かわいい人にかわいいと言うのは、僕としては結構ありえない

かわいい人にかわいいと言うのは、僕としては結構ありえない

安原健太

(このエッセイは微妙にではありますが前回のエッセイと繋がっています)



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 移動教室の夜は、どうして好きな人の話になるんだろう。
 中2のときもそうだった。僕は口を割らなかったが、2つ隣の布団で寝ていた同級生は僕と同じ人を好きだと言った。彼は騒がしくもなければ静かでもない、嫌われてはいないがモテてもいない、つまりは普通の中学生だった。
 会話はヒソヒソと続き、就寝時間を軽くすぎた頃、突然彼が「あー!」と、必殺技を出すときのような声量で叫んだ。
「あー! 〇〇、おかしてえー!!」
 それは、さっき好きだと言った女の子の名前。当然周りは静まり返ったが、「何言ってんだよー」と苦笑いが起きた程度で、会話はまたヒソヒソと続いた。あの山ちょくちょく噴火するのよみたいな感じで、その内容については誰も触れていない。
 下ネタに疎かった僕も、状況的に何らかのワードであることは想像ができた。
 男子同士で誰かが「おっぱい揉みてえー!」と叫んで「何だよそれ」と笑いが起こるシーンは青春映画でも描かれている気がするし、女子同士でも「ちんこ触りてえ!」と叫んだら笑いが起こる気はする。
 だが彼が言ったその言葉からは支配的な響きがして、嫌な感じだった。
 中2の彼は、それがどれだけひどい言葉かを理解していなかったのだろう。仕入れたての言葉を他の言葉と同列に扱ってしまっただけだとは思う。
 だけどその言葉を「正確に」理解できている大人なら、そういった発言は絶対にないのだろうか。


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 露骨な男女の会みたいのに初めて参加したのが大学に入学したときだった。
 男子の多い理系大学と女子の多い家政科系大学の合同サークルの新歓にふらふらと参加した。会は居酒屋2階のお座敷全体で行われ、20分もするとビール瓶を持った先輩たちが席を行き来し始めた。
 僕がさっきまで話していた目の前の女の子のところにも複数人で来て「かわいいよね、言われるでしょ」と笑い「まあまあ」とビールを注いだ。別の席では胸の大きな女の子に「ってかスタイル良くね?」と、それまでの会話はどうでもよかったかのようなテンションで話している。
 はあ、と僕は口を曲げていた。目の前の女の子を取られたからじゃない。そんなやり方ないよなと思っていたからだ。かわいい人にかわいいと言うのは、僕としては結構ありえない。
 かわいいと言われても、そんなことないですと返せば「いやかわいいって」とゴリ押しを喰らい、ありがとうございますと返せば「調子乗ってる?笑」と餌食にされる。逃げ道がない。そういうことはふたりきりのときに言えばいい。
 そもそも、自分だけがチヤホヤされる状況だって別に嬉しいものじゃない。そのかわいい子の横にいる、話しかけてもらえてない女の子はそのかわいい子の友達で、その状況を楽しく思う人なんて実際はごくわずかな気がする。
 胸が大きい人に胸が大きいと言ったら、その人がキュンとするとでも思ってるのだろうか。下心があるからこその発言だろうけど、本当にやりたいならそんなことは言わないべきなのに。僕は背が高いけど、大きいねと言われてキュンとしたことは一度もない。会話のきっかけとしては仕方ないと諦めているが、もし「好き。だって背が高いから…」と告白されたら「キエエエエ!」と竜巻を起こしてしまう。天候を操る能力者の場合はだけど。
 だから、どう考えても相手を喜ばせたくて「かわいいね」「胸が大きいね」と言ってるとは思えない。本当に好きだったり付き合ったりしたいなら別の作戦を取るべきだ。
 でも、その場の瞬間的な欲求に左右されてる。
 我慢できないという表現が一番近い。手で口を塞いでも、欲の濁流で言葉が押し出される。おじさんのものだけだと思っていたセクハラは、全然おじさんだけのものじゃなかった。年齢が近いからノリでかわせてる気がするだけ。
 結局、無理して飲まなくていいからね、気にしなくていいからねと言った俺が一番信頼を集めていた。



 安原くんは姉妹がいそうだよね。
 そう言われることがよくあった。それは大抵、優しそうだとか穏やかだとか、そういったプラスのニュアンスを含んでいるのでうれしかったし、実際に姉も妹もいる。
 中学生の頃、高校生の姉の肩を毎晩夜通しマッサージさせられていた。よし俺も高校生になったら妹に、と企んでいたのに、気づいたら中学生の妹のマッサージをさせられていた。妹は今でもよく「これだから弟は」と言い、「兄だよ」と言い返すとガッハッハと笑う。
 何ヶ月も口を聞かないほどの喧嘩を何度もして、面白くない思いを何度もしたけど、姉と妹がいてよかったとはずっと思ってる。
 でも、仮に僕が優しいとして、それが姉妹に由来するならあまり嬉しくはない。
 かわいいね、胸でかいよねと絡まれてる女性を見るのは全然楽しくないし、今からその人たちに年の近い姉妹ができるわけもないし。



 高校の放課後の教室で、よく話してた明るい同級生の女の子から、実は毎朝のように痴漢にあっていると聞いた。
「やっさん知ってる? 最近の痴漢はお尻じゃないんだよ。腕を組んで、その手で胸を触るの」
 その友達は笑い話をするように言った。困るよねーって。そうしてないとやってられなかったに決まってる。そんなことあるのかと、涙が出そうなほど悲しかった。
 だって高校生の朝は、眠くてお腹も減って宿題もあって小テストの準備もあってとにかく時間がなくて、でも俺なんてそれでも遅刻して宿題やらないでその上母親のことを嫌ったりしてるのに、俺より家が遠くて一生懸命でいつも明るいこの友達が、さらに痴漢にまであってたなんて。
 頑張ってなくてだらしないなら痴漢されてもいいという話ではないのだけど、当時の僕はそんな理不尽なことあるのかよと、気持ち悪くて悔しくて仕方なかった。
 痴漢を突き出せば数時間の拘束で遅刻は確定。毎朝声を上げるわけにもいかないと彼女は言った。



 だからというわけじゃないけど、ほぼ初対面の女性にルックスのことばかり言うのは、好奇の目で見てますよと伝えてるようなもので、かなり抵抗がある。かわいいも胸大きいもやりたいも同じ。全部「うっわ。いい女」と言ってるように聞こえる。
 僕も「背高いね」と言われるのは嬉しくないし竜巻は起こしちゃうけど、別にいい。「かわいい」と「背が高い」はそのくらい、性質が全然違う。
 僕の姉も変な男によく絡まれていたし、僕ぐらい背の高い妹も空いてる電車でわざわざ隣に座られたりしてた。「健、前に話した変な人が今近くにいて帰れないから来て?」と電話をもらって、ビビりながら傘を2本武器にできるように持って、駅まで迎えに行ったこともある。
 男からしたらただの興味本位かもしれないが、興味を持たれてるということ自体がとても怖いことなのだと思う。



 以前、幼い子どもが通りがかりの人に襲われる事件があった。確か、高所から突き落とすという犯行だったと思う。犯人のコメントは「目についたから突発的にやった」。それに対し、ある人が「じゃあお相撲さんがそこにいても突発的にやってたか? 相手を選んでるだろ」と言っていたのを、今も思い出す。
 突発的に見えるものも、選択が伴っている。ランダムじゃない。
 池袋で育ったから、「不良に絡まれた」という話は友達からときどき聞かされていた。中学生の頃の話だ。けど僕自身は一度も絡まれたことがない。どちらかといえば草食系だし体力にだって自信はないけど、たぶん背が高いから。
 不良ですら相手を選んでるなら、女性は体力的に弱いというだけで、女性というだけで、どれだけ嫌な思いをしてきたんだろう。
 前にツイッターで「妻が池袋は人とぶつかるから嫌だと言っている」という投稿が回ってきたことがある。僕は当然意味がわからなかったが、後に確か別の人が後ろからその様子を撮影した動画も回ってきた。普通の後ろ姿をした男性が、自分より小さな女性が通り過ぎる瞬間、そっち側に半歩踏み出してドンッと想像以上の強さでぶつかる。1分間に何人も、何人も。
 その動画を見るまで、育った街ということもあって、渋谷より新宿より、池袋は過ごしやすいなぁとすら思っていた。僕には到底分からない(と信じたい)が、背の低い中学生にしか絡まない不良も、女性に次々とぶつかる男も、弱いものを力で圧倒することに優越を感じているのだろう。
 結局体力が物を言っている。どれだけ頑張って生きても。
 僕ら男だって、ドラえもんのタイムマシンで恐竜のいる時代に行き、大恐竜たちが次々と舐め回してきたら怖いに決まってる。ほんやくコンニャクで言葉の通じた恐竜たちが「大丈夫大丈夫!」「興味本位だから」「かわいかったからつい」「ちょっと触りたかっただけ」と言ってきても、なるほど!と納得できるだろうか。すぐそこで暴走した恐竜が別の男を食い千切ってても。
 それに、恐竜を使ったフィクションにしないと例えられないという事実自体が、体力差による不平等を既に示してる。



 勘の良い人なら「本当にやりたいならそんなこと言わないべき」ってことはお前が一番エロいだろと思ってるかもしれないし、その通りだと僕も思う。
 でも初対面で見た目のことばかり言われてきた人が、見た目のこと言わない人に会ったら嬉しいじゃん。そう思って接してる。
 ギター屋さんに通いつめてた頃、仲良くなった女性の店員さんに「このギター弾いてみる?」と100万円のギターをショーケースから出してもらったことがあった。少し弾いてから「音の響きが全然」と言うと「ネックの太さのことは言わないんだね。はじめはみんなネックのことを言うよ」と驚かれた。確かにその古いギターは、現行モデルよりずっとネックが太かった。
 メッセージのやりとりをしていた女性の友達が「家族で回転寿司行ってきた! でも魚介類は食べられないんだけどね」と送ってきたので、「でも最近の回転寿司は肉寿司とか麺類もあるから楽しいね」と返信したら「もったいないって言わないの?」と言われたこともある。
 正直、僕が鈍感なだけだったとは思う。ネックの太さのことも、もったいないってことも全く頭になかった。だけどその「言わないの?」からは、なんとなく喜びのニュアンスが伝わってくる。
 容姿のことを言わないのも、同じことだと思ってる。
 努力したわけでもない容姿をみんなの前で褒めても、苦笑いをさせるだけ。
 若いときに「若いっていいね」と言われたときと全く同じ。あの虚しさしか与えない。
 いや、好奇の目が伝わる分、余計最悪かもしれない。


(ここでいう容姿、ルックスは肌の部分までをイメージしています。一方で、洋服や髪型は思ったときに言葉にすることも多いです。ある友達は「顔がかわいいと言われるより髪型とか持ち物とか、自分の努力やセンスで作ってる部分を褒められたほうがうれしい」と言っていたし、それは反応や表情を見ていれば分かることだよな本当は、と思います)



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 TikTok(ティックトック)というアプリは基本、音楽を流してダンス動画をアップするサービス。その性質からも10代を中心に人気だ。
 僕も誘われて始めたら、ついつい見続けてしまう仕組みがよく出来ていて、まあまあハマった。流れてくる動画はやっぱり10代20代の学生やお姉さんたちが踊ったり騒いでるものが多くて、それが見ていて結構楽しい。
 というのも、女の子も小学生までは「おいおまえ!」「まてよ!」みたいな言葉づかいの子がたくさんいるのに、大人になるとあの子たちはどうして絶滅しちゃうんだろうってよく考えていたから。あの子たちは社会に殺されちゃうんだろうな。男子ばかりがずっと男子でいてよくて、本当ずるい。
 だけどTikTokの中の女性たちには、やめろよ、ふざけんなよ、といったある種の女子校ノリのようなワチャワチャが残っていてそれがなんだか嬉しくなる。絶滅したわけじゃなかったんだ。
 動画にはコメントが数百件来てるものも少なくない。それらには大抵こんなことが書いてある。


「右の人かわいい」
「右から2番目でかくね」
「真ん中の人多目的トイレ行きましょう」
「左の人昨日はありがとう」
「意外とあるんですね」
「もっとピッタリとしたTシャツ着ないと」
「揺れすぎ笑」
「黒のシマシマ」
「やりたいです」
「山がないぞ」
「待って!?ある?」
「まだ、これから成長するから!暖かい目で見て!!小さくても可愛いし、うん」
「少しはあるじゃん」
「この子なかなかあるで。前の投稿のTシャツのとか見てみ」
「1番右れべち」
「バズるにはもう一線超えないとなぁ」
「わかる笑笑」
「女の子の日おもそう」
「もう少し痩せたら可愛くなるよ♪」


 ほぼそのまま引っ張ってきたので、捏造じゃないです。しかも、いくつか動画を回ってこういうコメントを見つけないほうが難しいぐらいです。
 本当にこんなコメントばかりで、僕はドン引いていた。
 ダンスをする女性の中には、バズる、注目を集めるためにわざと胸を強調してる人もいるとは思う。でもだからと言って「やりたいです」と書き込めてしまうのはどういうことなんだろう。
 そして、その書き込みをする人の中には当然10代も多く含まれてるだろうということ。10代であれば、女性と付き合ったことがない人だって多くいるだろうということ。
 童貞をバカにする風潮には反対だが、「おかしてえ」と叫んだ僕の同級生のように、言葉が先に入って、女性とはそういう扱いをしてもいいものだと思ってしまってもおかしくない。前のエッセイで書いたように、僕はヒトの受精がどう行われるかだって知らなかったんだから。性教育はモザイクでボカすように中心部を飛ばして行われ、実際AVしか教材のない状況で、そういうコメントをすれば面白いとすら思ってるんだから。
 もちろんノリで、実際にするわけじゃないかもしれない。
 でも、そう勘違いする人が1万人いれば、数件は表立った事件になることも、その裏には日の当たらない事件や日々の嫌な思いが多々あることも、想像するのは難しくない。
 いい子ぶるわけじゃないが、僕は「おかしたい」と漢字で書くのもリアルで抵抗がある。それは姉妹がいるから? 姉妹がいなければ胸がでかいとかやりたいとか言えるようになるのかな。そんなわけないでしょ。
 友達の中には「最近こっちでは貧乳キャラになってるから」と自虐的に話す人もいた。その子が自分から「Aカップでーす」と言ったのだろうか。キャラにさせたのは誰? 


 おじさんのものだと思っていたセクハラは、大学生どころか10代のうちにスタートしていた。TikTokを見てるとよく分かる。高校を卒業したら性が突然爆発するわけじゃない。
 大抵の男性がかわいい人や胸や尻や脚や下着が好きだろうし、そのことに小学校高学年からはほぼ自覚的だと思う。だけど目の前の人に「顔がいいね」「胸がいいね」とわざわざ伝えてはこなかった。
 でも新歓や合コン、そしてTikTokではああいうノリがはびこっている。隠さなくていいというノリ。茶化していいというノリ。踏み込んでいいというノリ。
 そこにあるのは「みんな言ってるから」という発想だとしか思えない。
 思い返すと、あの新歓で、1年生でああいうノリをしている人はいなかった。
 みんな先輩。みんな複数。
 複数で女の子のところに行き、かわいいね、言われるでしょ、えー嘘だよ、かわいいよな、な! と言い合った。
 へー、そっか。女の子にはああ接しても怒られないんだ。あの先輩もこれで彼女できたんだ。そうなんだ。かわいいね。スタイル良いよね。えー嘘だよ。じゃあサイズは? もっと大きく見えるけどね。こうですよね、先輩。
 読み返すとTikTokもコメントが似通ってる。最初に書き込まれた踏み込んだコメント(先輩)に乗っかって、そういうノリでOKなんでしょと大喜利的に書き込んでいるだけ。みんな複数。みんなノリ。
 主体性がないから、傷つけてようが下品だろうが関係ない。というかそもそもそういう発想がない。それが主体性がないということだから。だってみんなやってるよ? 胸が大きい人に胸が大きいって言って何が悪いの?
 TikTokの投稿者自身が書き込んだ「そんなこと言わんといてー」というコメントには、「まあまあまあ」みたいな、嫌よ嫌よも好きのうち的なセクハラど真ん中の実態がモロに見えて恐ろしかった。嫌と言っても良いと言っても喜ぶ無敵の人たちだ。


 どうもー、飲んでる?
 っていうかさ、めちゃくちゃちんこデカくない?
 え、サイズで言うと何?
 えー、いいじゃんいいじゃん。
 嘘だあ。Bってことはないよ。もっと大きいでしょ。
 そうなんだ。じゃあ形がいいのかもね。
 ちょっとさ、気をつけしてみて。
 あーダメダメ! もっとピタッとした服着てこないと。
 でも待って。パンツ青でしょ。分かっちゃった。
 じゃあ上下に跳ねてみて。
 もっともっと、ここ一番のジャンプ!って感じで。
 おおー!
 いや、マジで最高だわ。
 君ノリいいね。
 っていうかやばいよ君。
 やりすぎっていうか、終わってんね。


 これは隠語プレイではなく、いつでもいける恐竜たちの戯れ。
 皮膚が本当にかっこいいと褒めれば、好きだと勘違いされて食べられる。ふざけんなすぐに離せと抵抗したら食べられる。
 どれだけ頑張って生きても、恐竜たちはいつでもいける。



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「仲良い人を作るのをやめたんです」
 SMAPの中居くんが司会業を本格的にやっていくと覚悟したときに、こう決めたそうだ。仲良い人を作るということは、仲良くない人を作るということだから。
 仲良い人との収録は楽しいが、その次の収録に仲良い人がいないと、テンションが下がってうまくいかなくなるから。
 僕にはとてもむずかしいが、それでもときどきこの言葉を反芻する。


 かわいいねとみんなの前で言うということ。
 それは、かわいいねと言われない人を作るということ。
 よく話題に上がる「男の前で態度が変わるぶりっ子な女性」は実際は少数派だと思う。男が集団で勝手に特定の子をチヤホヤして、そうでない人をほっておいてる。



 メイク禁止の学校で、まじめに校則を守ってる人のことを、余計なお世話だと思いつつ、ときどき勝手にイメージする。
 周囲には、休みの日だけじゃ物足りず、学校にまでメイクをしてきてる人もいる。あーあ。そんなことしてたらまた先生に怒られるのに。
 そして大学に入学すると、突然美醜が最重要の世界に放り出される。自分との会話は一言二言で終わってしまう。チヤホヤされているのは、校則を破ってメイクを勉強してきた女の子たち。でも、いけないことと教わってきたメイク道具を手にするのは勇気がいる。薬局の化粧品コーナーすら恥ずかしくて立ち止まれない。そしてそのうち、そういうキャラ、になってしまう。
 会社に入ると、身だしなみくらいちゃんとしなきゃねと苦笑いされるようになった。身だしなみくらい? 学生の頃からずっと勉強してきた。この本の内容くらいとか、この資料作りくらいと言われるならまだ分かる。え? 身だしなみくらい?
 周りの友達が、恋人どころか結婚相手まで決め、子供さえ生み始める。このままでいいとも思ってたけど、都合の合う友人も少なくなってくる。そうだ、私も子供が欲しかったんだ。恋人だってできるならほしい。だけどどうやって?
 気付かないようにしていた。女には期限があるということ。そもそも何の出会いもない私が、運命の出会いを待っていたら子供が授かれなくなる。周りの友達が、離婚さえし始める。
 涙が出る。モテメイクのサイトを見て、美しく見える下着を買う。こびを売ってるような女性も、胸が大きいだけで声のトーンが上がる男性も嫌いだったのだ。ガツガツいくのは下品だと引いた目で見ていた。でもガツガツしないから何もかからなかった。結局ちゃんとモテることをしている人がモテた。あのフライングスタートしていた人たちには既に圧倒的な差を付けられている。化粧品売り場の女性から「こうすると可愛くなりますよ」と教えてもらった。そうしないと可愛くないのだろう。
「最近変わったね」「なんか接しやすくなったっていうか」「ってかむしろ俺タイプかも」
 涙が出る。
 どうして学校は、週1でも補習でもメイクやファッションの授業を入れておいてくれなかったのだ。地理や数学をどうせ使わない人も多いんだ。使うか使わないかは私達に委ねて、選択肢ぐらいくれておいてもよかった。
 どうして学校は、教えておいてくれなかったのだ。女性は男性に対して「かっこいい」「収入がある」「背が高い」以外にも、優しい、オシャレ、おもしろい、声が素敵、自分の世界を持っている、絵や歌が上手いなど様々なパラメータを持っているのに、男性が女性に対して「かわいい」か「若い」か「胸が大きい」程度のパラメータしか持ってないことを。意見が伝わるのはそのどれかをクリアしてからだということを。
 普通の結婚でよかった。お父さんお母さんみたいに普通に結婚して、普通に子供がいてくれればよかったのに、普通って高望みのことじゃないか。それは、このアンバランスのせいじゃないか。
 モテメイクに食いついた、私の外見1mmしか見れない人を、私は普通と思えるだろうか。
 それでも好かれることはうれしい。
 それでも子供が欲しい。
 寂しかったのだと思わされる。
 何に?誰に?
 なんだ、かわいいじゃんと鏡の前で上がる私を、私は普通と思えるだろうか。


 男子ばかりがずっと男子でいてよくて、本当にずるい。
 女子はいつの間にか「ふざけんな!」「待てよ!」という言葉を捨てさせられ、おしとやかで美しいことを選ばされる。
 ここまで書いておいて何だが、身なり自体は大事だと思ってる。身内にも見た目に言及する人が多かったし、人は見かけで判断しちゃいけませんというのはどちらかというと後天的に習った。
 寝癖があるよりはないほうがいいし、洋服が汚いよりはきれいなほうがいいし、無表情よりは笑顔がいい。極端なことを言えば、ナイフを持ってふーふーと息を吐いてる人に対して「見かけで判断しないよ」とはなかなか言えない。
 だから身なりも大事だとは思ってる。けど、それでもみんなの前で「かわいい」とは言わない。


 好きな人には触りたいし触ってほしいが、好きじゃない人には触りたくないし触ってほしくない。
 それは言葉も同じだと言うことが、男にはピンと来ていない。だから「ノリ」や「みんな」や「欲求」を、目の前の繊細な心より優先させてしまう。
 ということで、男は仕方ない生き物だからね、勘弁してよ。こういうものだから許してよ。なんて言いたくない。今まで散々我慢してきたんだから、もう許さなくていいからね。


 かわいいは、ふたりきりのときでいい。
 ふたりきりにもなれないなら、もう何も言わないで。




次の日にこのエッセイについてラジオで話しています

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