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追憶 (第3回 私立古賀裕人文学祭 応募作品)

スーパーでお惣菜に値引シールが貼られるのを待っていた。
今日は1バック490円の豚バラが10%引きに。
あと10分、精肉コーナーは寒いので
乾物のコーナーから様子を窺う。
海苔の値段が高いのか安いのか分からないけれどお金を出して買おうとは思わない。
日曜日の午後4時。家族連れが多い。
呼び込みくんの音楽。
はしゃぐ子供の声。
イライラしてきているのが自分で分かる。
ブルっと身震いする。
体が冷えきっていた。
バカみたい。
あたしの10分49円、
時給でだいたい300円だって。
バカみたい。あたし、何やってんだろう。
もう疲れた。
バカみたい。
もうどうでもいい。

ブルボンのアソートのやつ、湖池屋のスコーンのバーベキュー味、黒糖まんじゅう、雪見だいふく、チーズ蒸しパン、ぽたぼたやき、シーフードカップヌードル、お惣菜の4個入り唐揚げと3個入り焼売。
大きい袋下さい。5円です。
ポイントカードは。あ、いいです。

帰宅。すぐに雪見だいふく冷凍庫にしまい
黒糖まんじゅうを食べながらカップヌードル用のお湯を沸かす。
タガは既に外れていた。
心はとうに壊れていた。
もう疲れた。
全部食べて全部もどした。
過食という自傷行為。

あたしの一時間300円。
あたしの一日7200円。
あたしの今まで。
あたしの一生。

過去も未来も全部を
便器に吐き出してしまいたい。
全部吐いて裏返ってしまいたい。
もう疲れた。
本当にもう疲れた。
本当に疲れた。

お願いお願いお願いお願いお願いお願い。

いくら願ってもそれでも出るのは胃液と鼻水だけ。
楽になりたいだけ。
ちゃんとなりたいだけ。

子供のころの思い出が過ぎる。
お父さんが見ていたつまらないゴルフ番組が終わり笑点が始まる。
お待ちかねのちびまる子ちゃん、
学校は好きじゃなかったからサザエさんが終わる頃には悲しくなっていたな。
それでも何も欠ける事のない日曜日だったな。
砂嵐の吹かない穏やかな日曜日だった。

東京の一人暮らし。
誰も知らないこの町。
ネットがあるからテレビはない。
戻りたい。
戻れない。

命を絶ちたいのとは違う。
泡となって消えてしまいたい。
もう戻れない。
もう疲れた。

進みたくない。
止まない雨、止まなくていい。
止まないで欲しい。
もう疲れたの。
全て凍ってしまえばいい。
何があっても心が動かされないように。
ひとりぼっち。
助けて。助けてなんていらない。
私は泣いた。
上手く泣けなかったけれど声を上げて泣いた。

(了)

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