットとなります。2010年代でもっとも成功したUKのバンドの一つであり、2015年にはUK最大のロックフェスであるグラストンベリーフェスティバルのヘッドライナーアクトとなりました。フローレンス・ウェルチは今世紀初のUK出身の女性ヘッドライナーです。ケイト・ブッシュやスージー・スー、PJ・ハーヴェイ、トーリ・エイモス、ビョークなどと比較されてきたウェルチですが、彼女自身が一番影響を受けたのはジェファーソンエアプレインのグレイス・スリックだそう。確かに、スリックは女性ロックスターの先駆けと言える存在です。

tUnE-yArDs - w h o k i l l

tUnE-yArDs(チューンヤーズ)はアメリカ、オークランド、カリフォルニアを拠点とする女性SSW、メリル・ガーバスのプロジェクトです。2009年からマルチ楽器奏者のネイト・ブレナーも参加。基本的にすべての曲はガーバスが作成しています。フォーク、ロック、R&B、パンク、ファンク、フリージャズ、アフロビートなどを取り入れたかなり特異性の高いサウンドで、音素材を切り刻み、ループさせつつ全体としてはプリミティブな生命力も感じさせる音像にまとめ上げています。秩序だった混乱という不思議な感覚。これぞオルタナティブロックというオルタナの中のオルタナ、辺境の中の辺境

この年のほかの出来事は、R.E.Mが31年の歴史に幕を下ろし解散。また、ソニックユースのキム・ゴードンとサーストン・ムーアが27年間の結婚生活にピリオドを打ち、バンドも休止状態になります。また、2010年代に最も売れたUKのアーティストであるアデルの21がリリースされ大ヒット。2009年にデビューしたアデルの世界的成功はロックシーンにソウルの影響が再度浮上してくる一つの要因となった気がします。また、SpotifyがUSでのサービスを開始します。ヨーロッパでの有料会員数は100万人から200万人へ倍増。成長期に入ります。

2012.ソウル、ヒップホップが影響力を増す

2011年から引き続き、ソロアーティストと女性に勢いがあるのは変わりません。グランジムーブメントによって一気に商業的成功を収める前の、もっと草の根的な「インディーズシーン」に戻ったとも言える。ただ、その中でソウルの影響を感じさせるロックがいくつかヒットし、商業性とロック感を両立します。ソウルに影響を受けたソフトロックと言えるアデルの21が2011年にリリースされ、2012年も引き続きチャートを席巻していたのでその影響もあるのかもしれません。ソウルだけでなくヒップホップ的な音像も所々に出てくる。USのメインストリームがソウル、ヒップホップ、R&Bなので、USで商業的成功を収めるロックアルバムはそういう要素がうまく取り込まれている印象です。

Tame Impala - Lonerism

テーム・インパラはオーストラリアのマルチプレイヤーであるケビン・パーカーのソロ・プロジェクトです。オーストラリアのサイケデリックロックバンドPondと密接な関係があり、ツアーメンバーなどを共有しています。本作は2作目で、ギターサウンドが後退しよりシンセやサンプリングが増えた、ファンタジックでドリーミーな音像。前作の成功により新しい家を手に入れ、ホームスタジオでの録音からスタートした本作、製作途中でパーカーはパリに引っ越し、パリでアルバムは完成を迎えます。音楽的にはトッドラングレンの「魔法使いは真実のスター」との関係性も指摘され、実験的ながら通底するポップさがあります。実際にトッドラングレンの曲をカバーしたり、ラングレンにリミックスを頼んだりと影響を公にしています。アルバムジャケットはフェンスで囲まれたパリのリュクサンブール公園で、アルバムコンセプトである「孤立」を表すジャケット。半ば偶然撮影された写真で(撮影者はパーカー)、フェンスの向こうの日常では様々な出来事が起きています。そうしたドラマをただフェンスの外から見ている、という構図。ぼやけて見えるフランス語で書かれた門の看板は「犬はひもにつないでいても、この門を超えて入場できません」と書かれています。自分(撮影者の視点)を犬に重ねているのでしょうか。

Alt-J – An Awesome Wave

Alt-J(Δ)は2007年にリーズで結成されたUKのインディーロックバンドです。本作はデビューアルバムにして2012年のマーキュリー賞受賞作。バンドの実際の名前は、三角形の記号Δ(ギリシャ文字の大文字のデルタ)で、「Alt-J」は、Apple Macコンピュータで記号Δを生成するために使用されるキーシーケンスに由来します。浮遊する、漂うようなアンビエントサウンドに口ずさみやすいメロディ、ボーカルスタイルは耽美的でもあり、一つ一つの音はクリアに聞こえR&B的な粒立ちもあります。比較的演奏はシンプルでミニマル、The XXにも通じるところがあります。一応バンド編成でデビューしましたが、ギターサウンドはフォーキーな曲を除き、あまり前面に出てきません。そのせいかのちにギター、ベースを担当していたメンバーは抜けて現在はボーカル(兼ギターベース)、キーボード、ドラムのトリオに。

Fiona Apple - The Idler Wheel

フィオナ・アップル・マカフィー-マグガート(1977年9月13日生まれ)はアメリカのシンガーソングライターであり、今までリリースした5枚のアルバムはすべてUSビルボード200チャートでトップ20に達しています。俳優・画家のブランドン・マッガートの末娘であるアップルはNYで生まれ、NYの母親の家とLAの父親の家を行き来しながら育ちました。子供の頃からピアノの訓練を受けていた彼女は8歳のときに自分の曲を作曲し始め、彼女のデビューアルバムTIDAL(1996)には、彼女が17歳のときに書かれた曲を含んでいました。本作は4作目のアルバムで、2013年度のグラミー賞ベストオルタナティブミュージックアルバムを受賞。アルバムのフルタイトルはThe Idler Wheel Is Wiser Than the Driver of the Screw and Whipping Cords Will Serve You More Than Ropes Will Ever Do(アイドラーホイール※誘導輪 はスクリューのドライバーよりも賢く、ホイップコードはロープより役立つでしょう)で、略称が「アイドラーホイール」。タイトルはアップルが書いた詩に由来しています。音楽的には先の展開が読めない音が飛び回るアートポップ。アコースティックでクラシカルな楽器が多く使われており、チェンバーポップ的な優雅さもありますが曲の作りはかなり実験的。そこにポップさがあるのは自在に飛び回る軽やかなボーカルの魅力でしょう。現代US音楽シーンを代表する女性SSWの一人。

Lana Del Rey - Born to Die

ラナ・デル・レイとして知られるエリザベス・ウーリッジ・グラント(1985年6月21日生まれ)はUSのSSWです。子供の頃に教会の聖歌隊で歌い始め、歌手を志してNYへ。ナイトクラブで自作曲を歌う傍らフォーダム大学で哲学を学び哲学の学士号を取得。大学在学中にインディーズレーベルとのレコード契約を結び、2008年にリジー・グラント名義でデビューEP「Kill Kill」をリリース。その後、名前をラナ・デル・レイに改めてデビューします。名前の由来は、1940年代にUSで活躍した女優のラナ・ターナーと、1980年代にブラジルで生産および販売されたフォード・デル・レイ・セダンの組み合わせです。本作は2作目のアルバムで、(弦楽器を生かした映画音楽のような)バロックポップと(ヒップホップとエレクトロニカの融合である)トリップホップを組み合わせた独特な音像を作り出しています。全体的に映画のサントラ的なドラマティックさ、荘厳さがありつつ、R&B、ヒップホップ的なけだるさやビートの強さがあります。ダウンビートで憂鬱かつ抒情的な表情を持ったオルタナティブロックのジャンルであるサッドコアとの類似性もあり、空気感がのちのビリーアイリッシュにも通じるところがあります。

Jack White - Blunderbuss

ホワイトストライプスの他、ラカンターズデッドウェザーで活動してきたジャックホワイトの初のソロアルバム。ホワイトストライプスは2007年以降実質的な活動休止状態にありましたが、正式に解散したのは2011年で、解散して初めてソロアルバムを出したことになります。ラカンターズやデッドウェザーでは他のミュージシャンとのコラボ色が強い(特にデッドウェザーではドラマー)のに比べ、ホワイトストライプスを継ぐというか、ジャックホワイトの世界観が全面的に出たアルバム。基本的にはそれまでと変わらないブルースロックですが、ヒップホップの影響を感じさせる曲が合ったり、オルタナティブフォーク、スワンプミュージックの色が強い曲が合ったりと、音色は多彩。ホワイトストライプスも初期はギターとボーカルとドラムというミニマルな構成にこだわっていましたが、後期はだんだん実験的な音像になっていった流れを継ぐように、曲ごと必要なミュージシャンを迎えて多様な音像を生み出しています。2000年以降のUSロックシーンの方向性に影響力を持ち、一つのサブジャンルを築いたアーティスト。

Sharon Van Etten - Tramp

シャロン・キャサリン・ヴァン・エッテン(1981年2月26日生まれ)はUSのシンガーソングライターです。高校時代に合唱と舞台に参加し、その後音楽の道を志して大学で録音を学んだものの中退、コーヒーショップ(兼ライブハウス)で働きながらバンドマンと同棲しますがDVを受けるようになり逃げるように(5年ぶりに)実家に戻ります。その後はNYに移り、レコード会社の広報として仕事をしながら音楽デビューに向けて活動を続け、2009年、28歳の時にデビュー。下積み生活が長く苦労してデビューしたアーティストです。本作は3作目のアルバムで、ザ・ナショナルのアーロン・デスナーがプロデュース。デスナー所有のスタジオで録音されています。他にもUSインディーロック界のアーティストが多数ゲスト参加したアルバム。歌が中心にあるオルタナティブフォーク、インディーロックです。一番影響を受けたアーティストとしてアニ・ディフランコ(1989年から活動するUSの女性SSW)を挙げています。

Japandroids - Celebration Rock

ジャパンドロイズは、ブリティッシュコロンビア州バンクーバー出身のカナダのロックバンドで、ブライアン・キング(ギター、ボーカル)とデビッド・プラウズ(ドラム、ボーカル)のデュオです。大学時代に出合った二人は、最初は専任のボーカルを探していたそうですがやがて「お互いにボーカルを分け合おう」ということでデュオとして活動開始。バンクーバーではライブできるようなイベントも場所もなかったため、NYハードコアシーンでDIYの精神を掲げたフガジを見習い、自分たちでイベントを企画し、開催していくDIYスタイルで活動を続けていきます。ただ、2009年のデビューアルバムリリース前に一度、「もうこのバンドは先がない」ということで解散を決意、ただ、デビューアルバムの録音は済ませていたのでなんとかリリースはしたいと思っていました。ところがデビューアルバムをリリースしてもレーベルがあまりサポートしてくれないので仕方なく自分たちの活動を継続し、ライブを行っていたところ、デビューアルバムが各種メディアで絶賛され一躍(インディーズシーンの中では)成功を手にします。本作は2作目のアルバムで、前作リリース後、200本以上のライブを経てバンドとして鍛えられた後でスタジオに戻り、制作されたアルバム。ブルーススプリングスティーントムペティなどのクラシックロックと、ハスカードゥリプレイスメントなどのパンクロックの影響を感じさせる音像で、批評家から絶賛され、ローリングストーンズ誌からは「史上最もクールな夏のアルバム10枚のひとつ」とまで呼びました。プロトパンク的な暴走ロックンロール感があり、同時に突き抜けるような明るいエネルギーも感じます。

Tindersticks - The Something Rain

ティンダースティックスは、1991年にノッティンガムで結成された英国のオルタナティブロックバンドです。オーケストレーションを使用した音像が特徴的で、ソウルやラウンジジャズからの影響も感じられるアダルトでコンテンポラリーなサウンド。とはいえ、ロックバンドらしい性急さ、ビートの強さもあります。本作は9枚目のアルバムで、ジャジーな響きが心地よいアルバム。アルバム制作中に近しい友人や家族の死に見舞われたそうで、そうした悲劇を乗り越えて制作されたアルバム。こうした根強いファンベースを持った中堅バンドが地道な活動を続けているのは良いですね。

The Men - Open Your Heart

ザ・メンは2008年に結成されたNY、ブルックリンのパンクバンドです。メンバーは4人でギター2(ボーカル兼)、ベース、ドラムのオーソドックスなバンド編成。ポストハードコア、パンクロック、ネオサイケデリア、ポストパンクなどに分類されます。ノイズロック的なアルバムを2枚出したのち、本作が3作目でクラシックロックやカントリーミュージック、ドゥーワップ、クラウトロック、サーフロックなど多様なスタイルを取り入れて音楽的な幅が飛躍的に広がり、各種メディアから好評を得ました。単なる勢い一発のガレージロックではなくさまざまな要素がミックスされた知性的なパンクロック

2012年の他の出来事は、UKのPledge Musicで元WildheartsのGinger Wildheartがソロアルバムリリースのための予算をクラウドファンディングで募り、555%の支援を達成。トリプルアルバム「555%」をリリースします。これによりPledge Musicで中堅アーティストもクラウドファンディングを募るようになり、様々なアーティストが再始動したり、過去音源を再リリースしたりする流れができました。残念ながらPledge Musicはうまくいかず2019年に破産してしまいますが、初期の成功を収めたのがこの年。webによって音源の届け方が急速に変化していく中で、アーティストがどうファンとつながるか。ストリーミング時代の前夜、新しい音源から収益を得るかを模索していた時期の出来事です。

2013.90年代グランジ・オルタナリバイバル

この年も一番大きなトレンドは2011年と同じく、女性とソロアーティストの活躍でしょう。ロックバンドはやや少なくなっていますが、久しぶりに女性ロックバンド(Saveges)がデビュー。

一つ感じられる動きとしては90年代、グランジムーブメントの音像のリバイバルが少しづつ起きている、ということ。2010年代は1990年代から20年がたつ節目であり、80年代的なポストパンクリバイバルが00年代に起きたとしたら、10年代には90年代的なグランジ・オルタナサウンドのリバイバルが(メインストリームでの大きな動きではないものの)起きていると感じます。

The 1975 - The 1975

The 1975は2002年に結成されたUKのロックバンドで、現在はマンチェスターを拠点に活動中。10代のころの友人同士で結成されたバンドで15歳の時から曲作りを始めたそう。バンドは4人組で、ギター×2(両名キーボードも担当、1名はボーカル兼任)、ベース、ドラムという完全な「ロックバンド」です。サウンド的にはギターサウンドはそこまで前面に出ず、エレクトロニカ、ソウル、R&Bなど雑食的に飲み込んだポップロックなサウンド。2000年代~2010年代のUKロックシーンのトレンドに乗った音で、バンドサウンドリバイバルという感じでもありません。UKで約60万枚、USでも35万枚以上を売り上げ、グローバルでもミリオンセラーを達成。デビュー作にして大きな成功をつかんだ作品。一部、アフロビートというかUSの黒人音楽の影響を感じさせるグルーブもあり、しなやかなリズムも特徴。ギターは跳ねるような、ファンキーなリフやフレーズを挟んできます。アークティックモンキーズの初期2枚も手掛けたマイク・クロッシーがプロデュース。

Savages - Silence Yourself

サベージズは2011年にロンドンで結成されたUKのバンドです。4人組の女性バンドで、ボーカル、ギター、ベース、ドラムのオーソドックスなバンド編成。本作がデビューアルバム。MagazineGang of Fourといった80年代ポストパンクグループとも比較される、ど真ん中のポストパンクサウンド。男性顔負けの迫力あるステージも話題となりました。ライブで勝負するタイプの肉体性の強いサウンド。ボーカルのジェニー・ベスはLGBTのB(バイセクシャル)であり、ルックスも(時期に寄りますが全体として)中性的。それも独特な雰囲気に寄与しているのかもしれません。Riot Grrrl(女性バンドによるパンクムーブメント)の流れを汲むバンド。

Lorde - Pure Heroine

ロードことエラ・マリヤ・ラニ・イェリッチ=オコナー(1996年11月7日生まれ)が17歳の時にリリースしたファーストアルバム。ニュージーランド出身で、クロアチア系の母親とアイルランド系の父親の間に生まれたロードは小さいころから知性に秀で、いわゆる「Gifted」としてギフテッド向けの学校に一時期通いましたが、その後一般の学校に転校しています。ただ、小学校時代に全国スピーチ大会で優勝するなど目立った才能のある子供だった様子。そのまま音楽でも頭角を現し、中学時代のうちにUMGと育成契約を交わします。音楽的にはドリームポップ、エレクトロポップといった音像で、ミニマルなビートの上にR&B的な歌唱が乗ります。デビューアルバムはジェイムス・ブレイクの影響を受けた、とのこと。本作から先行リリースされた3.Royalsはビルボードの最年少1位記録を塗り替え、一躍時代の寵児となります。音楽的には冒険、実験と言うよりもフレッシュな勢いと自然体の音が感じられ、新世代を強く感じさせたアーティスト。等身大の女性像を新鮮なポップセンスで紡いだデビューアルバムの衝撃は2021年に世界を席巻したオリヴィア・ロドリゴに繋がっていきます。

Speedy Ortiz - Major Arcana

スピーディー・オーティツはUS、マサチューセッツ州のインディーロックバンドです。もともとはリードボーカルのSadie Dupuis(セィディー・デュピュイ)のソロプロジェクトとしてスタートし、その後フルバンドに。1980年代のオルタナティブコミックムーブメント(スーパーヒーローもの以外のコミック)の先駆けであるLove&Rocketsの自殺してしまうキャラクターの名前にちなんで名づけられたバンド名は、若くして心臓発作で死んでしまった彼女のルームメイトに捧げるためにつけた名前だそう。「身近な人の喪失にどう対処するか」というテーマを持っています。本作はデビューアルバムで、グランジを思い出す濁ったコード感とギターノイズ。内省的な歌唱とフックのあるメロディが組み合わさっています。グランジムーブメントから20年が経過していますから、ティーネイジャーはグランジムーブメントを知らない。そうした音像がかえって新鮮に響くのかもしれません。

Neko Case - The Worse Things Get ...

US生まれでUSとカナダで活躍するSSW、ニーコ・ケース。カナダの音楽シーンでは著名なアーティストで、ニュー・ポルノグラファーズ(1997年にバンクーバーで結成されたカナダのバンド)他、いくつかのバンドで活動する彼女はソロキャリアも着実に積み重ねています。低音(コントラルト)のボーカルが特徴的であり、テナーギター(低音部だけを使う小ぶりな4弦ギター)を使用。21世紀におけるテナーギター復活の立役者ともいわれます。本作は6枚目のソロアルバムで、正式タイトルは”Worse Things Get、Harder I Fight、Harder I Fight、More I Love You”(物事が悪化するほど、私が戦うのが難しくなり、私が戦うのが難しくなるほど、私はあなたを愛する)という長いもの。オルタナティブカントリー、アメリカーナ的な要素も含んだオルタナティブロック。良作をコンスタントに発表するアーティストです。本作は第56回グラミー賞のベスト・オルタナティブ・ミュージックアルバムにノミネートされました。

Kurt Vile - Wakin on a Pretty Daze

カート・サミュエル・ヴァイル(1980年1月3日生まれ)は、USのSSWで、The War onDrugsの元リードギタリストでもあります。ボブ・ディランランディ・ニューマンに影響を受けたと話しており、アメリカのフォークミュージックやルーツミュージックに影響を受けたレイドバックしたオルタナティブロック、サイケデリックフォークを奏でています。10人兄弟という大家族で育ち(3人目の子供)、一番最初に手に入れたのはギターではなくバンジョーだったそう。ギターが欲しかったので、とにかくバンジョーをどうギターのように弾くかと考えていたそうです。本作は5枚目のソロアルバムで、The War onDrugs時代の相棒であったアダム・グランデュシエルが関わらなかった初のアルバム。前作で一定の商業的成功をおさめ、新作が期待される中でのリリースでした。ヴァイルはザ・ヴァイオレーターズという固定メンバーのツアーバンドと活動を共にしていますが、本作はヴァイオレーターズのメンバーも制作により深くかかわったそう。音楽的により豊潤になり、商業的にもメディア評価的にも成功をおさめました。

Mikal Cronin - MCII

マイケル "ミカル" パトリック・クローニン(1985年12月26日生まれ)はUS、カリフォルニア生まれで現在はLAを拠点に活動するSSWです。ガレージロック / インディポップ的な音像で、適度にレイドバックしながらもウェストコーストな解放感がある心地よいサウンドを生み出しています。本作は2作目のソロアルバムで、スーパーチャンクのマージレコードからのリリース。溌剌としたポップロック感と西海岸のさわやかさ(一部ビーチボーイズ的なハーモニーもあり)に加えて、ガレージロック的な初期衝動も感じされる良作です。

Touché Amoré - Is Survived By

トゥーシェ・アモーレは、2007年に結成されたUS、カリフォルニア州ロサンゼルス出身のポストハードコアバンドです。西海岸ハードコアシーンの流れから出てきたバンド。Deafheavenと並ぶDeathwishレーベルの看板バンドのひとつでした(現在はバッドリリジョン率いるメロコアの殿堂、エピタフレコードに所属)。ポストハードコア、メロディックハードコアと呼ばれる音像で、来日公演もあり日本のENVYとツアーを行っています。ジャケットの通り、どこか青さ(衝動)を感じるフレッシュでメロディアスなハードコア。あまりゴリゴリのエクストリーム系は今回のオルタナティブロック史では選んでいませんが(メタル/ハードコア史は別の機会にやろうかなと思っています)、激しいスクリームスタイルながらメロディアスなので聞きやすさもあります。

Mutual Benefit - Love's Crushing Diamond

ミューチュアル・ベネフィットはUS、テキサス州出身のSSW、ジョーダン・リーのソロプロジェクトです。自分の求める音像を奏でられるミュージシャンを探してリーはボストンに引っ越し、ボストンでこのアルバムを制作しました。本作がデビューアルバムで、美しいインディーフォーク、バロックポップのアルバム。Fleet Foxesなどの流れを汲んだ音像です。本作はBandcampでリリースされ、Bandcampリリース作品で初めてPitchfolkのベストニューミュージックに選ばれました。

Youth Lagoon – Wondrous Bughouse

トレバー・パワーズ(1989年3月18日生まれ)によるソロプロジェクトがユース・ラグーンです。パワーズはUS、アイダホ州ボイジー出身のミュージシャンで、2010年から2016年までユースラグーン名義で活動していました(現在はトレバー・パワーズ名義で活動中)。本作は2枚目のアルバムで、アニマルコレクティブやディアハンターを手掛けたベン・H・アレンが共同プロデュース。サイケデリックで実験的ながらベッドルームポップ的な親密さもあるポップな音世界を作り上げています。

2013年の他の出来事は、Warner MusicがUniversalからParlophoneレーベルを買収。前年にはUniversalがEMIを買収しており、メジャーレーベルの再編が進みます。また、デヴィッド・ボウイが10年ぶりのアルバム「The Next Day」をリリースし、UKで1位を獲得。UKの誇るオルタナティブロックスターがシーンに帰還します。日本では大瀧詠一が死去。

2014.ロック、バンドサウンドの一部復権

この年はHozierの大ヒットやRoyal Bloodの登場もあり、バンドサウンド、従来のロックなサウンドが少し戻ってきた印象です。相変わらずソロアーティストも強いですが、「バンドサウンド」感がある音、生楽器を中心としたロックサウンドがやや盛り返した印象です。

Hozier - Hozier

ホージアこと Andrew John Hozier-Byrne(1990年3月17日生まれ)はアイルランド生まれのSSWで、ゴスペル、フォーク、ソウル、ブルースなどに影響を受けています。少しジェフ・バックリーにも通じるスピリチュアルな祈りというか、特異性も感じる音像(比べるともっとポップですが)。本作がデビューアルバムで、世界的に成功をおさめます。USだけで300万枚、世界では別に100万枚を売り上げており、日本ではあまり知名度がありませんが2010年代を代表するアーティストの一人。様々なルーツミュージックを取り入れてロックミュージックのレガシーを継承するような名作。Allmusicでは「(同郷のヴァン・モリソンが数十年前に行ったように)ホージアは、ジャッキー・ウィルソンのソウルとR&Bをジェフ・バックリーの謎めいた白人少年(聖歌的)フィルターを通過させ、さらにボン・イヴェールのカントリー(田舎)的なインディーの美学を混ぜ合わせたダークカクテルを生み出した」と評しています。

Royal Blood – Royal Blood

ロイヤルブラッドは、2011年にブライトンでマイクカー(ボーカル、ベース)とベンサッチャー(ドラム)によって結成されたUKのロックデュオです。彼らのサウンドは、さまざまなエフェクトペダルと複数のアンプを使用して、ベースギターを標準のエレクトリックギターとベースのように同時に鳴らすカー独自のベース演奏テクニックによって支えられています。UKでは2021年までにリリースした3作すべてが1位を獲得し、デビューアルバムである本作も60万枚以上の売り上げを獲得。2010年代のUKを代表するバンドの一つとなりました。音楽的にはMuseの影響も感じますが、Nirvana的な静ー静ー動ー静というグランジ・オルタナな音像のリバイバルを感じます。ただ、構成が特殊(ドラムとベースのみ)という新しさはあり、本作は基本的にドラムとベースだけ、あまりオーバーダビングせず、2人のミュージシャンが出す生のサウンドを軸に構成されています。この辺りのミニマリズムはホワイトストライプスの影響を感じます。

The War on Drugs - Lost in the Dream

ウォーオンドラッグスは2005年に結成されたペンシルベニア州フィラデルフィア出身のUSのロックバンドです。創立メンバーはアダム・グランデュシエルとカート・ヴァイルで、二人ともボブ・ディランの大ファンで意気投合したとのこと。カート・ヴァイルはソロ活動に専念するためのちに離脱しますが、ヴァイルのソロ作にグランデュシエルが参加したりと緊密な協力関係はしばらく続きます。本作は、2011年の前作リリース後のツアーから日常になかなか戻れず、うつ病状態に陥ったグランデュシエルが、闘病生活の中で制作を始めたアルバム。2年間にわたって作成され、グランデュシエルの不安や孤独(被害妄想)もインスピレーションになっています。アルバムカバーには、自宅の窓の前に立っているアダム・グランデュシエルのイメージが描かれており、本作は実質的にバンドの作品というよりグランデュシエルのソロ作。音楽的には1980年代のロックとアメリカーナからインスピレーションを得ており、ブルーススプリングスティーン、スペースメン3、ニールヤング&クレイジーホースからの影響を感じることができます。2014年、各種メディアから最も高く評価されたアルバム。

Against Me! - Transgender Dysphoria Blues

アゲインスト・ミーは1997年にボーカル兼ギターであるローラ・ジェーン・グレースによって結成されたUS、フロリダ州のパンクロックバンドです。2001年にレコードデビューし着実に活動を続けようとしていましたがツアー中にツアーバンがトラックと衝突、死人は出なかったものの機材が破損し、バンド活動が暗礁に乗り上げてしまいます。その後、不屈の精神でバンドをグレースが再興して数か月後にカムバック。しかし、2012年にグレースがトランスジェンダーであることを告白(出生性別は男性だが、性自認は女性)し、バンド内が再びぎくしゃくし始めて何人かのメンバーが脱退。「次のアルバムはアゲインスト・ミー名義では出せないかも」という話も出てきます。もともとステージ衣装で女装などはしていたようですが、けっこうごつい男性なんですよね。それが幾度かの性適合手術を受けて今では女性の外見に変わっています。バンドメンバーとしてもうすうす感じてはいたでしょうが、長年活動を共にしてきたフロントマンが完全に女性に変わるとなるとなかなか受け入れがたいものはあったのかもしれません。そうしたトラブルを乗り越えて、トランスジェンダーとして初めてリリースしたのが本作。6作目のアルバムで、タイトルの通りトランスジェンダーについて触れており「男の子の体の中の自己破壊的な女の子についての一連の勇敢な歌」と評されたように、自身の体験を歌詞にしています。20代の頃は異性婚(男性として女性と結婚)経験があり、一人の子供もいるようですが結局違和感が強くなっていき、トランスジェンダーとして生きることを決意したグレース(2回の離婚歴あり)。切実な叫びが込められたヒリヒリするパンクロック。

Perfume Genius - Too Bright

パフューム・ジーニアスはUS、アイオワ生まれのマイケル・オールデン・ハドリウス(1981年9月25日生まれ)のソロ・プロジェクトです。ハドリウスはゲイの男性であり、楽曲のテーマにはセクシュアリティ、クローン病との個人的な戦い、現代のUS社会においてゲイの男性が受ける差別などについてのテーマが含まれています。本作は3作目のソロアルバムで、自身の恐れや不安に向き合うテーマながらタイトル通り明るく開放感のある音像で、寛容さを感じる音。Pitchfolkでは「(性的嗜好に関わらず)疎外され、傷つけられた人を励まし、力と知恵で満たしてくれる宝物だ」と本作を絶賛されました。

Ex Hex - Rips

Ex Hexは、2013年に結成されたアメリカのロックバンドです。メアリーティモニー、ベッツィーライト、ローラハリスの3人の女性によるスリーピースロックバンド。本作がデビューアルバムでマージレコードからのリリース。プリミティブなガレージロックで、技巧や複雑さに走らず、シンプルながらしなやかさも持ったロック。女性バンドに特有の柔らかさやしなやかさを感じます。00年代以降に現れてくる女性バンドはどれも魅力的で新鮮。まだ男性のロックバンドに比べて表現するテーマが手つかずで残っており、訴えたいこともあるのでしょう。また、ボーカルももちろんそうですし、楽器のプレイスタイルもパワーやテクニックで押すというよりもっと繊細な、アンサンブルを重視している感じがします。

The Twilight Sad - Nobody Wants to Be Here and Nobody Wants to Leave

トワイライト・サッドはスコットランドのポストパンク/インディーロックバンドで、80年代のニューウェーブ、ゴシックロック的な耽美な悲しさをたたえたサウンドが特徴的。ノイズが加えられたフォークロックとも称されます。本作は4作目で、タイトルを訳すと「誰もここにいたくないし、誰も去りたくない」という意味。最初の2作目まではスムーズにアルバムが作れたそうですが、3枚目制作あたりから続くツアーにバンドが疲弊し、内部の緊張も高まっていきます。そして創立メンバーの一人であるベーシストが脱退してしまう。そんな苦悩を乗り越えて制作されたのが本作。より感情を赤裸々に語りながら音楽的には洗練され、バンドが一段階成長したと評価されました。80年代のニューウェーブの名盤のような独特の暗さと美しさを持ったアルバム。

Cloud Nothings - Here and Nowhere Else

クラウド・ナッシングスは、US、オハイオ州クリーブランドでSSWのディラン・バルディによって設立されたインディーロックバンドです。もともとはバルディのソロプロジェクトとしてスタートし、ガレージバンドで自作した音源をMySpaceにアップする際に架空のバンド名でアップしていた時の一つの名前がクラウド・ナッシングスでした。その後、フルバンドとなり、現在リードシンガー兼ギタリストのディランバルディ、ドラマーのジェイソンゲリツ、ベーシストのTJデューク、ギタリストのクリスブラウンの4人がメンバー。本作はバンドとして制作された4作目のアルバムで、グラミー賞受賞プロデューサーであるジョン・コングルトンのプロデュースで制作。ポストハードコア、ポップパンク的な性急なビートとメロディアスなボーカルが組み合わさったロックバンドサウンド。ルックス通り、そこまでマッチョではなくちょっと情けなさもある青春ハードコア。8曲31分で駆け抜けます。

Fear of Men - Loom

フィア・オブ・メンは、2011年初頭に結成されたUK、ブライトンを拠点とするバンドで、Jess Weiss(ボーカル/ギター)、Daniel Falvey(ギター/キーボード)、Michael Miles(ドラム)で構成されています。女性ボーカルを擁した陰影のあるシューゲイズ、ドリームポップ。本作がデビューアルバムで、隙間があるUKらしい音作り。80年代ニューウェーブから、Alt-JThe XXも通過した影響も感じます。派手さはないものの落ち着く歌声とメロディです。

Perfect Pussy - Say Yes to Love

パーフェクトプッシーは、アメリカ合衆国ニューヨーク州シラキュース出身のアメリカのロックバンドでした。2016年に解散してしまいましたが、紅一点のボーカリストのメレディス・グレイブスを擁し、ギタリストのレイ・マカンドリュー、ドラマーのギャレット・コロスキ、ベーシストのアリ・ドノウエ、キーボーディストのショーン・サトクスの4人組。熱狂的なライブパフォーマンスで名をあげ、「アースクライシス以来、シラキュースから出てきた最も重要なパンクバンド」と評されました。完全に王道のハードコアスタイルなんですが、女性ボーカルということで新鮮さと聞きやすさがあります。ライブが盛り上がりそうな音像。

Sun Kil Moon - Benji

サン・キル・ムーンは2002年に設立されたUS、カリフォルニア州サンフランシスコのアメリカのフォークロックバンドです。当初はスローコア/サッドコアの代表的なバンドであったレッドハウスペインターズの元メンバーが集まったバンドでしたが、今ではメインソングライターであるマーク・コゼレックのソロプロジェクトとなっています。本作は6枚目のアルバムで、リリース当時47歳だったコゼレックが「身近な人が死んでいくようになった。年をとるにつれて物事は重くなる。47歳になるということは、25歳の視点から描けなくなるということだ。私の人生は大きく変わったし、そして私の周りの環境も変わった。年相応のテーマを歌っているんだ」と語った通り、身近な人(いとこ)の死であったり、当時のサンディフック小学校の銃撃を暗示する「Pray for Newtown」他、1984年のサン・イシドロのマクドナルド虐殺、ノ2011年のルウェー連続テロ事件、2012年のコロラド州でオーロラでの映画館での銃撃事件など、さまざまな死別や孤立を扱っています。

Future Islands - Singles

フューチャーアイランズは、2006年に結成されたメリーランド州ボルチモアを拠点とするUSのシンセポップバンドで、Gerrit Welmers(キーボードとプログラミング)、William Cashion(ベース、アコースティック、エレクトリックギター)、Samuel T. Herring(歌詞とボーカル)、Michael Lowry(パーカッション)の4人組です。もともとパフォーマンスアート的なバンドを組んでいたArt Lord&The Self-Portraitsメンバーたちが「もっとシリアスに音楽をやろう」ということで結成したバンドであり、90年代から続く長いキャリアを持ったアーティストの集団。本作が4作目でメディアから好評を得てアルバムのリードシングル「 Seasons(Waiting on You)」は、 NME、 Pitchfork Media、 Spinによって2014年のベストトラックに選ばれました。「シングルス」とベストアルバムのようなタイトルですが、普通のオリジナルアルバムです。

2014年の他の出来事は、現在の5大ストリーミングサービス(Spotify、Apple、Youtube、Tidal、Amazon)の一つであるTidalがスウェーデンでサービスを開始します。また、UKではシングルチャートにストリーミング再生数が加算されるようになります。アーティストの動きとしてはケイトブッシュが1979年(の唯一のツアー)以来のツアーを発表します。

2010年代前半の総括

以上、2010年代前半でした。中心となる大きなムーブメントがない分、比較的細かい(マニアックな)アーティストも取り上げたつもりです。

最初の仮説の通り、ソロアーティストが増えています。従来のギター、ベース、ボーカル、ドラムというバンドは押されている印象。ソロアーティストはバンドサウンドの制約がない分、さまざまな音像を取り入れて、新規性と実験性が高いポップな作品を作り上げていますが、ちょっと実験性に走りすぎて大衆受けしないものがメディアで持ち上げられる傾向も見られます。あとは女性の躍進が目立ちます。ソロアーティストもそうですし、バンドでも女性だけのバンドや、ボーカルが女性のバンドが目を惹きます。ソウルやヒップホップなど、(USではアフリカ系アメリカ人の影響が強いとされる)黒人音楽のテイストをうまく取り入れたアーティストも出てくる印象。黒人音楽と白人音楽(とラテン音楽)の混交であるロックミュージックに立ち戻っています。

他の動きとして、2000年代はポストパンクやニューウェーブといった80年代リバイバルが起きていましたが、2010年代はそうした動きも続きつつ、90年代のグランジオルタナサウンドの復権も起きている気がするのが面白いところ。NIRVANA的な静ー静ー動ー静の構成であったり、内省的なスクリームであったり、ねじれたコード進行だけれど曲構造そのものはパワーポップ的であったりするバンドや、Pearl Jam的なアメリカのルーツミュージック、ブルースやカントリーに根差したハードロック、ロックサウンドを奏でるアーティストが出てきます。

さて、次は10年代後半。1960年から振り返ってきたオルタナティブロック史も最後の章を迎えます。次はどんな流れになるでしょうか。


Alternative(オルタナティブ)ロック史⑨:10年代後半

いよいよ2010年代後半です。1966年、BeatlesのTommorow Never Knowsからスタートした半世紀以上に渡ったオルタナティブロック史も最後の区切り。

2015.ソウル・ブルース・クラシックロック回帰

黒人音楽を再びロックに持ち込み、閉塞したジャンルの壁を壊したアラバマシェイクスの衝撃が強いですが、ほかにもR&Bやソウルの影響を感じさせるアーティストが増えます。また、相変わらずSSW、ソロアーティストや女性が強いですが、SSW系ではクラシックロック、60年代、70年代的なメロディセンスを感じさせるアーティストが増えていた、そういうアーティストが評価された印象です。また、王道的なロックがオーストラリアから生まれてきたり、先鋭的な音がカナダから出てきたりとUS、UK以外も盛り上がっているのも特徴。

Alabama Shakes - Sound & Color

アラバマシェイクスは、2009年にアラバマ州アセンズで結成されたUSのロックバンドでした。本作は2作目にしてラストアルバム。リードシンガー兼ギタリストのブリトニー・ハワード(女性)、ギタリストのヒース・フォッグ、ベーシストのザック・コックレル、ドラマーのスティーブ・ジョンソンの4人組で結成から解散(無期限活動休止)まで一貫したメンバーでした。ハワードはアイルランド系の母とアフリカ系アメリカ人の父との間に生まれ、男女混合、人種混合という多様性のあるバンド。音楽的にもサザンロックにソウルを組み合わせ、そこにハードロック(をルーツとするオルタナティブロック)を組み合わせた独自のもの。黒人音楽の影響が強く出たロックサウンドであり、ボーカルもソウルフル。だんだん黒人音楽と白人音楽でマーケットが分かれ、白人マーケットに閉じていったオルタナティブロックの境界を突破する新鮮なサウンドで、ビヨンセドレイクチャイルディッシュ・ガンビーノなど著名なアフリカ系アメリカ人アーティストも影響を公言しています。

Sufjan Stevens - Carrie & Lowell

スフィアン・スティーヴンス(1975年7月1日生まれ)は、USのSSWおよびマルチプレイヤーです。スフィアン、というのはペルシア語の名前で、初期のイスラム史の人物であるアブ・スフヤーンに由来しているそう。この名前は、スティーブンスが生まれたときに両親が信仰していた異教徒間の精神的コミュニティであるスブドの創設者によって付けられました。スティーブンはミシガン州ホランドのフォークロックバンドであるマルズキとガレージバンドのコンロスデューズのメンバーとして1995年に音楽活動を始め、1999年、大学在学中にファーストソロアルバム「A Sun Came」を4トラックのMTRで録音してリリースします。常にメディアで高評価を取る名作を出し続け、USインディーフォークの最重要人物の一人です。本作は2015年にリリースされた7作目で、亡くなった母親キャリーと、育ての父(再婚)のローウェルに捧げられた作品。このアルバムは、双極性障害と統合失調症と診断されたスティーブンスの母親、キャリーが麻薬中毒になり、1歳のときに彼を捨てたという人生のニュアンスと試練を追っており、その物語の登場人物にはスティーブンスの継父、ローウェル・ブラムスが含まれています。2012年に胃がんで母親が亡くなった後、悲しみと母親との関係を受け入れるプロセスと共に作詞作曲した作品。哀切かつ内省的でパーソナルな作品。スティーブンス自身は「50州全部をコンセプトにしたアルバムを出すぜ」と言ってミシガンとイリノイだけ出した後「あれは話題作りのための冗談だった」と言ったり、アルバムごとに音像をけっこう変えるなど基本的に遊び心もある人なのですが、本作はテーマに沿ってかなり内省的なフォークロック、フォークトロニカとなっています。

Julia Holter - Have You in My Wilderness

ジュリア・ホルター(1984年12月18日生まれ)はLAを拠点とするUSの女性SSWです。ウィスコンシン州ミルウォーキーで生まれ、6歳の時にLAに引っ越し。ミシガン大学で4年間音楽を学び、作曲の学位を取得して卒業しました。2007年にデビューアルバムをリリースし、現在までに9枚のスタジオアルバムをリリースしています。本作は4作目のアルバムで、リリース後に各種メディアで称賛され、彼女の露出を大幅に増やすことになったアルバム。優美さと素直さがありつつ、きちんとスリルも感じられるバロックポップ、ドリームポップの名盤。

Father John Misty - I Love You, Honeybear

ファーザー・ジョン・ミスティ(ジョン・ミスティ神父)ことJoshua Michael Tillman(1981年5月3日生まれ)はUSのSSW、レコードプロデューサーです。安定したソロ活動を行いながらビヨンセレディー・ガガキッド・カディポスト・マローンなどの人気アーティストのアルバムにも参加する売れっ子プロデューサーでもあります。また、一時期フリート・フォクシーズのドラマーとして参加。セカンドアルバム「ヘルプレスネス・ブルース」ではドラムを叩いています。もともと両親が敬虔なキリスト教徒で、バプテスト教会で育ち、米国聖公会の小学校に通い、その後ペンテコステ派のメシアニックデイスクールに通ったティルマンは文化的影響が限られており17歳まで世俗音楽(ポップス)が許可されていなかったそう。17歳の頃、両親から「精神的なテーマ」を持った世俗音楽なら聴くことを許可されたため、最初の頃に買ったアルバムの一つはボブ・ディランスロー・トレイン・カミング(ディランがキリスト教をテーマにしていた時期にリリースされたアルバム)だったそうです。前にも書きましたが、CCM(コンテンポラリークリスチャンミュージック)ってけっこうUSでは大きいマーケットなんですよね。そこに所属するようなアーティストが思春期に触れた音楽だったそうで、確かに讃美歌であったり、透き通った優美さがある音像を生み出すアーティストです。本作は2作目のソロアルバムで、自分の身の回りに起きたこと(妻との関係など)を描いた「自分自身に関するコンセプトアルバム」とのこと。チェンバーポップ的な優美さを持つフォークロックで、クラシックロックのエヴァーグリーンな響きも持っています。

Courtney Barnett - Sometimes I Sit and Think, and Sometimes I Just Sit

コートニー・メルバ・バーネット(1987年11月3日生まれ)は、オーストラリアのSSW、ミュージシャンです。母親がバレリーナであり、ミドルネームのメルバはオペラ歌手に由来するなど、音楽の影響がある家庭で育ち、タスマニア大学の芸術科を卒業。最初はUSの音楽を聴いて育ったそうですが、オーストラリアのシンガーソングライターであるダレン・ハンロンとポール・ケリーの音楽に出会い、自分も作曲を始めるようになります。本作はデビューアルバムで、高い評価を受け多数の刊行物によって2015年の最高のアルバムの一つとしてランクされました。インディーロックど真ん中のサウンドを奏でるアルバム。オーストラリアらしい、ちょっとUSやUKのシーンから離れて対象化してみているというか、最先端の流行ではなく、ちょっと距離が離れてメタ的な視点で見ているからかむしろシンプルにそぎ落とされた「王道のサウンド」が出てくる印象があります。AC/DCだってダイアーストレイツだってそんな感じがありますね。ボーカルメロディ、歌い方も力みが少なく、かといってダウナーすぎず、自然体でグッドフィーリングです。

Grimes - Art Angels

グライムスことクレア・エリーゼ・ブーシェ (1988年3月17日生まれ)はカナダ生まれの女性SSWです。彼女はフランス系カナダ人(ケベック人を含む)、イタリア人、ウクライナ人、およびメティ(カナダの先住民)の血を引いています。もともとゴス少女で、宅禄から音楽制作をスタート。独特のセンスと世界観を持っているアーティストです。個人的な生活ではテスラモーターズを率いるイーロン・マスクのパートナー(2018年から)としても有名。本作は4作目のアルバムで、3枚目のアルバムに伴うツアーの後、一度制作された素材をほぼ廃棄して作り直されたアルバム。この間にいわゆる「女性ポップスター」として扱われることに腹を立て、「私はきちんとした技術を持ったプロデューサーで、1日中イコライザーをいじったりしているのにきちんと理解されていない」「制作現場で(女性だからという理由で)スタジオの機材に触らせてもらえないことがあった」などの経験からアーティストであることをやめ、作曲家として裏方に回ろうかと悩んでいたそう。ただ、結果として「自分がソロアーティストで活動を続けること」が音楽業界の女性の地位向上にも役立つと思いなおし、本作を制作したそうです。本作はスタジオではなく、Ableton LiveやGarageBandといったDAW、DTMソフトを使いセルフプロデュースで宅禄に近い形で録音を進めていったそう。出来上がった音像は宅禄ならでは実験精神がありながらも弾むようなメロディが魅力的なアートポップ。ちなみにこの印象的なジャケットもグライムス本人の作。多才ですね。

Natalie Prass - Natalie Prass

ナタリー・ジャン・プラス(1986年3月15日生まれ)は、USの女性SSWです。オハイオ州クリーブランドで生まれ、ロサンゼルスに短期間住んでいた後、3〜4歳のときにバージニアビーチに引っ越しました。彼女は小学1年生のときに曲を書き始め、8年生(小中一貫)だったマシュー・E・ホワイト(Spacebomb Recordsの創設者)とバンドを組んでいたそう。高校卒業後、彼女は1年間バークリー音楽大学に通い2006年にミドルテネシー州立大学に転校しました。専門的な音楽教育を受けたアーティスト。本作がデビューアルバムで、上述した通り、幼馴染でもあるマシュー・E・ホワイトのSpacebomb Recordsからリリースされました。マシュー・E・ホワイトとトレイ・ポラード(Spacebomb Recordsの共同経営者)がプロデュースした本作は、古くからの友人たちが身内で作り上げた作品、といったもので、制作予算も実質的にゼロだったそう。そこで作り上げられた音楽はポップスの普遍的な煌めきを持った美しい作品になりました。

Preoccupations - Viet Cong

プリオキュペイションズは、アルバータ州カルガリー出身のカナダのポストパンクバンドで、2012年にベトコン(Viet Cong)という名前で結成されました。本作はもともとはセルフタイトルのデビューアルバムだったわけです。ベトコンはViet Nam Cong San(ベトナム共産勢力 Vietnamese Communists )の略で、ベトナム戦争で南ベトナムと米軍を破り南北ベトナムを統一した、いわゆる「ベトコン」ですね。それをバンド名にするというのはなかなかパンクです。ただ、ベトコンというバンド名は多くの論争を引き起こし、ショーがキャンセルされるなどの事態となった結果バンド名を変更。プリオキュペイションズ(先入観)に変わります。音像的にはカオスさもありつつ、どこか洗練されたというか醒めたエレクトロニカ、電子音楽、ノイズ音楽の影響も強いポストパンク。けっこう今聞いても新しさを感じる音です。ミュージック・コンクレートとニューウェーブの衝突というか。この年はカナダの音楽シーンが面白いですね。特異性、USやUKとは違う音像が出てきています。

Hop Along - Painted Shut

ホップアロングは、ペンシルベニア州フィラデルフィア出身のアメリカのインディーロックバンドです。中心人物は女性ボーカルのフランシス・クインランで、もともとはHop Along, Queen Ansleis(アンスレイ女王のホップアロング)という名前の、クインランによるフリークフォークのソロプロジェクトでした。2005年、クインランが高校3年生の時にHop Along, Queen Ansleis名義でデビューアルバムをリリースしています。クインランのファーストアルバムから3年後、兄弟のマークがドラマーとしてプロジェクトに参加し、2009年にベーシストが参加。バンドとなり、名前はホップアロングに短縮されました。男女混合かつ家族(も混じった)バンドですね。本作はホップアロングとしては2作目、クインランによるソロ作も含めれば3作目のアルバム。きっちりとバンドサウンドになっており、インディーロック的な音像に少しパンキッシュというか、情念系弾き語り的なエモっぽい歌が乗ります。とはいえ、ボーカルの説得力が高く聞き苦しさはありません。歌心がありつつ、楽器隊もそれぞれ個性を主張しているバランスの良いアルバム。

Everything Everything - Get To Heaven

エブリシング・エブリシングはUK、マンチェスターのバンドです。マーキュリープライズに2回ノミネートされるなど、UKでは評価の高いバンド。当初はよりパンキッシュでギターサウンド主体のサウンドだったようですが、だんだんに電子音楽の影響を取り入れていきシンセポップ、アートロック的なサウンドに変わっていきます。コンテンポラリーR&B、グリッチポップ、エレクトロニカなどの影響を取り入れつつ、曲構成そのものはロックという面白いサウンド。本作は3枚目のアルバムで、Museのような1曲目からだんだんとバラエティに富んでいきます。音像はかなり明るく感じますが、歌われているテーマは暗く、2014年の世界的な緊張と政治的出来事に焦点を当てています。イラクでのイスラム国の台頭、UKでの2015年の総選挙のメディア報道、およびさまざまな銃乱射事件などがその執筆に影響を与えました。音楽の明るさはそうした暴力的な主題に矛盾を感じさせるために選ばれているそう。さまざまなブリットポップのレガシーと、モダンなR&Bの影響も受けたUSポップロックのテイストをうまく組み合わせ、様々な音像とシリアスなテーマを詰め込みつつもポップにまとめた快作。

2015年の他の出来事は、元ストーン・テンプル・パイロット&ベルベット・リボルバーの歌手スコット・ウェイランドが、ミネソタ州ブルーミントンのツアーバスで、ツアー中に死んでいるのが発見されました。享年48歳。

音楽業界の動きとしてはそれまで(USでは)火曜日だったリリース日が金曜日(New Music Friday)に変更されます。それまでは世界各地でリリース日がバラバラだったのですが(たとえばUKは月曜、USは火曜、日本は水曜)、これだとネット上に音源が先にリリースされた国から流出してしまうため、ネット流出を防ぐために全世界同時発売に。ただ、日本はそれまでの商習慣から(今でも)水曜日発売が残っていますが、グローバルで活躍するアーティストは「全世界同時発売」が2015年から増えていきます。また、ストリーミングサービスのApple MusicYouTube Musicがスタートしたのも2015年、本格的なストリーミングサービスの時代が到来します。

2016.ロックは(商業的に)死なず

シーン全体では相変わらずSSW、女性ボーカルが強めで、バンドサウンドもそれなりに盛り返している、と前年と変わらないトレンドですが、この年はディビッド・ボウイの「Blackstar」と(ノーダウトの)グウェン・ステファニーの10年ぶりのソロ作「This Is What the Truth Feels Like」、Green Dayの「Revolution Radio」、Metallicaの「Hardwired ... to Self-Destruct」などベテラン勢のニューアルバムが軒並みビルボード1位を獲得、レッドホットチリペッパーズの「Gettaway」も2位と、ベテラン勢は快調なセールスを飛ばします。新人による新しいムーブメントは起きなかったものの、トップを走るロックアーティストは健在。

King Gizzard and the Lizard Wizard - Nonagon Infinity

キングギザード&リザードウィザードは、2010年にビクトリア州メルボルンで結成されたオーストラリアのロックバンドです。とにかく多作なバンドで、2010年のデビュー以来2021年8月現在で18枚のアルバムをリリース。1年にほぼ2枚のペースでリリースしています(一番多い2017年は1年で5枚!)。サイケデリックロック、ガレージロック、アシッドロック、プログレッシブロック、サイケデリックポップ、インディーロック、ネオサイケデリア、ドゥームメタル、スラッシュメタルなど、幅広いジャンルを探求してきました。本作は8作目のアルバムで、バンドの出世作。オーストラリアのトップチャート20に初めて入ったアルバムであり、各種メディアから称賛されました。2016年のARIAミュージックアワードではベストハードロック/ヘヴィメタルアルバムを獲得しましたが、「ハードロック/ヘヴィメタルじゃないだろ」ということで物議をかもすことに。確かに、ハードロックといえばハードロックですが、メタルではないですね。歯切れのよいサイケデリックロックという趣です。

Angel Olsen - My Woman

エンジェル・オルセン(1987年1月22日生まれ)はミズーリ州セントルイス生まれのUSの女性SSW、3歳の時に里親に養子縁組し、かなり年の離れた両親に育てられたそうで、そのことで「自分の両親の子供時代に興味を持ったの」とのこと。高校時代に音楽の道を志し、16歳でバンド(ノーダウトとパンクが出会ったようなバンドだった、とのこと)に参加します。2010年にデビューEP、2012年にデビューアルバムをリリース。本作は3枚目のアルバムで、デヴィッド・ボウイキム・ゴードンとも仕事をしていたジャスティン・ライゼンとオルセンの共同プロデュース作。従来の「ローファイインディーポップ」からの拡張を意図したアルバムであり、70年代的なクラシックロック、ソフトロック、グラムロックなどの影響が見られます。影響を受けたアーティストとして名前が挙がっているのがFleetwood MacThe Shirelles(シュレルズ)、Crazy Horse(ニール・ヤングのバンド)など。クラシックな風合い、王道感を持ちつつフレッシュな感性を感じることができる良作です。

Parquet Courts - Human Performance

パーケイ・コーツは、ニューヨーク市出身のUSのロックバンドです。バンドは、アンドリュー・サベージ(ボーカル、ギター)、オースティン・ブラウン(ボーカル、ギター、キーボード)、ショーン・イートン(ベース)、マックス・サベージ(ドラム)の4人でデビューから変わらず。バンド名は「寄木細工の法廷」という意味です。どこか温かみのあるバンドサウンドのインディーロック。本作は5枚目のアルバムで、メンバーによると「ビートルズのホワイトアルバムのように、メンバーそれぞれが音楽的探検をした(アルバム)」とのこと。サベージによって描かれたジャケットは、ブックレットの中身にもさまざまなイラストが詰まっておりグラミー賞の最優秀レコーディングパッケージ部門にノミネート。この連載で言えば以前ブライトアイズもノミネートされていましたね。なかなか面白い部門です。

Cymbals Eat Guitars - Pretty Years

シンバルイートギターズはNYで高校の友人ジョゼフ・ダゴスティーノとマシュー・ミラーによって設立されたUSのインディーロックバンドです。バンドの名前は、ヴェルヴェット・アンダーグラウンドのサウンドを説明したルー・リードの言葉の引用。Pavementなどの90年代のオルタナティヴバンドに影響を受けたサウンドです。本作は4作目のアルバムにしてラストアルバム。90年代のオルタナティブロックのバンドサウンドを2010年代的な感性(どこかダンサブルで快楽的であったり、商業的野心があまり感じられない自然体な音)で鳴らしています。本作をリリースした後、結成10年目となる2017年に静かに解散してしまいました。

Sturgill Simpson - A Sailor's Guide to Earth

ジョン・スタージル・シンプソン(1978年6月8日生まれ)は、USのカントリーミュージックのシンガーソングライター兼俳優です。アウトローカントリー(ホンキートンクやロカビリーなどの初期のサブジャンルにルーツがあり、ロックとフォークのリズム、カントリーインストルメンテーション、内省的な歌詞のブレンドが特徴)のアーティスト。アウトローというのは「無法者」というよりは「ナッシュビル以外」の意味合いもあり、アラバマ州のマッスルショールズを中心としたムーブメント。「オルタナティブカントリー」より前の、70年代、80年代に起こったムーブメントで、オルタナティブカントリーの前身とも言える「ひねくれて、オルタナティブロックの感覚もあるカントリー」のルーツ的な音楽。本作は3枚目のアルバムでグラミー賞の最優秀カントリー部門の受賞作。カントリーmeetsブルースブラザーズというか、軽快なロックンロールサウンドやブラスセクションが含まれており聞いていて楽しい。レイドバックするだけでなく2010年代らしい洗練や自然体も感じられる良質な娯楽作です。

Mitski - Puberty 2

ミツキ (出生名:Mitsuki Laycock 1990年9月27日生まれ)はUSの女性SSWで、日系アメリカ人。日本名は宮脇美月です。ニューヨーク州立大学パーチェス校で音楽理論を学びながらインディーズでアルバムをセルフリリース。父親がアメリカ人、母親が日本人で、父親が国務省の仕事をしていたため全世界(トルコ、中国、マレーシア、日本、チェコ共和国、コンゴ民主共和国など)を転勤し、その後米国に定住。異文化間、異人種間の葛藤や多様性も含んだテーマを扱っているアーティストです。本作は4枚目のアルバムで、憧れ、愛、鬱病、疎外感、人種的アイデンティティなどの複雑なテーマを叙情的に、情感豊かに伝えています。タイトルを直訳すると「思春期2」。「思春期1」というアルバムの続編ではなく、人生における思春期の再来というか、前作(3枚目のアルバム)がインディーズで一定の成功を収めた後、自分のルーツをもう一度見つめなおしたアルバムです。

Kevin Morby - Singing Saw

ケビン・ロバート・モービー(1988年4月2日生まれ)は、USのミュージシャン、シンガーソングライターです。テキサス州ラボックで生まれた後、ゼネラルモーターズに勤務していた父親の転勤で米国中を引っ越し、最終的にミズーリ州カンザスシティに定住します。その中でモービーは、10歳のときにギターを弾くことを学び、10代でバンドCreepyAliensを結成。そのあと、高校を中退し家を出て、自転車の配達員とカフェで働きながら音楽の道を目指します。2013年にアルバムデビュー。ロック的な感覚を持ったオルタナティブフォーク、ノイズフォークといった音像で、ルー・リードボブ・ディランニーナ・シモンサイモン・ジョイナーなどをお気に入りに挙げています。本作は3枚目のアルバムで、前衛性や実験性を持ちつつ中心に歌が置かれたフォークロック。インディーフォークロックの佳作です。

Leonard Cohen - You Want It Darker

カナダの偉大な詩人、小説家、SSWであるレナード・コーエン。2016年、82歳で死去した彼の生前最後のアルバム(遺作は死後にリリース)。コーエンは1950年代から1960年代初頭に詩人および小説家としてのキャリアを追求し、音楽家として活動を始めたのは1967年、33歳の時でした。音楽家としてデビューした後は文筆活動より音楽活動の比重が大きくなります。とはいえ、歌詞自体が文学的なので、文筆活動を音楽の中に融合したというべきかもしれません。ボブ・ディランはコーエンのことを「ナンバーワンのソングライター」と評しました(自分自身は「ナンバーゼロ」だそう)。ディランと並び、60年代後半の謎めいて魅力的なSSWの代表格。本作はコーエンの死の17日前にコロムビアレコードから2016年10月21日にリリースされた14枚目のスタジオアルバム。ボブ・ディランの近作にも通じる、透き通って純化された世界観ながら、どこかオルタナティブな質感があります。同じく2016年にリリースされたボウイの遺作「ブラックスター」にも(音楽的なスタイルは違えど)通じる世界観です。

Car Seat Headrest - Teens of Denial

カーシートヘッドレストは、バージニア州リーズバーグで結成され、現在はワシントン州シアトルを拠点とするUSのインディーロックバンドです。2010年、ウィル・トレド(ボーカル、ギター、ピアノ、シンセサイザー)のソロレコーディングプロジェクトとしてスタートし、その後バンドに発展。多作なアーティストで2015年にマタドールレコードとバンドとして契約するまでにbandcampで12枚の作品をセルフリリースしています。本作はマタドールからの2作目で、通算10作目のアルバム。マタドールレコードとの契約後、初めての新作曲(前作は作りためていた曲を録音)でのアルバムです。多作なアーティストながら2年かけて一つの流れを作り上げていった(流れができるまで曲を作り続けた)そう。その分、本作は70分超えの大作となりました。また、いくつかアルバムの流れから溢れたアウトテイクが、アルバムに先立ちEPとして2014年にリリースされています。アイデアが次々と溢れてくる玉手箱のようなインディーロック。けっこう音はノイジーでオルタナティブロックの王道。余談ですが、本作はカーズの曲Just What I Neededの一部を引用したJust What I Needed/Not Just What I Neededという曲が収められていましたが、元の歌詞を1行変えていたことが発売後にカーズ側が気づき、急遽利用許可を取り消したためマタドールレコード初のリコールに。レコードは回収され破棄、問題の曲はNot Just What I Neededというタイトルで、カーズの曲の要素を省いて再録音されました。

Hamilton Leithauser + Rostam - I Had A Dream That You Were Mine

ウォークマンのボーカリストであったハミルトン・リーサウサーと、ヴァンパイア・ウィークエンド(VW)の創設メンバーであり共同プロデューサーであったロスタム・バットマングリジによる共同アルバム。ディビッド・バーンとブライアン・イーノの共同アルバムにインスパイアされて制作されたアルバムだそう。二人の出会いは2008年に、VWがウォークマンのツアーをサポートした時です。両者ともワシントンDC出身で、ホリデーシーズンには互いに訪ねていくような間柄になりました。本作はさまざまな音楽スタイルとヴィンテージ制作の影響を特徴としており、 1960年代初頭、カントリーミュージック、ドゥーワップミュージック、ソウルミュージック、初期のロックンロールミュージックなどの影響を感じます。まさにウォークマンとVWの音像が融合したように感じる部分もあり。ちょっとレトロでダンサブルな感覚はVWっぽいですが、ボーカルは(当然ながら)ウォークマン的。

2016年の出来事としては、ロックミュージック界最大のトリックスターであったデヴィッド・ボウイが死去します。遺作「ブラックスター」は初のUSトップチャート1位に。社会的に大きな出来事といえば、UKではブレクジットが可決されます(実際にEUを離脱するのは2020年)。近い将来、UKにとって巨大な社会的変動に見舞われることが決まります。

2017.ロックに回帰しはじめるUK

UKではストレートなロックサウンドが再び活気を帯びてくるというか、元気のよい若手バンドが出てきます。「ロックサウンド、バンドサウンド」が若者の支持を取り戻しつつある印象です。ボウイの死が一大ニュースになり、追悼としてボウイの曲がメディアで流れたのも影響がある?のかも。USでもストレートなロックサウンドを鳴らすバンドが出てきていますがチャート的には大きな成果を残せず。とはいえ各種メディアでの評価を見るとバンドサウンドの見直し、揺り返しが少しづつ起きている印象です。バンドの中では男女、人種混合バンドが相変わらず面白い。

Wolf Alice - Visions Of A Life

ウルフアリスはロンドン出身のUKのオルタナティブロックバンドです。2010年に歌手のエリー・ロウゼルとギタリストのジョフ・オディからなるアコースティック・デュオとして結成され、その後バンドに発展。UKのファンタジー作家、アンジェラ・カーターの1979年に発表された短編集「The Bloody Chamber(血染めの部屋)」の中におさめられたWolf-Aliceからバンド名を命名したそうです。あらすじは下記の通り。

(人間らしさを持たない、獣に育てられた)野生の少女がいました。ある修道女が標準的な社会的恵みを教えて「文明化」しようとしましたが従わなかったため、罰として巨大な吸血鬼の公爵の家に取り残されます。少女は次第に若い女性と人間としての自分のアイデンティティを認識するようになり、修道女の(発育不全で一面的な)人生観をはるかに超えて、(怪物である)公爵への思いやりをも育てていきます。

本作はセカンドアルバムで、リリース時から各種メディアで称賛され、2018年度のマーキュリー賞を受賞しました。音楽的には各曲のキャラクターがしっかり立ったバラエティに富んだアルバムで、UKインディーロックの歴史を感じさせるさまざまな音像が入っています。総花的にならずしっかり一本の軸、ウルフアリスらしさを感じる音像なのはボーカルの表現力の高さとメロディ・アレンジの良さ故。UKヒットチャートで2位をマーク、2021年、全世界に中継という形で開催されたグラストンベリーにも出演し、UKロック新世代の旗手とも言えるバンドに成長しつつあります。

Creeper - Eternity, In Your Arms

クリーパーは2014年に結成されたサウサンプトン出身のUKバンドです。ホラーパンク的なルックスをしており、新人バンドとは思えないキャラクター性と完成度で話題になりました。デビューアルバムリリースツアーの後、「解散」を発表、そして1年後にイメージチェンジしてカムバック。デヴィッド・ボウイジギースターダスト(というキャラクター)からの「変身」を彷彿させる手法です。こうしたロックのいかがわしさ、ストーリーキャラクターを作り上げるのはUKロックの伝統の一つ。本作がデビューアルバムで、架空の行方不明の超常現象研究者であるJames Scytheの物語を中心にしたコンセプトアルバムです。グラムロック、ポストハードコア、ホラーパンクなどが組み込まれており、ゴシックな雰囲気を持ったポップパンクといった趣。アリーナで映えそうな80年代ハードロック的な華やかさも持ち合わせており、大型新人という印象です。

Mount Eerie - A Crow Looked at Me

マウントエリーはUSのソングライター兼プロデューサーのフィル・エルベラムのソロプロジェクトです。「ブラックメタル、ローファイクラウトロック、ファジーなポストロックテクスチャ、オートチューン」などを取り入れた実験性がある音像で、マイ・ブラッディ・バレンタインジョージ・グルジェフ(作曲家にして神秘思想家)、ブラックメタルなどがプロジェクトの影響元とエルベラムは語っています。ただ、後述の通り本作は特殊なアルバムで、非常にパーソナルな内容。本作はマウントエリーとして8枚目のアルバムで、エルベレムの35歳の妻ジュネーブカストリーが2015年に膵臓がんと診断し、2016年7月に亡くなった後に作曲されました。エルベラムは6週間にわたって主に彼女の楽器を使用して、彼女が死んだ部屋で曲を書き、録音しました。そうした背景があるため非常に内省的で悲しみ、ダウナーな音像。1曲目からして「Real Death」という直接的な内容です。アルバムは批評家とファンの両方から高く評価されていますが、多くの批評家は、その感情的な主題とひるむことなく正直な歌詞を考えると、客観的にレビューするのは難しいと感じると述べています。確かに心的距離を置きづらいアルバム。痛切さが心に響きます。『死』をテーマにしたアルバムはアントラーズホスピス(2008)、デヴィッド・ボウイブラックスター(2016)、スフィアン・スティーブンスキャリー&ローウェル(2015)など、この連載でもいくつか取り上げてきました。本作はそれらと比較しても、より直接的に死とその悲しみのプロセスに焦点を当てています。もともとはリリースするためのものではなく、個人的な癒しのプロセスの一部として制作が開始されました。妻を失ったとき幼い子供が残され、エルベレムは音楽を半ば引退し、子育てに専念していたこともあります。ただ、アルバムが完成するにつれて発表する気持ちになったそう。音のラフスケッチ、心象風景の音像化といった形でスタートしたため標準的な音楽構造が取られていません。インストルメンテーションがまばらであり、個々の楽器は予測できない時間に出入りします。コードの変更、コーラスの欠如、曲は短く(平均4分未満)、通常は突然終了し、コーダやフェードアウトはなく、未解決の音符や和音が含まれます。エルベレム本人曰く「かろうじて音楽」。心象風景の追体験。

PVRIS - All We Know of Heaven, All We Need of Hell

PVRIS(「パリ」と発音)はSSW、プロデューサーのリンジー・ガンヌルフセン(通称 リンガン)によって結成されたUSのオルタナティブポップアクトです。もともとはマサチューセッツ州ローウェルで2012年にOperation Guillotine(ギロチン大作戦)という名前で結成されたメタルコアバンドが前身で、その後PVRISに改名し、音楽性もポストハードコアに。そして、デビューアルバム制作のためにスタジオ入りする際にシンセポップの影響を取り入れました。本作はセカンドアルバムで、「幽霊が出る」とされた教会で録音されたそう。ちょっとゴシックで幽玄な雰囲気があるのは録音環境のせいでしょうか。とはいえ全体としてはビートが強めでボーカルメロディもくっきりとしたダークなシンセポップ、オルタナティブロック。ストレートで分かりやすくてカッコいいサウンドです。UKでは4位までチャート上昇。こういうストレートなロックサウンドがUKでは人気が再燃しています。

Brand New - Science Fiction

ブランニューは2010年にNYで結成されたUSのロックバンドで、2000年代のエモシーンで最も影響力のあるバンドの1つです。00年代のエモシーン出身バンドの多くが消えていった中で変わらぬ評価とファンベースを持ち、2017年の活動休止後もカルト的な人気を保っています。コアメンバーの4名は結成から活動休止まで変わらぬジェシー・レイシー(ボーカル、ギター)、ヴィンセント・アッカルディ(ギター、ボーカル)、ギャレット・ティアニー(ベース・ギター、ボーカル)、ブライアン・レーン(ドラム、パーカッション)の4名。本作は9年ぶり、5枚目のアルバムにしてラストアルバム。ビルボードで初登場1位を獲得したアルバムでもあります。ややノスタルジックな、90年代のオルタナティブロックと連続するUS、UKの「あの当時の雰囲気」を思わせるサウンド。影響を受けたバンドとしてスミスモリッシー)、ライドストーン・ローゼズビートルズソニック・ユースマイ・ブラッディ・バレンタインなどの名前を挙げています。もともと、本作リリース後の2018年に解散予定で解散ツアーが発表されていましたが、ボーカルのレイシーが2017年後半に未成年への性的違法行為で起訴され、結果としてそのまま活動休止してしまいます。事件が起きたのは2002年ごろで、当時20代だったレイシーは性依存症を患っていて、訴えが起こされる前の10年間は治療を受けていたとのこと。

Algiers - The Underside of Power

アルジェは2012年に結成された、米国ジョージア州アトランタ出身のUSのロックバンドです。バンドはフランクリン・ジェームス・フィッシャー(ボーカル、ギター他)、ライアン・マハン(ベース他)、リー・テッシェ(ギター他)、マット・トン(ドラム他)で構成されています。全員、複数の楽器を弾きこなすマルチ演奏家集団。バンド名のアルジェはアフリカ、アルジェリアの首都名から。反植民地闘争の重要な地名であるからとの理由で選んでいます。人種混交バンドであり、ボーカルはアフリカ系。アフロフォークやソウル、ゴスペルといったサウンドからの影響も感じます。本作はセカンドアルバムでマタドールレコードからリリース。アラバマシェイクスを先に進めたような、黒人音楽と白人音楽を融合させた音像。こういうバンドはいくつか出てきますがシーン全体の中ではやはり少数派であり、新鮮な響きがあります。魅力的なアルバム。

Susanne Sundfør - Music For People In Trouble

スザンヌ・サンドフォー(1986年3月19日生まれ)はノルウェーのSSW、プロデューサーです。ノルウェーでは著名な神学者で言語学者のKjell Aartunの孫娘として生まれ、小さいころから習い事としてピアノやバイオリンを習い、音楽高校に進学。ベルゲン大学(ノルウェーで最高の大学の一つ)で芸術を学びました。2007年、19歳の時にデビューアルバムをリリースし、ノルウェーのチャートで3位を獲得します。その後、4枚のアルバムをリリースしていますがいずれもノルウェーでは1位を獲得。国民的アーティストです。本作は5枚目のアルバムで、前作Ten Love Song(2015)で電子音楽に傾倒し、それによって世界的な知名度を得た彼女が再びルーツであるフォーキーなサウンドに回帰したアルバム。素朴なフォークロックながらそもそも北欧なのでメロディや響きがUS、UKに比べるとオルタナティブ。独特の優美さと、キャリアと商業的影響力のあるアーティスト故の洗練さを兼ね備え、且つ感情の深いところから湧き出てくるような神秘的な歌声です。

The Magnetic Fields - 50 Song Memoir

マグネティックフィールドはSSW、プロデューサーであるステフィン・メリットが率いるUSのバンドです。歴史は古く、もともとはメリットのソロレコーディングプロジェクトとして1989年にスタート(その時はバッファロー・ローマという名前でした)。現在のバンドメンバーは5名。メリットはかなり変わったキャラクターで、無神論者で・茶色の服だけを着ており・同性愛者を公言し・ビーガンであり(1983年以来動物を食べていないそう)・自分のことを「自閉症スペクトラムだ」と言っています。USインディーロック界では著名人。写真左上がメリットです。多作な人で、これ以外にもいくつかのプロジェクトを持ち、ソロアルバムも出しています。また、アルバムも長大で、1999年にはトリプルアルバム69 Love Songs(23曲入り3枚組で69曲)をリリース。本作は11作目のアルバムで、50歳の記念に作られた生まれてから今までの50年を1年づつ振り返ったアルバム。10曲で1枚に分けられており、フィジカルだと5枚組(1枚約30分程度)。なんというか独特な世界観を持ったアーティストです。日本だとあがた森魚とかにも近いのかもしれない。けっこう実験的な曲も多く、よくわからないパートもありますが時々すごくメロディアスだったり、長大なアルバムなのになぜか聞かせきってしまう。物語や世界観を作るのがうまいアーティスト。

Protomartyr - Relatives in Descent

プロトマーターは2010年にデトロイトで結成されたポストパンクバンドです。メンバーはJoe Casey(ボーカル)、Greg Ahee(ギター)、Alex Leonard(ドラム)、Scott Davidson(ベース)の4名でデビュー以来変わらず。2010年代後半に出てきたポストパンクバンド(Shame、Idles、Priests、 The Dirty Nil、Vundabar、Meat Wave、Rendez-Vousなど)の影響元として名前が挙がるバンドであり、影響力が大きいバンド。本作は4作目のアルバムで、今までよりもよりダークかつ哲学的な内容になり、コンセプトアルバムではないものの多くの曲がシームレスに継ぎ目なく流れていきます。アニマルコレクティブと仕事をしていたSonny Di Perriと共同プロデュース。「古風で立派に見えるが、人口規模に対して警官が多すぎるかもしれない裕福な郊外(Don't Go to Anacita)」「黄金の塔の頂上に住んでいた、金に飢えたトロールと、最終的に彼を倒す英雄的な町民についての幻想的な民謡(Up the Tower)」「人類を犠牲にして自由な資本主義(Here Is the Thing)」「世界的なメルトダウンの影があなたのドアを暗くしている間、孤独と欲求不満を抱えて生きる日々の挫折を乗り越えようとする(The Chuckler)」などのテーマを扱い、ジャケットの佇まいも含め、深遠さを感じる緊迫感あるポストパンク。

Sheer Mag - Need to Feel Your Love

シアーマグは2014年にペンシルバニア州フィラデルフィアで結成されたUSのロックバンドです。70年代的なクラシックロック、ハードロック、グラムロック、一部ディスコサウンドとパンクを融合させたサウンドで、娯楽性の高いサウンド。また、キャラクターが濃い巨体の女性ボーカルを擁しており、ベースとギターは兄弟という家族・男女混合バンドです。ルックスにたがわないパワフルでパンキッシュな声が魅力的。本作はデビューアルバムで、各種メディアからは称賛されました。パンクバンドらしく政治的な主張も盛り込まれており、ドナルド・トランプの就任式中にワシントンDCで行われたDisruptJ20抗議集会に触発されたMeet Me in the Streetでアルバムは幕を開けます。雑多な要素をきちんと消化して料理した良質なパワーポップアルバム。

2017年の出来事としては、初めてフィジカルの売り上げをストリーミングサービスの売り上げが追い抜きます。赤の5.7がフィジカル合計、6.5がストリーミングサービス(サブスク)。2000年代に入ってから右肩下がりで縮小していた音源のセールスがサブスクリプションによって持ちなおします。

また、この年はトランプ政権が誕生した年。US中の注目を集めた選挙であり、その後も物議をかもし続けた大統領だっただけに反トランプにせよ親トランプにせよ、政治的な発言をしてきたバンド・アーティストは政治的発言や楽曲が増えます。

2018.UKロックの新時代と黒人音楽の越境

UKではポストパンク的な勢いのある音像が出てきます。振り返ってみると、ポストパンクというのは「パンクが従来の(技巧的になり、重厚長大化しつつあった)ロックを破壊した」後に、さまざまな実験的かつ攻撃性が高いロックサウンドがどんどん出てきたムーブメントであり、ロックサウンドを拡張しようという試みだった。なので、ポストパンクという言葉は音楽ジャンルというよりムーブメントの精神性みたいな話であり、そうしたムーブメントを彷彿させる「(リバイバルではなく)新しいバンドサウンド」を模索する動きがUKでは強まっていきます。

一方USではロック側から黒人音楽を再度取り入れる動きが出ていたことに対して、黒人音楽、ソウルやR&Bのアーティスト側からもロックテイスト、ロックサウンドを取り入れるような動きが生まれています。単にヒップホップの曲構造にハードなギターリフをミックスした、といったレベルではなく、より深いところでロック的な曲構造、音響、ロック的なビートなどを取り入れ始めている印象です。

IDLES - Joy as an Act of Resistance

アイドルズは2009年にブリストルで結成されたUKのロックバンドです。ボーカルのジョー・タルボットとベースのアダム・デボンシャーは高校の友人で、同じ大学に進学した後でバンドを組むことになり、これがバンドの母体となります。数年間音楽性を模索したあと、2012年にデビューEPを制作、その後バンドメンバーが固まっていきます。本作は2枚目のアルバムで、歌詞は”男らしさ”という毒、愛、移民、Brexit、社会階級などを扱っています。また、Juneはタルボットの妻が娘を流産してしまったことを歌っています。本作はポストパンク、ポストハードコアとされていますが、バンド本人たちは「パンクと呼ばれたくないしポストパンクも嫌だ」と言っています。確かに、ポストパンクといっても範囲が広い。精神性として社会課題に率直に向かい合う、警鐘を鳴らす姿勢や、ビートが強くギターサウンドがノイジーで攻撃性があるところがポストパンク的ですが、ボーカルはけっこうメロディアスで、さまざまな音楽性を雑多に飲み込んでいる印象はあります。「パンク」という言葉でイメージを限定されたくないのでしょう。もっと普遍的なロックバンドと言っていいと思います。本作はUKで5位まで上がり、1万人規模のライブを行うようになるなどUKのトップバンドの一つに駆け上がっていった作品。この次のアルバムUltra Mono(2020)では全英1位を獲得します。

Janelle Monáe - Dirty Computer

ジャネール・モネイ・ロビンソン(1985年12月1日生まれ)はUSの歌手、ラッパー、女優、レコードプロデューサー、およびモデルです。いわゆるネオソウル、フューチャーソウルに分類され「ロック」よりは「R&B」や「ソウル」のアーティストとされますが、けっこうロックサウンドを取り入れているというか、黒人音楽(ソウル)の側から白人音楽(ロック)的な要素を取り入れたアルバム。今回のリストに入れても音的に違和感がない(もちろん特異性はありますが、意外になじむ)ので選びました。本作は3作目のアルバムで、1曲目からビーチボーイズのブライアン・ウィルソンを迎えてのナンバー。ビーチボーイズ自体、ドゥワップコーラスを取り入れ、白人音楽と黒人音楽を融合させたようなアーティストでした。他にもゾーイ・クラヴィッツ(レニークラヴィッツの娘)をフューチャーした5曲目ではギターサウンドが出てくるし、7曲目ではオルタナティブなアーティストのグライムスをフューチャーするなど、かなり多様性に満ちた内容。ポップ、ファンク、ヒップホップ、 R&B、エレクトロポップ、スペースロック、ポップロック、ミネアポリスソウル、トラップ、フューチャーポップ、 ニューウェーブ、シンセポップ、ラテン音楽の要素をフィーチャーしつつネオソウルにまとめてみせたアルバム。アラバマシェイクスを契機とし、ロックの側からはソウルやゴスペル、黒人音楽への接近が見られましたが、このアルバムではソウル側からロックへの接近が見られます。

Iceage - Beyondless

アイスエイジは2008年に結成されたコペンハーゲン出身のデンマークのパンクロックバンドです。結成当時、バンドのメンバーの平均年齢は17歳でした。パンクの精神、DIYシーンから出てきたバンドで、ハードコアやポストパンクを飲み込んだ音楽性はそれまでの「北欧」の音楽的なイメージを打ち破りシーンに衝撃を与えました。本作は4作目のアルバムで、マタドールレコードからのリリース。ジャズ的なホーンセクションやパーカッションを取り入れた2など、実験的な音像も取り入れたポストパンクで、北欧的な少し薄暗い抒情性もあります。北欧メタルの聖地、スウェーデンのイェーテボリにあるスタジオで録音。メタル感は全くありませんが、北欧らしい荒涼感とその中に煌めく美しさは感じることができます。初期衝動を結晶化させているバンド。アルバムタイトルについて、ボーカルのエリアスはこのように言っています。

これはサミュエル・ベケットの詩からの引用なんだ。もともとは存在しない言葉なんだけど、しっくりきたんだよね。「beyond + less = 超越するものがない」ということで、意味合い的にもいいと思った。もともとはただの曲名で、これ以上ないってくらい迷ってしまって、何も超えることもできないという状況、つまり、裏を返せばすべてに手が届くという状況を歌った楽曲だった。それに、単語そのものを見てみても、字面的にいいと思ったんだよね。アルバム全体をまとめるのにもいい言葉だなと思ったんだ。引用

U.S. Girls - In a Poem Unlimited

US Girlsは、2007年に結成されたカナダのトロントを拠点とするエクスペリメンタルポッププロジェクトで、USのミュージシャン兼レコードプロデューサーのメーガン・レミーのソロプロジェクトです。彼女はイリノイ州で育ち、ティーネイジャーの頃はRiotgrrrlCrassに影響を受けたパンクバンドを組んでいたそう。その後シカゴに移り、ソロアーティストとして活動をスタート。カナダ人アーティストのマックス・ターンブルと結婚し、現在はカナダの永住権を持って活動しています。本作は6作目のアルバムで、各種メディアから絶賛されました。どこか浮き立つような感覚があるレトロでDIY精神を感じるオルタナティブポップス。

Ezra Furman - Transangelic Exodus

エズラ・ファーマン(1986年9月5日生まれ)は、USのミュージシャン兼ソングライターです。もともとEzra Furman and the Harpoons(エズラ・ファーマンとハープーンズ)という4人組のバンドでデビューし、解散後はソロ活動に転向。トランスジェンダーでバイセクシャルの女性です。Netflixのドラマ「セックス・エデュケーション」の音楽も担当。本作は4作目(バンド名義も含めると7作目)のアルバム。作曲能力の高さを感じられるアルバムで、どの曲も自然体ながらフックがあります。宅禄ポップスというか、インディーポップの手作り感、等身大の曲といった感じ。あまり身構えず、スッと聴ける感覚があります。こういうシーンはなくならないし、良作がコンスタントに出てきます。

Hookworms - Microshift

フックワームスは2010年にリーズで結成されたUKの5ピースのネオサイケデリックロックバンドでした。バンドメンバーがEO、JN、JW、MB、MJとイニシャルで表記され、ほとんどのアルバムはボーカルのMJが保有するホームスタジオで録音。スタジオ経営だったり、デザイナーだったり、ほかにも仕事をしている大人のバンドだったようで地道ながら着実な活動を続けていましたが、2018年にMJの元パートナーである女性(彼女もほかのバンド活動をしているアーティスト)から「ほかにも関係があった女性から連絡を受けた性的暴行の告発」をTwitterに投稿され、炎上します。その結果バンドは解散。本作は3枚目のアルバムにしてラストアルバム。独特のアーティスティックというか、ジャケットの通り抽象画、幾何学的に組み合わされたデザインのようなサイケデリックなアルバム。ポップで、それぞれのパートはそこまで複雑ではないのですが音の組み合わせ方にデザイン的な配置を感じます。

shame - Songs of Praise

シェイムは、UK、サウスロンドン出身のイギリスのポストパンクバンドです。盛り上がりを見せるサウスロンドンシーンからの登場。サウスロンドンで活動するバンドはBlack Midi、Bkack Country, New Road、Squid、Goat Girl、Fat White Family、Dry Cleaningなど、なかなか面白いバンドがそろっています。サウスロンドンというか、その中にあるThe Windmillというライブハウス(パブ)に出演するバンドが面白い。ポストパンクというか、実験的で尖ったロックバンドが切磋琢磨して新しい音像を生み出そうとライブという実証実験を繰り返している感じ。本作はデビューアルバムで、勢いのあるポストパンク、インディーロック。この界隈から出てくるバンドは「新しいバンドサウンド」を模索している感じがして好きです。バンドからソロアーティストへ音楽活動の中心が移行していった2010年代、UKからはサウスロンドンシーンからバンドサウンドが復興している気がします。それぞれ個性があって面白いバンドが多い。

Boygenius - Boygenius

ボーイジーニアスジュリアン・ベイカー、フィービー・ブリッジャー、ルーシー・ダーカスという3人の女性SSWが結成したUSインディーロック界のスーパーグループというかプロジェクトです。それぞれソロキャリアを積んでいた3人ですが、(音楽的にはかなり違うのに)「女性だから」という理由で比較されることにフラストレーションを感じており、「女性SSW」の括りでライバル扱いされるぐらいなら、いっそバンドを組んでしまおう! といったことを話していたそう。その夢がいろいろなタイミングがかみ合って実現し、リリースされたミニアルバム。美しいハーモニーが響くフォークロックで、同じくフォークロックのスーパーグループであったCSN&YDeja Vu(1970)を彷彿させます。歌えるボーカルが複数いる強みを感じます。

Jeff Rosenstock - POST-

ジェフ・ローゼンストック(1982年9月7日生まれ)は、USのNY、ロングアイランド出身のSSWです。スカパンクバンドThe Arrogant Sons of Bitches、パンクバンドBomb the Music Industry!、インディーロック/ノイズポップバンドKudroなどのリードシンガーとして活動し、2012年にソロ活動を開始。本作は3枚目のソロアルバムで、収録曲は2016年の大統領選の直後にキャッツキル山地(NY州南東部の山地)に籠って書かれました。「あなたの国、あなた自身、そしてあなたの周りの人々の希望が失われたことについて主に歌っている」とのこと。2曲目はタイトルも「USA」でかなり直接的です。ただ、音楽的には7分半にわたる一大叙事詩で、ストレートなロックサウンドながら次々と場面が展開していく名曲。アルバムの雰囲気も、重苦しさよりもワイルドで力強いロックサウンドが主体です。ひねりのあるメロコアというか。

Let's Eat Grandma - I'm All Ears

レッツ・イート・グランマは、2013年に幼なじみのローザ・ウォルトンとジェニー・ホリングワースによって結成されたUKのポップグループです。”おばあちゃんを食べよう”というなかなか物騒なグループ名。二人はどちらもノーフォークの都市、ノーリッチで育ち、4歳のときにレセプション(小学校準備)クラスで出会い、13歳で一緒に音楽を作り始めました。まさに幼馴染。本作は2作目のアルバムで、自由にアイデアが飛び回るポップでガーリーなアルバム。音に遊び心というか、「音を出すのが楽しい!」感が詰まっています。とはいえセカンドアルバムなので初期衝動だけでなく考えて作られたアルバムであり、アーティスト性というか2歩目の深みもあります。

2018年の他の出来事は、映画「ボヘミアン・ラプソディ」が公開され全世界的なクィーンのリバイバルが起きます。また、USではMMA(Music Modernization Act:音楽近代化法案)が上院、下院で可決され、トランプ大統領がサインします。デジタルストリーミングなどの新しい流れに対する著作権などの改定で、2014年から全米レコード協会やアーティストたちがロビー活動を続けてきたいくつかの法案がまとめて可決されたもの。2017年にストリーミングの売り上げがフィジカルを抜き、音楽業界の構造が劇的に変わっていたことに対応した新しい法案です。法案可決の際、アーティスト代表としてトランプ大統領と握手したのはキッド・ロック

2019.UKはピュアロック加速、USはミクスチャー

昨年とあまり流れは変わらず、UKはさらにピュアなバンドサウンド、ロックサウンドを奏でるバンドが増えていきます。サウスロンドンのライブパブWindmillを中心としたシーンや、アイルランドのシーンなど、ロック新時代が幕を開けている、ロックバンドを組む若者が増えている印象。USはバンドサウンドはやはりほとんどなく、フォークロックか、あとはソロのSSW、いずれにせよカントリー的な内省的な音像が強く、バンドサウンドはあまりありません。そちらはもっとエクストリームなメタルやハードコアに分化しているのかもしれません。その分、ソウルやR&B、ヒップホップ側からロックテイストを取り入れるような動きは続いています。UKの抱えている課題はブレクジットであり、すでに結論が出ているので後は外部との関係性をどうするか。USの抱えている課題はトランプであり、内省や価値観の分断の問題。そうした社会課題意識も音像の差となって出てきているのかもしれません。

Big Thief - U.F.O.F.

ビッグシーフは、US、NYブルックリンで結成されたインディーロックバンドです。エイドリアン・レンカー(ギター、ボーカル)、バック・ミーク(ギター、バック・ボーカル)、マックス・オレアートチク(ベース)、ジェームズ・クリフチェニア(ドラム)の4人組で、全員バークリー音楽大学卒。卒業後にバンドを結成しています。女性ボーカルのレンカー(左端)とミーク(右から二人目)は結婚していましたが2018年に離婚、離婚後も「深い友達」としてバンドを続けています。レンカーはクィアを自称しており、複雑なセクシャリティの持ち主。以前のアーティスト写真だと身を寄せ合っているものが多かったですが、2019年のアーティスト写真を見ると離婚後なのでやや距離を感じますね。本作は3作目のアルバムで、ワシントン州ウッディンビルの緑豊かな自然に囲まれた人里離れたスタジオであるベアクリークスタジオで録音されました。ジャケットの通り、大自然を感じるフレッシュで美しいフォークロック。まだ大きな商業的成功はおさめていないもののグラミー賞のオルタナティブロック部門にノミネートされ、各種メディアも絶賛。USインディー界のスターバンドとなります。

Foals - Everything Not Saved Will Be Lost – Part 1

フォールズは、2005年に結成されたオックスフォード出身のUKのロックバンドです。バンドは10年以上にわたって国際的にツアーを行っており、グラストンベリー、コーチェラ、ロスキレなどの多くのフェスティバルに出演しています。現代UKロックのトップライブアクトの1つと見なされており、2013 年のQアワードのベストライブアクトを受賞し、NMEアワードのベストライブアクトにも2回ノミネートされています(2011年と2013年)。本作は5作目のアルバムで、パート1とあるように同年にリリースされた6作目(パート2)との連作。インディーロック、ポストパンク的な雰囲気を持ちながらもう少し聞きやすい、娯楽性が強いダンスパンク、ダンスロック的な音像を持っているのが特徴。本作は全英2位まで上がりマーキュリー賞にもノミネート。ちなみに続編のパート2は全英1位を獲得しています。

Fontaines D.C. - Dogrel

フォンテインズDCは、2017年にダブリンで結成されたアイルランドのポストパンクバンドです。グリアム・チャッテン(ボーカル)、カルロス・オコネル(ギター)、コナー・カーリー(ギター)、コナー・ディーガン3世(ベース)、トム・コール(ドラム)の5人組で、全員が音楽大学の同級生。詩への共通の愛情で結びついた仲間だそうで、最初にビート詩人(ジャック・ケルアック、アレン・ギンズバーグ)に捧げた詩集Vroomとアイルランドの詩人(パトリック・カヴァナ、ジェイムズ・ジョイス、WBイェイツ)に捧げた詩集Windingの2つをリリース。音楽ではなく詩からスタートしたバンドです。デビューアルバム前にEPをリリースし話題となり、シアトルのネットラジオ曲KEXPのスタジオライブでUSでも話題に。UK、US問わず最近のインディーズバンドはKEXPが一つの登竜門になっている気がします。あとはSXSW(テキサス州オースティンで行われるイベント)も登竜門的性質を持っていますね。もともとSXSWは音楽業界関係者向けの見本市なのでこれからのバンドが多く出演します。本作はデビューアルバムで、もともと詩人集団だったということを頷かせる言葉が前面に出てくるサウンド。音像としてはポストパンク、ジョイディヴィジョンなどを彷彿とさせるどこかダークな音像ですが、音楽大学を出ているだけあって音像が洗練されているし、曲もよく練られています。2019年マーキュリー賞ノミネート作。

FKA twigs - MAGDALENE

FKAツイッグスことタリア・デブレット・バーネット(1988年1月17日生まれ)はUKのSSW、プロデューサー、ダンサー、女優です。かつてダンサーと体操選手であったスペイン系のイギリス人である母親と、ミュージシャンであるジャマイカ人の父親との間に生まれ、母親と「ジャズ狂信者」の継父によって育てられました。18歳になるまで実の父親に会わなかったそう。小さいころからオペラとバレエのレッスンを受け、ダンスの才能を発揮して学術奨学金を受けました。17歳で、彼女はダンサーとしてのキャリアを追求するためにサウスロンドンに移り、BRITスクール(著名な音楽や芸術の学校)に通います。彼女は、カイリー・ミノーグ、プランB、エド・シーラン、タイオ・クルーズ、ディオンヌ・ブロムフィールド、ジェシーJ、レッチ32などのアーティストによるミュージックビデオのバックアップダンサーとして働いていました。その中で自分の音楽性を模索、構築していき、2014年にデビュー、デビュー作は「さまざまな音楽の境界を越えた」として称賛され、2014年のマーキュリー賞にもノミネートされます。本作は2作目のアルバムで、プレイベートでは俳優のロバート・パティンソンと2017年に離婚し、その悲しみの最中で作られたアルバム。アートポップ、エレクトロニック、アバンギャルド、R&B、トラップ、ヒップホップ、トリップホップ、 パンクロック、インダストリアル、オペラ、チェンバーポップ、ブルガリアンフォークなど多様な音楽が詰め込まれており、ボーダーレスな音像。あらゆる音像を使って自由に心象風景を描き出しています。彼女はこのアルバムを作ることで喪失の悲しみから立ち直ることができたと振り返っています。

Weyes Blood - Titanic Rising

ウェイズ・ブラッドことナタリー・ローラ・メーリング(1988年6月11日生まれ)はUSのSSWです。ソロ・アーティストでもプロジェクト名をつける風潮が2010年代はインディー界では主流になってきていますね。彼女は主にペンシルベニア州ドイルズタウンで育ち、2003年からウェイズ・ブラッド名義で作品を発表。両親は熱心なペンタコステ派キリスト教(プロテスタントの新しい宗教運動で、世界中に信者がいます)でしたが、彼女自身は12歳の時に、好きなコメディ番組に出てくるゲイのキャラクターが「天国に行けない」とされたことに疑問を持ち、何か独善的なものを宗教に感じ、別の見方の必要性を感じたそう。ただ、敬虔な教徒の家族に育ったため、教会音楽から強い影響を受けていると語っています。教会音楽の他にはヴェルヴェットアンダーグラウンドや映画音楽(オズの魔法使いや、ホラー映画)からの影響、また、USのSSWでジョンレノンとの共作でも知られるハリーニルソンの影響も強く受けています。本作は4枚目のアルバムで、思春期に多大な影響を受けた映画「タイタニック」にインスパイアされたアルバムとのこと。音楽的にはジョニ・ミッチェルやカーペンターズなどの1970年代のアーティストや、チェンバー・ポップの影響を受けたソフトロックです。印象的なアルバムカバーは、水中の寝室に沈められたメリングをフィーチャーしています。カリフォルニア州ロングビーチのプールでブレット・スタンリーが撮影したもので、ジャケットの意味についてメリングは「水は潜在意識の象徴だと考えているの。寝室は人々の信念やアイデンティティを形作る”安全で想像力豊かな空間”で、この潜在意識の空間に私は住んでいる」と説明しました。

Purple Mountains - Purple Mountains

パープルマウンテンズは、ミュージシャンで詩人のデヴィッド・バーマンによって結成されたUSのインディーロックプロジェクトでした。もともとシルヴァージュースというバンドで活動していたバーマンが、前のバンドを解散してから10年後に活動を再開、本作をリリースします。本作はデビューアルバムにして唯一のアルバム。4年間にわたって作成されたこのアルバムは、さまざまなミュージシャンやプロデューサーとの作曲と録音の試みに何度も失敗した後、最終的には、シカゴとブルックリンで、バンドWoods(NYブルックリンのフォークロックバンド)のメンバーとともに2018年に録音されました。アルバムのテーマは、バーマンの母親の死、音楽からの引退、うつ病との闘い、そして妻との緊張した関係に触発されました。バーマンはまた、彼が築き上げた6桁の借金を返済することを期待してアルバムを作成しました。前のバンド、シルバージュース(銀色のユダヤ人)のラストアルバムがメディアからの低評価を受け、意気消沈してしまったバーマンはそれに対する不満を抱え、一時期は音楽業界を引退状態に。2014年に母親が亡くなり、どん底まで落ち込んだ時にもう一度ギターを持つことを勧められて作曲活動を再開。ただ、その後も20年間連れ添った妻(同じくシルバージュースのメンバーだった)との関係が悪化して別居状態になってしまいます。その後、いろいろと行き詰った生活、クレジットカードの借金とローンで蓄積した10万ドル以上の借金を返済するための収入の必要性として音楽への復帰を志し、制作したのが本作。本作は批評家からおおむね好評を得ます。そしてツアーが組まれましたが、ツアー初日の3日前にバーマンは自殺し、プロジェクトは消えてしまいます。そうしたぎりぎりの状態の中での苦悩と希望、パーソナルで自然体な音楽が奏でられている不思議な心地よさがある音像。音像そのものは暗鬱ではなく、レイドバックした穏やかなオルタナティブカントリー色の強いインディーロック。

Richard Dawson - 2020

リチャード・ドーソン(1981年生まれ)は、UK、ニューカッスル出身のフォークミュージシャンです。ドーソンはニューカッスルで育ち、子供の頃に歌うことに興味を持ち、フェイス・ノー・モアのマイク・パットンなどのアメリカの歌手を真似ていたそう。彼はプロの音楽キャリアを始める前に、レコード店で10年間働いていて、その当時に購入した安価なギターを誤って壊してしまいます。そのギターを修理した後、それが独特の音を持っていることに気づき、今でもそれを彼の主要な楽器として使用しています。エピソード通り奇妙でねじれた音。ブルース音楽に取り組むドーソンのアプローチは、UKのキャプテンビーフハートとも言われています。ドーソン自身は、彼の作品への影響として、カッワーリー(中央アジアの祈りの歌)、スーフィーの祈りの音楽、ケニアのフォークギタリストのヘンリーマコビ、フォークミュージシャンのマイクウォーターソンを挙げています。本作は6作目のアルバム。2019年にリリースされているのに「2020」というタイトルも不思議。近未来予測なのでしょうか。アルバムの各曲は異なる架空のナレーターの視点から語られ、これらの個々の視点を通して現代の英国市民の幅広い社会的態度と不安を探求します。アルバムのプレスリリースでは、英国を「流動的な島国で、精神的な崩壊の危機に瀕している社会」と説明しています。近づいてくるブレクジットもテーマに入っているのでしょう。

The Murder Capital - When I Have Fears

マーダーキャピタルは、ダブリンを拠点とするアイルランドのポストパンクバンドです。アイドルズ、シェイムや、同郷のフォンテインズDCと比較される、新しいポストパンクムーブメントの1員。DIY精神を持ち、ハードコア的な行動性を感じさせる音。本作はデビューアルバムで、アイルランドのチャートでは2位、UKのチャートでも18位まで上昇。アルバムリリース後のイギリスとヨーロッパを回ったライブハウスツアーはソールドアウトしました。UKシーンで盛り上がりつつある2010年代後半の新しいロックサウンドを鳴らすバンドの一つ。

Marika Hackman - Any Human Friend

マリカ・ルイーズ・ハックマン(1992年2月17日生まれ)は、UKのSSWです。彼女はオルタナティブロックとイングリッシュフォークのジャンルに入ると考えられており、暗くてメランコリックな歌詞で知られています。ハックマンの母親とフィンランド人の父親はアニメーターとしての仕事中に出会い、彼女が生まれます。彼女と彼女の兄であるベン(「ハックマン」という名前で素材をリリースするダンスミュージックプロデューサー)は小さいころ、テレビばかり観ていたら代わりに他のクリエイティブな娯楽を見つけるように言われ、音楽を始めます。4歳からピアノのレッスンを受け、10歳からベースギターとドラムのレッスンを受け、ギターは12歳から独学で学び始めました。18歳で、彼女はイギリスのブライトンに移り、フルタイムで音楽を追求し始めます。2014年にアルバムデビュー。本作は3枚目のアルバムで、2008年に4年間付き合った恋人と破局した後のアルバム。彼女もLGBTで恋人も女性。大幅にシンセサイザーが導入されたダークながらもポップなサウンドであり、アルバムの叙情的な内容について「かなり性的」で「鈍い(ヘヴィ)だけれど、不快ではないわ」と表現しています。

CHAI - PUNK

チャイは名古屋出身の日本のロックバンドで、マナ、カナ、ユウキ、ユナの4人の女性で構成されています。マナとカナは双子の姉妹。2012年、高校の同級生だったマナ、カナ、ユナの3人で結成され、軽音楽部のメンバーで東京事変aikoのカバーを演奏していたそう。ユナがcero奇妙礼太郎など、従来のJ-POPからはみ出たようなアーティストをメンバーに紹介しました。大学進学後、マナがユウキと友達になりバンドは4人編成に。バンド名はロシアのお茶(チャイ)から取ったとのこと。2017年にSXSWで演奏し、USツアーも積極的に行うなど最初から国際的な活動を行っています。USでのメディアの評価も上々。本作は2枚目のアルバムで、日本では2019年2月13日にOtemoyan Recordsからリリース、北米とヨーロッパでは2019年3月15日にBurger RecordsとHeavenly Recordingsからリリースされました。ハイテンションでニューウェーブなシンセポップで、タイトルのような「パンク」感はそれほど強くありませんが、ポストパンク的なニューウェーブの時代、80年代の時代感は感じる音像。USのインディーファンからも一定の評価を得ており、確かに2010年代のUSインディーポップの文脈で聞いてきても新鮮な音。ハイパーシティポップとも言える音像なので、USやインドネシアを中心としたシティポップ再評価の波に乗れればもっと活動規模が大きくなるかもしれません。

2019年の他の出来事は、ビリーアイリッシュBad Guyで2000年代に生まれたアーティストとして初のビルボード首位を獲得します。

他は、トランプ政権、共和党政権の中で保守層が巻き返し、LGBTの兵役を制限する法案や、中絶禁止法などが各地で採決されていきます。キリスト教の価値観は根強く、LGBT、中絶はキリスト教の中の原理主義的な宗派では認められていません。こうした基準は民主党、共和党の政権が変わるたびにある程度揺れ動きます。

総括

以上、長い連載だったオルタナティブロック史も2010年代までを見終わりました。時間をかけて延べ400枚のアルバムを聞きなおしてみて、いろいろと新しい発見もありました。基本的にロック史はUSとUK、英語圏の2国を中心に回っており、時々カナダとオーストラリアが出てくること。逆に言えばそれ以外の国からは(英語で歌っているバンドはいますが)ほとんど影響がありません。ロックというのはUS、UKの音楽なのだなと再確認。もちろん、それぞれローカルな地域で人気の「ロックサウンドのアーティスト」は存在するのですが、それはなかなか情報が入ってこない。日本だと日本のロックの情報は入ってきますが、たとえば中国とかインドネシアとかイタリアとか、ある程度の音楽市場がある国ならロックシーンもあるものの情報がなかなか入ってきません。言語の壁は大きいし、もっと言うとそうした国のローカルなアーティストを聞いてもピンとくることはそれほどないですね。けっこう個人的にはそういうアーティストが好きで聞いてきていますが、やっぱりローカル向けなんですよ。時々突き抜けた、グローバルで通用するバンドがいますが、やはりどこか焼き直しだったり、(料理と同じように)土着性が強くてよくわからなかったりする。その中でグローバルに通用する音を鳴らしているのはUS、UKのバンドが(ロックというジャンルでは)圧倒的に多いなぁという印象です。非英語圏で一番面白いのはたぶん日本でしょうね。市場規模がそもそも大きいし、ロックも盛んだから。いつか日本のロックも掘り下げてみたいと思います。

それから、だんだんとUSではバンドからソロアーティストに中心が移っている、チームから個人に焦点が移っていること。10年代前半のところでこの仮説を立ててみましたが、これはまさにその通りでした。UKも同じ傾向がありましたが、UKは2010年代後半からバンドが再び盛り上がってきています。ブレクジット騒動とも無縁ではないような気がしますがどうなんでしょう。時期的には符合するんですよね。個人主義よりチームワークというか、社会に対して何かを訴えるなら一人よりチームの方がいい。パンク、ハードコア的なDIY精神、社会に対して訴えかけるようなバンドが増えているのもUKの特徴で、これは社会の空気、世相も無関係ではなさそうです。

また、USでは思ったよりキリスト教やLGBTの影響が大きかったことも気づきです。あとは女性アーティストですね。抑圧された女性、というのはライオットガール運動(ライオット・ガール(英:riot grrrl)は、1990年代初頭にアメリカ合衆国ワシントン州オリンピアやワシントンD.C. で始まった、フェミニストによるアンダーグラウンドなパンクミュージックの流行、および音楽とフェミニズム、政治を組み合わせたサブカルチャー運動)で90年代からありましたが、ほかにも宗教的葛藤、それに絡んだLGBTQ(キリスト教の宗派によっては禁じられている)の苦悩など、性的マイノリティの問題も大きなテーマとして2010年代には出てきます。LGBTQの問題は90年代にはあまりロックでは取り上げられなかった印象です。こうした「抑圧された人の心の叫び、どうしようもないことを訴えるための手段」としてのロック音楽は機能し続けています。

80年代~90年代で完全に分かれていった黒人音楽(ソウル、R&B、ヒップホップなど)と白人音楽であるロック、フォークが2010年代になると再度融合を見せるという流れも感じました。BLM運動や人種意識の高まりなども影響があるのでしょう。ただ、白人のアーティストが黒人音楽の影響を本格的に取り入れる、というよりは、人種混交のバンドや、あるいは黒人アーティスト側が(コラボ文化があるので)ロックアーティストを呼んでコラボする、といった形で本格的な融合が進んでいるような気がします。大きな潮流は別れていますが、なんとなくその距離は90年代に比べると小さくなっているような気がします。

以上、50年を超えるオルタナティブロック史を振り返ってきました。この記事があなたの音楽の楽しみ方に役立てば幸いです。それでは良いミュージックライフを。

元の連載はこちら。


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